後日談その1(無惨の運命)
“地獄”
それは生前に罪を犯した者が送られ、その罪に応じた罰を受ける彼岸の一つ。
千年間もの間、数多くの人間を鬼に変え、数え切れぬ悲劇を作り出してきた鬼の首魁・
「ぐああああ!」
無惨の苦悶が響き渡っている。
地獄の裁判官により身体の自由を奪われた無惨は、わずかな抵抗も許されずひたすら責め苦を受けるしかなかった。
この地獄において与えられる罰は因果応報が基本だ。
盗人には盗人への罰が。
嘘つきには嘘つきへの罰が。
殺人者には殺人者への罰が。
それぞれの罪に対する刑罰が行われているという。
では、千年間も人を喰い殺し続けた無惨への刑罰とはいったいどんなものなのだろう?
くちゃくちゃと不快な咀嚼音をたてながら巨大な鳥が無惨の肉を啄んでいる。
体を喰われて激痛に苦しむも、ふとそよ風が吹けば元通りの五体満足の状態に戻ってしまい、再び喰われる終わりのない責め苦。
この“無限に喰い殺される刑”こそが無惨に与えられた罰であった。
生殺与奪の権を握られ、ひたすら餌にされる立場というのはプライドの高い無惨にとって、肉体的苦痛のみならず精神的な苦痛も与えてくるものであった。
一番精神的にクるのは、この刑罰を執行する存在そのものだったりする。
「ウマイ、ウマイ! オニウマ……」
「おのれ、鳥風情が! 私は貴様の餌ではない!」
飽きもせず己の肉を啄み続けている巨大な鳥、いや、雉……雉? の、化け物に唯一自由になっている口を開いて罵倒する無惨。
その言葉に、目の前の怪鳥は肉を飲み込んでから返事をした。
「ソンナ寂シイコト言ウナヨ。一緒ニ死ンダ仲ダロ?」
人間の発声方法とは異なるどこか不気味な声。
この声の主は、そう、鬼喰いの雉、
最終決戦で無惨とともに太陽に焼かれて消滅したと思ったら、ちゃっかり地獄の獄卒として再就職してやがる……
いったい何なんだコイツは。
「ふざけるな! 死んだあとにまで貴様のような化け物がついてくるな! いつまで私に付きまとう気だ!!」
死んだ後もこんな怪生物に付きまとわれて、ブチ切れる無惨。
気持ちはわかる。同情はしないが。
怒気どころか殺気まで込めて怒鳴る無惨。
だが、悲しいかな、生きていたときは人間以上の上位生命体として威圧感を放っていた彼も、この地獄においては無力な罪人に過ぎない。
意に介したようすもなく碧彦は言う。
「ソンナノ、永遠ニ決マッテルダロ?」
お前が大好きな永遠だぞ、と、愉しげな碧彦。
無惨をどうするかはこの怪鳥の気持ち次第なわけで。
改めて自らのすべてが目の前の化け物に握られているということを突き付けられ、恐怖がこみあげてくる。
「馬鹿な……私はこんな場所で永劫このままだというのか」
私が求めていた永遠はこんなものではない。
そう絶望する無惨に碧彦が言葉を投げかけた。
「安心シロヨ。地獄ノ刑罰モオマエノ罪ガ清算サレレバ、チャント次ノ命ニ生マレ変ワレルカラヨォ」
「終わるのか!? この地獄の刑罰が?」
無限に思える地獄の刑罰にも刑期が定められていると告げる碧彦。
思わぬところからもたらされた希望に、無惨は縋り付くように尋ねた。
「いつだ! いつになればこの不愉快な場所から解放されるのだ!?」
目の前の怪鳥はその質問になんてことないような口調でこう答えたのだ。
「ンー? オマエハ千年間ホド人ヲ喰イ続ケテキタンダロ? ナラ同ジクライノ千年ッテトコロジャナイカ?」
「千年、だと!?」
告げられた刑期の長さに呆然となる無惨。
己が生きてきた時間と同じ長さの分だけ苦しめという宣告にはさすがの無惨も衝撃を受けざるを得なかったようだ。
だが、彼の精神は鬼として長い時を過ごしてきただけあり、人間のものとはかけ離れている。
『千年、千年だと! この私が、なぜそのように長い時を拘束されなければならないのだ! だがしかし、不愉快極まるが終わりが来るのが事実ならばたかが千年だ。いずれ永遠を手に入れることを考えればどうということはない』
もとより永遠に存在し続けることを求めていただけに、“千年耐えきればよい”と開き直ることができてしまった無惨。
ここに至ってなお絶望しないあたり、並みの神経ではない。面の皮の厚さは戦艦並みの分厚さだろう。
このわずかな希望から精神を立て直した無惨であったが、残念ながら目の前にいるのは地獄の使い*1の怪鳥『碧彦』だ。
いともたやすく無惨の希望を絶望に変えてみせる一言を放った。
「マァ、生マレ変ワル時ハオレモ一緒ダカラナ。安心シロヨ?」
「……は?」
思わぬ言葉に一瞬何を言われたのか分からなかった無惨。
しばしのあと理解が追い付いてきた無惨は困惑と怒りでその理由を問う。
「何故……なぜ、貴様がついてくるのだ!?」
「ソリャア、サッキ答エタロ?」
そういえば、さきほど「いつまでついてくるつもりだ」という無惨の問いに、碧彦はなんと答えただろうか?
「“永遠”ダッテ。ズットツイテ行クカラナ♪」
どうやらこの怪鳥、輪廻転生すら超えて無惨に付きまとうつもりらしい。
知らなかったのか? 鬼喰いの雉からは逃げられない……*2
それこそ死んだくらいで逃げられるはずもないのだ……
「いい加減にしろ! 貴様に私の人生を壊されてたまるものか! 次の生で、今度こそ私は永遠を手に入れるのだ……」
朽ちることのない永遠の存在になるのだと口にする無惨。
まるで反省していないことが判明したわけだ。
こんなやつの願いを叶えるわけにはいかないだろう。
もっとも、目の前にいる怪鳥はそれが絶対無理だということが分かっていたが。
「カカカッ! オマエ、面白イコトヲ言ウナァ、オカシイオカシイ! アハハハ!!」
「貴様、何がおかしい!」
嗤う碧彦に無惨が怒りの声を上げる。
怒鳴られた碧彦は嗤うのをやめて、無惨をジロリと見下ろした。
人間とは違う無機質な瞳を嘲笑に歪めて、碧彦は獲物を嬲るような口調で言う。
「オマエ、何デマタ当タリ前ノヨウニ人間ニ生マレ変ワレルト思ッテルンダ?」
根っからの人でなしのおまえが。
今回の生ですら人に生まれたことが間違いだったおまえが。
千年間も人を喰い殺し続けたおまえが。
どうして、人間に生まれ変われるものか!
同じく化け物になり果てた鬼喰いの雉が無惨を嘲笑う。
それは無惨への無情な運命の宣告だった。
「そんな馬鹿な! では、私は次は何に生まれ変わるというのだ!?」
人間への転生を否定された無惨は、己の次の運命がどうなるのか思わず尋ねていた。
その答えは、目の前の怪鳥が知っていた。
「次の生は、オマエハ地ヲ這ウ芋虫ニナルゾ」
「私がそんな下等生物にッ!? なぜそのような……私は再び人間に生まれ変わって――」
次の転生先を知らされ絶望する無惨。
だが、碧彦には知ったことではなかった。
「駄目ダネ。虫ノ次ハ小魚ニ。ソノ次ハ小鼠ニ……オマエハズット大キナ生キ物ニ喰ワレル小サナ命ニナルノサ!」
「い、嫌だ。そのような命になど私はなりたくない!」
あまりの絶望に震える声で無惨は言う。
碧彦は彼の顔に近づいて告げる。
「ソンナ不安ニナルナヨ。オレモ一緒ニツイテ行クンダカラ」
「貴様も、一緒に?」
喰われる運命にある無惨と共に転生する。
その意味とはいったいどういうことだろうか?
「オマエガ何ニ生マレ変ワッテモ、オレガ必ズ喰イニ行クカラヨ」
それはその命を終わらす役目として。
どうあがいても避けられない運命に、無惨の絶望の声が地獄に響き渡った。
お供の一匹だった雉。
どうしてこんな鬼畜生物になってしまったのだろう?
世話係コソコソ話
碧彦は閻魔様の第一補佐官に独断で獄卒に現地採用されたらしいよ。
次回は例の黒歴史の日記関連のお話になります。
黒死牟もちゃんとギャグの犠牲になります。