短めですが、小ネタなので。
当主代行・
本人に職人気質なところがあるせいか、頼まれた仕事は一度引き受けた以上、どんなに気乗りがしなくても最後まできっちりとやり遂げる性分だった。
「はぁ……気が進みません」
今回の仕事は、そんな彼をしてやる気の起きないものらしく、心の底から嫌そうなため息をついていた。
結一郎をそこまで憂鬱にさせる仕事とはいったい?
縦横に交互に四角になるよう井桁型に組み合わせた薪の中心に大量の冊子が積み上げられている。
まさに焼却処分寸前のこの大量の冊子は、戦国時代のとある武家の少年が重篤な病を拗らせていた際に執筆した日記――中二病患者による妄想日記、つまりは黒歴史だ。
そう、これは
「まったく! 最期の言葉がアレとか阿呆なんですか、あの裏切者は!」
作業を進めながら愚痴をこぼす結一郎。
わざわざそんな裏切り者の黒歴史を処分しようとしている理由はいま彼が述べた通り、ひとえに黒死牟の今際の一言が己の黒歴史の処分を頼むものだったからだ。
情けをかけて言い残すことはないか尋ねてみれば、なんとも馬鹿らしい頼みをされてしまったわけである。
あまりに馬鹿らしい頼みを残した黒死牟に結一郎は殺意を覚えたが、次の瞬間には塵になって消えてしまっていて感情のぶつけどころを失うという、なんとも言えない気分を味わされたわけだが、自分から尋ねた手前もあってそれを無視することも彼の性分では許せなかったらしい。
バカバカしいと感じているなら自分でやらずに他人に仕事を任せればいいのではないかとも思うのだが、処分するものが黒歴史というのが問題だった。
自分の恥ずべき黒歴史をあまり不特定多数の目に触れられるのも黒死牟の本意ではないだろうと、配慮した結果結一郎が自分で処分することに。
こういう次第で、嫌々ながらも黒死牟の黒歴史の処分をきっちりこなしている結一郎であった。
なんとも損な性分の彼だが、今回の件では少なからず自業自得な面があった。
というのも、この黒歴史の写本を用意したのがほかならぬ結一郎本人であるからして。
しかもその使い道が「自分を殺したらお前の恥ずかしい過去が全国にバラまかれることになるぞ!」と、黒死牟を脅して精神的に追い詰めるためだっていうんだから酷い話である。
そんな脅しを受けた黒死牟が、死の間際にそれらの処分を願ったとしても、そんな不思議なことではない。むしろ妥当と言えるんじゃなかろうか?
いや、だからこそ、自分が大量に用意したものを自分で処分しなければいけなくなった虚しさもあって気乗りしていない部分もあるのだろう。
なんとも複雑である。
「そもそも……人の日記を写すな……馬鹿者め……」
そんなこんなで、不満ややるせなさはあるものの仕事は仕事と割り切ってこなしていく結一郎。
紙の冊子はあっという間に燃え広がり、組み上げられた薪にも火の手が広がっていく。
焚火の中で黒歴史が灰となっていくのを見届けながら、結一郎は懐から紙を取り出して何やら祝詞を唱えていた。
どうやらただ焼却処分とするのではなく、形だけでもお焚き上げということにするらしい。
わざわざ神職の一族である義母のあまねを尋ねに行って祝詞を用意してきたとのこと。
一応、黒死牟への弔いの意味もあったりするのだろうか?
そうだとするなら、裏切り者相手になんとも律儀なことである。
『なんかもう呪いの書物みたいなものですし、万が一がないようにお祓いしておきましょう!』
違ったわ。
思いっきり厄払いとかそういう類の理由だった。えんがちょ!
「人の日記を……呪物扱いするな……」
何度も言うようだが、黒歴史の日記の写本を作りまくったのはほかならぬ結一郎である。
それを棚に上げておいて、呪物扱いはなかなかに酷い扱いだろう。
結一郎は黒死牟のこと嫌いすぎではなかろうか?
確かに裏切り者の剣士だけど、結一郎には左腕を斬り落として、目の前で部下を殺して、瀕死の重傷を負わせて川に叩き落としたくらいしかしていないのである。
…………黒死牟は律儀に今際の言葉を聞いてくれた結一郎に感謝すべきだね! うん!
「さてと。ゴミの処分も終わりましたし、帰るとしますか!」
気分の乗らない仕事が一つ片付き、ルンルン気分で帰路に就く結一郎。
家で待つ家族のお土産でも買おうか悩みながら歩く結一郎の様子はなんとも晴れやかなものであった。
こうして黒死牟の残した黒歴史はこの世から消え去ったのである。めでたしめでたし。
――――と、なったらよかったのにね。
ところがぎっちょん、件の日記はまだ残っていたりする。
結一郎の処理漏れ?
いいや、違う。結一郎は確かに所持していた写本はすべて処分している。
そう、
もともとこの日記の出所は長い歴史を持つ炎柱・煉獄家の書庫だ。
多くの文献がある書庫の片隅から出てきたこの日記を見つけ、その中身を写したものを使っていただけで、この日記そのものの所有権はいまだ煉獄家のまま。
よって原本を処分することは結一郎の関わるところではなく。
また、結一郎は黒死牟の最期の頼みを『バラまくために作った写本の処分』と受け取っていたため、煉獄家にある原本の処分など考えてもいなかった。
相手の心を読める結一郎にしては珍しい勘違いだが、激闘の後であり、相手が崩れかけの生首状態だったこともあって読心が失敗していたのだった。
このままこの日記が忘れ去られていったのなら黒死牟も救われただろう。
しかし、彼にとって不幸なことにその日記を気に入ってしまった人物がいたのだ。
それは家の書庫に一番長い時間いた煉獄家の次男・千寿郎だった。
「やっぱりカッコイイです……」
件の日記を読んで目を輝かせている千寿郎。
彼の年齢は十代前半。
まさしくかの病に非常に罹患しやすいお年頃だったわけで。
偶然出会うことになったその日記の内容にもう夢中になっていたのだった。
ついでに言うと彼の父が自身のコンプレックスから歴代炎柱の日記の一部を破損させたという過去の経験から文献の保存・保護を意識するようになっていたりする。
「貴重な資料ですから、間違って紛失しないようにしておかないといけませんね」
「残すな……そんなもの……」
そのため、お気に入りとなったこの日記が紛失しないように写しを作っておこうとするのは当然の帰結であった。
黒歴史……ッ! まさかの再版……ッ!!
この何冊か新たに作り出された写本は、年号が何度か変わるくらいの後の世にまでちゃっかりと残っていくこととなる。
そして、何かの拍子に外に流出して歴史研究家の手に渡り、巡り巡ってTV番組で『戦国時代にも中二病があった証拠』として全国のお茶の間に紹介されちゃったりするのだった。
あぁ、残念だったね。黒死牟。
お労しやー。お労しやー。
「いっそ……殺せ……!」
「もう死んでおります。兄上」
この話、何が酷いって結一郎も千寿郎くんも善意で行動してるのですよ……