マジノ女学院との練習試合。
毎年のように一回戦で敗退している弱小校であり、本来であれば黒森峰が練習相手に選ぶ相手ではない。
しかし今年に限っては事情が違っている。黒森峰は根本からの再編を実施している最中にあり、その立て直しに忙殺されるまほが試合の指揮を執る機会が減った。いや、四強を相手にする時には指揮を執っているので回数自体は減っていないのかもしれない。増えたのは練習試合の回数だ、東奔西走しながら全国各地にある戦車道から送りつけられてきた
元より黒森峰の生徒は個々の能力が高いので、再編に当たって、まほは練習よりも試合の数を熟すことを優先した。まあ尤も、気の入らないまま練習を繰り返したところで意味がない、という意味合いも込められているが――さておき黒森峰の全国行脚の旅は意外にも生徒には好評であり、そして戦車道の普及に繋がると日本戦車道連盟からのウケもよかったりする。悲鳴を挙げているのは学園艦を運用している船舶科の生徒達であったが、彼女達の苦悩はここで語られることはない。
さて、話が逸れた。
此処はマジノ女学院のホームである丘陵地帯。小高い丘と小さな森が点在し、後は広々とした草原が広がる立地だった。
今回、戦車十輌によるフラッグ戦。指揮は私、逸見エリカと赤星小梅の二人で執っている。試合に出すのはお互いの中隊から五輌ずつ、今は小梅が率いるパンター部隊で偵察させているところだ。私が搭乗する
ボソボソと隣の小梅が通信機で誰かと話し始める、どうやら偵察の報告が届いたようだ。
「エリカ、マジノ女学院は情報と同じように小高い丘に防御陣地を構築しているようです」
「……そう、勝ちに拘るなら今すぐに速攻を仕掛けるべきね」
「それを言うと私の部隊で先制攻撃を仕掛けてますよ」
動かずに敵の動きを監視していてください、と小梅が通信機に告げる。
「さて、どうやって攻略しようかしら」
速攻を仕掛ければ、簡単に試合が決まることはわかっていた。それはもう練習にならない程度に――なので最初から、相手が盤石の体勢を敷いてから攻略することを小梅と二人で決めていた。そして、そのことはチーム全員にも伝えてある。なので此処までは予定通り、大事なのは此処からだった。
「あれで良いんじゃないでしょうか」
と小梅が少し退屈そうに告げる。
「腐った納屋の入り口は蹴破ればいいってやつ、露払いの方は私達でなんとかしますよ」
「あら、随分と大胆な作戦を立てるようになったじゃない」
揶揄うように告げると小梅は気丈に笑い返してきた。
「動かない戦車には意味がないってことを身を以て教えてあげましょう」
「ええ、そうね。土竜に丘の上は贅沢よ」
二人で小さく笑いあって、そして気負わずに自然体で告げる。
「パンツァー・フォー」
隊列を綺麗に保ちながら敵陣地への進軍を開始する。
私の指揮下にあるのは、私が搭乗している
行進中に偵察として放っていた小梅のパンター部隊と合流し、私の部隊を守らせる。
小細工はなし、真正面から敵が防御陣地を敷く、丘へと戦車を進める。すると丘周辺を守っていた敵の戦車が攻撃を仕掛けてきた。小梅が指示を送る、パンター部隊が散開する。敵一輌に対して二輌で迎撃し、次から次へと集結してくる敵戦車群を各個撃破していった。私が指揮する部隊に統率の乱れはなく、ただ丘に布陣する敵陣地を目指して戦車を走らせた。丘の上から砲撃を仕掛けられる、その時になって、初めて陣形を崩してジグザグに走行する。この程度のことなら指示も必要ない、みんな分かっていることだ。このまま砲撃をせずに私達の有効射程に入るまで前進をする。小梅は私の隣でパンター部隊の指揮を執り続けていた。
そして真正面に集中していると背後から戦車の稼働する音が聞こえて来た、この音は私達の戦車ではない。
「一輌、それなりにやるのが居るじゃない」
丘の上から放たれる砲撃の中で、私は涼しい顔で告げる。
行進を止めるつもりはなかった。何故なら、もう動いてくれている戦車がいる。仮に動かなくても心配をすることはない。きっと彼女自身が動かない時は動く必要がない時だからだ。小梅が駆る
パンター部隊を広く展開させて半包囲を構築する、逃げ出した時にいつでも追いかけられるようにって意味合いが強い。
「そろそろ砲撃を開始するわよ。そうよ、砲撃は相手が撃った後にね。落ち着いて狙って頂戴」
五つの砲口が丘上に向けられる。そして相手の砲撃を終えた後、一斉に砲撃した。
そのまま前進を再開し、相手の砲撃を待ってから僅かに静止して砲撃する。
距離を詰めながら砲撃を繰り返すこと数回、遂に白い旗が上がった。
「あら、運が良かったわね」
望遠鏡で丘の様子をみながら告げる。
最初に上がった白旗の横にはフラッグ車であることを示す三角旗、つまり勝利が確定した瞬間だった。
責務を終えたことに溜息を一つ、小梅の
とりあえず、小さく手を振り返しておいた。
勝って当たり前の戦い、後はどれだけ自軍の被害を抑えられるかだった。
そういう意味では良い試合ができたんじゃないだろうか。相手にとっては堪ったもんじゃないのだろうけど、少しやりすぎたと思ったけども相手はみんなケロッとした顔を浮かべている。ああ、これは弱小な訳だな、と溜息を零した。見込みがあるのは二年生よりも一年生の方だ。その中でも特に期待できそうなのは今、ソミュアS35から出てきた女性だった。胃のあたりを押さえており、顔は悔しさで苦渋に満ちている。
強くなりそうだと思った、でも、此処では生かされることもなさそうだ。
「気になることでも?」
試合後の段取りを話し合っていた時、ついソミュアS35の戦車長を見つめていたのでマジノ女学院の隊長に声をかけられた。
「彼女の名前は?」
確かマドレーヌだったか、マーマレードだったか、そんな名前の隊長に問いかける。
それは本当に気紛れだった。でも、隣の小梅も気になっていたのか耳を傾けている。
「彼女はエクレール。戦車を指揮する腕前だけは私達の間で一番ですよ」
黒森峰では二軍止まりだ。
私の後ろを追いかけてばかりの楼レイラとなら良い勝負するかもしれない。
その程度の相手、しかし、なんとなしに消化不良だとは思っていた。
まだ試合を終えたっていう感じがしていない。
「……そうね。もう一戦、お願いしようかしら」
「えっ?」
マジノ女学院の隊長が笑顔を引き攣らせる。
それを無視してエクレールの方を向いて、この程度じゃ練習にもならないのよ、と告げた。
エクレールが胃を抑えながら下唇を噛んで睨みつけてくる。
やっぱり、この子は強くなると思った。
「次の黒森峰の為に一年生にも試合の経験を積ませておきたいのよ。受けてくれるかしら?」
マジノ女学院の隊長が慌てふためいている。たぶん止めようとしているが無視する、このまま止められることを良しとするなら帰るだけだ。それならそれでも構わない、失望もしなければ期待もしていない。
「……やりましょう」
「エクレール!」
「隊長、今の私達は少しでも強い相手と戦って経験をつけるべきです。ここは黒森峰の好意に甘えましょう」
エクレールが瞳に強い戦意を秘めながら睨みつけてくる。
舐められるのは仕方ない、好意ということもわかっている。でもただでは負けない、舐めたことを後悔させてやる。
そんな言葉が聞こえてくるようだった。
「さて私達もマジノ女学院の戦車修理を手伝うわよ、どうせ暇なんでしょ?」
そう言うと私の部隊が全員、一斉に腰を上げる。
どうやら私の意図が伝わっているようで、その表情はエクレールを見守るような笑顔を浮かべていた。
そして今回、試合に出られなかった一年生が無言で戦意を高めている。
「私んとこも戦わせてあげたいんだけど?」
隣で小梅が話しかけてくる。
「だったら二戦ね。あちらが了承してくれれば、だけど」
「私達は何度でも構いません、むしろお願いしたいくらいですわ。……ですよね、隊長?」
「え、ええ、そうね」
修理を終えてから二戦目を始める。じゃんけんをした結果、先に戦うのは小梅の部隊になった。
小梅の編成は
とはいえだ、マジノ女学院の主力戦車であるソミュアS35で漸く、黒森峰の二線級であるⅢ号戦車、Ⅳ号戦車と同等といった戦力である。部隊を二つに分けてなおも戦力は大きく開いている。そして相手が防御陣地を構築する受け身の姿勢を貫き続ける限り、負ける気がしなかった。
それはエクレールも同じだったに違いない。
ソミュアS35一輌、背後からの砲撃で囮になろうとしたが、小梅はヤークトパンターとⅣ号戦車J型のコンビでエクレールを釘付けにした後に悠々と敵外周戦力を殲滅しながら防御陣地を包囲して締め上げるように殲滅する。
結果、今回もまた戦車一輌も撃破されずに勝利した。
続く私の編成は
そうしてまた一輌の撃破もないままに、全滅させてしまった。
三度目の完全試合は流石に堪えたのか茫然自失する者が多数、特に二年生に多い。
マドなんとかと云った隊長も、もう言葉一つ発することができていない。その中でもエクレールは目に涙を溜めながら歯を食い縛っており、悔しさに下唇を噛み締める者がちらほらと存在している。
いつもと違う相手との試合は、それだけでも練習になる。特に戦術
少なくとも、火力で劣りながら命中率でも劣れば、勝てるものも勝てないだろう。
「……本日はありがとうございました、次は公式戦で会いましょう」
そんなエクレールの言葉に、私は顔を背けて告げる。
「ええ、期待しないで待ってるわ」
たぶん彼女達の実力では無理だろうな、という思いを胸に秘める。
勝つ為に努力しているのは彼女達だけではない、何処も彼処も明日の勝利を目指して日々精進を繰り返している。
だから覚悟だけでは勝てない、そこはスタートラインなのだ。
でもまあ死に物狂いで頑張れば、一回戦くらいなら勝てるかも知れない。
二回戦を突破すれば、快挙だろう。戦車道は日進月歩、一朝一夕では、どうにもならない。
だからこそ私達は停滞している時間はなかった。
「……良い刺激を受けてくれたかな?」
「さあね、慢心しているかもしれないわ」
反省会で気を引き締め直しておかないとね、と私が言えば、小梅は肩を竦めてから笑い返してきた。
それから自分達の戦車に戻り、学園艦に帰って戦車の点検、それで、そして……
†
下手を打てば分裂する可能性はあった。
しかしエリカと小梅の相性が良かったおかげもあってか、彼女達は好敵手には成り得ても、身内を敵対視するような真似はしなかった。普段はお互いを高め合う為に切磋琢磨し、練習試合では協力することで連戦連勝、前日はマジノ女学院を相手に完全試合を達成する程の成果を上げている。勝利を重ねる度に陰鬱な空気が緩和されていった。まだちらほらと十連覇を成し遂げられなかったことをOB会から言われることもあるが、それは私が耐えれば良いだけの話だ。
最悪の状態から脱しつつある今、もうそろそろ次の段階に進んでも良いかも知れない、と机の中から二つの封筒を取り出した。同じ封筒に同じ校章、そして同じ所属から送られてきた練習試合の申し込みである。誰彼構わずに練習試合を取り組むようになってから、こういった申し出は増え続けている。例えば、前回のマジノ女学院がそうであるし、青師団高校やコアラの森学園からの申し込みがある。その中で同じ高校から同じ申し込みが二つあるのは稀有だった。
違うのは差出人の名前であり、共にBC自由学園戦車道の代表者を名乗っている。
元はベスト4まで勝ち進むほどの実力校。
不仲なおかげで成績を残せていないが、その実力は今でも継続高校やアンツィオ高校と並び称される。
むしろ個々の実力だけを語れば、他二校を上回って四強にすら匹敵する程だ。
エリカと小梅で勝てるだろうか、苦戦するだろうか。
ちょっと楽しみにしていたりする。
設定に興味ある人向けの私的資料。
大体、この編成に分かれて練習して、紅白戦して、合同練習したりしている。
まほは二年生レギュラー中心で固めてある。エリカと小梅は一年生中心の編成でラングとパンター乗ってるのはレギュラー候補、ラング以外のⅣ号とⅢ号に乗ってるのは補欠組。
補欠組だけど他の高校だと普通にレギュラー取れたりする実力。
・西住隊
隊長:西住まほ(
編成:
エレファント重駆逐戦車:一輌
Ⅲ号戦車J型:一輌
・赤星隊
副隊長:赤星小梅(
所属:小島エミ(ヤークトパンター)
編成:
ヤークトパンター:一輌
Ⅳ号突撃砲:二輌
Ⅲ号戦車J型:三輌
・逸見隊
副隊長:逸見エリカ(
所属:ツェスカ(
編成:
ヤークトティーガー:一輌
Ⅳ号戦車J型:二輌
Ⅲ号戦車J型:二輌