BC自由学園は、なんと黒森峰女学園に勝利した。
練習試合ではあるし相手も本気の編成ではなかったが、それでも黒森峰女学園に勝利したのだ。
このことはBC自由学園を大いに盛り立てることになる。号外が紙吹雪のようにばら撒かれ、学園艦が発行する新聞の一面を飾る。そこには現隊長が満面の笑顔で写真に写っており、如何にも調子に乗ってますよ的なコメントが記載されている。他の戦車道履修生も狂喜乱舞、このまま全国大会も優勝だ、とはしゃいでいる。
それを退屈に眺めるのは私、安藤だ。
確かに練習試合では勝つには勝った。しかし相手はⅢ号戦車、Ⅲ号突撃砲、Ⅳ号戦車のみといった編成であり、とても本気とは呼べない編成でのことだ。それにマジノ女学院を相手に三度も完全試合を達成したと言われているが――実際に戦ってみた限りでは、どうにもそれが本当のようには思えない。というのもマジノ女学院は勝ち方を知らないだけで弱くはなかったりする。いや、まあ黒森峰と比べると弱いのだけど、マジノ女学院の伝統は伊達ではないのだ。マジノ女学院は負けない戦い方が得意であり、どんな相手であっても健闘する。少なくとも何年も初戦敗退するようなところではない、ただ勝ち方を知らないので負け続けているだけの話だった。
これは憶測になるが、マジノ女学院の時は本気の編成で挑んだんだろうな、と私は予想している。あの貧弱な火力では黒森峰の強力な装甲を撃ち抜くことはできない。完全試合を達成されたとしても不思議な話ではなかった。
そういう意味もあって、
ただ上級生は同じようには思っていなかったようだ。
マジノ女学院のことを「弱い癖に大きな顔をし続ける」と常日頃から愚痴り続けていたウチの隊長が増長して、マジノ女学院に譲渡される予定だったSA38を横から掻っ攫ったのだ。曰く、黒森峰に完全試合を達成される女学院に戦車道を語る資格はない。曰く、BC自由学園がOG会が築き上げた戦車道の伝統を背負っていく。曰く、勝てばよかろうなのだ。そんな感じで我らが隊長殿はマジノ女学院に宣戦布告を叩き付けてきたのだ。
それにしても隊長は気付いているのだろうか。OG会の皆様方は面白がって承諾したと云う事実に、どっちが勝っても構わないと思っている事に、賭けの対象にすらされている可能性がある。
まあ私としては、戦車に乗れるならそれで良い。それで与えられた仕事を熟すだけだ。
帽子を被り直して、ガレージに向かった。
扉を潜るとエスカレーター組の嘲笑混じりの罵詈雑言を浴びせられる。芋臭いとか、田舎者だとか、世間知らずとか、そんな言葉を無視して、愛機のソミュアS35の車内に潜り込んだ。BC自由学園はエスカレーター組と受験組との間に確執がある。そのおかげでよく対立し、二つの派閥間で協調を取ることはしない。できるできない以前の問題として、しないのだ。もし仮に連携を取ることができれば、と思わなくもないが――私自身も奴らのことは気に喰わないと思っているので、自分の方から歩み寄りたいとは思わない。というよりも私の方から差し出した手を払ったのはエスカレーター組の方だ。それ以後、私から歩み寄る努力をすることは止めた。
まあ試合となれば、それなりの仕事はする。
車内でメンバーから編成表を受け取り、自分の名前があることを確認した。幸か不幸か、BC自由学園は戦車が多いわけではない。エスカレーター組だけで編成しても枠が余るので、その余った枠に受験組が編入される形になっている。今はエスカレーター組が六輌、受験組が四輌という形だ。そして、エスカレーター組の編成には――ふぅん、押田が居るのか。彼女とは同じ学年なので少しだけ意識している、少しだけだが、彼女は他よりもほんの少しだけ戦車の指揮が上手かった。
あと気になるのはマリーという人物か。格式(笑)を重んじるエスカレーター組にしては珍しく、一年生チームが二輌も入っている。乗っている戦車がルノーFT-17なので大した活躍はできなさそうだが、なんとなく気になった。
あれこれ気にしたところで意味はない、と頭を切り替えて戦車を走らせる。
ガレージ内から出て、何時もと同じようにエスカレーター組との紅白戦。また格の違いを見せつけてやろうと思った。機動戦とはこのようにやるものだ、と御教授してやるように丁寧に丹念に、だ。
いつも最後まで追い縋る押田は、今日も面倒だった。
†
マジノ女学院の戦車道が活用する隊長室。
普段は雑務をする時に使っている部屋であり、今回のように話し合いを行う時にも使用する。
私、マドレーヌの他、部屋に招き入れたのはエクレールとフォンデュ、そしてガレットの三人だ。机の上には一枚の手紙を置いており、それを見たエクレールは胃薬を飲み、フォンデュはBC自由学園の横暴に目元を険しくした。よく戦車道に対する姿勢や思想で衝突することの多い私達だが、その根源的な想いは一枚岩だ。つまり「強くなりたい」そして「勝ちたい」という想いである。
だから敵を目の前にしてまで衝突を繰り返すほど愚かではない。
「戦車道による決着を申し出たところ、奴らが提案してきたのは全十輌の殲滅戦ですわ」
そう告げると三人が頷き返す。
「これが今回の編成予定ですわ」と私が考えている編成表を手渡すとエクレールが顔を顰めた。
言いたいことはわかっている、だから先を制するように口を開いた。
「H35じゃ大した戦力にはならないですわ」
編成表にあるのは、B1bisが一輌、ルノーR35が六輌、ルノーFT-17が一輌、ソミュアS35が二輌、となっている。オチキスH35ではなくてFT-17を選んだのは、S35の機動力を落としたくない為である。
「それに機動力では相手に敵わない」
予想されるBC自由学園の編成は、ルノーFT-17が一輌、ARL44が五輌、ソミュアS35が四輌といった感じだ。
ARL44というのは、まあ平たく言ってしまえばB1bisの発展系だ。生産と配備は終戦に間に合わなかったが、終戦までにギリギリ設計を終えていたことから戦車道の基準を満たしているフランス戦車で使用できる最新の戦車である。しかもこれ重戦車の癖に時速三五.七五キロメートルも出る!
とても羨ましい、なんで分校の方が優遇されているのだろうか。というか、この編成でなんでSA38が必要なのか分からない。
「R35かH35の導入予定でもあるのでは? 準決勝で戦うには戦車の数が足りていないので」
そう云うのはフォンデュだ。それなら先に戦車を揃えてから導入するべきだわって愚痴を零した。
「あちらの方が戦車の質が良いのは――言い難いけど、アズミさんがベスト4になってから優遇されているせいもあると思いますね」
ガレットが付け加える。まあ低迷し続ける私達よりもBC自由学園を優先するのは当然と言えば当然の話、気に食わないけども。
「装甲の厚くて火力の高い重戦車に、機動力の高い騎兵戦車。偶然とは云え、予行演習としては悪くない相手ですわ」
私は笑みを浮かべてみせる。
勝ち目があるかどうかは微妙なところ、しかし勝ってやると決意を固める。
†
試合当日、
私、ダージリンは観客席で優雅に紅茶を嗜みながら巨大なスクリーンに目を向ける。
隣に座るのはルクリリ、素直が取り柄の良い子だが、素直すぎるのが欠点な子。少なくとも聖グロリアーナ女学院では食い物にされる側の人間である。紅茶の淹れ方は最近、漸く様になってきた。少なくとも飲める程度には、だ。
それはさておき今回、聖グロリアーナ女学院に直接関係しない試合の会場に足を運んだことには意味がある。
巨大スクリーンに表示されるのは二つの校章、マジノ女学院とBC自由学園。本校と分校の関係にある両者、これを素直に捉えるならば「身内同士の練習試合を見に来るなんてダージリン様も物好きですよね」とまあ隣のルクリリが言う通り、しかし二校には軋轢があり、今回の件も穏やかではないことを、私は
そして今回、私は見定めに来た。
どちらが聖グロリアーナ女学院のお友達に相応しいのか、飲める程度の紅茶を啜りながらスクリーンを見つめる。
「こんな格言を知ってる? 気骨のある人は困難に対して特別な魅力を感じる者だ。なぜなら困難に立ち向かってこそ、自分の潜在能力に気づくのだから」
「え、なんですか、それ?」
ルクリリが首を傾げることに私は溜息を零す、もう少し教養のある子をお供に欲しい。
†
観客席にある見覚えのある制服の学生を見て私、マドレーヌは舌打ちする。
聖グロリアーナ女学院が観戦に来ている。マジノ女学院と聖グロリアーナ女学院は所謂、蜜月の関係にあり、生徒会同士でよく情報を交換し合っていると云う話だ。こと戦車道においても同じだが、低迷するマジノ女学院と躍進する聖グロリアーナ女学院の戦車道は対等な関係にはなかった。この事は生徒会も熟知しているのだが――あまり強くは言い返せないようで私達、マジノ女学院戦車道は生徒会から半ば見放されている。聖グロリアーナ女学院が私達と関係を続けてくれているのは、惰性に依るところが大きかった。
そして今回観戦に来た目的は、躍進しつつあるBC自由学園に乗り換えるべきかどうかを判断しに来たといったところだ。分校であるBC自由学園であれば、本校との軋轢も大きく生じることはない。マジノ女学院生徒会が私達を守る事はない。
嗚呼、あゝ、嗚呼、あゝ、どいつもこいつも私のことを、いえ、私達のことを舐めている。
さて、此処で諸君に聞きたい。こと勝負事になれば、勝利の為の手段を選ぶことは相手に対する礼儀とマナーに反しているとは思わないでしょうか? 私は勝利の為に全力を尽くすことが勝負事における礼儀とマナーだと考える。つまり手段は選ばない。
勝利よりも伝統を重んじる? なんですか、それ? ……忘れましたね。
「あの、どうなさいました?」
騎兵隊を率いるエクレールが心配そうに話しかけてくる。なんでもない、と私は告げて、いえ、とエクレールの瞳を見つめた。
「絶対に勝ちますわ、この勝負に負けはありません」
静かに振り絞るように決意を固める。
†
私、マリーはほんわかとしている。
今回、試合に呼ばれたのは数合わせで、好き好んでルノーFT-17に乗っている私が連れ出された。最初から期待していないから勝手にしろ、と言われたので適当な場所に戦車を停めて、用意したケーキと紅茶で優雅なお茶会を始めさせてもらっている。
同じメンバーの祖父江と砂部は戸惑っているが「勝手にしろと言ったのはあっちの方よ」と言って、半ば強引にビニールシートの上に座らせた。
まだ仕事のできない二人に変わって、ケーキと紅茶を用意したのは私だ。
「次からは貴方達がするのよ」
そう言いつけると二人はぽかんとした顔を浮かべる、まだ教育には時間がかかりそうで溜息を零す。
「こんなことをしていても良いのでしょうか?」
「さあ?」
「私が良いって言ったから良いのよ、それにケーキを食べるは大切なことよ」
まだ落ち着きのない二人に少し苛立ちを感じながらケーキを口に入れる。
砂糖の控えめな甘みが口の中に広がる。しつこいわけでもなく、かといって、あっさりしている訳でもない。口当たりのよい上品な味わい、スポンジも柔らかくてふわっふわで口の中で唾液に溶ける。するとまた別の甘い味わいが口の中を満たした。こんな時、どんな言葉を使えば良いのか私は知っている。ただ一言、美味しい。それ以上の言葉は必要なかった、これだけで多幸感に満たされる。
ただまあ紅茶はいまいち、甘くなった口の中を洗い流すくらいの役割しかない。
やっぱり淹れたてが一番良いわ、と愚痴を零した。
「戦車道は頭を使う競技なんだから摂れる内にしっかりと糖分を補給しておかなくっちゃ」
そう言って、フォークで二人を差すと、彼女達はおずおずとケーキに手を伸ばした。
それで満足した私は「最初から従えば良いのよ」と上機嫌に笑みを浮かべる。
ああ、そういえば、と私は観客席の方に視線を向けた。
上段付近に紺色の制服を着た学生が居たことを隊長は知っているのかしら。軽い気持ちで下克上を始めたようだけども、意外と大事になっているかもしれないわ。負けたら
ケーキをまた一口、パクリと頰を片手に添える。
今回、私は適当に参加して、適当に逃げ回るだけのつもりでいる。いや、でも、そういえば殲滅戦とか言っていた記憶がある、そうなると埃塗れになったりしそうで嫌だわと思った。勝敗にはあんまり興味がない。だって、あまり面白そうではないから、敵も、味方も、今のところは興味を唆られる相手がいなかった。
最後の一輌まで残ることがあったら適当に降参しようとか、そんなことを考える。
あと二回程度で、マジノ女学院の話も終わりです。
継続高校タグ、勇気振り絞りました