隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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戦車、乗ります!⑨

 寝坊する時、何時も起きるのは遅刻が決まる数分後だった。

 遅刻するのは分かっているけども諦めるにはまだちょっと早いくらいの時間帯、慌てたところで無駄だって頭の中では分かっていてもドタバタと身支度を整えてから部屋を出る。あっ、と寮の階段を手前に引き返して、ガチャガチャと鍵の確認を終えてから慌てて階段を駆け下りる。春を超えて、夏に差し掛かろうという季節。まだ涼しさが残る春の風も、太陽の日差しが夏のものに変わったのも気付かずに歩道を走る。いつも良い香りをさせているパン屋の前を通り過ぎる、そして目の前をふらふらと歩く少女の背中を見た。背丈は少し小さいけど、大洗女子学園の制服を着てるので同学年かひとつ下の後輩だ。その酔っ払いにも似た危なっかしい足取りに「大丈夫ですか?」と当たり障りのない言葉を掛ければ、もうこの世の絶望みたいな顔で「辛い」と少女は呟いてみせた。

 

「生きているのが……辛い……これが夢の中なら……良いのに……」

 

 そう言って両膝を着く少女を前に放っておくこともできず、寝坊、寝坊、と呻く彼女の体を支えながら登校することになった。これでもう遅刻は確定だ、なんだか逆に気が楽になってきた。落ち着いた頭で彼女の横顔と名簿の顔写真を照らし合わせる。そして彼女が同じ二年生の冷泉麻子ということを知る。何度か名前を聞いたことがある、確か武部さんが偶に話題に出していたような? 頭は良いけども寝坊ばっかりで手間のかかる幼馴染み。そんなこんなで、正門前に辿り着く頃にはもう時計の針はホームルームの時間を通り過ぎており、あと少しで一限目も始まるところだった。門前で待ち構えていたおかっぱ頭で風紀委員長の先輩に当然のように咎められて、遅刻の欄に私の名前が書き記される。しかし「これで連続245回目の遅刻よ」という言葉には驚きを隠すことができなかった。続く留年という言葉に、本当に大丈夫なのかな。とか思っていると「悪かった」と冷泉さんは零す。

 

「何時か借りは返す……」

 

 その言葉には、気怠さの中に真剣味を帯びていたように感じる。

 

 冷泉さんを教室まで送り届けた後、夏の陽気に当てられながら授業を受け続ける。

 その時考えていたのは、お隣さんから手渡された地図のことだ。想像する、先ずは頭の中に道を敷いて、それから山や丘を立体的に形成する。森を生やして、草原や荒地で埋め尽くす。細部は省略、構築した地図の上に五輌ずつの戦車を並べた。車種は自分にとって馴染み深いドイツ戦車、メンバーは黒森峰女学園でのチームから抜粋する。お姉ちゃん、逸見さん、赤星さん、茨城さん。お姉ちゃんが隊長なら重厚な戦車群をずらりと並べる、逸見さんもお姉ちゃんと似た陣形を取る気がするな。赤星さんは部隊を二つに分けて挟み討ちを狙うだろうか。茨城さんなら、どうするだろうか。基本通りの戦術に紛れをひとつ混ぜる気がするかな。

 そんなことをぽやぽやと考えている、とパタパタという音が聞こえてくる。青空の向こう側に小さな影、あれはなんだろうか。と目を凝らせば、それが大型の軍用輸送ヘリだということが分かった。ビリビリと教室の窓を振動させる程まで校舎に近付き、その後方から10式戦車が投下されるのを見て、あれに誰が乗っているのか確信する。

 このような破天荒な真似をする自衛隊員に、私はたった一人だけ心当たりがあった。

 

 そして彼女が大洗女子学園に来る。ということは、そういうことだ。

 私は暫し悩んだ後、「すみません!」とお隣さんに貰った地図を後ろ手に隠しながら立ち上がった。

 トイレに行ってきます、と。私はこの日、高校生活で初めて授業をサボる。

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