隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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戦車、乗ります!⑭

「会長、先ずは何処から攻めましょうか?」

 

 やる気に満ちた河島の言葉に私、角谷杏は干し芋を頬張る。

 現状、私達の38(t)戦車B/C型(さんじゅうはちてぃー)マークⅣ戦車(まーくふぉー)M3中戦車リー(えむさん)に囲まれている。常識的に考えるのであれば、鈍重なマークⅣ戦車を狙いに行くべきなのかも知れないが、折角の機会、試合の空気も感じないまま撃破してしまうのは本意ではない。

 それに、あんまり頑張りたくない気持ちもあった。

 

「西を攻めるか、東を攻めるか。いっそのこと鈍重なマークⅣを無視して、西から橋を渡ってみるのも有りでしょうか?」

「その場合は八九式を挟撃することになるけど、それはあんまり意味がないかなー?」

 

 できればⅣ号戦車D型と適当に戦って欲しいし、と心の中で付け加える。

 

「ああでも、橋に向かうってのは良い案かもね」

「では、西に進路を……」

「いやいや、向かうのは東じゃないかなー?」

 

 Ⅲ号突撃砲は待ち伏せ特化の車輌だと聞いているし、もし浅慮で川を渡ってくるなら待ち伏せの大切さを教えれば良い。南側で最も勝率が高そうなのはⅣ号戦車D型で、彼女達が相手の場合は待ち伏せがあるくらいが丁度良い。そしてM3中戦車リーは恐らく西に進路を取るはずだ。適当にやり過ごして、マークⅣ戦車と素人同士で戦ってくれることを期待しておけば良い。

 

「東の橋で待ち伏せ、これで良いんじゃないの?」

 

 パクリと干し芋を咥える。この作戦で最も優れているのは、私達が暫く楽できるという点だ。

 良い作戦を思いついた、と上機嫌で干し芋を頬張っていると通信手席に座る千代美が考え込む仕草を見せる。

 

「チョビ、どったの? 作戦が間違っていた?」

「アンチョビだ。ちょっと気になることがあってな……いや、作戦に問題はない」

「ふぅん?」

 

 押し黙る旧友の姿を横目に、まあいっか、と干し芋を更にひとつ取り出す。兎に角、道沿いに向かってはM3中戦車リーと鉢合わせするだろうと考えて、東の森に直進するように操縦手の小山へと指示を出した。ガタガタと振動する車内、上下に揺れる体に旧友が神妙に問いかける。

 

「なあ杏、紫色の髪の奴が居ただろう?」

「ああ、目立ってたよね。あれって染めてるの?」

「地毛だと言ってたよ。でも、うん、あいつ……ゆかりはどの戦車に乗ったか分かるか?」

 

 真っ直ぐに私の事を見つめる瞳には、僅かに怯えがあったように感じられたから「知らないなあ」と茶化さずに答える。

 

「うん、そうか、ありがと」

「それでその子がどうしたの?」

「ああ、あいつな……いや、うん、どういう理屈かは分からないんだけどな……」

 

 とても鼻が効くんだ、と告げられた次の瞬間、砲撃音が鳴り響いた。慌てて照準器を覗き込めば、その真正面には森の中を西へ突っ切ってきたM3中戦車リーの姿があった。応戦しないとね、その判断を実行する前にもう一発の砲撃が主砲から放たれる。それは私達の38(t)戦車B/C型の装甲に着弾し、車体を大きく揺らした。

 

 

「折角、二つもある砲身です。どうせなら有効活用しましょう」

 

 敵戦車を発見した後であるにも関わらず、結月ゆかりは落ち着いた様子で人差し指を立てる。

 

「先ずは車体を止めまして、そうです。お弁当の時間です。主砲と副砲の照準器を相手の中心に合わせてください。そう、そうです。ちゃんと入りましたか? これで二つの射線は噛み合う状態にあります――少しのズレはありますけど。さておき、副砲発射! てーっ!」

 

 その結月先輩の言葉に合わせて放たれた砲弾は、やや距離が届かずに地面に突き刺さってしまった。

 

「二つの砲は威力が違うので全く同じ調整ができる訳ではありませんが、大体のズレは分かるというものです。では間髪入れずに主砲を発射してください。大体で良いんですよ、大体で。ほら、蝶野一尉も言っていたじゃないですか、バァーッて運転して、ズバーンって撃てば良いんです」

 

 難しいことを考えるのは基本が出来てからですよ。と結月先輩は人差し指を回しながら軽い調子で告げる。

 

「主砲発射、てーっ!」

 

 ズドンという大きな破裂音と共に発射された砲弾は、ブリキ戦車のような敵車輌の頭上を掠めて何処かへと飛んで行った。

 

「おー、初めて撃って当てますか。えっと主砲の子……あゆみちゃんでしたっけ? 砲手としての才能ありますよ。桂利奈ちゃんも初めてとは思えませんね。将来が楽しみな子ばっかりで羨ましいです。ちょっと皆でアンツィオ高校に転校してみませんか? そして私の子になりませんか?」

 

 そんなことを言いながらウキウキの上機嫌で膝上に乗せたあやの頭を撫で続けている。

 非常に迷惑そうな顔をしているが、そんなことはお構いなしのようだ。ずっとこんな調子だけど、彼女の言った場所に敵戦車は居たし、指示も難しくなくてわかりやすかった。もしかすると凄いのかも知れない。方向転換をして逃げ出すブリキ戦車を前に「追い払った!」と桂利奈と優季がハイタッチを交わす。

 私、澤梓は、結月先輩の言葉にはもっと耳を傾けておいた方が良い。その仕草にも、もっと注視しておこう、と思った。


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