《エトナの場合》
戦車道そのものが嫌いという訳ではないが、だからといって熱中できる程でもない。そもそも戦車道を始めたのは退学を取り消してもらう為であり、そこから逃げ出さないのは自分の為に土下座までしてくれた
だからよく独りで居ることが多い。独りでは戦車を動かすこともできないから、適当な場所で時間を潰していたりする。
それは例えば、放課後の学校の屋上とか。フェンスの向こう側に降りて、そこに腰を下ろす。風が吹いている、冷たい風だった。もう秋の半ば、これからは寒くなる一方だ。はぁっと両手に息を吹きかける、両手を擦り合わせながら学園艦の街並みを眺める。高さのない建造物、所々に廃屋が点在しており、半分以上がシャッターで閉ざされている商店街に品揃えの悪いスーパーがあった。
この学園艦にある娯楽施設はゲームセンターとカラオケくらいなものであり、不良生徒がよくたむろしている。
継続高校に暴走族が増えるのは力を持て余している為だ。特に高校生くらいの年頃は最もパワーが漲っている時であり、発散し切れなければ鬱憤が溜まる一方になる。その鬱憤は恋愛や部活動といった――クサい言い方をすれば、青春することで発散されるのだ。そして青春を上手くできなかった者達が馬鹿を始める。友達同士で発作的に駆け出したり、カラオケで熱唱してみたり、それで笑い合えるのであれば良い。しかし継続高校の学園艦は、満足と呼べるほどの娯楽がなかった。
とりあえず退屈だった、不良が煙草を吸うのは物足りなさを埋める為だと思っている。刺激を求めるのも退屈だからだ。世の中で青春できている人間は良い出会いと巡り会えたのだろうと思っている。俺が同性を部屋に連れ込んで遊んでいた時期があったのも、体を重ねている時はなにもかもを忘れられるからだと思った。
人肌が恋しい、となんとなしに思う。
「人生には大切の時が何度か訪れる。でも今はその時じゃないよ」
カンテレを奏でる音が聞こえてきた。
聞き慣れた旋律に後ろを振り向けば、屋内に続く出入り口の上にミカがいた。なんでそんなところに居るのかわからない、けど、まあ馬鹿と煙は高いところが好きという言葉があるようにミカも高いところが好きなんだと思った。俺はミカから視線を外して前を見る、そして改めて学園艦の閑散とした光景を見つめる。
BC自由学園にいた時のことを思い出した。受験からBC自由学園の中等部に入学し、受験生組として派閥間の抗争に参加した。それもまた退屈凌ぎの為に、結果的に戦果を上げ続けた俺はエスカレーター組から「外部生の恐怖」と呼ばれるようになった。受験生組の地位確立に貢献するも、その後にエスカレーター組の陰謀で俺の鞄から大量の煙草と酒が発見される。そのまま停学処分を受けて、高等部への進学を許されなくなった。
なんだかそれで色々と面倒になってしまった。少し前から退屈だったものが面倒になった。
継続高校に来てから好き勝手したのも破滅願望があったからかもしれない。退学になったらなったらで構わないとまで思っていた。惜しむらくは幼い頃に生き別れた妹と再び別れ離れになることだけ。今は妹を守ることだけが唯一、俺が自分から動ける行動原理だった。その為だけに暴走族のチームを一つ潰している、それで退学になっても仕方ないと思っている。
とりあえず、退屈だった。毎日を退屈している。
「エトナ、君には理由が必要かな」
もうそろそろだ、とミカが付け加える。太陽が水平線の向こうに落ちる、空は赤みがかかっていた。そして学園艦を薄い朱色に染める。海が黄金色に輝いて、打ち上げる波に日光が反射する。それは散りばめた宝石のように眩く煌いた。綺麗な景色だと思う、この世界を見るだけでも学園艦に来た価値がある。
「ミカ、お前には戦車道を続けることに理由はあるのか?」
さあね、とミカは目を閉じながら弦を指先で弾いた。
「好きだから、っていうのが一番の理由かな」
「ふぅん、まあ、だろうな」
「でも、ここで戦車道を続けたいと思うのはアキとミッコが居るからだよ」
カンテレの旋律が冷たい風に乗って、夕日に溶ける。凍えるような寒さが今の自分には丁度良かった。
BC自由学園にいた時、味方は居たけども仲間は居なかった。押されている戦線に飛び込んで、ただ一人で押し切り好き勝手に蹂躙する。その時、使う手段は選ばない。ただ勝つ為に、勝つことが目的ではなかった。それが楽しかった、面白かった。でも何故だろうか、ほとんど記憶に残っていなかった。想像以上の薄っぺらい過去に苦笑して、今も昔も退屈だな、と思い耽る。
よっこらせ、と立ち上がった。屋上の縁に立って、両手を広げる。そして、くるりと半回転した。
「危ないかな」
「大丈夫だ、こういうことには慣れている」
それに、と繋げる。
「生き方がよくわからない」
世界に息苦しさを感じるようになったのは何時頃だろうか。思いっきり深呼吸をしても心に酸素が足りていないように思える。どうしたいのかわからない、どうすればいいのかわからない。気分が乗れば目の前のことには熱中できる、でもそれは一時の衝動に過ぎなかった。ゲーム筐体のベストスコアを前にしながら、退屈だな、つまらない、と呟く日々を送っている。別に刺激が欲しい訳ではない、ただこの色褪せた世界に彩りが欲しかった。建物が四角と三角でしか認識できない、人が全て同じような顔に見える。この世の全てが記号の集合体のように思えた。ああ、でも、きちんと見えるものもある。例えば、妹とか、例えば、敵とか。あとソラとか? あとは抱いた女、案外見えているのかもしれない。
「危ないよ」
「大丈夫、死に方もよくわからない」
言いながら、トンとフェンス脇に小さく跳んだ。
それからスルスルっとフェンスを登る。てっぺんで外側から内側に飛び降りて、タンッと踵を揃えた両足でアスファルトの床を叩いた。広げた両手、軽く曲げた両膝をゆっくりと伸ばして、ドヤ顔でミカを見上げる。
ミカはただ微笑んでいる、心の機微はよくわからない。
「この世界は残酷だな。フェンスの向こう側に行くのには理由が必要な癖して、内側に戻ることには理由は必要ないんだからな」
ミカは再び目を閉じる、カンテレが唄うような旋律を奏でる。薄っすらと瞼を開いたミカが、ここだけの秘密だよ、夕日に照らされながら悪戯っぽく笑った。
「ほとんどの人は気付かないんだけどね、戦車道には人生の大切な全てのことが詰まっているんだよ」
こいつは本当に戦車道が好きなんだなって、そう思った。
「……俺はな、ここから夕日が好きなんだよ」
「うん」
「でも夕日そのものよりも夕日に照らされた海が好きなんだ」
そう言って笑い返すと、彼女は困ったように口元を綻ばせる。
「もう少し、真面目に戦車道を続けてみようか」
そうするのが自然だと思う。釣りを愛したなら川や海を理解しようとするように、戦車道を愛したなら戦車を理解しようとするように、愛する者が愛するものを理解しようとするのは自然なことだ。
「……君、ちょろ過ぎないかな?」
「ちょろいくらいが丁度良いんだよ。それぐらいの方が人生は楽しめる」
「君に惚れた相手は、さぞかし泣いて来たんだろうね」
退屈なんだ、と俺が云うと、退屈しないよ、とミカが返す。新しいことは軽率に始めるくらいが丁度良い。二人で笑い合って、その場から立ち去ろうとした。
「ああ、待って欲しい」
とミカが呼び止められて、足を止める。
「なんだ?」
問い返すとミカは少し気まずそうに目を逸らし、暫し沈黙する。
「……梯子を掛け直してくれないかな?」
よく見れば、入り口の横に梯子が倒れていた。
どうやら馬鹿と煙の他に間抜けも高いところが好きなようだ。
次で退屈な話はおしまい
・ヒグマさんチーム
使用戦車:T-34中戦車
戦車長兼砲手:川内エトナ(二年生)
他未定