隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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戦車、鹵獲します!④

 西住みほと茨城(いばらぎ)白兵衛(しろべえ)

 次代の中核を担う存在として期待されていた二人の離脱は想像していた以上の衝撃を黒森峰に与えた。

 十連覇を成し遂げられなかったことで黒森峰のOBから執拗に詰め寄られたし、隊長を降板すべきという話も上がった。実際、優勝できる実力がありながら優勝に導けなかった隊長に価値なんてないと思って隊長を辞退しようとも考えた。しかし、それは戦車道の仲間達からの「貴方にまで見捨てられたら私達はこれから先、どうすれば良いんですか?」という訴えによって阻まれる結果となり、今も惰性のように隊長を続けている。

 あれから明らかに練習に対する意識が落ち込んだ、十連覇を成し遂げようと奮起していた時の姿は見る影もない。

 ずっと考えている、あの時にどうすれば良かったのか。ずっと考え続けている。思い返すのは今、此処にはいない二人の姿だった。みほは戦車に乗れなくなったから黒森峰を出た、白兵衛は此処では戦車に乗れないから黒森峰を出た。私も戦車に乗らなくなれば、黒森峰を出て行くのだろうか、近頃、少し、ほんの少しだけ、戦車に乗るのが億劫になっている。こんなことではいけない、と思うが、どうしてもモチベーションを高めることができない。

 ぼんやりと眺めるように戦車の練習に励んでいる皆を見た。やっぱり、みんなの動きは緩慢で、反応が鈍い。

 その中で二輌、十連覇を目指していた時以上に気合いの入った動きを見せる戦車があった。あれは、確か、逸見エリカと赤星小梅が車長を務める戦車だったか。あの二人はみほと白兵衛と仲が良かったはずだ。二人が辞めた時、その衝撃は私達以上に大きかったはず――なのにどうして、そこまでモチベーションを維持し続けることができるのだろうか。

 休憩時間、二人に何気なく問いかける。

 

「次の大会、兵衛(ひょうえ)は必ず上がってくるわ。その時に不甲斐ない姿は見せられないのよ」

 

 とはエリカ談。

 

「兵衛は今も頑張っているのに、私だけなにもしないままでは情けないから」

 

 とは小梅談。

 

 二人の言葉を聞いて、白兵衛は良い友人を持ったんだな、と思った。

 エリカにとっても、小梅にとっても、白兵衛は良い友人だったはずだ。

 対して、みほの名前が出て来なかったことが少し寂しく思った。

 

「二人に相談がある」

 

 私は意を決して、口を開いた。

 後輩二人が表情を引き締めるのを見て、苦笑する。どうも私は相手を身構えさせるきらいがあるらしい。楽にして欲しい、という言葉をかけても緊張が解けない二人に心の内で溜息を零す。こんなことだから妹に頼られるのも最後の最後、どうしようもなくなってからになるんだろうと思った。

 それでも、私はみほのことを想っている。

 みほが再び戦車道を始めた時、なにかしらの形で戦車に関わることがあった時に情けないと思われたくないから頑張ろう、と私は思った。たぶん、ここからが始まりだ。黒森峰も、私も、またここから始めよう。きっと始めなくてはならない。

 逸見エリカ、赤星小梅、過去よりも未来を見据える二人がいるからまた始められると思った。

 

 

「ミカ、どうしてヘイヘ(兵衛)に指揮を任せたの?」

 

 アキの言葉に私はカンテレを弾いた。

 特に意味はない、手持ち無沙汰になると手遊びするようにカンテレを奏でるのが癖だった。

 考え事をする時なんか、間を繋ぐ為に弦を弾いていることが多い。

 

「私達は弱いからね」

 

 と告げる。言葉選びに意味はなく、考えながら思いついた言葉を口にしていることが多かった。

 

「弱い? 私達が? 三輌同時に相手取れるのに?」

「うん、そうだね。弱くはないかもね。ところでアキは島田流と西住流の違いって分かるかな?」

「違い?」

 

 アキは物思いに耽るように悩む仕草をとる。

 

「島田流は個を重視して、西住流は群を重視するって聞いたことはあるよ」

「間違いではないかな」

 

 島田流は戦車一輌の練度と統率を重視する傾向にある。逆に西住流は部隊規模で統制を取り、練度を向上させようとする。

 その為、まだ技術的に未熟な高校生の内は西住流が優位に働くことが多く、ある程度技術が成熟してくる大学生からは島田流が本領を発揮し始める。故に高校生の段階で芽が出る島田流の人間は非常に少なかった。そもそもだ、島田流の理念を正しく理解して、自分の戦車道に取り入れることができる人物は大学選抜でもごく限られた人間しかいない。例えば愛里寿、あとはバミューダ三姉妹ぐらいなものだった。

 だが勘違いしてはならないのは、島田流も西住流も大元は一緒と云うことだ。

 目指す先は部隊の調和、つまるところは高度な連携と作戦遂行能力。島田流では戦車一輌に与えられる裁量が大きく、高度な柔軟性を維持したまま臨機応変な対応が期待される。逆に西住流では隊長一人に与えられる権限が強く、広い視野を維持したまま、状況に適した柔軟な作戦立案能力が求められる。

 オーケストラで例えるならば、島田流はコンサートマスターを量産する流派であり、西住流は指揮者を鍛え上げる流派である。

 どちらが正しいという話ではない。どちらも正しくて、どちらにも理がある。むしろ日本の戦車道には島田流と西住流の両方が必要なのだ。何故ならば、究極的な所で西住流と島田流は相反しない。何故ならば、二つは役割が違っているのだから。

 私は一輌では何もできないことを知っている。今まで私が勝ててきたのは、まぐれだと分かっている。

 今時、一騎当千だとか、孤軍奮闘だとか、時代錯誤も甚だしい。戦車道はそういうものではないだろう。技術を誇るだけならば強襲戦車競技(タンカスロン)でもやってれば良い。私はあまりにも変則的過ぎたから誰もついて来れず、理解されず、後継者に選ばれることはなかった。そのことは理解している、納得している。

 それでも私が目指すのは戦車道だった。

 

「今の私達は強いよ、アキ。きっとね」

 

 カンテレを弾き始める、サッキヤルヴェン・ポルッカを奏でる。

 少し早いが気分を盛り上げるには丁度いい。アキが笑顔を見せる。話が理解できたとは思えないが、嬉しそうにリズムを刻み始めた。ミッコがアクセルを吹かして、加速する。一輌だけが突出する。しかし、それは狙い通り、何故なら私達が与えられた役目は囮だったからだ。

 

 ――寒気を、感じた。

 

 ぶるりと震える体にカンテレを奏でる手が止まる、直後、砲弾が発射された。弾道はすぐ横を通り、そして遥か遠く、視認できるかどうかという位置にある戦車に着弾する。衝撃音、あの当たり方はたぶん白旗が上がった。

 目を伏せる。そうじゃない、そうじゃないだろう? 心の内で語りかける。それは西住流(君の戦車道)ではない。でも、それも君か。それが岡下流弓道家元の元後継としての君の姿か。戦車道ではない弓道の在り方、ならフォローするのは先輩の役目だ。

 カンテレを奏でる音に力が入る、部隊に生じる不協和音を振り切るように戦車を走らせた。

 

 

 T-34の車内は凍えていた。

 ヘイヘが砲身の照準を定めた時、張り詰めた空気に全員の息が詰まった。呼吸音を立てることすら憚られる緊張感の中で砲弾が発射される。そこには何も見えない、何も感じない。唯一、姉のエトナが気配を感じたという方角に照準を定めて、発砲した。砲弾は針の穴を通すように木々の隙間を潜り抜け、吸い込まれるように敵戦車を撃ち抜いた。

 本人曰く、射線が通ったなら当たるよ。と、さも当たり前のように。

 心の内に湧いた感情は、凄い、でも、素晴らしい、でもなくて、ありえない、だった。他者を圧倒する技量、見る者を魅せつけ屈服させる。手が震える、もう彼女だけで良いんじゃないかって心が折れる。あのスオミですら言葉を失っていた。

 だって、ここまでの腕があれば、もう私達なんて――

 

「マリ、戦車は一人では動かせねぇぜ?」

 

 姉さんが僕の肩を叩いた。そしてヘイヘに向けて「ビューティフォー!」と拍手を送る。

 

「最高な超絶技巧を魅せてくれた。いやはや心強いね、これで負けたら嘘ってもんだ。さあ蹂躙してやろう、この森が誰のものか教えてやろう! さあ、車長! いや、隊長! 前進だ、号令をかけてくれッ!!」

 

 ヘイヘは少し困ったように笑って、そして車内の全員に告げる。

 

「パンツァー……いや、ここは継続流で行こうか。パッサリ・エテェン」

 

 その言葉に僕はアクセルを踏み込んだ、そして隣に座る姉さんに告げる。

 

「姉さんは居なくても戦車は動くけどね」

 

 そんな軽口に「ばっかだなー!」と姉さんは呆れたように答える。

 

「私がいなかったら誰が暴走したスオミを止めるんだ?」

「ああ、それは確かに重要だね」

 

 くすりと笑って、運転に集中する。

 自分のできることを精一杯やって行こうと思った、少なくとも今はそれで良いはずだ。

 T-34が森の中を駆け抜ける。

 

 

 私、ノンナは唾を飲み込んだ。

 ありえないものを見た気がする、横で前進していたBT-7が撃ち抜かれたのだ。

 すぐ様、射線の元をたどるように森の奥を見据えるが、遥か遠くで僅かに砲塔が見えただけだった。いくら回避行動をしていなかったとはいえ、森の中、この距離で動く戦車を撃ち抜くことができるのか。開けた視界、動かない的であれば、自分もできないことはない。しかし、これはできない。というよりも、ありえない。息が凍える。心が凍えていくのがわかった。世界が遠く、音が聞こえず、足元が崩れる。だって、こんなことをされてしまったら私達の努力なんて、なんの価値も――

 

『ノンナ、前に出るわよ』

 

 通信機越しにカチューシャの声が聞こえた。

 

『この距離を狙撃できる相手を敵にして、悠長に走ってなんていられないわ』

「……えっと、いえ、その」

『ノンナ? そう……』

 

 スピーカー越しに溜息が聞こえる、そして優しく語りかけるように『ノンナ』と再び名前を呼ばれた。

 

『私は貴方を信じている。だから、まだ私は負けるとは思っていないわ』

 

 カチューシャの言葉が心に響いた、凍えた体に熱が灯る気がした。

 

『ノンナ、勝つわよ』

「……ッ! はい!」

 

 小さく息を吐く、そしてレバーを握る手に力を込める。

 もう体の震えは止まっていた。

 

 

 BT-7が撃ち抜かれた時、私の心に押し寄せてきたのは焦りだった。

 あの距離を狙撃できる人間がいることにも驚いたが、目の前の事実に疑問を持つよりも、今のままでは負けるという確信の方が私にとって重要だった。認識を変える必要がある、私は今、逆境の中にある。決して優位な立場にはいないことを強く自覚する必要がある。今年度における戦車道全国大会の王者としての自尊心はある、誇りはある。しかし今、負けることに比べれば、そんなものはどうでもよかった。重要なのは、今勝つことだ。認識を変えろ、情報を更新しろ。そして勝算を弾き出せ、貪欲に、貪欲に、何処までも貪欲に、勝利を渇望しろ。そうやって生きてきた、そうやって勝ってきた。常に逆境の中で勝ち続けてきた。

 絶望なんて糞喰らえだ、私が今まで感じてきた絶望はこんなものじゃない。私は車長を目指してきた訳ではない、最初から隊長を目指して戦車道を始めてきた訳ではない。それしか道がなかったからだ。私は小柄な体をしているから皆から馬鹿にされ続けていた、小さいからという理由だけで戦車に乗せても貰えなかった時期もある。私は周りに合わせるのが苦手だ、だから誰かと仲良くなることでチームに入れてもらうことができなかった。だから自分でチームを作るしかなかった、でも誰も私のチームに入ろうとしてくれなかった。

 それでもだ。たった一人、たった一人でも私は我儘を押し通してきたのだ。そして今がある、私はノンナを手に入れた、チームを手に入れた。プラウダ高校の戦車道を手に入れた。我儘を押し通して、全てを手に入れてきた。勝利すらも、我儘で手に入れた。そして優勝した。なら、これからも我儘で勝利を掴めば良い。

 全ては私の我儘だ、我儘こそが私の活力だ。そして、それこそが勝利への活路だ。

 

「勝利を寄越しなさいッ! 私を誰だと思っている、カチューシャよッ!」

 

 だからこそ継続高校相手に勝利できていないことは許し難いのだ。

 

 

 えー、えーと、こちらT-26。T-26。アマチュア無線部所属、蛇草(へびくさ)車長でございます。

 履帯、外れました。なんでみなさん、こんな悪路を平然と走れているのでしょうか、私には理解できません。

 とりあえず修理、頑張ってます。健闘をお祈りします、では。




次回で二話目も終わりです、視点変更しまくるのが楽しすぎる。
でも今回は少数の試合なので、まだやりたいことはし切れない感じですね。

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