隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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試合、できます!④

《マリの場合》

 

 十月も終わりが近付き、冬に差し掛かる頃合い。

 第一回継続高校戦車道会議を終えて学生寮の私室に戻った僕は、どうしたものか、と考えながら二つあるベッドの内一つに身を放り投げた。

 自分の乗る戦車のメンバーを集めなくてはならないが、この中途半端な時期だ。今更、戦車道に入ってくれる生徒がいるとは思えなかった。かといって、このままでは(エトナ)のメンバーとして強制的に組み込まれかねない。いや、別に姉のことは嫌いではないのだけども、ずっと一緒で居るのは面倒が多そうで嫌だった。それに僕にとってBT-7に乗ることには意味がある、それは姉が相手であっても譲れないものだ。

 そんなことを考えていると部屋に備え付けのシャワー室の扉が開けられる。僕が顔だけを横に向けると、パンツだけを履いてわしゃわしゃっとタオルで長い髪の水分を吸い取っている。

 

(フーコったら相変わらず、恥じらいのないやつだなぁ……)

 

 そんなことを思いながら、じぃっと同居人であるフーコの肢体を眺めていると、彼女は僕の視線に気付いても気にすることなく口を開いた。

 

「ま〜た、マリは悩み事でも抱えているの?」

 

 呆れるように溜息を零すフーコ、「まあね」と僕は隠すことなく告げる。

 

「ふぅん? いつもの姉さん関連じゃないのね?」

「少し関わってるかな、でも姉さんが原因ではないね」

 

 珍しいわ、とフーコが素っ気なく言ったので、まったくだね、と私は苦笑する。

 

「それで悩みっていうのはなんなの?」

「ああ、それはね……」

 

 まだブラジャーを付けていない胸が揺れる様を見ながら、だめ元で聞いてみようか、と思って同居人を誘うことに決めた。

 

「戦車道に転科して僕の乗る戦車のメンバーになってよ」

「良いわよ」

「うん、まあすぐには……えっ?」

 

 思わず、彼女のことを見返すとフーコは平然とした顔で「ええ、だから、良いわよ」と繰り返す。

 

「えっ、ちょっと待って、そんなにあっさり?」

「少しくらい悩んだ方が良かったの?」

「そういう訳じゃないけども……う〜ん……」

 

 拍子抜けした、と云うのが正しい気がする。

 メンバー集めには苦労すると思っていた矢先に一人目が決まったのだ、そう思うのも無理はない。

 そしてBT-7の大きさを考えると残り一人ということになる。

 

「他に何人集めれば良いの?」

 

 フーコがスマフォを取り出しながら聞いてきたので「あと一人だよ」と返すと「なら問題ないわね」と誰かにメッセージを打ち込んだ。それから数分もしない内に、ピロリン♪ と電子音が響き渡る。

 

「確保したわよ。良かったわね、貴方、同性から人気があるから」

「えっ、どういう意味?」

「そのまんまの意味、女の子に人気なのよ。あなたって」

「えぇ〜? そんなまさか〜?」

 

 へらへらと笑っているとフーコが少し可哀想な子を見るような顔をして、そのまま何も言わずに箪笥の方へと向かった。

 

「えっ、嘘? 嘘だよね?」

「いつも私の裸をジロジロと見つめてるから興味あるのかと思ってたわ」

「わかってるなら見せつけないで!?」

「私は同性に見られて興奮する趣味はないわ」

「恥じらい持って!?」

 

 フーコは黒いブラジャーを付けると、歩くだけで揺れる豊満な胸の谷間を見せつけながら私の両肩を叩いた。

 

「貴方の姉さん、貴方の写真を裏で売り捌いてるわよ」

「それは……うん、驚かない自分にびっくりしてるよ」

「そんで今誘った子は貴方の姉さんの常連客なの」

「今、それを知りたくなかった。いや、今じゃなくても知りたくなかった」

 

 もうやだ、と僕は枕に顔を埋める。

 シクシクと泣き真似をしているとフーコは少しぼんやりとして、それから「珈琲いる?」と何食わぬ顔で聞いてきた。

 とりあえず「ミルク増し増し、砂糖増し増し」と返しておいた。

 

 

 戦車道は性に合っていた、というよりも車輌の運転が私には合っていたように思える。

 特に戦車対戦車で繰り広げられるガチンコでの駆け引きは楽しくって、つい操縦桿を握る手に力が入った。身内でBT-42を相手にしていた時は翻弄されっ放しだったけども、この前のプラウダ戦で戦車道の楽しさっていうものに気付けたような気がする。相手の裏を突いてやろうと仕掛ける時はワクワクする、相手の動きを先読みして動く時はドキドキする。そうなると相手も居ないのに戦車を乗り回すのが退屈になって、早く次の戦車道戦が決まらないかなって待ちわびている自分がいて少し驚いている。

 来たるべき時の為にBT-7を走らせているけどもいい加減、まともに走るのも飽きている。おかげで戦車で何処までできるのか遊び倒すことが増えた。そして履帯を壊したり、横転したりすることが増えて、いつもアマチュア無線部の部長であるソラ先輩に叱られることが多くなってしまった。でも退屈で仕方ないからペン回しをするように、BT-7を意図的に履帯を滑らせてスピンさせる。

 そしてまたすぐに履帯を駄目にしてしまって怒られる毎日だ。

 

 正直なところ、ミッコ先輩の操縦技術は異次元の領域に達している。

 ただ単に技量という点では大学選抜チームの島田愛里寿のA41センチュリオンの方が上かも知れないが、ミッコ先輩が操縦するBT-42の動きは予測を付けられることがない。姉さんとT-34に乗っていた時、練習で何度もBT-42と対決したことがあるけども、その時にミッコ先輩は地面から突き出した石を活用した片輪走行で敵砲撃を避けたことがある。その二次元を三次元に変えかねない縦横無尽の機動は大学選抜チームのエース、愛里寿すらも超えかねない。

 どうして、そこまで戦車を上手に操れるようになったのだろうか。

 そのことを一度、本人に聞いてみたことがある。

 

「ん、好きだからじゃない?」

 

 特に信念がある訳でもなく、心得を持っている訳でもなく、かといって特別な経歴もなく、とても単純な言葉で彼女は片付ける。

 好きだから、たったそれだけで自分の戦車道を語れる彼女は、どうしようもない程に格好良く感じられた。好きだから、それだけで何処までも強くなれる。好きだから、その一言だけで強くなれるのだとすればきっと、そんな貴方を超えたいと思う私もそれだけで強くなれるのだと思った。僕は貴方が好きだから、憧れたから、だから貴方の動きをもっと見ようと、貴方の知らない動きを研究しようと、恋い焦がれる乙女のように貴方の背中を追いかける。いずれ、肩を並べられる日が来れば、きっとそれは楽しいから、僕は貴方と同じ舞台に立とうと思う。そして貴方と恋人同士が囁き合うような戦車道をしてみたい。時に激しく、時に穏やかに、その想いはきっと恋心とそう違いはないのだろう。

 いつか僕だけを見て貰えるように、僕は力を研ぎ続ける。求める想いは愛ではなく、恋だった。

 どうせなら燃えるような恋をしようと思うんだ。

 

 

 継続高校が練習場に活用しているのは未開発区の荒地だった。

 本来は自然公園なんかを作る予定があったらしいけども、なんか色々とあった結果、土を敷き詰めた地面と雑草だけが残ったのだと云う。練習として使う時は各自で勝手に、周りの家屋に迷惑をかけなようにしましょう、といった緩いもので暇な時に訪れると誰かしらが戦車を走らせている。

 そして今日もまた砲撃音と履帯が稼動して軋む音を響かせていた。

 先輩達が操るBT-42を前にして、僕は操縦桿を握りしめる。相手の一挙手一投足を見逃すまいと見開いた目で観察し、僕達と相手の射線が重なると同時に大きくBT-7の軌道を大きく変える。それでも砲弾が車体を掠める、砲塔を回せる僕達の方が有利なはずなのに砲撃はBT-42を掠めもしない。滑りやすい履帯を活用して、地面を削りながら側面を取ろうとしてもミッコ先輩が操縦するBT-42は車体全体を旋回させることでピッタリと僕達に砲口を向けてくる。もしくは前進させることで側面を取ろうとする僕達の更に側面を、ある時は背後を取ろうと狙ってくる。そして数秒だけでも動きを止めれば、アキ先輩の的確な砲撃が飛んできた。だから、相手の射線から逃れるようにアクセルを踏み込んで距離を取る他になかった。戦車を止める暇を与えてくれない。おかげで停止射撃ができず、行進間射撃を強要される。ドッグファイトのように互いの車体が目まぐるしく入れ替わる最中であってもミッコ先輩は一秒以下の停止時間を随所で作ってくる。徐々に削られ、追い詰められて、最終的に白旗を上げる篏めになるのはいつも僕達だった。

 これはもう単純に操縦手の腕前の差なのだろう、今日もまた僕達は至近距離でBT-42の114mm榴弾砲を側面に受けて白旗を上げる。

 

「もうちょっと、車体を止めてくれないと話にならないわ」

 

 横転したBT-7の中でフーコが小さく息を吐いた。

「ごめんね」と短く返す。実際、フーコの射撃の腕は悪くないのだ。ミッコ先輩以外の身内が相手であれば、戦車に当てることはできている。硬いだけが取り柄のKV-1は撃ち放題だし、ヘイヘ副隊長のIII号戦車にだって勝ったこともあった。でも、BT-42だけは別格だった。身内のタイマンでBT-42を傷付けられた者はまだいない。

 誰が一番最初にBT-42を撃ち崩せるのか、これは継続高校戦車道における一つの命題だった。

 その最初の一人は自分でありたいと思っている。

 

「あ〜、世界が回っているのです〜。ぐるんぐるんなんです〜」

 

 ぐるぐるに目を回しながら情けない声をあげるのは、装填手のメイだ。

 小柄な体躯で力強く、無尽蔵の体力があった。いつも拳で殴りつけるように砲弾を装填してくれている。

 今、BT-7はフーコとメイ、そして僕の三人で操っている。

 

「そういえばマリ、私達のチーム名ってもう決まったの?」

 

 ふと思い出したようにフーコが聞いてきたので「うん、もう大体決まってるよ」と返した。

 

「オオハクチョウ、これかなって思っている」

「うん、良いんじゃないの。悪くないわ」

「フィンランドでは春の訪れを告げる鳥として、知られていますね!」

 

 つまり私達が継続戦車道の春を告げる鳥になるのですね! とメイが目を輝かせた。

 そうなれたらいいなあ、と僕は苦笑交じりに返す。まずは僕達が越冬しなくちゃいけないな、とBT-7から這い出て、そしてBT-42から顔を出して談笑する三人の先輩を見つめた。

 ふと鼻先に冷たいものを感じた、空を見上げる。雪が降り始めた、これから継続高校の長い冬が始まろうとしていた。




・オオハクチョウチーム
使用戦車:BT-7快速戦車
戦車長兼操縦手:牛尾マリ(一年生)
砲手:長谷部フーコ(一年生)
装填手:猿渡メイ(一年生)

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