隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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やっぱ戦車戦書いてるの楽しいですね


番外:マジノ戦線、再出発ですわ!②

 練習試合とはいえ黒森峰に三回も完全試合を達成された時、思うところがなかった訳ではない。

 しかし、戦車道と云うのは戦車の性能の違いが戦力の決定的差――とまで言うつもりはないが、大きなウェイトを占めるのは間違いない。だからこそ、あんまり悔しいとは思わなかった。戦車の性能で圧倒的な差がある黒森峰が相手なんだから仕方ない、という気持ちが一番強かった。

 そんなわけで、言ってしまえば、(わたくし)がやる気を出したのも気紛(きまぐ)れのようなものだったのだ。

 可愛い後輩が本気で悔しがって強くなろうとしていたから――私が高等部になってから彼女が高等部に上がるまでの一年間、繰り返し戦車道の資料を読み漁っていた毎日を思い出した。そして彼女と同じように私も前隊長のことを伝統主義の老害だと思っていた過去を振り返り、自嘲する。たぶん前隊長も、前々隊長も、分かっていたのだ。マジノ女学院には防衛戦しか許されていない事を、誰もが同じ苦悩を抱えた末に同じ結論に辿り着いた。結局のところ、私達が最も勝率を高く保てる戦術が防衛戦だったというだけの話である。伝統と云うのは都合の良い言い訳だ、伝統だから仕方ないと逃げ道を残すことができる。それはきっと優しさに満ちた欺瞞だった。

 エクレール、貴方にはまだわからないのでしょうけど、今に貴方も同じ壁にぶつかるはずだ。その壁は決して壊すことはできない、穴を掘るか、乗り越えるしかない。抜本的に戦車を揃え直さなくては防衛戦に立ち戻る。

 だから私は全てを背負う覚悟を決めた。

 マジノ女学院戦車道の歴代隊長が抱えた苦悩の歴史、それが過去から現代に続く伝統の正体だ。それが決して無駄な足掻きではなかった事を――このマドレーヌが証明してみせる、この私が全てを抱えて乗り越える。

 さあエクレール、私に可愛い泣き顔を見せて頂戴。

 

 

 練習試合で三度も続けて完全試合で負けたにも関わらず、戦術を変えようともしない先輩方に苛立った。

 同じ事を繰り返していても意味がないのだ。マジノ女学院は根本から変わらなくてはならない、それは今この時を置いて他にはない。勝利にだけ拘るな、とマドレーヌは言うけども、私は勝利してこそ他にも気が回せると思っている。先ずは勝利、全てはそこから始まる。だから今ここで、ここから全てを変えるのだ。

 森の中、ルノーR35の小さな影を追いかける。

 悔しいけども森の中の行進は明らかに速くなっていた。僅かな隙間、この幅ならば、この速度で通り抜けられるということが、頭だけではなく感覚でもわかった。体に染み付いていた。無駄ではなかった、マドレーヌはまだ勝利を諦めていないのか。そのことに少し嬉しさを感じるけども、でも、だったら何故、機動戦を選ばないのか分からない。彼女ほどの人物であれば同じ結論に行き着いたはずだ。それともなにか穴があるのだろうか、そうできないなにかが――そして、今になって新しいことを始めたのには意味があるのかもしれない。

 分からない、私ではまだ辿り着けない。だから今は全力で捕まえよう。

 もしも何か目的があるならば、全力でぶつかってこそ見えてくるものがあるはずだ。もしも考えがなかった時は今この時、マジノ女学院の伝統を終わらせる。その意気込みで挑もうと思った。

 勝っても負けても私の中で何かが変わる、そんな気がした。いやきっと、変えなくてはならないのだ。

 速度を上げる、車体が揺れる。視界に映るルノーR35の後を追いかける、しかし追いつけない。距離が縮まらない、速度はこちらの方が速いはずなのに、実際、直線では距離が詰まっているので速いことには違いない。だが、このまま行けば追いつけそうって時にルノーR35は狭くてギリギリの抜け道を通り、私達は迂回して遠回りを強いられた。追いつけない、機動力では優っているはずなのに……いや、機動力で優っているのであれば、追いつけるはずだ。いや、これは、もしかして、機動力で劣っている?

 ソミュアS35は限定状況下でルノーR35に機動力で劣ると云うのだろうか。

 

 

 ルノーR35はソミュアS35に機動戦では勝てない、引き離せないのがその証左だ。

 機動力の定義を、作戦行動において戦力を適切な時期に適切な場所へと移動する部隊運動、と定めるならばルノーR35がソミュアS35に勝てる道理はない。それに包囲、迂回、突破の作戦行動を達成できない以上、それは機動戦と呼ぶに値しない。耐えて、耐えて、耐え凌ぎ、如何に味方の消耗を抑えつつ、如何に相手を削るかが重要だった。せめて敵戦車を一撃で粉砕できる打撃力を持つ戦車があれば、もっとやりようはあるのだが……それもできない、それができれば従来の要塞戦であっても勝率を高めることはできた。

 先ずは耐えること、次に堪えること、最後に忍ぶこと。この三つを胸に刻んで、精神的な消耗を極力まで抑える。自分よりも速い相手に後ろから追い回されることには、思っていた以上に神経が擦り減らされる。少しでも相手に余裕を持たせれば、砲撃が飛んでくるから尚のことだ。

 これは辛い戦いになるな、と私は溜息を零す。

 防衛戦とは基本的に自制心との戦いだ。そう思えばこそ格式と伝統に煩いマジノ女学院と相性が良かったのかもしれないな、となんとなしに思った。小さな車体を草木に隠しながら逃げ回ること三十分。相手は目の前の敵を追いかけるだけだから良いかも知れないが……くそっ、思っていたよりも疲弊する。それでもあと半分だ、漸くとは言わない。まだ頭は働いている、なら、まだ行ける。じわりじわりと詰め寄られるような感覚、ああ、だからホラー映画の主人公はあれだけ疲弊するのか、と余計なことを考えた。

 ガリガリとルノーR35が木々に車体を擦り付ける頻度が増えてきた。操縦手は後ろを見ることができないので、より一層に疲弊しているに違いない。今にして思うと一時間は長過ぎたかもしれない。しかし、今更条件を変えるわけにもいかない。あとはもう精神力の勝負だと自分に言い聞かせる、今の状態を維持し続ければ勝てる。できることならこのまま、しかし、そうならないだろうな、と何処かで確信していた。何故なら、このままではエクレールも勝てないことが分かっているだろうし、あの子は私を過大評価している節がある。

 実際のところ、このまま続けられると制限時間が来る前に操縦手の集中力が切れてしまいそうだった。

 

 

 あえて私達が車体を見失わない距離を保っているのか、追いつけそうで追いつけない絶妙な距離に焦らされる。

 残り時間も半分を切った。少しでも意識を逸らすと直ぐに見失ってしまいそうで、集中力を切らすことができなかった。気を張り詰めたまま三十分間も続ければ疲弊する、それが狙いなのだろうか。どちらにしても現状は耐久戦の域を抜けない、そして、それではマドレーヌには恐らく勝てない。根比べで負けるつもりはないが、それでは先に制限時間の方が来る。だから、それまでに勝負を仕掛けなくてはならなかった。

 目線だけで指示を出す、砲手が持ち手を握りしめる。

 どうせ仕掛けるならば早い方が良い、待てば待つだけ相手の思う壺だ。

 

 早く来い、頼むから来い。自分から仕掛けておいて、根比べで負けるとか格好悪すぎる。

 まだだ、第一射こそ大事に、願わくば、そこで勝負を決める為に。

 砲身が動いた――だが動かしただけか。

 撃つのか、撃たないのか?

 ただのフェイントか、 焦らしやがって……

 慎重に狙わなくては見切られる。今も砲口を動かしただけで勘付かれたかもしれない。

 良いから撃てよ、撃ってよ。

 ミス待ちなの? 細かいミスが多くなっていることに気付かれている?

 だとすれば不味い、やばい。何か、何か、手は……

 挑発するような笑み、あれはもう気付かれている。

 やはり、止めるか。まだ仕掛けるのは――いや、どうせ撃つなら一緒だ。

 ああああああああっ! ハッタリをかますしかないですわあああああっ!!

 まだだ、まだ、もっと冷静に機を窺って……今、撃っても絶対に成功しない。

 こんな時こそ冷静さを失ってはならない、集中力を途切らせるな。

 常に思考を働かせて、最善の選択を追求し続けるのだ。そうしなくては彼女には勝てない。

 もうどうでも良いから撃ってよおおおお! うちの操縦手が限界なんですううううッ!!

 

 ガタンとルノーR35の車体が跳ねた。

 どうやら岩に乗り上げてしまったようだ。その瞬間に見たマドレーヌの顔が驚いていたから砲手に「撃てッ!」と指示を出した。直後、ガクンとソミュアS35が急停止する。静止時間は僅か一秒未満、照準を定めた砲弾はルノーR35の低い車体の頭上を越えて、奥の木の幹を貫いた。ベキベキと木が倒れる、これでルノーR35の前方を塞いだ。小さな車体ではアレを乗り越えることはできない。

 これで追い詰めた――そう思ったのも束の間、マドレーヌが喜びを噛み締めるように笑みを浮かべていた。

 

 

 やばかったですわ! 完全に反応できていなかった!

 あの砲撃がルノーR35(私達)を狙っていたものであれば勝負は決まっていた。操縦手の集中力が切れていた瞬間だった。前方が塞がれたが、まだ最悪な状況に過ぎない。絶体絶命の状況で終わりにならなかったのだ、相手は必殺の機会を逃した。

 ならばまだツキは私達にあるッ!

 

「やらせはしない、やらせはしませんですわ!」

 

 追い詰められた、まだそれだけだ!

 進路を塞がれたことで急停止していたルノーR35、「右に七十度ッ!」と私は操縦手に怒鳴りつけた。先ずは右に旋回しながら前進をさせる。四十五度に到達した地点で前進を停止させて、左に旋回させながら後進を開始――と同時に砲撃音、ルノーR35の車体前方を掠めていった。焦りましたね、エクレールッ! いや、私が読み勝ったのですわッ!

 そのまま右に七十度しっかりと旋回させた車体から全速前進でソミュアS35のすぐ隣を駆け抜けた。

 

「――ッ!」

「〜♪」

 

 すれ違い様にエクレールと視線を交わす。

 表情に苦渋を滲ませる彼女に愉悦を覚えながら距離を稼ぐ為に森の中を駆け抜けさせる。さあて、何処に戦車を隠しましょうか。相手の視界から逃れた時点で勝ったも同然、後は相手が死に物狂いで私達を探している様を愉悦を感じながら観察するとしよう。追いかけっこを続けていたせいで正確な現在地は分からないが、まあ何か目印でもあれば近場で良い隠れ場所を――ガサッと草叢を抜けると森で遮られていた視界が急に開けた、目の前には見渡す限りの大草原だ。

 あそこに葡萄畑があるから大体の位置はわかったわ、と笑みを浮かべる。

 

「なああああああっ!? 早く森の中へ戻りなさいッ!!」

ア、アブゾード(か、かしこまりー)っ!」

 

 慌てて車体を反転させた時――ガササッ、と森の中からソミュアS35の丸っこくて可愛らしい車体が姿を現した。ゆっくりと私達に向けられる砲口を見つめながら、私は真顔で笑顔を浮かべ直した。そして大きく息を吐き、吸い込んで覚悟を決める。

 

「謀りましたね、エクレールッ!!」

「は、謀ってなんていませんわ、マドレーヌ様ッ!」

 

 あゝ無情にもソミュアS35から放たれた砲弾はルノーR35の車体を見事に捉えた。




マドレーヌ様の体を張った渾身のギャグ。これもあと一話分。
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