隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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試合、できます!⑥

兵衛(ヘイヘ)の場合》

 

 朝、目覚めるとスオミの顔があった。

 はて、昨日は一人で寝たはずなのにな――と思っていたのが遠い過去のように思える。

 見慣れた光景に驚きもせず、とりあえずスオミの体を揺すって起こした。下着姿の彼女、毎日が勝負とでも言わんばかりの大胆な姿も見慣れたものであり、重く瞼を開けるスオミの額に唇をつける。きちんと目覚めるまで、じっくりと、ぷるぷると小刻みに震え始めたら頃合いで「今日も頼んだよ」と笑顔で云えば、「わかりました」とスオミは僅かに頰を朱に染める。少し逆上せた様子の彼女がふらふらと台所に向かって行くのを見送って、私は瞼を閉じる。昨日はホットケーキ、一昨日はハムエッグ、今日はなんだろうと思いながら二度寝した。

 次に起こされる時、大抵の場合、すぐに起きることができない。昔から朝には弱いが継続高校に来てからは寒気のおかげで更に弱くなった。もぞもぞと布団の中に潜るとスオミに布団を引き剥がされて、まだ寝惚けた私を後ろから脇下に手を入れて抱きかかえる。その時、スオミの手が意図的に私の胸を掴むことがあるけども、眠たくて反抗するのも面倒だったので最近は無視してる。母猫が子猫を持ち運ぶように椅子の上に座らせられた私の前には作り立ての朝食が用意されている。厚めのトーストが食べやすいように二つに切られており、表面にはたっぷりとバターが塗られていた。その横には一つの皿に、スクランブルエッグとソーセージ、それに千切ったレタスが綺麗に盛り付けられている。軽めにケチャップをかけて、いただきます、と両手を合わせてからトーストを齧る。モギュモギュと。薄く油を敷いたフライパンで焼いたトーストは美味しくて、太りそうだった。それから御飯を食べている間、じいっとスオミが私のことを熱心に見つめてくるのだけども、慣れると案外平気なので今では無視している。人間の順応力って凄いと思った。「あ、ちょっと動かないでください」とスオミが嬉しそうに私の頰に着いた食べかすを摘み取り、そのまま自分の口に含んだ。すぐには飲み込まず、口の中をもごもごさせる。んふふ、と嬉しそうに目元を蕩けさせる彼女を前に「ん、ありがと」と私はソーセージを口にした。この行為にも慣れてしまっているんだから人間の順応力って凄いなあ、と他人事のように思った。ちなみにスオミは先に朝食を摂っているようで、私のことを起こしに来る時にはもう、流し台に使用済みの食器が水に浸けられて置いてあることが多い。

 朝食を食べ終える頃には目も覚めているので、食後に与えられるコラーゲンやビタミン剤を飲み、自分で松葉杖を突きながら洗面台に向かって顔を洗う。いつも私が取りやすい位置に置かれている新しいタオルを手にとって、濡れた顔を雑に拭い取った。それからコップに立てかけられた二つの歯ブラシの内一つ、新しい方を手に取った。綺麗に歯を磨き上げてから部屋に戻るとスオミは私の布団に上半身を埋めているか、それとも私がさっきまで使っているコップに口を付けているかしている。布団はまあ今更だし、食器の方であれば「ちゃんと綺麗に洗っておいてね」と言い付けておけば良かった。一週間に一度くらいの頻度で歯みがきが変わるのも逆に安心できるというものだ。

 それから着替えをする時はスオミが手伝ってくれる。まずはパジャマを脱ぎ脱ぎされて、それから胸を寄せて上げるようにブラジャーを付けて貰う。どうにも私自身でやるよりもスオミにやって貰った方がスタイルが良く見えるようだ。具体的に云うと半カップ程度、大きく見えるとのことである。用意された制服に袖を通して貰って、スカートもスオミに付けて貰って、髪の毛も綺麗に手入れして貰って、顔全体に化粧水を付けて貰って、それから最後に軽めの化粧を施して貰っている。化粧をするのは綺麗に見せる為ってよりも、肌を保護するって意味合いの方が強いようだ。

 そして漸く朝の支度を終えて、部屋を出る――と、その前に、ご褒美を期待する子犬のような瞳をするスオミを手招きした。嬉しそうに顔を近づけてから瞼を閉じる彼女の頰に片手を添えて「今日もありがと、これからもよろしくね」と、口の端近くの頰にキスをする。あ、少し唇が触れちゃったかも、まあいっか、と舌舐めずりしながら改めて玄関扉を開いた。

 後ろで顔を赤らめさせているスオミは無視する。

 

「あ、おはよ。ヘイヘ」

 

 扉を開けるとゴミ袋を片手に持ったアキ先輩とばったり出食わした。

 

「おはようございます」と私が頭を下げると「あら、おはようございます」と後ろからスオミが姿を現して挨拶する。

 

「あ、うん? えっと、おはよ。スオミ」

 

 アキ先輩は少し戸惑いながら挨拶を返した。

 それから私はゆっくりと時間をかけながら階段を降りる。スオミは二段ほど私の先を後ろ向きで降りており、何時でも受け止められるようにと両手を広げていた。無事に一階まで降りて、溜息を吐いた。片脚がないと階段を降りるだけでも一仕事だ。

 先に降りていたアキ先輩が「ん〜……」と眉間に皺を寄せながら私達のことを見つめた後、私だけに問いかけてくる。

 

「ねえ、ヘイヘ。以前はもっとスオミのことを避けてなかったっけ?」

 

 その問いに私は「慣れてみたら凄く楽なんですよね」と苦笑交じりに返した。

 

「彼女、身の回りのことをなんでもしてくれるんですよ」

 

 身支度もそうだけど、中でも最も助かっているのは風呂だった。

 普段は義足と松葉杖があるので、ある程度は自由に動き回るので想像以上の不便はない。しかし浴室に義足をつけて入る訳にはいかないし、義足がなければ松葉杖を突いている意味もなかった。浴槽に入るだけでも大仕事、継続高校に来た当初はシャワーだけで済ませていた。全裸で水浸しで這いずるように浴場を出て、床に敷いたタオルケットの上でごろんごろんしながら体を拭く惨めさといったら――そしてなによりも困ったのが、私一人では浴槽の掃除もできないということだ。御飯を作る時も前準備が必要であり、弁当を買って帰ってから冷めた御飯を食べる毎日を過ごしていた。服の洗濯も一苦労、干すのも一苦労、学業に戦車道と並列して行うことは難しくって、私生活は廃れていくばかり――そんな時に現れたのがスオミという存在である。

 数度のキスと添い寝だけで身の回りを世話してくれる、それも嬉々としてだ。変態的ではあるけども布団の匂いとか、私が使用した食器なんかでやる気が出るなら構わないかなって思っている。最初は嫌だったけども慣れた。少し嫌に思ったところで、もう彼女のことを手放せないところまで来ている。なんかもうね、ここまで献身的に尽くされると仕方ないかなって思えてくる。行き過ぎてはいるけども純粋な好意だってことは分かるから、下手な相手を部屋に入れるよりも安心できた。スオミは私に好かれたいから嫌なことをして来ないし、本当に嫌なことは見極めているので度が過ぎることもない。なんかもう逆に信用してるし、信頼している。同性同士というところに抵抗がない訳ではないけども、こんな脚ではもうまともな恋愛なんてできないと思うし、結婚したところで家事もできない。それに少しずつ慣らされているところもあるので、今では生理的な嫌悪感もほとんど感じなくなっていた。

 むしろ今となっては私の方がスオミに見放されないようにしなくてはいけない程だ。

 

「私、スオミと出会えてよかったと思います」

 

 これは本心、おかげで戦車道にも集中できる。今はまだ無理だけど、いずれはスオミのことを受け入れてあげても良いかなって思った。

 

「ねえスオミは良いの? こいつ、戦車道の事しか考えてないけども」

「ええ、私が尽くしたいだけなので見返りは――いえ、尽くさせて貰えることが私にとっての見返りなんです。もちろん、あんなことがしたい、こんなことがしたい、と思うこともありますが、それを無理に求めることはしません。少なくとも私の献身は、献身だけで完結すべきなんですよ、きっと……」

「……やばっ、なんかスオミのことが良い女に見えてきた」

 

 実際、変態性を差し引いても良い女だと思うよ。本当に見返りを求めて来ないし、キスをするのも私が自発的にやってることだし、添い寝するのも私から言い出したことだった。本当に嫌がることはしない。抑圧し過ぎると時折、暴走することがあるけどもそこまで危険ではない。実際、私を害することは一度もして来なかったのだ。だから見返りという訳ではないんだけども、少しくらいは彼女の気持ちに応えてあげたいと思うことがある。クリスマスプレゼントに私の体が候補に上がってしまう程度には、だってほら今の私にできるのはそれくらいだしさ。体を求められた時の覚悟は決めている、自分から求めることはなさそうだけど。私は大切に扱われているってわかるから、大事にされているって伝わるから、軽い気持ちで簡単に覚悟を決めることができた。

 

「ねえスオミ、もしもヘイヘに好きな人ができたらどうするの?」

 

 とんでもない質問がスオミに投げられた。アキ先輩って見かけによらず怖いもの知らずだよねって思う時がある。スオミは少し悩む素振りを見せてから寂しそうに笑って告げる。

 

「その時は愛人になります。それが許されないなら使用人として働かせてもらいます」

「誰かを好きになる程度でスオミを捨てたりしないけどね。たぶん、それだけだとスオミを選ぶと思うし……正直に言って、スオミ以上に私を愛してくれる人がいるとは思えないしさ」

「シロエ様……っ!」

 

 感動に瞳を潤ませるスオミに、私は小さく溜息を吐いた。

 

「えっと、ご馳走さま? それとも、お幸せに?」

「……どちらでも、正直もう諦めてます」

 

 他の人に同じことをされても乗り換えたいって思わないんで、と溜息混じり、てれ混じりに伝える。

 今となってはもう隣にスオミがいないのは考えられない。

 

 

 最も私が落ち着くのは私室ではなくて、戦車の中だった。

 特に慣れ親しんだIII号戦車J型に居ると考えがよくまとまる気がする。そして後ろからスオミが抱き締めてくるのはいつものことで、こちらはもう慣れきってしまったから逆に居ないと落ち着かなかった。後頭部に顔を埋められながら深呼吸をされるのが当たり前に感じる自分がおかしくなっているのは分かるけども、そのことを拒絶するつもりもなかった。

 さておき、スオミの呼吸音を耳にしながらメンバーについて思考する。

 今、私達の戦車に必要なのは操縦手だ。砲手は私が兼任できるとして、スオミは装填手の適性が高い。意外と身体能力が高いのだ、少なくとも私一人の体を軽々と持ち運べるのだから砲弾の一つや二つも軽々と持ち上げる。そして体幹も強いので行進中の振動の中にあっても装填を進めることができた。

 あとスオミは隣に置いておかないと後が面倒になる気がしている。

 

「んー、どこかに居ないのかな?」

「何がです?」

「操縦手」

 

 ふむ、とスオミが私の後頭部に唇を当てながら考え込み、そして少し名残惜しむように告げる。

 

「一人、心当たりがあります」

「誰なの?」

 

 と後ろを振り返ると、困ったような、それでいて慈しむような複雑な表情を浮かべた彼女が微笑んだ。

 

片瀬(かたせ)綾子(あやこ)、継続高校一年生で元自転車部で元暴走族です」

 

 スオミは私の体を少し強めに抱き締める。私の肩に顎を乗せて、囁くように続く言葉を口にする。

 

「確か、周りからはこう呼ばれていますね。ついてない片瀬綾子、凶兆の綾子。不幸を呼ぶ片瀬綾子。とてもついている片瀬綾子、吉兆の綾子、不死鳥、何度でも蘇る片瀬綾子etc.etc.」

「けったいな呼ばれ方をしているね」

「彼女はよく事故とかトラブルに巻き込まれるようですね。話を聞く限りでは呪われているんじゃないかって云うくらいに――」

 

 例えば、と延々と語り続けられるエピソード。

 まず試験日には試験会場の敷地内で受験生の自転車に撥ねられて保健室に運ばれて、後日に一人で再試験を受ける。入学式の当日には暴走族の車に撥ねられたが、そのまま入学式に登校して、その場で救急車を呼ばれて病院まで搬送される。またある時は日直の登校日に

二階から落ちた花瓶を頭にぶつけて気絶、その午後には頭に包帯を巻いた姿で授業に参加する。自転車部に参加した当日、走行中に前輪が外れて転倒する。陸地で峠を走っていた時、下り坂の途中で落ちていた螺子を踏んでパンク、そのままガードレールの外に吹っ飛んだ。あまりに不運が続いて、面倒が見切れないと自転車部を強制退部。その後、暴走族に入団した当日、バイクがエンストを起こした。車に乗った時、深夜の道路に撒き散らされていたガソリンに乗ってスリップ、そのまま学園艦の外へと車と一緒に飛んでいた。復帰直後、今度はブレーキオイルの不良でブレーキが利かず、もう一度、学園艦の外へと飛んで行った。その後、彼女の不運を見ていられないからと暴走族のリーダーが土下座して彼女に脱退を懇願する始末、その後、チームを抜ける。そして、この前、風紀委員が乗ったT-26の砲撃に巻き込まれているのを発見されている。

 以上の不運に巻き込まれても跡に残るような怪我はなく、入院しても大抵は一週間程度で退院している。

 

「……この子、なんで生きてるの? っていうか、なんで頑なに乗り物に乗ろうとしてんの? どういう神経してんの? ――なんで、手鏡を用意してんの?」

「さあ、それは話を聞いてみないことにはわかりません」

 

 さりげなく用意した手鏡を片付けながらスオミが首を横に振り、でも、と繋げる。

 

「彼女に関わる全員が同じことを口にしているんですよね」

 

 ――あの不運さえなければ、と。

 

 

 私、片瀬綾子はアルバイトをしている。

 自転車部を退部して、暴走族を退団して、それでも諦められないのが運転手になることだった。

 幼い頃からモーターレースが大好きで、よくテレビで観戦していたのを覚えている。ただ私の何がいけなかったのか、自転車に乗れば脱輪するし、自動車に乗れば何処かしらが壊れる。仮に私が乗る自動車が壊れなかったとしても、周りが事故を起こして、私を巻き込んでくるのだ。結果、全て私が悪いことになっている。モーターレースはチームで動くのが基本なので、チームメイトに見放されてしまえばもうモーターレースを続けることはできない。実際、壊した自転車と自動車、あとバイクの数は両手で数えきれないくらいになっている。

 私が乗り物に乗ると周りに迷惑をかけてしまうみたいだから、それなら周りに迷惑をかけないようにと自分で車を購入しようと思って喫茶店でアルバイトを始めた。私が機械を扱うと何故か駄目になってしまうのでウェイトレス専になっている。フリフリの付いたゴスロリ衣装、黒い猫耳に猫尻尾、あざとく腰を振って語尾ににゃんと付ける。これまでアルバイトでも不幸が続き続いて、何処でも二週間と持たずに辞める嵌めとなり、今ではもう雇ってくれるところの方が少ない。だから恥ずかしくっても、形振り構ってはいられない。とにかく辞めさせられないようにと私は自尊心を削り、涙目になりながらも全力でお客様に媚びを売っていくのだ。今や可愛い子猫ちゃんのウェイトレスとして有名になっている。継続高校でも知れ渡っているようであり、写真が出回っているのは正直死にたいと思う。

 でも、そこまでしてでも私はもう一度、ハンドルを握りたかった。

 

「お客様、一人入りましたー」

「いらっしゃいませ、ご主人様っ! ……にゃん!!」

 

 満面の笑顔、心を殺して尽くすのだ。お金を稼ぐということは、大変なこと。ここまでやっても一時間で千円、割に合わないと思うけども他にないのだから仕方ない。私の価値は、その程度しかないんだと心の内で涙を流しながら笑顔を振り撒いた。いつか血涙を流せるようになりそうだ。

 

「えっと、ここに片瀬綾子ってのが居るんだよね?」

「ええ、話を聞く限りでは……ラブ注入は私がしてさしあげますよ?」

「これ以上、なにを注入するつもりなの?」

 

 死にたい、継続生が来た。

 しかも顔知ってる、同学年の女の子。片脚失くしても戦車道を続ける変わり者の転校生。名前も知ってる、確か茨城白兵衛。確かヘイヘって、よく呼ばれている子だ。隣にいるのは水森スオミで、普段は無口でクールなお姉さん系。最近、戦車道を始めたっていう話を聞いた。茨城さんが松葉杖を突きながら席を選び、そして水森さんが椅子を引いて、茨城さんを座らせる。二人って仲が良いんだなって思いながら、店長が用意してくれた水とおしぼりを盆に乗せる。私が電子レンジでおしぼりを温めると電子レンジが爆発し、水を入れようとすると給水機が止まらなくなるか、逆に水が出てこなくなる。店長はもう、その辺りの私の扱いを理解してくれている。辛い、死にたい。つらたん。

 注文はお決まりになったかにゃん♪ と死んだ心で猫手を作って問い掛ける。片脚も上げる豪華仕様だ。

 

「片瀬綾子を一人」

 

 茨城さんが真顔で告げる、隣に座る水森さんが私に殺意を飛ばしてくる。

 困惑する、戸惑いに頭の中が真っ白になった。こいつは何を言っているんだ、と。とりあえず何かを返事をしなくてはならないか。

 まとまらない思考の中で辛うじて口から出た言葉は――

 

「うち、そういうことやってないんで」

 

 それは自分でも驚くほどに冷たい声だった。

 

 

 数日後、「ヒヤッホォォォウ! 最高だぜぇぇぇぇ!!」と元気に戦車を乗り回す片瀬綾子の姿が発見される。

 なお、この少し後に車輪が外れた模様。




・長ぐつさんチーム
使用戦車:III号戦車J型
戦車長兼砲手:茨城白兵衛(一年生)
装填手兼砲手:水森スオミ(一年生)
操縦手:片瀬綾子(一年生)
通信手:未定

片瀬綾子のモチーフの一つは黒猫。
吉兆と凶兆を内包する存在、つまり捉え方次第。

次回から物語を動かします
具体的には新入生が入る時期まで
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