隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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間幕的なもの


黒森峰、再始動です!

 三年生の先輩方は全国大会を終えてからすぐに引退した。

 その理由の大半が大学進学に備えてということであったが、たぶん全国大会十連覇を成し遂げられなかったことがいつもより一足早い引退の要因だと思っている。何故なら引退する先輩達の顔が暗かったから。

 三年生の先輩が居なくなったこともあるのだろうが、黒森峰の戦車道は随分と風通しが良くなった気がする。それは良い意味ではなくて、きっと悪い意味だ。層が薄くなった、質が極端に悪くなった。みほと兵衛が居なくなって、残ったのはまほとエリカの二人だけだった。黒森峰の黄金時代が訪れると思ったのに、同学年の中核を担うべき二人の存在が居なくなったのはあまりにも大きすぎる。戦車の質は高い、数もある。練度も他の高校と比べるとまだ高いままだと思う。

 それでも来年、優勝できる気がしなかった。あまりにも士気が低過ぎる。

 

「小梅、浮かない顔をしているわね」

 

 汗を流したエリカが話しかけてきた。今の黒森峰で唯一、士気を高いまま維持できている人物。そして、まほから直々に副隊長に選ばれた存在でもある。

 

「ええ、分かっているわ、小梅。みんながやる気を失くしてるってことくらい……でも、()()()()()にまで暗い顔をされたら堪らないわ」

「うん、ごめんなさい。エリカ」

「謝るくらいなら気合を入れなさい。次は絶対に優勝するわよ」

 

 エリカは変わった。みほが学園艦を去り、鬼気迫るように練習をしている。

 兵衛の時はまだ違った。なんというか必死だったのだ、ただ優勝を目指して必死に練習を続けていた。

 でも、今はなんというか違っている。怖さの質が違っている。

 

「赤星副隊長、どうなさいました?」

 

 仲間に問われて、なんでもないよ、と首を横に振る。

 不穏な空気が漂っている。なんだか嫌だな、というような雰囲気だ。気が滅入る、梅雨入りの時のように気分が重たかった。どうして私が副隊長に選ばれたのだろうか、よくわからない。わからないけども、わからないなりに頑張らなきゃって思う。戦車の整備は皆だけに任せない、やらなきゃいけないことが他にもあることはわかっている。でも、自分の戦車は自分で整備しなくちゃって思うから、副隊長になっても変わらずに続けている。

 みんな私のことを見ている。見るようになった、だから手を抜くような真似もできない。エリカのように必死にはなれないかもしれないけど、目の前のことを一生懸命やろうと思った。手を抜かず、丁寧に仕事をこなす。まほもエリカも凄いから、凡人の自分は地道に頑張るしかない。顔を油まみれにして、それでも私は凄いんだと自信たっぷりに胸を張る。虚勢でも良い、副隊長は弱気ではいられない。支えられる側から、支える側に回ったのだ。まだ力不足だけど、少しでも、そうあろうと思った。

 すぐに変えられるとは思っていない、少しずつ、一歩ずつ、されども決して踏み外さないように。

 それが凡人の自分にできる最良の道だと信じている。

 

「副隊長、私も手伝いますよ」

「自分の戦車くらいは自分で整備しとかないといけないし」

「あとで私の戦車も少し見てください! 手伝いますんで!」

 

 そう言って隣で戦車の整備を手伝ってくれる。

 少しずつ変わってきている。エリカは物足りないと思うかもしれないけども、少しずつ変わっている。

 みんなで油に塗れながら車庫にある戦車の点検を終えていった。

 

 

 西住みほが黒森峰を出る、それは自分にとっては許せないことだった。

 兵衛(ひょうえ)は良い、彼女は戦車道を続ける為に黒森峰を出たのだ。むしろ黒森峰が彼女を追い出したのだと思っている。

 でも、副隊長……いえ、みほは違う、彼女は逃げたのだ。全国大会直後、早々に引退してしまった三年生と同じように彼女もまた敗北を背負い切れずに逃げ出した。いや、それも違うか。みほは兵衛を見捨てたことに罪悪感を感じて、それで戦車に乗れなくなった。そのことが私は許せなかった。まるで侮辱された気がした、私達の黒森峰十連覇に賭けた想いを侮辱された気がした。負けたことは仕方ない、それはもう誰が悪いとかいう話ではないのだ。それに戦犯という話であれば、あの時、戦車一輌を川に落としてしまった私達の責任が最も重い。

 兵衛は誰よりも勝利に貪欲だった、それは片脚を失っても変わらない。彼女は彼女の想いに従って行動した、片脚を失ったことは彼女が選んだ結果だった。だから兵衛が片脚を失ったことに対して、勝手に責任感を感じて、それで戦車に乗れなくなるという結末は彼女を侮辱しているとか思えなかった。

 そうではない、ということはわかっている。そんなつもりじゃない、ということもわかっている。

 ただ単に拗ねているだけなのかもしれない。

 それでも、どうしても、私はみほのことを許すことができなかった。戦車道を愛した彼女を想って、戦車道を捨てる選択を取った彼女を許せなかった。だから私は黒森峰に残る、そして次こそは勝利する、優勝する。何処までも貪欲に勝利を目指して、それで兵衛と全力で競い合いたかった。

 みほのことはもう良い、もうどうでも良い。

 忘れてしまおう、そう思った。忘れるべきだと思った。思い出すとイライラするから、許せないから、忘れようと思った。

 

「……あ、あの!」

 

 そんな風に声をかけられたので振り返ると、同学年の子が少し怯えるように立ち尽くしていた。それも一人ではなく、四人ほど。

 

「……なに?」

「ひぅっ……」

 

 言葉を返すと怯えられる。

 別に怖がらせるつもりはないんだけど――なんか、そういう反応をされると悪いことをした気になる。

 決まりが悪く、後頭部を掻いてから再度、こちらから話しかける。

 

「それで私に何の用かしら?」

「あ、あの……戦車のことについて……」

 

 戦車に関する質問? 珍しいわね。そういう質問をする時は大抵、小梅の方に流れることが多かった。

 実際、彼女は優しくて面倒見が良い。愛想の悪い私に話を聞きに来るなんて物好きな奴らね、と思いながら私に話を聞きに来た四人の顔を眺める。そして、少し顔を顰めた。彼女達の表情には既視感がある、全国大会の前に私達が西住姉妹に向けていたものと似ていた為だ。特に小梅がみほに向けていた目とよく似ている。

 私は溜息を吐き捨てる、それを見た四人がビクリと肩を竦める。気弱なところが気に入らない、何処ぞの誰かを思い出すから。

 

「ついて来なさい、実物があった方が理解しやすいでしょ?」

 

 そう言って、背を向ける。

 後ろから、やった、とか、よかったね、とか黄色い声が聞こえてくるのが随分とむず痒かった。まほ隊長も似たような感じだったのだろうか、あの無表情な顔の裏で照れてたりするのだろうか。想像してみたら、なんだかおかしくって、クスッと吹き出してしまった。「あ、笑った」という声が後ろから聞こえた。すると途端に恥ずかしくなって「早く来なさい!」と怒鳴りつけた。ごめんなさい、と謝る彼女達を無視して、ずんずんと先を歩いていく。これは確かに無表情になる、と下唇を噛み締めながら、そう思った。

 隊長のことが少しわかった気になって、少しの嬉しさも噛み締める。

 

 

 私、西住まほは戦車道の個室で雑務をしていた。

 机の上には溜まりに溜まった書類の束、その多くはマネージャーとかに回しているが彼女達では判断できないことが私の下に送られる。そして、その送られてきた書類の処理に追われているところだった。日中は隊長として戦車道の指導を行なって、空いた時間は座学に励み、そして練習を終えた後には書類整理に追われる。本来ならば副隊長に仕事を分けるところだが、今、彼女達には戦車道のみんなを見ていて欲しいということもあって、このような雑務は全て私が処理している。それでもマネージャーの働きのおかげで私の仕事は多くても一日一時間程度、中身を確認して承諾の判子を押すだけになることが多かった。

 ふと溜息を零す、近頃、溜息が増えた気がする。それは雑務のせいで戦車道だけに集中できなくなったこともあるが、それ以上に黒森峰の現状と今後を憂いてのことだった。

 私もそうだが、未だに私達は全国大会決勝から立ち直れていない。

 

 事実上、黒森峰女学園戦車道は瓦解した。

 その明確な時期は分からない。十連覇を逃した時か、白兵衛が黒森峰を去った時か、みほが学園艦を降りた時か。ともあれ、黒森峰に与えた衝撃は再起不能とも呼べるほどのものであり、私達は一からの再編を余儀なくされたのだ。

 その再編を成す為に抜擢したのが二人の副隊長、逸見エリカと赤星小梅になる。

 まだ一年生の二人ではあるが、順調に力を付けてきており、周囲にも悪くない影響を与えている。少なくとも一年生を中心に士気が少しずつ回復していっている。優勝を経験したことがない分だけ、まだ彼女達の衝撃も少なかったのかもしれない。

 無論、良いことばかりではない。二年生と一年生の間で確執が生まれつつあることが問題の一つ。他にも、これは予期していた事だが、小梅とエリカとで別々に派閥が形成されつつあることも問題だった。今はまだ派閥と呼ぶには大袈裟かもしれない。しかし二人を中心に影響力が肥大化しつつあることは確かで、軋轢が生じるのも時間の問題のように思える。どうするべきだろうか、いっそのこと競わせてみるべきか。今の士気の低い状態を続けるよりもましな気がする。

 十連覇を逃した後では一年生一人に副隊長を任せるのは荷が重いと思って二人を選んでみたが、選択を誤ったかもしれない。

 

 再び溜息を零した、そこでふと練習試合の申し出の一覧を見つける。

 なんとなしに目に通すと、結構な数の高校が一覧に上げられていた。中には合同練習もあり、戦車道とは関係のない強襲戦車競技(タンカスロン)の申し出もある。普段なら黒森峰の欠点を考慮しながら練習相手の取捨選択をするのだが――今は再編している最中、良いところを探す方が難しい状態だ。今の黒森峰は四強と肩を並べる実力はない。仮に拮抗できる力があったとしても、それは戦車の性能頼りによるものである。

 少し思考して、決断する。私は申し出の用紙、全てに承諾の判子を押した。

 決断することが隊長の役割だと思っている、そして決断したならば迷ってはならない。上が迷えば、下が路頭に迷うことになる。だから不安があっても感情を表に出してはいけない。

 申し出の用紙に、必ずしもレギュラーで試合に臨むわけではないことを注釈し――尤も今の黒森峰にレギュラーなんて、あってないようなものだ――、これから先の一年間、いや、残り八ヶ月程か。試合漬けの日々を送る覚悟を決めた。何人が残るだろうか、分からない。でもエリカと小梅が居るから全国大会に出られない、ということはないはずだ。不安はある、でも、もう決めたことだから、あとは突き進んでいくだけだった。

 黒森峰戦車道を今ここから改めて始めよう。




この黒森峰では、III号戦車の面子は転校をしていないし、みほも周りから陰口叩かれたりしてないです。
みほの話は来年三月で大洗に入学するまで待つのです。アンチが書きたい訳じゃないんです、彼女には彼女の物語があるんです。
この物語の悪役は辻廉太だけで良いのです。

追記、
ひっそりと「戦車、鹵獲します!⑥」の最後、書き足してます。

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