隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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戦車、鹵獲します!⑤

 継続高校では、よく食糧難に陥る。

 その時には最寄りの無人島に足を運んで適当に狩猟するのが私達の日常。それはアマチュア無線部とて例外ではない、むしろ主力として期待されていた。携帯コンロとか、釣竿とか、主にそっち方面で! 例え火の中、水の中、土の中、草の中、森の中であっても完全に完璧に余暇を楽しむだけの準備が我らにはある。そうだ、鬱蒼と生い茂る森の中であっても美味しい珈琲を淹れて、読書を嗜むだけの余裕がこの蛇草(へびくさ)宇宙(そら)にはあるのだ。

 う〜〜ん、エレガントッ! 素晴らしい、さすが私だ! 珈琲を飲む時はなんというか優雅でなくてはならない。それが心にゆとりを作り、余裕を生み、新たな発想を生み出すのだー!

 

「部長〜、そんなとこで珈琲飲んでないで手伝ってくださいよ〜」

「一応、仕事はしてるよ。一応ね」

 

 自分と同じく眼鏡をかけた部員に向けて、携帯端末を見せる。画面には周辺地図とGPS発信機を取り付けた戦車の動きが映っていた。

 

「それって規則的に良いんですか?」

「知らない。でも公式試合じゃないから良いんじゃない? それに自分んとこの戦車だけだし、盗聴も自重してるしさ」

「ん〜、やったら連盟が新しいルールの制定で忙しくなりそうですね〜」

 

 アマチュア無線部はみんな眼鏡を着用している、中指でくいーっと上げるのがトレンド。

 ちなみに部員の半分が伊達眼鏡、私は瓶底眼鏡。お手製だよ!

 

 

 KV-1を駆らせて、森の中を爆進させる。

 T-34に砲弾を撃たせてはならない。それがBT-7を撃ち抜かれた瞬間、寒気を感じた車内全員の共通認識であった。とはいえ最短距離で進むわけにもいかない。相手が装填を終えるまでに相手を自分達の有効射程に収めることは難しい。それだけ相手の狙撃能力は異次元であり、私達との有効射程に差があった。

 それに私達の相手は、T-34だけではない。森の中、草叢の陰から戦車が飛び出した。

 BT-42、因縁の相手が私に砲塔を向ける。

 

「分かってるのよ、そんなことォッ!」

 

 予め指示は出してある。

 砲塔を旋回させながらBT-42を軸にして回り込むようにKV-1を走らせた。BT-42の砲身から砲撃音が鳴り響く、振動する車内、発射された砲弾が間一髪でKV-1のすぐ後ろを掠める。そのままBT-42の横を取ろうと試みたが――流石は快速突撃砲といったところか、機動性では敵わない。そんなことは分かっている、相手の操縦技術は全国でも一、二を争うほどだ。鈍重なKV-1では振り切れない、後ろに付かれることは分かっていた。機動戦では勝てないことは最初から分かっていたことだ。

 砲塔は旋回させ続けている、真後ろに。さすれば必然、BT-42が照準の中に入り込んでくる。

 

「今よッ!!」

 

 砲撃、車体が揺れる。BT-42が機動を横にズラして回避した。

 くそッ、超能力でも持っているっていうのッ! タイミングは完璧だった、見てからでは間に合わない。それでもBT-42は避けてみせた、悔しい。ここで決められれば良かった、悔しい。悔しいが、そこまでは読んでいる。それぐらいはやってのける、と想定していた。私が叫んだのは、砲撃を促す為だが――それだけではない。ジクザグに動くKV-1の後ろにBT-42が張り付いた、射線を合わせられる。もう数秒もせず、KV-1にBT-42の砲撃が叩き込まれる。しかし私はジッとBT-42を睨みつけた、臆さない。手は打ってある、なら後は自分を信じるだけだ。そして自分が信じた仲間を信じるだけだ。

 次の瞬間、BT-42の車体が僅かに傾き、その後ろを砲弾が捉える。

 

「ノンナッ!」

『お待たせしました、大丈夫でしょうか?』

「まだよッ!」

 

 後部を撃ち抜かれたBT-42は地面を削るように横回転し、しかし寸でのところで横転せず、再び走り出した。撃ち抜かれる直前、BT-42は車体を横に傾けることで斜面に受け止めた。しかしガタはきているようで動きは鈍い。だが、今はBT-42に構っている場合ではない。ノンナが乗るT-28が木々の隙間から姿を現して、BT-42を追いかけるそぶりを見せる。

 

「違うわ、避け――いえ、止まりなさいッ!」

『――ッ! 停止をッ!!』

 

 ガクンとT-28が動きを止める、その直前を砲弾が掠めていった。

 BT-42だけなら倒せていた、今までアレにどれだけの辛酸を舐めさせられてきたかわからない。そのBT-42に一矢報いて、追い詰めることができた。しかし喜べない、倒しきれなかったことに歯噛みする。

 くそッ、と鉄板に拳を叩きつけた。

 

てぇぇぇぇええ・(T)とぅりぃぃぃぃぃ(-) つぁぁああちい・(3) ちぃとぅぃいりい(4)ッ!!」

 

 殺意の照準を芋スナに定める。

 

 

「くっそ、やるなあっ!」

 

 ミッコが楽しそうに悪態を吐き捨てた。

 車内が横に大回転してもカンテレを奏でる手を止めず、意識は常に自分の領域へと張り巡らせる。T-28に後部を撃ち抜かれたBT-42は少しガタが来ており、まともな走行ができていなかった。速度は25km/h近くまで落ち込んでしまっているが、ガタを抑えながらよく走っている。そもそも森の中で40km/h近くの速度で走行できるのはミッコくらいなものだ。

 ノンナの駆るT-28は22km/hが限度であることを考えれば、まだ機動の優位性はこちらにある。

 

「それにしても、ちんまい隊長ってあんなに強かったっけ?」

 

 アキが砲弾を装填しながら質問する。

 横目にKV-1が戦線から外れるのを確認しながら「彼女もやればできる子ということだよ」と告げて、カンテレで砲弾を避けるタイミングを伝える。「あらよっと」とミッコがレバーを操作して車体を横にズラした――直後、ピッタリと後ろに付けるT-28から発射された砲弾が装甲を掠める。少し不満顔になったミッコが「やっぱり反応が悪くなってるね」と強気に笑みを浮かべ直した。

 カチューシャの本質は、統制と統率にある。その利点を生かした戦術教義(ドクトリン)がスチームローラー作戦になるのだが――それを可能としているのは彼女が持つ戦線維持能力の高さだと云える。そして、その戦線維持能力を支えているのが戦場全域を見渡す視野の広さにあった。カチューシャには、西住まほやダージリンのような作戦立案能力も作戦看破能力もない。しかし、作戦遂行能力に限っていえば、二人と比べても遜色はない。カチューシャは綻びを見つけるのが上手かった、それは敵であっても、味方であってもだ。故にスチームローラー作戦という戦術を得意とする。戦線に生まれた綻びに対して、すぐフォローを入れることができる為――そしてスチームローラー作戦が通用しない黒森峰が相手であっても彼女は、西住まほの作戦の綻びを脅威の嗅覚で嗅ぎ取り、フラッグ車への奇襲を成功させた。あれを私はまぐれだとは思っていない、確かに博打だった。しかし彼女が持つ勝利への渇望が、優勝をもぎ取ったのだ。

 そんな彼女の利点は少数での戦場では発揮しきれない、戦車の数が多ければ多いほどに彼女の能力は発揮されるのだ。継続高校がプラウダ高校に対して優位に立てる条件は、鹵獲ルールという特殊なルール上でしか成り立たない。

 故に、この場では私達が勝たせて貰おう。

 後ろから追いかけてくるT-28が徐々に引き離される。あんまり距離を取り過ぎるのは不味いかな、とミッコにカンテレで逃げきれない感じを演出するように指示を出した。

 瞬間、急にT-28が方向転換し、木々に身を隠して静止する。

 

「何を……しまッ!」

 

 T-28がKV-1(カチューシャ)の方角、つまりT-34(ヘイヘ達)に向けて砲撃した。

 

 

 ――相手が静止状態ならッ!

 

 レバーを握る手から確かな手応えを感じる。

 今年度の全国大会では自分と肩を並べる狙撃能力を持ち主はサンダース大学付属高校のナオミだけだった。偏差射撃に限っていえばナオミに軍配が上がるかもしれない、だが静止状態に入ってから砲撃するまでの早さなら誰にも負けるつもりはなかった。砲弾は低い弾道を画いて、T-34に向かって飛んでいった。この弾道なら確実に当たる。心の中でガッツポーズを決めた時、T-34が動き出す。前ではなく、後ろへと。その結果、急所を外して装甲を削るだけに留まる。

 呆気に取られる。あの動き、偶然か、それとも狙ってのものか。ただ分かるのは、ありえない、というものだった。

 

「ノンナさんッ!」

 

 同志に呼びかけられて、周囲を警戒する。

 瞬間、盾にしていた木が吹き飛んだ。木の幹が枝葉ごと覆い被さってくる中、戦車を緊急発進させた。木が倒れる、車窓からBT-42の姿を確認する。これ以上は撃たせてくれないか、と変態軌道を取り続けるBT-42と対峙する選択を取った。

 

「あの壊れかけにとどめを刺しましょう」

 

 新たに砲弾が装填されるのを確認し、私は再びレバーを握り締める。

 ここは撃ち勝つ以外の選択はない。何故ならば鈍重なKV-1では、あのBT-42を捉えることは難しい。

 

 

 KV-1が突っ込んでくる、愚直なまでの最短距離で。

 幾ら相手が第二次世界大戦初期の時点で一世を風靡した重戦車であったとしても、砲塔はT-36と同じだ。申し訳程度にジグザク走行をしているが、その装甲を撃ち抜くのは難しいことではない。ステンバーイ、ステンバーイ……と予測込みの照準を定めていると、ガクンと急に戦車が後退した。まだ敵は遠い、とても走行しながら狙える距離ではない。

 思わず、悪態を吐きそうになったところで、ガッと砲弾が装甲を掠める。車内が大きく揺れた。

 

「ごめんなさい、視線を感じたのでッ!」

 

 操縦手のマリが告げる。確認した限りでKV-1は砲撃していない。

 ということは私達を狙ったのは奥にいる、T-28ということになる。まじかよ、マリ。まじかよ、ノンナ。BT-42(ミカ達)を相手にしながら私達を狙撃してくるノンナもありえないし、それを察知して回避行動するマリもありえなかった。こいつら全員、寒気がするな。高校戦車道って、こんな化け物ばかりだったっけな?

 困惑している間にもKV-1が突っ込んでくる、とりあえず迎撃しなければと改めて照準を定める。その時、KV-1の砲塔が私達の方を向いていないことに気付いた。KV-1が私達の左側を砲撃する、マリの反応はなく、少し遅れて私も砲撃した――その瞬間、視界に覆い被さるように枝葉が倒れ込んで、砲弾が防がれる。マリに指示を出して、後退させる。右か、左か。意識を張り巡らせる、見つけてからでは間に合わない、と先の砲塔の向きから右側から攻めてくると予想を立てて、照準を合わせた。

 パキ……パキ……と何かを砕く音がする。

 ゾクゾクっと背筋が凍る感覚、ヤバい、なんかヤバい。なんかヤバいことが起きてるッ!

 バキィッ! と一際目立つ音が鳴り響いた。

 

てぇぇぇぇええ・(T)とぅりぃぃぃぃぃ(-) つぁぁああちい・(3) ちぃとぅぃいりい(4)……ッ!!」

 

 倒した幹を踏み越え、砕き、愚直にも、KV-1が真正面から最短経路で姿を現した。

 キューポラから小さな暴君が身を乗り出して、地獄の底から這い上がるように私達を睨みつける。その存在感、殺意に飲み込まれそうになる。ビキビキと立てる青筋が今まで溜め込んだ鬱憤を現している、それを今晴らさんと私達を獲物と見立てて睨みつけてくる。

 カチューシャが獰猛な笑顔を浮かべた。その姿に、ぐるると猛獣が唸る声を幻聴する。そして彼女は腹の底から振り絞るように声を発した。

 歓喜に身を震わせながら、言葉に殺意を乗せる。

 

「やああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っとぉ! 追い詰めたぁぁぁぁああッ!!」

 

 直後のKV-1による砲撃。マリがその場で旋回するようにT-34を動かし、それを避弾経始で受け流す。

 チッ、と舌打ちをするのが聞こえた気がした。視線は未だ、私達を捉え続けている。まるで鷹のように捉えて逃さない。

 ヤバい、ヤバい、こいつはヤバい。全国大会決勝でみほは最後、こんな奴を相手にしていたのか。これは確かに喉元を食い破られても仕方ない、これは撃ち負けてもおかしくない。納得した、黒森峰が決勝で何故負けたのか、よく分かった。

 だから、どうした。私が負ける理由には足りないなッ!!

 

「マリ、行けるッ!?」

「行くのか、行くのかよッ!? こんな奴を相手に……ああ、わかった、やってやるッ!!」

「ここで決着を付けてやるッ!!」

 

 KV-1とT-34が弾けるように動き出した。




終わらなかった(白目

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