隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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本編
プロローグ


 幼い頃、私は西住流に憧れた。

 完全に統制された戦車の行軍には胸が高鳴り、目標を一斉砲火で撃ち抜く姿には心が踊る。

 群が個となり、フラッグ車を頭に戦車が手足のように動く光景は芸術と呼ぶに相応しかった。友達の多くは島田流のニンジャ戦法に憧れを抱き、西住流の統制を乱す為に果敢に攻め入る姿に見惚れたが――如何に島田流が動き回ろうとも一糸乱れぬ、まるで要塞か戦艦のように悠然と対応し続ける西住流に、私は王者の貫禄を感じ取った。そして島田流の戦車が全て討ち果たされた時、私は胸の奥底から込み上げてくる熱い何かを抑えきることができなかった。ブルリと全身を身震いさせる。畏れか、感動の為か、いずれにせよ、武者震いであることは疑いようもない。きっと、これこそが私が求めていたものだった。

 これしかないと思った、この時に私は戦車道を極めることを心に決めた。自分で決めたから、これはもう誰にも覆させない決定事項だ。

 翌日から私は勢いのまま、憧れに向かって全力で駆け出すことになる。

 

 

 戦車道全国高校生大会、決勝戦。対プラウダ高校。

 黒森峰女学園に入学した私は一年生でレギュラーを勝ち取り、III号戦車J型の操縦手を担当している。本当は車長が良かったが、高校一年生でまともに戦車を動かせるのが私くらいしか居なかったので、操縦手として一年生主体のチームに編入された。そして車長を務めるのは二年生の先輩になる。

 そんな私達の今の役割はフラッグ車の護衛だった。

 黒森峰学園のフラッグ車は隊長の西住まほ――ではなくて、同じ一年生チームの片割れである西住みほ。まほとみほは姉妹であり、二人は西住流戦車道の後継者でもある。そんな二人と共に戦えることは光栄であり、西住流に憧れを持つ一人として試合に貢献しようと奮戦し続けてきた。そして今日も西住流の体現とも呼べる二人を中心に当たり前のように勝利を積み重ねるのだ。十連覇という栄光は二人が揃った今だからこそ相応しい、きっと今こそが黒森峰の黄金時代だ。

 この日は天候が悪かった。超重量の戦車が煽られるほどの強風、豪雨で視界不良の中で私は目を凝らし続ける。

 隊長はフラッグ車を隔離する戦術を取り、今、戦車の大半を率いて敵陣に向かっている。真正面からの砲撃であれば、黒森峰が他校に負けるはずがない。みほにフラッグ車を預けたのは、比較的、彼女が機動戦に優れていた為だと思っている。まあ主戦場から遠く離れた場所、こんな場所に敵が来るとは思えないが――いや、しかし、なんの偶然が起きるかわからない。気を引き締めて、周囲の警戒に当たる。その瞬間、ぐらりと戦車が揺れた。

 不幸はあった。しかし、そうなるべき要素は幾つかあった。

 先ず第一に周囲を警戒しやすいように開けた場所を選んだこと、そして背後を襲われないように崖を背後に取ったことだ。この場所に布陣したのは偶然ではない。隊長とみほが話し合って決めた場所であり、ある種の予定調和だった。不幸だったのは予想以上の豪雨だったことだ。そして、地図からではこの崖の下が河に抉られて突き出すような形になっているとは読み取れなかった。水を吸い込んだ地面は脆くなっており、戦車の重量に耐えきれずに崩れ落ちた。

 私は咄嗟にアクセルを押し込んだ。こなくそ、とエンジンが焼き切れるのも構わずに戦車が崖から落ちるまでの時間を稼いだ。

 ガリガリと地面を削る、泥濘んでいるせいでキャラピラが地面を噛んでくれなかった。

 

「行って、早くッ!」

 

 怒鳴るように叫んだ。それに促されるように二年生の先輩が指示を出す、搭乗員が続々と戦車の外へと飛び出していった。そして同学年の二人が私のことを見つめる。エリカと小梅、私と同じく一年生でレギュラーを勝ち取った二人だ。私は笑顔を浮かべて、行け、と顎で指示を出す。外から車長の先輩が二人を急かした。名残を惜しむように二人は私に背を向けると車外へと飛び出す。戦車が滑る、落ちていくのが分かった。川に着水する、車内に水が入り込んできた。

 

《……丈夫! 大丈夫ですか、茨城(いばらぎ)さん!?》

 

 通信手が投げ捨てたイヤホンから声がした。戦車が流されていくのを感じながら、私はマイクを手に取って告げる。

 

「みほ、私は大丈夫よ。この程度のことを私が乗り越えられないとでも?」

《だって、戦車が流されて……っ!!》

《車長! 敵に気付かれました、早く逃げないと!》

《あ、待って! 水の音!? 浸水しているのですか!? 待ってください! 助けにいかなきゃ!》

「……みほ」

 

 私は息を小さく吸い込んだ、そして意思を込めて告げる。

 

《前に大岩が、当た……当たるっ!》

「勝ってね」

 

 通信を切る。直後、強い衝撃が身を襲った。

 戦車道の戦車は特殊カーボンを使っているから安全というが、果たして何処まで持ち堪えてくれるだろうか。

 ぐるんぐるんと回る車内で、私は強く頭を打ち付けて、気を失った。

 

 

 目覚めた時、私は白い部屋の中にいた。

 病衣を着込んでおり、腕からは細い透明の管に繋がれている。全身を包帯で巻かれていた、何ヶ所か骨が折れているようで身動ぎするだけでも全身が痛んだ。思わず、呻き声が口から溢すとガタッという音が聞こえた。

 見れば、同学年の三人組。小梅とエリカ、それにみほが居た。

 三人は私の姿を見ると安堵するように息を零したが、「試合は?」と訊くと三人が同時に目を逸らした。「そっか」と私は目を伏せる、どうやら負けてしまったようだ。それはもう仕方ない、私達は幾度となく敵を打倒してきた。勝利とは当たり前ではない、優勝した高校以外は負けるのだ。負けることは当たり前で、ほとんどの高校は悔しさを噛み締める。だから、仕方ない、と割り切った。私達の失敗で戦車を一両駄目にしてしまったことも、敗因の一つにあるだろう。

 だから彼女達を責めようとは思わない。

 

「そうね、また次のために練習をしないとね」

 

 励ますつもりで告げると、三人は先程よりも色濃く表情を曇らせた。

 みほは気不味さから目を逸らし、エリカは血が滲むほど下唇を噛み締める。そして小梅は大きく目を見開いて、狼狽えている。ただ一人、直視する彼女の瞳は私の足に向けられていた。小梅につられるように私も自らの足を見る、しかし、それは叶わなかった。何故なら右足の膝下から先がなくなっていたのだ。

 ごめんなさい、と小梅が呟いた。ごめんなさい、と壊れたレコーダーのように繰り返す。ごめんなさい、と震えた声を霞ませて、彼女は何度も謝罪する。

 私は大きく深呼吸をした、まだ状況を掴めてはいない。しかしポロポロと涙を流す仲間の姿を放って置けなくて、抱き寄せる。小梅の顔を胸に押し付けて、その頭を優しく撫でてやる。貴方のせいじゃない、と言い聞かせる。貴方が無事でよかった、と囁き、そして声を押し殺すように泣き出した小梅を抱き締め続ける。噛み切ったのか、口の端から血を流すエリカを手招きして、親指で拭い取った。無言で目を潤ませるみほには笑顔を向ける。

 取り乱す仲間達に囲まれながら私は決意を固める、まだ私の戦車道は終わっていない。片脚を失った程度で私の戦車道への愛は揺るがない。なによりも私の為に涙を流してくれる彼女達の為にも、私は戦車道を続けなくてはならない。

 私は大丈夫だから、と心優しい仲間達の為にも私は頑張ろうと誓った。

 

 退院するまでに一ヶ月もかかった。

 入院中も周りから遅れを取らないように勉学は怠らず、良い機会だと思って、戦車道に関わる座学にも励んだ。リハビリには積極的に参加し、御飯は毎度のようにおかわりした。医者が云うには驚異の回復力、しかし黒森峰において、一ヶ月のブランクは余りにも大きい。ましてや隻脚のハンデもある。次の大会までには間に合うだろうか、いや、絶対に間に合わせてやる。

 心機一転、零から始めるつもりで松葉杖を両脇に戦車道部の戸を叩いた。

 

兵衛(ひょうえ)ちゃん、戻ったんだね!」

「貴方がいない間は退屈だったわ」

 

 まず出迎えてくれたのは小梅とエリカ、二人の明るい声に引きずられるように仲間達が集まってきた。

 そのほとんどが同学年で、なんだか少し有名人になった気分だ。義足になった脚のことを気遣う声も多かったが、この程度のことで躓いたりしない、力強く答える。それに小梅が気を引き締めるように表情を固めて、「無理はしないでね」とエリカは気遣うように声をかけてくれた。軽く騒動になっているところに顧問の先生が現れて、パンパンと手を叩いて生徒達を解散させる。そして顧問の先生は私を見つめると「付いてきなさい」と告げた。そのまま連れ去られるように案内されたのは生徒相談室、そこに待ち構えていたのは西住流の師範である西住しほ。正面の椅子に座るように促された後、熱々の茶を出される。

 猫舌の私が悪戦苦闘しながら茶を啜った。

 

「これからどうするおつもりですか?」

 

 睨みつけるような、なにかを見定めるような目に息を飲んだ。しかし、しっかりと見つめ返す。ここで引く気はない。

 

「とりあえずは次の大会でレギュラーを。この脚では操縦手は難しいと思うので砲手か通信手、本命は車長ですね。脚一本如きで私の戦車道を曲げる理由にはなりません」

 

 その言葉に、しほさんは無言で目を閉じる。

 無表情の口元が僅かに動いた気がした、重い空気を噛み締めるように時間が過ぎた。

 僅か数秒、感覚では数十秒、師範が私を見つめる。

 

「戦車道で扱われる戦車は安全性が考慮されているとはいえ、いつ事故が起きるとも限りません。なによりも戦車道は兵器を扱う以上、過酷で過激な競技という側面があります。脚を失う程の怪我を負った者に担えるものではありません」

 

 その口から出された言葉は、私が病院でも思っていたことだった。隻脚の身で戦車道を全うするのは難しい、だが私は仲間の為に挫けないと誓った。そして、その根本にあるのは戦車道に対する愛からだ、愛があったから脚を失っても戦車道に対する情熱を失うことはなかった。

 

「……つまり、何が言いたいのですか?」

 

 結局のところ、私がそうしたいから戦車道に復帰すると決めている。

 

「マネージャーという道もあります。戦車道に関われる道は他にも……」

「それでは戦車道を続ける意味がありません」

 

 これはもう覆すことがない決定事項だ。

 しほさんは重苦しい息を吐き捨て、意を決するように口を開いた。

 

茨城(いばらぎ)白兵衛(しろべえ)さん、もう貴方を戦車に載せるつもりはありません」

 

 見つめられる、懇願するように。気遣いは感じられるが、その意志を曲げることは絶対にない。それがわかる、何故なら私も同じく頑固だからだ。

 お互いに見つめ合った後、私は観念して、大きく息を吐いた。

 

「分かりました、仕方ありませんね」

 

 ありがとうございます、と頭を下げるしほさんに私は返事をせずに席を立つ。

 廊下に出る、後ろ手に扉を閉める。そして天井を見上げて、大きく息を零した。

 寂しい、と思った。もう仲間達と同じ戦場に立てないことが、同じ戦車に乗れないことが純粋に悲しかった。涙は見せず、食い縛る。もう同じ立場で同じ目標を目指すことは叶わない。黒森峰を敵に回さなければならない事実が、胸を締め付けた。小梅、エリカ、みほ、三人には申し訳なく思うが、私は私の戦車道を目指す。だから貴方達も自分の信じる戦車道を歩んで欲しい。そして何時か戦場で相見えることを願ってる。いや、必ず、会えるはずだ。なんせ黒森峰は最強だ、私が勝ち抜いて行けば、必ず出会うことになる。

 義足と松葉杖で廊下を歩く、その足で正面玄関の窓口に向う。そこで受け取った紙は転学に関する書類、三日後には全ての手続きを終えて学園艦を出た。

 戦車道に復帰する、それはもう決定事項だ。

 それが黒森峰で叶わないのであれば、他の高校に転入すれば良いだけの話だった。

 

 そういえば、と学園艦から離れる最中にみほの姿を見ていないことを思い出した。

 まあいずれ大会で会うことになると思って、この時は気にすることはしなかった。




女の子が主人公の話が読んでみたかったけど、少なかったからもう自分で書けば良いんじゃないかなって思ったんだ。でも今日、投稿前に調べてみると結構あったんだ。
投稿頻度は気分次第、遅くなると思います。

あと、名前が男っぽいですが女です。
名前に意味はあるけど、作品としてはあんまり意味ないです。
書き手のキャラに対する思い入れの問題。

戦車に対する知識はほとんどないです。
WoTを今から履修するべきかな。
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