隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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計100話を超えるのに、まだ連載開始から三週間と経たない作品に展開を追い抜かれる作品があるらしい。


戦車、乗ります!⑩

 戦車倉庫前、それは来た。

 自衛隊の大型輸送ヘリから三つの落下傘を開きながら駐車場に落とされる。地面と挟まれた鉄板がアスファルトを削り、滑り、そして学園長の高級車に激突させた。堂々と君臨するは日本防衛の主力を担う10式戦車、フェラーリ如きがなにするものぞと自慢の履帯で踏み潰す。そして、その10式戦車のキューポラから自慢げに顔を出すのが日本戦車道の鬼才、蝶野亜美だ。所属は戦車教導隊、階級は一等陸尉。 あれって始末書で済むのかな、と彼女の後ろで鉄屑と化したフェラーリを眺めながら干し芋を頬張る。

 彼女の豪快すぎる登場に呆気に取られる大洗戦車道一同、それは本日ゲストに呼んでいた者達も驚かせた。

 

「ねえ、千代美! あれ、なんですか!? あれ! ゆかりさん、気になります!」

「待て、落ち着け。腕を引っ張るな、大型の輸送ヘリだ」

「あれが! 文献で識るのと、実際に見るのとでは全然違いますね!」

総統(ドゥーチェ)、先輩! あれがあれば、陸地でちまちまと戦う必要なんてなくなりますよ! 奪いましょう、略奪しましょう。そうしましょう! 敵の物資を自軍の為に役立てるのは戦の基本、今の時代、敵の兵器を奪うことは鹵獲と言うんでしたっけ? 我らがアンツィオ高校には、あれが必要です!」

「わかっていますね、あかりちゃん。戦術的観点から見た戦とは、部隊の展開速度こそが命運を分けるのです。足軽は走るのが仕事とはよくいったもの。自動車化に伴う機動部隊の概念でさえも革新的だと云うのに――あれだけの代物があれば、アンツィオ高校はあと十年は戦えますね!」

「その通り! 武田騎馬隊の真髄は機動力にあり、城を落としたなら次へ! そしてまた次へ! 敵が防衛線を構築する前に突破するんです! さあ、攻勢限界を突き抜けろ! 戦国時代における軍隊運営の基本は自転車操業! 止まったら補給関連で死ぬだけなので駆け抜けるしかない、略奪するしかない! 長篠死ね、信長死ね! 野戦築城とか、あの時の織田軍ほんと発想がおかしい! 一夜城で味しめるな!」

「航空機の使用はルール違反だ、バカヤロー!」

 

 旧友、もとい安斎千代美は二人のアンツィオ生に腕を引っ張られている。

 他にも彼女の後ろにはアンツィオ高校の制服を着た生徒が数人、空から登場した10式戦車を前に目を見開いていた。中には目を輝かせている者も居たが……さておき、彼女達は私が救援を要請した相手であり、今日から数日間、戦車を操縦する為に必要な基礎を教えて貰う事になっている。

 蝶野一尉が簡単な自己紹介を終えた後、千代美が黒い外套を肩に掛けた姿で我が校の生徒達の前に立った。

 

「もう紹介に与っているかも知れないが、改めて自己紹介させて貰う。私はアンツィオ高校戦車道部を率いるアンチョビだ」

 

 指揮棒を片手にヒュッと音を立てて振り回しながら得意げに語ってみせる。

 私が知っている千代美は、教室の隅っこで静かに小説を読み耽っているような――所謂、文学少女という言葉が似合う子だった。中学生の頃は眼鏡を掛けていたし、くるくるっと巻いたツインテイルも下ろしていた。ゆるっとふわっとした落ち着いた雰囲気に人当たりの良い性格。それでいて芯も強かった彼女は中学生時代、性別問わず、兎にも角にもモテにモテた。しかし彼女自身にモテていたという自覚は薄い。なんとなしに、今にして思えばそうだったかも知れない。周りにとって不幸だったのは、彼女は根っからの御人好し過ぎて、他意なく誰にでも手を差し伸べることができたことだ。恋愛小説を好んで読む癖に、千代美は他者の恋心に疎かった。ねーよ、と真顔で言いたくなるような恋愛劇を読み耽り、「私もこんな恋をしてみたい」とか「私にもこんなに愛してくれる人ができるかな」とか憂鬱げに溜息を零す姿を見ては、あーあ、可哀想に。と思いながら初心な青少年達を一瞥する。

 そんな記憶が、今は遠い昔のようだった。

 

「今回は杏――いや、角谷生徒会長の頼みで来た。アンツィオ高校を代表して、今日はよろしく頼む」

 

 千代美は一礼するとアンツィオ高校の生徒達が居る方へと戻り、パンパンと蝶野一尉が手を叩いた。

 

「ほら、さっさと戦車に乗るわよ。先ずは地図を配るから指定した場所まで移動してね」

 

 その言葉にアンツィオ高校の列に戻ったばかりの千代美が勢いよく振り返り、信じられないようなものを見る目で蝶野一尉を見つめる。

 

「えっ、もう動かさせるのですか?」

「習うよりも慣れろ、よ。大抵の事は乗れば分かるし、細かい事は動かせば分かるわよ」

 

 千代美が引き攣った笑みを浮かべる中、まあ専門家が言うなら仕方ないよね。と私は率先して戦車の方へと歩いていった。

 確か、38(t)戦車B/C型(さんじゅうはちてぃー)と言ったか。こうやって他の戦車と並べてみると、玩具のブリキ戦車っぽくてなかなか可愛いんじゃない? とりあえず、乗り込もうとして、装甲に体を乗り上げようとして、跳んで――うん、無理だ、これ。河島を呼んで、四つん這いになる彼女の背中を踏み越えて乗り込んだ。

 小山と河島、それに私の三人組。その窮屈な空間に、もう一人の少女が滑り込んできた。

 

「杏、邪魔するぞ。この戦車は私の担当になった」

「いやあ、変わったねえ。チョビ」

「アンチョビだ。二年も経てば、人も変わる。それが上に立つ人間なら特にな」

 

 詰めろ。という千代美に、はいはい、と場所を空ける。

 

「操縦手は決まってると……砲手はどっちがやるんだ?」

「んー、河島が砲手と装填手を兼任でー……駄目?」

「駄目に決まってるだろ。ほら、さっさと砲手席に座れ。頭の回転が早いお前が適任だ」

 

 仕方ないなー、と副座席を千代美に譲り、砲手席に座り直した。

 

「わっ、会長が素直……」

 

 驚く小山の言葉を聞き流す。

 

「さっきも名乗ったがアンチョビだ。短い間だがよろしく頼む」

「あ、はい。小山です。よろしくお願いします」

「戦車の操縦はだな、先ずは……」

 

 そんな小言を気にも止めず、千代美は親切を押し売るように話を進める。

 小山が慌てながらも指示通りに戦車の操縦を始めて、何か一つが上手く行く度に「よくやった!」とか「よし、上手いじゃないか!」と声を掛ける。この強引な感じ、変わらないなあ。他の車輌にも別のアンツィオ生が付き添っているようで、蝶野一尉が指定した場所まで誰一人欠けることなくスムーズに辿り着くことができた。

 呼んで良かった。と今の時点でもう心から思っている。

 

 

 


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