隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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戦車、鹵獲します!⑥

 森の中、砲撃音が轟いている。

 発信機の動き方からしてBT-42とT-34が別々の位置で交戦中。BT-42の変態的な軌道が鳴りを潜めていることから、故障した可能性が高そうだ。エンジンじゃなければ良いのだけど――と、そんなことを考えながら履帯を修理する私達(アマチュア無線部)。正直なことをいえば、端末に映る限りでも気持ち悪い動きをしている場面が多々あるので戦闘に参加したくなかった。

 たぶん今、出て行ったら速攻で倒されるんだろうな、と確信しながらゆるゆると修理に励んでいる。

 我々は賢いので、空気が読めるのです。

 

 

 森の中を疾走する。

 木々を避けてのジグザグ走行であり、砲塔は旋回させて背後に向けている。

 後ろからは、キューポラから身を乗り出した小さな暴君がしきりに何かを叫びながら砲撃を繰り返している。それを第六感なのか、はたまた未来予知なのか、T-34を駆るマリはフェイントを駆使しながら撃破されるような被害は避けている。悪路から激しく上下に揺れる車内、スオミの巨体が大きく跳ねるほどだから小柄な(兵衛)への影響は更に大きい。そんな行進の中での射撃では、まともに当てることは叶わない。しかし後ろから追いかけられている今、下手に止まる訳にはいかず、かといって撃たないわけにもいかない。牽制の為に、もしくは相手の進路を制限する為に、当たる見込みのない砲撃を繰り返した。事ここに至っては最早、根気の勝負、気を抜いた方が負ける。

 神経を研ぎ澄ませる中、マリの助手席に座るエトナがトランシーバーに向けて、しきりになにかを話している。

 そのことを今は咎めることも、問い詰めることもできなかった。

 

 ――おい、もっと詳しい情報を送りやがれ。

 

 私、いや、(エトナ)はトランシーバーを片手に握り締めて語りかける。

 この膠着状態を打破する為には何かしらの外的要素が必要だった。今はマリが神経を擦り減らしながら戦車を操縦し、ヘイヘが牽制の砲撃をしているおかげで現状を維持できている。だが二人のいずれかが集中力を切らしてしまった時点で、あのちんまいクソガキ(カチューシャ)に勝利を持っていかれる危険性がある。いや、確実に勝利をもぎ取られる、それだけの執念と意志を感じる。

 だからこそ、次の一手が必要だ。策士というものは常に二手、三手先を考えて行動する。故に次の一手はノリと勢いで決めるものだ。行き当たりばったり? 人生そんなもんだろ、むしろ計画通りに事が進む方が少ない。そうだ、計画というのは乱されるものであり、乱すものなのだ。相手の計画通りに事を進ませない、それだけの為に策は弄するだけの価値がある。

 これは奇手、嫌がらせのようなものだった。

 

『このまま行けば、あと数分後で合流できます。どうぞ!』

 

 トランシーバーから聞こえてくるのはアマチュア無線部の部長であるソラのものだ。

 

「あと数分じゃねえ、もっと詳しい時間を教えろ」

『んなの計算できるかッ! あと二分四十秒程度、誤差十秒前後! あんたら不規則に動きまくってるから計算狂うんだよ!』

「なるほどな、あと二分四十秒な」

『二分三十秒だよ! あと二分二十八、二十七……今も時間が進んでるってこと忘れんなッ! 二十四秒ッ!!』

「あーもう、わかった、わーったよ! どうせ近くに行きゃあ感覚で分かる!」

 

 隣に座る(マリ)の肩を一度、トンと叩いて策を伝える。

 

「その場でスピンってできるか? あのモーターレースのウイニングランでたまに見る、走りながらその場でギュンッと回るやつだ」

「ミッコ先輩のBT-42ならできるんじゃないかな!? この戦車だと難しいね! 姉さん、今は……」

「よし、わかった。なら、やれるな?」

「……なにかやるつもりなら、早くみんなに伝えてッ!!」

「ああ、わかった」

 

 俺はトランシーバーを握り、そして仲間全員に向けて策を伝えた。

 

『この作戦に意味があるとは思えない』

『なら従わないの?』

『……しかし君の判断を信じよう』

 

 隊長からの許可も貰った。

 なら後は好き勝手にやらせて貰うだけだ。揺れる車内をするするっと移動して、キューポラから身を乗り出す。そこから見る光景は良いものだった。風を感じる、景色が駆け抜ける。そして真正面にいるカチューシャの殺意が心地よかった。

 奴が私を睨みつけてくるから、俺は舌を出して、中指を立て返してやった。

 

「来いよ、糞ガキィッ! 身長制限に足りてねえ奴が戦車(大人の玩具)で遊んでんじゃねえッ!!」

 

 

 新しくキューポラから出てきた奴がなにかを口走った。

 それはよく聞こえなかったが、しかしなにを言っているのかはよく理解できた。その口の動きだけで何を言っているのか分かる程に(カチューシャ)が意識してきた言葉だった。それはガキ、それは身長、相手の表情からして、明らかに悪口として活用されている言葉を理解した時、私の心から感情は消え失せた。言葉はなかった、言葉はいらなかった。人が蚊や蝿に語りかける言葉がないようにアレには何も返す必要がない。ただ潰す、その意思だけで良かった。

 無言で目の前で逃げるT-34を見据えて、追い立てる。

 T-34と比べると速度で劣る。しかし中戦車のT-34と比べると重戦車であるKV-1の車重は重たい。故に、悪路であってもT-34よりKV-1の方が比較的車体を安定させながら進むことができる。その為、進行間射撃の精度は私達の方が高い。当てるまでは行かずとも、真っ直ぐには走れないように砲弾を撃ち続けさせた。

 鬼ごっこを始めてから、どれだけ過ぎたか。

 最早、どの辺りを走っているのかわからない。ただ方角だけは理解していた、もしかするとT-28(ノンナ)が近くにいるのかも知れない。それよりも先にBT-42と遭遇する可能性もある。その時に、どう行動すれば良いのか――余計なことは考えるな、今すぐに目の前のT-34を潰せれば問題ない。

 だが、今、KV-1(私達)とT-34の状況は半ば膠着状態にある。追いかけ追われる関係にあるとはいえ、共に決定打に欠ける状態が続いていた。そのことが歯痒い。しかし焦りは厳禁だ。ただ潰す、その意志だけを強く保てば良い。そうするだけで勝てることは分かっている。これは予定調和だ、私達の勝利は確定している。

 それは、あくまでも、このまま何事も起こらなかった場合だ。

 意識を集中させる、ほんの少しの綻びも逃さない。目の前を走るT-34に目を凝らした、耳を澄ませる。少しの綻びも逃さない、少しの隙も逃さない。その瞬間に相手の喉元を噛みちぎってやる。このまま重圧を与え続けることが肝心だ、そうやって相手の失敗を誘発させる。それが最善、それが今私が取れる最高の選択、そのことには違いない。

 しかし、それは今の状況に限る。状況は常に目まぐるしく変化することを私は知っていた。

 不協和音を耳にする。咄嗟に意識を周囲に張り巡らせる。違和感はない、何故なら私がカチューチャだからだ。違和感はあり得ない、もし仮にそう感じたのだとすれば、それは確信だ。この場には他に戦車がいる、敵か味方か、エンジン音は重なる。敵と味方だッ! 前方から迫ってきているッ!!

 次の瞬間、前を走るT-34が急に方向転換した。地面を滑るように、ドリフトしながら履帯を削って、留め具を弾き飛ばした。あれは逆方向に砲身を向けようとしているのか――そのT-34の突然の奇行を前に、僅かに思考が乱される。そして、T-34と擦れ違うように、そしてT-34と同じように地面を削りながら姿を現した戦車の影、BT-42――咄嗟に私は首元を手で押さえた。半回転したBT-42の砲身がKV-1《私達》に向けられる。私が乗る砲塔が動いた、砲手が咄嗟に照準をBT-42に合わせたようだ。

 私は叫んだ、撃て、と。

 直後、ほぼ同時に四つの砲撃音が戦場に鳴り響いた。

 

 

 白煙が上がる、白旗が上がる音がした。

 (ミッコ)は片目を閉じて、車窓から外を覗き見る。真正面にはKV-1の巨体があった、その砲塔からは白旗が上げられている、対して私達には砲撃を当てられた衝撃はなかった。息を吐いた、どうやら撃ち勝ったようだ――カンテレの旋律が耳に入る。もう勝負が終わったはずでは、いや、まさか!

「ミッコ!」とミカが語気を強めて名を呼んだ。アクセルを踏んだ、その場で旋回させる。砲身をまだ白い煙が上がる方角へと向けた、次の瞬間――白煙を蹴散らすように放たれた砲弾がBT-42の履帯に刺さる。やられた、と車体を叩いた。吹き飛ばされた白煙から姿を現したのは二輌の戦車。白旗を上げるT-34、そして、私達に砲身を向けるT-28(ノンナ)だった。

 ミカがカンテレを床に落とした。それを意にも介さずに砲手席に座り、照準器に顔を付ける。

 

「アキ、早くッ!」

 

 珍しくミカの焦る声、砲弾を装填する音がする。

 しっかりと蓋を閉めた音を確認してからミカが引き金を引いた。

 強い衝撃と音が車内を揺らす、白旗が上がった。

 

 

 突如、目の前に現れた時、聞こえたのは愛しい暴君の声だった。

「撃てッ!」と云う言葉を聞いた時、引き金を引いていた。照準は無意識のうちにT-34の急所に定めていた。

 回りきらずに車体側面を見せて停止するT-34の横っ腹に私の撃った砲弾が直撃する――とほぼ同時に砲塔だけをこちらに向けていた砲身から発射されたT-34の砲弾はT-28の履帯に当たった。感覚からして走行は不可能、少なくとも履帯は破壊されてしまっていた。パシュッと白旗が上がる音が聞こえた、それを確認する前に砲身をKV-1(カチューシャ)の方向へと向ける。薄く晴れる視界の中で白旗を上げるKV-1の姿、そしてBT-42がまだ生存していることを確認した。T-28はもう動けない、BT-42がその場で旋回を始める。あのBT-42の出鱈目さはもう嫌という程に思い知らされている。まともに撃っても受け流される可能性が高い、だからまずBT-42の機動性を奪うために履帯を目掛けて撃った。機動力は奪った。車体はしっかりと昼飯の角度を取っているのが、本当に憎たらしい。本当なら砲身がこちらに向く前に止めたかったが仕方ない、装填手が次弾を装填する様を肌と耳で感じ取り、尾栓を閉める音がする直前に引き金を握る。

 そして、尾栓を閉めると同時に砲弾は発射された。

 砲撃音が重なる、その直後に被弾の強い衝撃が車内を揺らした。白旗が上がり、戦車内の機能が全て強制的にロックされる。

 息を吐き、もう動かない照準器から外を見るとBT-42からも白旗が上がっているのを確認した。

 

 

 (兵衛)はプラウダ高校が入れてくれた暖かい珈琲を啜っている。

 試合後、生徒同士で和気藹々としている中でミカとカチューシャは言い争っていた。

 

「絶対にノンナの方が早かったわ、僅差でプラウダ高校の勝利よ!」

「それはどうだろう? 私の目にはT-28から先に白旗が上がったように見えたけど」

「車内にいる貴方から見えるはずがないじゃないッ!」

「いやいや、当事者だから分かることもあるよ」

 

 どちらも一歩も退かない様子であり、この言い争いはもう暫く続きそうだった。

 隣にいるミッコがいうには、本当に珍しいことが続くなあ、ということだが、此処で勝利ということにしとかないと学園艦の存続に関わってくるので仕方ない気がする。そこにスマフォを持ったプラウダ高校の一人が慌てた様子でカチューシャになにかを伝えに向かった。するとカチューシャは急に不機嫌になって、周りに怒鳴り散らした。そういえば、なにか忘れている気がするな、と思っていると不機嫌な顔をしたカチューシャがずんずんと私の前まで歩み寄ってくる。

 逃げるようにミッコが私の側から離れる。ミカがトランシーバーを手に取り、何処かへと連絡を入れていた。

 

「ねえ、そこのあなた。継続高校の戦車道がなくなるっていうのは本当なの?」

 

 なんでそんなことを私に確認するのだろうか。

 

「ええ、まあ。今、私達には戦車が四輌しかないんで……戦車道の全国大会に出場できないんですよ」

「どうしてそんなことになってるのよ! 私達から勝っ……、〜〜ッ! 私達が貸してやった車両があるじゃない!」

「いや、本当に、どうしてこうなっているのでしょうか……ただ一つ言えることは、世の中、貧乏が悪いんですよ……」

 

 暖かい珈琲を啜る。美味しいなあ、心まで染み渡るようだ。

 

「……本当のことのようね」

 

 ふん、とカチューシャが鼻を鳴らすとプラウダ高校の生徒になにか指示を出した。少しすると修理を終えたばかりのBT-7が走ってきて、私達の前に停まった。ぞろぞろと中から搭乗員が出てくる横でカチューシャがドヤ顔で腕を組んでみせる。

 

「貴方、試合開始直後にBT-7を撃ち抜いた砲手って聞いたわ」

「はい、そうですね。それがどうかしました?」

「あの腕前を見込んで、このBT-7を貸してあげてもいいわよ」

 

 言いながらBT-7を手で叩いた。

 

「本当?」

「ええ、カチューシャに二言はないわ。その代わり条件があるわよ」

 

 そう云うとカチューシャは私の前まで寄ってきて、指先で私の胸元をつついた。

 

「継続高校の戦車道がなくなったらプラウダ高校に来ること、嫌とは言わせないわ」

 

 不思議と珈琲の入ったカップを持つ手に力が入った。

 獲物を見定めるような目で、私のことを見るカチューシャを前にして――私の胸は高まった、単純に嬉しかったのだ。

 必要がある、と言ってくれることが嬉しかった。

 

「BT-7は継続高校ではなくて貴方に貸すのよ、それが嫌なら貸さないわ」

 

 貴方が欲しい、と率直に言ってくれるカチューシャに私は笑みを浮かべる。

 

「うん、わかった。戦車道を潰させるつもりはないけども、もし駄目だった時はプラウダ高校に行きますね」

「ええ、待ってるわよ。全国大会では初戦で当たることを期待しているわ。えっと……」

兵衛(ひょうえ)と呼んでください」

「ひょーへ? ひょう……ヘイヘ、私はカチューシャよ」

 

 カチューシャが片手を差し出してきたので、それを私は握り返した。

 二人で微笑み合うと、バキバキッと戦車が森の中から姿を表す。あれは確か、アマチュア無線部が乗っていたT-26だったはずだ。みんなの視線がT-26に集中する端で、そそくさとBT-7に乗り込んでいったエトナ。そして私はスオミに背負われて、T-34に搭乗する。無言でエンジンが掛けられた。あれ、なんだろ、あれ、おかしいな。あれ、あれれ?

 キューポラから瓶底眼鏡の幼女先輩が身を乗り出した。

 

「我らアマチュア無線部、もとい継続高校T-26チームは開始早々に履帯を外してしまって、今の今までずっと修理活動をしていましたァーッ! もう試合終わってるとか……終わったなら終わったで早く教えてくださいよバカーッ!!」

 

 まず最初にKV-1が動き出した、それを追いかけるように継続高校の戦車が動き出す。もちろんBT-7もだ。トランシーバーから声がする、応答するとミカの声が聞こえてきた。

 

『私達は勝利した。戦車一輌を貰える上に、BT-7まで貸してくれるなんて太っ腹な高校だよ』

『え、何これ!? なんなの? 勝ったの!? 勝ったのね、そうだよね、私達倒されてないもん! 勝ったんだやったー!!』

『ソラ、早く逃げた方がいいかな。その場にいると冗談抜きでシベリア送りになりそうだからね』

 

 その言葉を聞いた時、私は思考をやめた。

 

「こらあッ!! 待てぇッ、KV-1を置いていきなさいッ!! こんなの不正よ、不正ッ!! 負けた時も、先ずはBT-7という取り決めだったじゃない!! ああもう! ノンナ、T-28で追いかけるわよッ!!」

「それがまだ修理を終えてなく……」

「ああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 そっと目を伏せる。

 もう何も聞こえない、何も聞きたくない。

 勝ったのに、何故か肩身狭く、私達は追われるように自らの学園艦へと帰っていった。

 

 

「それで結局、あれってどっちが早かったの?」

 

 BT-42の車内、ミッコの代わりに戦車を操縦するアキが問い掛けてくる。(ミカ)はいつものようにカンテレを奏でながら、どう答えようかなと悩み、答えが定まらないまま気ままに口を開いた。

 

「どちらにしても私達の勝利には違いないよ」

 

 その答えにアキが不貞腐れるように頰を膨らませるのを見て、でも、と付け加える。

 

「……練習は嘘を付かないさ」

 

 アキが首を傾げる。

 継続高校に戻った後、少しくらいは砲手か装填手の練習をしようと思った。

 思うだけで、きっとしないんだろうな、とも思った。




次からは第三話になります。

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