隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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こいつら主人公の高校よりも戦車道やってんな。


番外:マジノ戦線、再出発ですわ!③

 特殊なカーボンの発明者はノーベル賞を受賞すべきだと思っている。

 少なくともルノーR35の軽い車体が横転しても煤汚れるだけで、誰も痣や傷は負うことはないのだから。

 なお眼鏡は保証対象外です。

 

 澄まし顔で服の汚れをパンパンと手で払った。

 咄嗟に砲塔の中に身を隠したので怪我はない、ちょっと砲手の子と組んず解れつになるという小さな事件があっただけだ。じとっとした目で頰を赤らめるメンバーを無視して、ゆっくりと走り寄ってくるソミュアS35が近付いてくるのを迎え入れる。砲塔後部のハッチから姿を出したエクレールは、私を一瞥すると、そのまま見下すこともせずに地面に降り立った。少し複雑そうな表情をしている、辛酸を舐めたような――そんな顔付きだ。

 このマドレーヌに落ち度があった、そうである以上は認めなくてはならない。

 

「この勝負、(わたくし)の負けですわね」

「この勝負は(わたくし)達の負けですね」

 

 ……あれ? なにかおかしくなかったかしら?

 可愛い後輩の姿を見直せば、スカートの裾を両手で握り締めながら下唇を噛み締めていた。

 やばい、とっても愉悦心を擽られる。

 

「狭所にあっては大きな車体よりも小さな車体の方が有利、幾ら速度があっても出し切れなくては意味がありませんのね」

 

 彼女の振り絞るように出される声に上がりそうになる口の端をしっかりと抑える。

 まあ言いたいことが伝わってくれたようで何よりだ。こんなことは当たり前のことだと思われるかもしれないが、体験してみないと分からないことは多い。知識と理解は別物、どんなスポーツやゲームでもそうだが、防衛や耐久を重視するのは爽快感がない分、実際にやられてみないと効果が実感しにくい。

 それに、相手の嫌がることを徹底してできる人間の感性は常人とは少しズレている。

 本来、スポーツやゲームで強い勝ち方と言われるのは、自分の長所を相手に押し付けることにある。如何に自分の長所を生かすのかっていうのが勝負ごとの基本的な勝ち方だった。そして相手の長所や利点を積極的に潰す行為が戦術や謀略と呼ばれるものである。だから防衛や耐久に主観を置くやり方は基本的に邪道で、泥仕合になりやすい。だが上手くやれば相手を封殺することも可能だ。

 ただ勝つ為に、そこに爽快感や見栄えはない。

 

 でも、とエクレールが続ける。

 

「守るだけでは、勝てません……」

 

 今、私が負けたように――実際、市街戦は戦車の性能差を潰す為の方策で優位に立つ為のものではない。

 相手の機動力を奪ったとしても火力の差が埋まる訳ではなかった。長い砲身は狭所において旋回の邪魔になる、そのことを考慮に入れて、漸く同程度か。むしろ市街戦は戦場が道だけに限定される分、突撃砲の脅威が跳ね上がることになる。

 結局のところ、市街戦という選択は、私達が相手と対等に戦う為の舞台に過ぎないのだ。

 

「私達に機動戦はできませんわ」

 

 それでも、と付け足した。

 

「機動力が必要になる場面は必ず来るはずよ」

 

 結局のところ、マジノ女学院の伝統の欠点は分かっている。

 要塞戦によって敵を撃退できても、追撃ができない。負けは防げても勝ち目がない。戦車道に後方からの支援はないので、結果的にジリ貧となる。だから防衛戦術を基本に据えるとしても、周囲に戦車を散開させるやり方はできない。それこそ戦力分散の愚と云うものだ。必要なのは遊撃部隊、大事なのは敵後方を脅かすことにある。

 それができる人間は今のマジノ女学院にはいない、そうだ、今はまだ居ないのだ。

 

「エクレール……遊撃でもやってみます?」

「へっ?」

 

 過程をぶっ飛ばした結論に、エクレールは可愛く首を傾げてみせた。

 

 

 私、マドレーヌは戦車道に関することは全て大学ノートに書き込んでいる。

 清書する時はシャープペンシルと蛍光ペンを使って、後で読み直しても分かりやすくしていた。古いノートの表紙には「機動戦」と書かれており、中には機動戦術に関する情報が詰め込まれていた。そして最後のページには「マジノ女学院の戦車では、このノートにまとめた情報を活かすことはできない」と書き込まれてある。

 今、私が書き込んでいるノートには「戦車道」と記載されており、これは戦車道に関することをまとめた日誌のようなものだ。よく考え事をまとめる時に活用している。

 そして開いたページには今、今後の編成について書き込んでいるところだった。

 

 マジノ騎兵隊。

 部隊長はエクレール、補佐にはフォンデュ。二輌のソミュアS35を以て遊撃を行う部隊だ。

 戦術理論上、戦力分散は愚の骨頂と云うべきかもしれない。しかしS35はマジノ女学院が所有する戦車の中で唯一、展開の早さに主観を置いた戦車である。本来は敵戦線を突破した後の浸透拡大を目的とした戦車だが、敵戦車を打破し得る火力を持たない現状、その機動力は追撃として活かすよりも遊撃として外に置いた方が良いという判断だ。

 本当のことを云えば、エクレールを中心とする機動戦論者への配慮による折衷案。つまるところ政治的判断というものだ。

 これが上手く機能すれば続行すればよく、失敗すれば、それはそれで中断すれば良いだけの話だ。それに使い勝手の良い部隊を防衛陣地の外に置いておくことは、私個人としても悪くないと思っている。

 主力部隊の指揮は私が執り、補佐にはガレット。基本はルノーR35が主力で、B1bisに中核を担わせる。

 R35には全て、ハッチを開いたまま出入り口に腰を掛ける形で強引に三人乗りを実現させる。危ない時は砲塔の中に滑り込んで、素早くハッチを閉める練習もしてある。なお生徒達からは不評な模様――そもそも三人乗りを想定した戦車がない、と一蹴すれば何故かエクレール派が増えた。S35のような騎兵戦車の増強を求む声に新しく安価な戦車を導入予定になっている。

 まあ、さておきだ。

 市街戦においてはB1bisが大通りを固めて、裏通りをR35とルノーFT-17を走り抜ける。というのが私の考える基本戦術となった。市街地がなければ廃村や森を活用し、廃村と森がなければ仕方ないので山でも登ろうと思っている。山頂に布陣するのは素晴らしい戦術だと三国志でも言われている。

 あとはまあ火力不足の問題が挙げられる。

 戦間期に開発された戦車が大多数を占めるので、敵戦車を打倒できるだけの火力がないのだ。とりあえずR35の砲身をSA18(短身砲)からSA38(長身砲)に換装する計画を立てており、これは最優先事項としている。騎兵戦車は二の次、とりあえず砲身は長くて太くて大きいのに限る。あんまり火力を追求すると車体が大きくなりすぎるのが難点だけど。

 そんな訳でマジノ女学院は今、防衛隊と騎兵隊で完全に役割を分ける方針で再編している。

 

 勿論、密な連携を忘れずに――適当にノートパソコンを弄ってみると安価な戦車がオークションで売り出されていた。

 廃車予定の丁度いいオチキスH35があるじゃん、と私は躊躇せずにポチった。フランス戦車ならOG会も支援してくれるし、騎兵隊も戦車が四輌もあれば小隊を名乗れるだろうと、もう一回ボタンを押した。SA38はOG会の伝手で安価で譲って貰おうとスマフォを手に取って連絡を入れれば、余っているものがある、と快く受け入れてくれた。

 さてはて今のところは順風満帆、二週間後に届けられるレストア予定のオチキスH35を見たエクレール派に寝返った生徒諸君は翌日、何食わぬ顔で半分以上が戻ってきた。なんでだろうな〜、とにんまりとした笑みを浮かべる今日この頃である。

 実はR35の搭乗員が足りなくなってて危ない状況にあった。

 

 

 騎兵隊の配属になった二輌の戦車、オチキスH35。

 高性能だが高価でもあったソミュアS35の代わりとして期待された安価な量産用軽戦車だ。

 ルノーR35よりも時速八キロメートルも速い最高速が売りの戦車で、フランス騎兵隊に広く配備されることになる。とはいえ、その設計思想はR35と同じだ、つまり歩兵戦車である。その為、当然といえば当然の話ではあるが、騎兵戦車として設計されたS35のような快速性を得ることはできなかった。それでもR35よりも幾らかましだし……という経緯で騎兵隊が採用した戦車でもある。

 後の改良により、最終的には時速三六.五キロメートルと辛うじて、騎兵(隊が採用する)戦車を名乗れる程度にはなった。

 だが今目の前にあるのはオチキスH35(改良前)、オチキスH39(改良後)ではない。なんでソミュアS35(戦時生産数430輌)よりも希少なオチキスH35(戦時生産数400輌)が配備されるのか、これがよく分からない。私、エクレールは胃を抑える。フォンデュが云うには「好きに使いなさい」とマドレーヌからの御達しがあったようだ。いや、確かにないよりもあった方が良い。でもS35と比べても時速十二キロメートルも違うのだ、足手纏いになる気しかしなかった。

 とはいえ使わないという選択はないので、とりあえずレストアを命じた。

 

 

 現在、マジノ女学院の戦車は十三輌。

 内訳はB1bisが一輌、ルノーFT-17が二輌、ルノーR35が六輌、ソミュアS35が二輌、オチキスH35が二輌だ。

 四強と比べると見劣りするが、決して初戦敗退するような布陣ではない。SA38が手に入れば、火力という点でも改善される。充分とはいえないが戦える布陣にはなる。この前のように黒森峰に完全試合を達成されるような真似はしない、最悪でも一矢は報いることができるはずだと決意を改めた。

 そんな時だ、バタンと扉が開け放たれた。

 赤いショートカットの可愛い後輩、ガレットだ。封筒を片手に慌てた様子で部屋に駆け込んできた。大変です、と慌てた様子で告げる彼女に、落ち着きなさい、と紅茶を啜りながら嗜める。戦車道とは関係のないところで聖グロリアーナ女学院と関係を持つ本校、あそこの紅茶はとても美味しい。「落ち着いている場合ではありません!」とガレットが封筒を差し出してきた。

 あまり優雅ではない彼女に顔を顰めながら封筒を受け取る、校章はBC自由学園のものだ。既に封を切られた封筒から手紙を取り出すと、そこに書かれている文字に目を通す。

「ふざけないで!」と思わず手紙を握りしめてしまった。

 

 ――黒森峰に三回も完全試合を達成される貴方達に高価な装備は必要ありません、SA38はBC自由学園戦車道で受領させて頂きます。既にOG会にも話を通してありますので、あしからず。

 

 分校の分際で反旗を翻したというのか。

 確かに万年初戦敗退のマジノ女学院と比べて、BC自由学園は何度か準決勝まで駒を進めている。実績という点で云えば、確かにBC自由学園の方が上かも知れない。しかしだ、既に決まった話を捻じ曲げて、横から装備をぶんどるのは許しておけない。これはもう戦争か、この手紙こそが宣戦布告か。

 そうではない、と私は首を横に振る。

 私達は舐められているのだ、BC自由学園の戦車道に舐められている。だから、こんな横暴な手段にあっさりと出ることができた。そして、これを許してしまえば、奴らは今後もずっと同じことを繰り返してくる。

 私は歯を食い縛り、そして息を大きく吐き捨てた。

 怒るな、冷静に。判断を下すのだ。

 

「……叩き潰してやるわ、どちらが上か教えてあげる」

 

 冷静になった結果、泣かしてやる、と心に決めた。

 ガレットが少し涙目になっていた。




ソミュアS35の所有車両数、マジノ女学院とBC自由学園と合わせて、
八輌→六輌
に変更。

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