隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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書く覚悟を決めたので前回、思う存分にフルボッコしたという話。


番外編
番外:マジノ戦線、再出発ですわ!①


 黒森峰女学園の練習試合を終えてから数日、

 完膚なきまでに叩きのめされたせいか、二年生の士気が軒並み低かった。中でも隊長のマドレーヌは意気消沈したままであり、戦車道の戦術教本を見つめながらぶつくさと呟き続けている。そんな中で私はまだ戦意を残している一年生を纏めて、毎日のように練習に繰り出していた。休み時間は図書館に引きこもることが多くなり、事細かに戦車や戦術について読み込んだ。

 やっぱり私、エクレールは、防御主体の戦術には限界があると思っている。

 今年の全国大会でも感じていたことだが、戦力で負けている状況にあっては防御に徹してもじりじりと削られるだけだ。理想は機動戦で敵戦力を掻き乱して分散し、孤立した敵を順番に撃破していくことだ。どの指南書でも言われているとおり、大事なことは火力の集中と敵戦力の分散、全体の戦力で負けているとしても局地的に戦力優位な状況へと持ち込めば勝つことができる、それを繰り返すことで勝利を手繰り寄せることが可能だ。その為には打って出る必要がある、その為には機動戦が必要だ。要塞は敵戦力を集中させる効果があり、戦力分散とは真逆の方針にあった。

 そう、機動戦に方針を切り替える時が来たのですわ!

 何時、機動戦を始めるの? 今でしょう!

 

 

 マジノ女学院に機動戦はできない。

 それは私、マドレーヌが一年前に出した結論だった。戦術教義(ドクトリン)だけの問題であれば良い、しかしマジノ女学院の実情が機動戦を許さない。というよりも単純に機動戦に適した戦車がマジノ女学院にはないのだ。辛うじて機動戦に耐えられる戦車はソミュアS35のみであり、これも最高速が時速四◯キロメートルと決して速い訳ではない。

 だから結論、マジノ女学院には機動戦ができない。

 その上で勝つとなれば、それはもう要塞を構築して敵を迎え撃つしかない。もしくは相手の考えを読みきった上で罠にかけるか――後者は現実的とは言い難かった。せめて火力が強い戦車が一輌でもあれば話は変わってくるのだろうが、ないもの強請りをしても仕方ない。では、あるものと言えば、何があると云えるのだろうか。

 小さいこと、それに軽いことくらいなものか。

 もうソミュアS35だけを揃えたら良いんじゃないかな……地味に希少で数を揃えきれなかったりする。分校であるBC自由学園を含めて、六輌も用意できたことはもっと褒められるべきだ。内四輌、BC自由学園に取られてるけど。それと高校戦車道連盟は公式戦にtier制度を設けるべきだと思う、重量と年代の二段階でtierを付与することで使用できる戦車に制限を設けるのだ。そうすれば近年問題視されている高性能の戦車を揃えて並べれば勝てるんじゃね? 問題を解決することができるはずである。仮にも戦車()と道を名乗るからには、もっと積極的に戦力の均一化を図って公正さを追求すべきじゃなかろうか。高校生の頃から金にモノを言わせる教育は行ってはいけないと思います。くそっ、ブルジョアジーめ。こんなんじゃ私、革命を起こしたくなってしまいますよ……爆弾片手に持って連盟に突撃すれば、いずれ皇帝になれますでしょうか?

 さておき、ナポレオンといえば、アレクサンドロスとハンニバルに並び称される軍事の天才である。ナポレオン戦争について学べば、少しは手掛かりを得られるかもしれない。調べた結果、ナポレオンは戦術レベルにおいては意外とポカをすることが多い人物だということがわかった。もうミラー将軍だけで良いんじゃないかな……はてさて、このまま考え込んでいても埒が明かないと思って、資料群から目を離した。

 嗚呼、何処かに小さくて短い砲身が優位に働き、敵戦力を分散できて、敵機動力を削ぎ落とせて、大きな車体と砲身が却って邪魔になってしまうような地形が何処かにないだろうか――ここで戦術ではなくって地形と言ってしまう辺りが、なんともマジノ女学院らしくって自嘲する。いくら考えても結論は出てしまっているのだ。これ以上考えても得るものはないと思って立ち上がる。集めた資料を本棚に戻してる途中、DVDコーナーの前を通った。そこの過去の名作コーナーに「パリは燃えているか」という不朽の名作が置いてあった。

 その瞬間、私は脳裏に電流が迸るような閃きを得た。

 

「パリ、燃やさなきゃ……」

 

 ポツリと呟いた一言に、周囲が騒めき立つ瞬間だった。

 

 

 黒森峰戦の一週間後、私達は教習場を模した特別コースを戦車で走らされている。

 兎に角、狭くて細かい道を走らされていた。マドレーヌが云うには繊細な操縦技術を身に付ける為、という話ではあるが、これが何の役に立つのか今はまだ分からない。でも新しい何かを試みようとしていることだけはわかったので高速で移動しながら狭い横道に飛び込む訓練に大人しく従った。

 それから更に一週間が過ぎる。

 射撃訓練は遠距離の的当てから、精度よりも早さを重視するものに変わった。もしかすると機動戦の重要さに気付いてくれたのかもしれないと思って、今日も狭くて細い道を駆け抜ける。こう狭くて曲がりくねった道では操縦手だけの視界では足りず、メンバーのチームワークが重要になってきた。その上で何処のコースを通るのか、逐一無線でマドレーヌが言ってくるので頭の回転が追いつかない。まだ、戦車の操縦技術は未熟なようだ。

 更に一週間、今日もまた教習場に通っている。

 そして合計で一ヶ月が過ぎて――「総出で運転免許でも取りに行くつもりですかッ!」と怒鳴ってしまった。

 いやだって、おかしいですわ! こんなネチネチと嫌らしい道を毎日飽きずに、毎日飽きても走らされている。速度なんて時速三◯キロメートルも出ていない。これではソミュアS35の機動力を殺しているようなものだ。機動戦を仕掛けるならば、こんなこじんまりとした環境ではなくて、もっと広々とした舞台で戦車を活用すべきである。

 不満が溜まりに溜まって我慢できなくなった私は、フォンデュと一緒に遠回しにそれとな〜く広い場所で練習がしたいとマドレーヌ隊長に申し入れた。すると「たまには場所を変えるのも気晴らしになって良いですわね」と隊長が言ってくれたのでソミュアS35の面々は嬉しさのあまりにガッツポーズを決める。

 それで今、私達の目の前にあるのは鬱蒼と生い茂った森である。

 

「今日はここで練習をしますわよ」

 

 マドレーヌが澄まし顔で言うと、いつの間にか乗り換えていたルノーR35でキュラキュラと森の中へと進んでいった。時速一◯キロメートルの通常速度で――もうマウンテンバイクで走った方が騎兵戦術を使えるんじゃないですかね? 教習場コースであれば、通常速度で走破できるようになった彼女達は、苦にもせずに木々の間をスイスイっと抜けていった。ガタガタするけれどいつもより広くて走りやすいですわ、とか言ってる子もいる。そりゃそうだろう、あの教習場はソミュアS35でギリギリ通れるくらいに設定されている。嫌味ったらしいくらいに――そうではなくて、だ!

 

「もう我慢の限界ですわッ!!」

 

 私が怒鳴り声を上げると隣にいたフォンデュが気まずそうに私のことを窘めてくる。

 だが、もう我慢の限界だ。もっと試してみたい騎兵戦術とかたくさんあるのに、その機会すら得られないのでは鬱憤は溜まるばかりだ。

 マドレーヌは涼しい顔で私のことを見つめると挑発するように薄っすらと笑みを浮かべた。

 

「そんなに草原で走りたいなら条件があるわ」

「……なんでしょう?」

 

 じとっとした目で見つめると隊長は愉悦を感じるように目を細める。そして艶やかな仕草で出した条件は、なんとも幼稚なものだった。

 

「おにごっこをしましょう」

「……おにごっこ?」

「ええ、これから、そうね……一時間、これが制限時間ですわ。私達は逃げ回るから、エクレール、貴方は私達を追いかけて来なさい。この間に一度でも私達を捉えることができれば、貴方は自由に草原ではしゃぎ回っても良いわよ」

 

 癪に触る言い方だった、それにルノーR3(貴方達)5とソミュアS3(私達)5では速度が倍違っている。一時間と云わず、その半分の三十分間で捕まえてやる。

 

「わかりましたわ。そういうことなら、その勝負を受けましょう」

「ええ、手加減しないわよ。ああ、それと皆も二人組を作って、おにごっこを楽しんでてね」

 

 絶対に機動戦の素晴らしさを認めさせる。

 

 

 戦車は敵陣地を破壊するのは得意だが、歩兵相手にはめっぽう弱い。

 懐に潜り込まれると手も足も出ないまま、火炎瓶一つで破壊されてしまうこともあるほどだ。

 故に歩兵が隠れやすい市街戦に戦車を持ち込むのはあまり得策ではない。その為に慎重な運用が求められるし、やはり市街戦の主役は歩兵であり、機甲戦を想定した市街戦の戦術があるはずもなかった。そりゃまあ幾ら調べても出て来ない訳である。特に伝統の強いマジノ女学院ともなれば尚更だ。

 そんな訳で私、マドレーヌは皆に特別コースの走行を義務付けた。

 具体的には自動車教習場を参考にしたものを、どれだけ速く、ミスもなく、走れるかというものだ。そこまでして初めて私達は他校と対等に戦えるものと信じている。だが、この事に不満を持ったのはソミュアS35に乗る面子、エクレールであった。まだ彼女は機動戦を捨て切れていないせいか、いまいち練習に身が入っている感じではない。

 ならば、此処で鼻っ柱を折ってやるのも良いか――エクレールには、ずっと前からイジメがいのある子として目を付けていた経緯もある。

 つい舌舐めずりをしてしまった。

 

「砲撃を当てるか、もしくは後ろから衝突するだけでも構いませんわ。ああ、でも無駄弾は少なく、折角見つけた練習場を荒らされては溜まりませんから」

 

 そう言って、新しい愛機のルノーR35に搭乗する。

 操縦手と砲手兼装填手、本来ならば二人のところを砲塔後方にある開いたハッチに腰掛けることで無理やり三人で搭乗する。危ない時は中に滑り込むことになり、どうしても砲手と密着する形になってしまうが仕方ない。多少の不便で得られる利点がある以上、我慢すべきだ。少なくとも戦車長と通信手の役割を別に用意することで砲手には自分の仕事にだけ集中させることができる。戦車道に歩兵の流れ弾や狙撃手はないのだ、西住流がキューポラからよく顔を出しているのと同じだと思えば良い。

 森の中を進む、適度な間隔から生えた木々は戦車をまともに走らせてくれない。常に蛇行を強制されるが――この一ヶ月の練習が為になってくれたおかげか、特に苦にする様子はない。着実に市街戦を行えるだけの準備は進んでいる。木々の隙間をスルスルっと減速なしで進んでいけるのが快適だった。クッションも最高級のものを用意しているので、お尻も痛くならない。

 さて背後からソミュアS35のエンジン音が聞こえてくる、そろそろか。

 

「市街地ではないですが狭所ではある。速度は倍、されども図体は一メートル以上も大きなS35に機動力で勝てれば、私の理論は正しかったと証明できますわ」

 

 マジノ女学院に必要なものは、やはり防御戦術。とはいえ戦車を要塞に見立てるのは無理がある。

 必要なのは要塞だ、地形だ。マジノの戦車は防御主眼の思想の基に作られている、つまり我が校の戦車のほとんどが機動戦を想定していない。それに気づいたときはショックでしたが……だからこそ伝統の防御戦術を変えるわけにはいかない。マジノ女学院の戦車道が要塞を欲するのであれば、要塞がある場所に行けば良い。どちらにしても戦車の性能差で負けているのだ、せめて地の利を得なくてはならない。それに機動戦を想定していないとはいえ、やはり戦車である以上は移動する必要は出てくる。まあ、そういうかたっ苦しい話の前に、私達が持つ戦車では火力不足なので真正面からの撃ち合いにも向かないのだ。だから動く、動いて守る。これは機動防御の概念ではない、これは新しい陣地防衛戦術だ。

 マジノ女学院の戦車道を今ここで更に昇華させる。

 

「私達には私達の戦い方……マジノのやり方というものがあります。しっかりと守り、そして勝つ。それこそが伝統を継ぐ戦い方です」

 

 さあエクレール、私が守る伝統を貴方は超えられますでしょうか。




この物語で強い影響を受けることになる高校。

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