隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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続きが難産したので少し順番を変えて投稿。


秋山優花里、始まるであります!

 ここは大洗女子学園、茨城県大洗港を母港に持つ学園艦だ。

 全長は七六◯◯メートルにも及び、甲板では三万人もの人々が住んでいる。私はその艦上都市にある床屋、秋山理髪店を営む夫婦の下に生まれた一人娘だ。名前は秋山優花里、今日も二階にある私室の窓から外をぼんやりと眺めている。そして憂鬱に溜息を零した。部屋を見れば、戦車に関わるグッズばかりが並べて置いてある。たぶん普通の人が見れば、少し引いちゃうような……プラモデルとか、パンツァージャケットは基本として、信管と火薬を抜いた実弾とか、実際に陸軍で使われていたレーションとかまで買い集めている。自分の部屋なんだから好きなものを集めれば良いとは思うが、ちょっと他の人は家には入れられないな、とかそんな感じだ。あとは戦車に関わる教本とかも持っているし、戦車道雑誌もバックナンバーも含めて棚に並べてある。あとは戦車道の世界大会のDVDは何度見返したのか分からない。去年の戦車道全国高校生大会では、黒森峰をずっと追いかけていた。元から西住流が好きで好きで堪らなくて、それで西住姉妹が揃った黒森峰は快進撃を続けていた。決勝戦では少し残念だったけども、あれで西住流の価値が下がるとは思っていない。西住まほもみほも私にとっては憧れだった。

 おっといけない、少し語り過ぎた。戦車のことになるとつい語り過ぎる、悪い癖だと思うがなかなか直せなかった。おかげで友達なんてほとんどできず、小中と独り部屋で戦車の模型を手に取りながら遊ぶ毎日を送っていた。

 あゝ大洗女子学園にも戦車道があれば良かったのに、と独りごちる。

 

 でも人生、悪いことばかりではない。

 高等部に進学して、なんと私には友達ができたのだ。学園艦の生まれではなくて、茨城県の出身でもない。彼女は外部からの受験生だった。子供見紛うような小さな体でありながらパワフルで元気な女の子だった。いつも私の家の前まで駆け足でやって来ては、「ゆっかりーん!」と元気に腕を振る。それを見て「今、行くであります!」と鞄を持って、駆け足で階段を降りる。

 行ってきます、と満面の笑顔で告げてから玄関から飛び出した。

 

天江(あまえ)殿、お待たせしました!」

「相変わらず、堅苦しいなあ。まあ、いっか、おはよ!」

「おはようございます!」

 

 天江殿はにっこりと微笑むと先に歩み出し、そして私が後ろを追いかける。

 同じ制服で同じ学年、彼女の名前は天江(あまえ)美理佳(みりか)。高校生になって初めてできた私の友達だ。私が戦車のことを話しても、うんうん、と相槌を打ちながら話を楽しそうに聞いてくれる。それで私もつい調子に乗って語り過ぎることが多かった。それで時折、申し訳なることがあるのだけども「楽しそうに話してくれるからね、なんだか話を聞いてるだけでも楽しくなるんだよ」と天江殿が言ってくれるので、ついつい甘えてしまう。登下校はいつも一緒、こんなに毎日が楽しいのだったら戦車道ができなくても良いかなって思い始めていた。これ程までに毎日が充実しているなら、これ以上を望んでしまうのはなんとなく不謹慎な気もする。

 あ、そうだ。と天江殿がくるんとスカートを翻しながら回転して、少し前屈みになりながら笑顔を見せた。

 

「今日は放課後、特別な場所に連れて行ってあげるよ」

 

 そう云うと彼女はまた前を向いて、上機嫌に学校まで駆け足で向かって行った。

 本当に楽しいなって、楽しみだなって、私は彼女の後を追いかける。

 

 

 天江殿との出逢いは学校の屋上だった。

 教室では何時も独りで、もそもそと弁当を食べる毎日を小、中と繰り返していた。高校生になっても独りで教室に居るのは辛かったから逃げるように屋上へと足を運んだ。実際には何処でも良かった、もう独りになれれば何処でも良い。最終的にはトイレの中に引き籠ることすらも考えていた。しかし屋上には先客がいて、その子はコンビニのパンを齧りながらフェンス越しに艦上の都市を眺めていた。

 最初は引き返そうと思った。でも、なんとなしにやめる。その子はとても寂しそうで、悲しそうな目をしていたから、なんだか放って置けなかった。話しかけようとした、でも話しかけ方がわからない。自分にできるのは戦車の話だけで、でも、そんなものに興味を持つ子は大洗の学園艦に来ることはない。

 何故なら、此処には戦車道がないから、だから誰とも話が通じなかった。

 

「なんか、違うんだよね」

 

 少女は語る。小さくて子供のような体、でも制服は同じだからたぶん高校生。少女は私の方を振り向いて、力なく微笑んだ。

 

「ここにはあったはずなんだ、でも、ないんだよ」

「……なにが、ですか?」

 

 要領の掴めない言い回しに首を傾げながら問い返した。

 正直、冷静に考えるとやばい奴だったなと思う。でも、その時は気にならなかった。

 むしろ話を聞いてあげないといけないって、そう思った。

 

「戦車、もしくは、戦車道?」

 

 彼女自身もよく分かってなかったようで、少し曖昧に告げられる。でも、その言葉が自分以外の誰かから聞けたことが嬉しかった。

 

「昔はあったみたいですよ、大洗戦車道。あんまり強くはなかったようですけど」

 

 今はなくなってしまっています、と私は自虐気味に笑い返す。しかし少女は首を横に振る。

 

「強いはずなんだ、とっても強かった。まだなのか、もう終わったのか、わからないけども、倍以上の兵力差にも勝てるほどに強かった気がするかな? うん、とっても強いんだ。まだ、戦車道を始めたばかりの子ばっかりなのにね」

 

 彼女の言っていることは要領が掴めない、でも夢のある話だった。

 もしそんなことがあるとすれば、それはきっと漫画よりも漫画らしくって、アニメよりもアニメらしい。その中で主役になりたいとは思わない、脇役で良い。ちょい役でも良い、少しでも良いから私もその中に入りたいって思った。

 だから私は願望を口にする、ありえない未来を夢想するように告げる。

 

「……まだ、だったら嬉しいです。できれば、一年後か、二年後に……そうすれば戦車道を始めることができます」

「だったら始めよう、ここには戦車道がないと可笑しいんだ。そうあるべきなんだよ」

 

 うん、と彼女は一人、納得するように頷いてみせる。その顔は先ほどの切なさや悲しさが吹き飛んでいて、楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

「……残念ながら無理ですよ」

 

 そんな彼女に冷や水を浴びせるように、私って嫌な奴だな、と思いながら口にする。

 

「ん、どうして?」

「まず戦車がありません、それに二人では戦車を動かせませんよ」

「なんだ、そんなことか」

 

 少女はあっけらかんと答えると「大した問題ではないね」と挑発的に口角を上げる。

 

「メンバーを集められないなら強襲戦車競技(タンカスロン)でも良い。それに戦車道とは別に大会に出ることだけが全てではないよ、なんせ道だからね――誰かは言った、戦車道は人生の大切な全てのことが詰まってるんだ。ってね」

 

 そう言って肩を竦めてみせる。確かに、その通りかも知れない。私は試合に拘り過ぎていたのかも知れない。

 

「……誰ですか、それ?」

 

 と問い返す私は笑っていて、「さあ、わかんない」と彼女は楽しそうに笑った。

 試合をしなくとも戦車道を始めることはできる、例え戦車がなくとも戦車道を歩むこともできるかも知れない。そもそも戦車道である必要もないのかも知れない。なんだか、そう思うと急に気が楽になって、ちょっと戦車同好会でも作れたら良いなって思った。できることなら目の前の彼女と一緒に――そうすれば、きっと毎日が楽しいんだろうなって思った。

「さて、そうと決まれば戦車を手に入れないといけないね」と少女は意気揚々に手に持っていたパンを口に詰め込んだ。

 

「えっ、戦車ですか?」

「だって、そうじゃないか。戦車なくして戦車道を語ることはできないよ」

 

 さも当たり前のように告げる。

 戦車がないなら戦車を入手する、という発想がすぐに出る彼女は逞しい。そして格好良いと感じた。ああ、彼女と一緒に居たいなって、戦車に対する打算抜きで本心から思った。「あの……」と今にも屋上から飛び出して行きそうな彼女を気付けば呼び止めていた。ん、と振り返る彼女に私は臆して、でも、ここは逃げられないと思った。たぶん、ここで逃げたら私は一生後悔することになる。この機会を逃したら私は生涯、独りのままだと感じた。

 だから生唾を飲み込んで、勇気を振り絞るように問いかける。

 

「私も、一緒に良いですか?」

「むしろ来ない気でいたの?」

 

 少女は首を傾げる、さも来ることが当たり前のことのように。そんな様子に呆気に取られていると、彼女はにんまりと笑って私の手を取った。

 

「此処から私達の戦車道を始めよう」

「私達の?」

「私と貴方とで、だよ」

 

 その言葉を聞いた時、なんだか、よく分からないけども胸が熱くなった。

 ずっと、ずっと、得られなかったものが今、漸く手に入れられた気がする。私が欲しかったのは戦車道ではなくて、戦車そのものでもなくて、たぶん彼女なんだと思った。私は話ができる友達が欲しかった、私のことを理解して欲しいとは言わない。でも、少しでも話を共有できそうな友達が欲しかった。

 だから、それを得られた時、目頭が熱くなって、ポロポロと涙が溢れてきた。

 

「あ、あれ? おかしいですね、おかしいよね、ごめん、なさい………こんなつもりじゃ……」

 

 可笑しい子って思われちゃう、変な子だって思われる。それが嫌なのに、なぜか、どうしてか、涙が止まらなかった。

 

「大丈夫、嫌いになんてならないよ」

 

 そう言いながら少女は背伸びして、私の頭をポンポンと優しく叩いた。

 

「いつだって全力の貴方が好きなんだ」

「……なんですか、それ。私達、会ったばかりでありますよ?」

 

 あれ、と少女がコテンと首を傾げる。

 

「私、口説かれてます?」

「口説いてない、口説いてないって、いや、ほんと、これほんと、なんか爪を剥がなきゃいけない気になってくるからやめて」

「なんで爪を剥ぐんですか、怖いことを言わないでくださいよ」

 

 なんだか可笑しな子だった。

 くすりと笑うと彼女は不機嫌そうに顔を顰めて、すぐに笑みを浮かべ直した。

 そ自己紹介がまだだったね、とお互いの名前を交換する。

 

 それからずっと彼女と一緒にいた。

 

 

 放課後、天江殿に連れられて森深くに足を踏み入れた。

 草木を掻き分けた先、そこには老朽化した戦車がIV号戦車の……恐らくD型が野晒しにされていた。何時から此処にあったのだろうか、たぶん昔に戦車道が廃された時からずっとなので二十年近くも放置され続けていたのかもしれない。修理は必要だろう、でも、修理しても動いてくれるのかわからない。それにちょっと気になることがある。もしかすると彼女のように諦めずに戦車を探していれば見つけることができたのだろうか、小学校に中学校と家に引き籠らずに学園艦を探し歩いていれば、もっと早くに出会えていたのかも知れない。そう思うと、なんだか少し胸が疼いた。

 そんな私の悪感情なんて意にも介してくれず、天江殿がスルスルっとキューポラまで登ると両手を腰に手を当てながらドヤ顔で告げる。

 

「これが私達の戦車だ! ここから私達の戦車道が始まるんだ!」

 

 その言葉を聞いた時、私は少しでも彼女を妬んでしまったことを後悔した。

 

「秋山優花里、天江殿について行きます!」

「ついて来るんじゃ嫌だよ。肩を並べて一緒に歩くんだ、その方が絶対に楽しいよ!」

「……はい! 分かりましたッ!」

 

 ビシッと敬礼すると、それで許してあげるよ、と天江殿が苦笑しながら溜息を零す。

 私は今ここで天江殿と共に戦車道を続けていく決意を固める。幸せな時も、困難な時も、病める時も、健やかな時も、共に戦車道を続けていく限り、貴方の相方で在り続けることを今ここに誓った。

 秋山優花里の戦車道は、今ここから始まるであります!




これは西住みほの再出発の物語であると同時に秋山殿が自分の足で歩き始める物語。

天江美理佳は現状、戦力外になってるみほの穴を埋める要員です。
モチーフは当作を読むほどのハメのガルパン二次好きならわかる気がする。かといって三次というほど性格が似通っているわけでもない完全な別人なので同名を使うのは憚られるとかそんな感じ。
ピロシキ案件だったら大人しくシベリアに行きます。

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