大事に育ててきた夕張を悼んで
「はぁっ、はぁっ……」
轟音の鳴り響く海上。どこまでも青い大海原の上で、赤い炎が飛び散っている。
その炎の間を掻い潜りながら、少女たちは前に進んでいた。
「イオナさんっ、被害状況をっ!」
「私の被害は軽微。しかし、軽巡洋艦の夕張と、旗艦である貴方の被害が大きい」
潜水艦であり、今の状況をもっとも冷静に報告できるであろうイオナに状況を聞くと、淡々とした声音で返事が来る。そして、報告から艦隊の一部に甚大な被害が出ていることを把握した。旗艦である駆逐艦、五月雨は自らの視界で改めて被害を確認する。
響いていた音が消え、敵の艦隊が一時こちらに背を向けた。昼戦終了ということだろう、こちらも砲撃を止めて皆と合流する。
「五月雨ちゃんっ! 大丈夫!?」
視界のなかに、ゆらゆらと揺れるポニーテールが入ったと思うと、瞬間、五月雨の視界いっぱいに広がる少女の顔。普段は白く、きれいな肌は薄汚れ、赤いラインが頬を伝って首筋まで伸びている。
「それはこっちのセリフですよ夕張さん! 大丈夫ですか!?」
そんな自分の被害をどこ吹く風かと考慮せず、夕張は五月雨の心配をしていた。実は五月雨も負けず劣らずと被害を被っていた。二人とも被害状況は大破。轟沈寸前の状態だ。
「夕張さんはいつもそうです。いつも私の心配ばかりして……。私はドジッ娘なんて言われてますけど、大丈夫ですよ。夕張さんはちゃんと自分の心配をしてください」
心配してくれた感謝と、自らがしている心配と、ほんのちょっぴりの怒りを込めて五月雨は夕張に言った。
この艦隊に配属されてから、ずっと旗艦をしている自分と、そしてずっと副官をしてくれている長い付き合いの彼女。そんな彼女が沈んでしまったら、自分も心の底から悲しいから。
「ごめんね。でも私は五月雨ちゃんのこと、ほっておけないの」
そう言いながら夕張は、ずっと五月雨を守ってきた。
夕張には姉妹艦はいない。同系艦のいない夕張はずっと一人ぼっちだった。けれども、この艦隊に配属されてからは旗艦である五月雨とずっと共にいた。他の艦娘たちが入れ替わっていっても、夕張と五月雨はずっと一緒だった。
だからだろうか、夕張は思っていた。長い間自分の艦隊の旗艦を務めている艦娘を、ずっと自分が守り続けたいと。
「とにかく、この状況じゃ夜戦なんてできません。みなさん、帰投しましょう」
他の艦娘は口々に了解と返事をする。提督の意向で、たとえどんなに敵を追い詰めていても、大破が一人でもいたら絶対に追撃や進撃をしないと決めているからだ。
皆が帰投するために180度反転する。
「あれ……?」
しかし、五月雨は上手く反転できずに足をもつれさせた。
「五月雨ちゃん、肩貸すわよ」
もつれ、倒れ掛かった五月雨を夕張が受け止める。つんざくような甘い香りが鼻をくすぐっている。そして、それと同時に鉄の匂いが鼻を刺した。
「だめです。夕張さんの方が、被害が」
「大丈夫よ、武装が一つ増えただけだと思えばね」
悪戯っぽく、夕張は笑う。鎮守府で話す時と同じように、まるで姉が妹に向けているような強い笑顔。五月雨は一瞬力の入った腕の力を抜いて、すとん、ともたれかかった。
「ありがとうございます。お礼は……」
「ええ、帰ってから間宮さんのアイスわけてよね」
これは彼女たちの取り決めだった。五月雨が夕張に迷惑をかけてしまったら、間宮さん特製のアイスを少し分けると。いつものように変わらない、ドジッ娘と実験軽巡洋艦の二人は力を抜いて笑った。
――ドンッ!!
「えっ……?」
五月雨は何が起きたのか分からなかった。ただ、体に感じていた夕張の体温が離れていく。まるでスローモーションのように景色が流れていく。自分の胸を押す夕張の手、彼女から離れていく自分の体。そして、夕張に迫っていく一つの徹甲弾。
「夕張さんっ!!」
声を振り絞る。懸命に伸ばす手は運動エネルギーに逆らうことができずに体と一緒に離れていく。それでも届かせなきゃ、夕張さんが危ないと、五月雨は必死に手を伸ばす。
「いい、データ……とれたよね……。五月雨ちゃんっ、もういいから……この結果だけでも、もっていって……ね……」
そして、体が水面に打ち付けられる瞬間に、彼女はまた、いつものように笑っていた。
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
叫び声が響いていく。目の前に靄がかかったように視界がぼやけて、はっきりしない。だけど、今までははっきりと見えていた。自分の認識が間違っている事を望みながら、それが嘘であって欲しいと願いながら、五月雨は夕張のいた場所へと足を進める。しかし、一歩踏み出したところで肩を捕まれた。
「いけない。早いが、夜戦の追撃が来てしまった。一刻も早く撤退を」
イオナがいつものように淡々とした声で五月雨を止める。いつもなら、五月雨は足を止めてイオナの言うことを聞いていただろう。しかし、五月雨はまだ足を懸命に前へと伸ばしていく。
「でもっ、夕張さんがまだっ!!」
「彼女は助からない。だから……」
「夕張さんっ!!」
潜水艦と駆逐艦。艦種で考えたら駆逐艦である五月雨は潜水艦であるイオナに抑え込まれるはずはなかった。しかし、イオナは特別だ。潜水艦にあるまじき力を持って五月雨を抑え、艦隊と合流する。
「撤退する」
イオナはそう告げて、五月雨を抑えたまま鎮守府へと向かっていった。
あれから、数か月がたった。艦隊には夕張さんの代わりに違う艦娘の方が入り、五月雨は変わらず旗艦としての任務を全うしていた。
「夕張さん、私ね、あれからドジは一回も踏んでないですよ」
夕張が沈み、提督はしばらくの間、五月雨をフォローする役がいないことを心配していた。しかし、五月雨はそんな心配をはねのけるように、旗艦として、そして秘書艦としても最高の仕事をこなしていた。
「だって、ドジしたり、迷惑かけたら、夕張さんにアイスを分けるって約束ですから」
――だから、夕張さんがいないと、ドジできないよ。
「夕張さんがいなくても、私、一生懸命頑張ってます」
――でも、一人で食べるアイスって、こんなに多かったんだ。
「それにしても、夕張さんの方がドジッ娘ですよ。私は旗艦だから、絶対に轟沈しないのにかばうなんて……」
――だから、今度は私がアイスをもらっちゃおう
「あはは……」
乾いた笑いは、静かな部屋の中に消えていく。今までの様な、姉妹が見せ合うような、友達といるような、そんな笑いはもうそこにはない。
俯いて、虚脱して、拳を握りしめて、五月雨は机に顔を伏せた。
「五月雨っ!!」
提督室の扉が荒々しく開かれる。いつも冷静で、淡々としてるイオナが、血相を変えて飛び込んできた。
「どうしたんですかイオナさん」
「いいから来てっ」
あの時と同じように、イオナは五月雨の肩を掴んで押していく。背中をずいずいと押されていく力に抗えないまま、五月雨は廊下を走らされていく。
「な、何があったんですか?」
「今、第2艦隊が帰投した。戦果はあまりよくなかったが、新しい仲間を連れて帰ってきた」
それ自体はよくあることだ。ここでは艦隊が艦娘を連れ帰ってきて、新しく戦力へと加わる。それはいつものことだ。
――つんざくような甘い香りが鼻をくすぐって
「あ……」
そういえば、今日第2艦隊が行っていたのはあの海域だったと思い出す。思考が勝手に外れていくように。
「えーっと……。間宮さんのアイス、今回は私が分けてあげなくっちゃね」
でも、体は心に従うように、ただただ、彼女を求めて飛び込んでいった。
――おかえりなさいっ!!
20131227
大事に育ててきた夕張を、進撃と撤退を誤ってクリックするというあるあるミスにて沈めてしまったので、悼みを込めて。いやだよ夕張いかないでよ、沈むなら私がかわるからぁ……。
こちらでは帰ってきましたが、うちの鎮守府にはまだ夕張ちゃんが帰ってきません。早く帰ってきてよぉ夕張……。
※追記
夕張ちゃん帰ってきました!もう二度と君と五月雨を引きはがすような真似はしないって私誓うよ!