「すまない、安藤君。今まで君のことを誤解していたようだ」
「いやいや、押田君。分かってくれれば良いんだ」
プスプスと白旗を上げる隊長機を背景に、安藤と押田が帽子を取って爽やかな笑顔を向けあっている。
男子校では同性愛の話が絶えないのと同じように、女子校においても一定数、そういうことに理解を示す生徒は少なくない。そして、そういう子達が今、微笑み合っている二人を見ると黄色い歓声を上げるのだろうな、と思いながらフォークでケーキを掬う動作をする。ただまあ実際にはケーキはなく、手に持っているのはフォークではなくて扇子だ。まるで落語のような手動作を無意識に行ってしまったことに加えて、口の中が満たされない感覚。私、マリーはなんとなしに苛立ちを覚えて「片付けるわよ」と見つめ合う二人に告げる。
私には、二人が見つめ合っている姿を見て、喜ぶ趣味はない。
「作戦は如何しましょう?」
押田が問い掛ける。
「短期決戦が御所望ならボカージュ内で戦うしかないだろう」
それに安藤が答えたので、私は同意するように頷き返す。
「安藤君、それは些か博打の要素が強過ぎるのではないか?」
「押田君、相手の戦車が遅いと云うことを忘れてはならないな。機動力を生かせる大草原に出るのは良いが、相手が追撃に出せるのはS35の二輌のみだ。それでまだARLが一輌残る私達を深追いしてくるとは思えないな。精々、遠巻きに攻撃しながら私達が疲弊するまで待つか、それとも徐々に追い詰めていくか……いずれにせよ、相手が時間をかけてくるのは逃れられない」
「ええ、そうね。それにボカージュを確保したのも最初から持久戦狙い、今までずっと防御戦を続けてきたマジノ女学院は我慢強いわよ。自身に優位なボカージュから出て来ないことも考えられるわ」
そういうものか、と押田が感心するように頷いてみせる。
遅かれ早かれボカージュを攻め込むことになるのならば、早い方が良い。なぜならば、こんな試合さっさと終わらせたい。
それに勝ち負けなんて、拘るほどの興味はない。
「さあ歌いましょう、行進は歌いながらするものよッ!」
「えっ?」
という二人の反応を捨て置いて、私は扇子を指揮棒代わりに振るって歌い始める。
「
「
「
「
「
「
†
ボカージュ入り口の守りを固めているのは私、ガレット。
残る敵は四輌、いや、今、目の前でまた仲間割れを起こしたので残り三輌か。味方の残りは六輌で、数では単純に倍の差がある。しかし未だ敵にはARL44が健在、終戦間際に設計されただけあって、あの戦車には現状を丸っとひっくり返すだけの性能があった。
警戒を怠ることはできない、と思った時に相手が動き出した。
先ずはARL44が先行して飛び出してくる。
砲身を向けられたことで咄嗟に角の影に隠れると一撃だけ、砲撃で牽制してきた。入れ替わるように敵S35が入ってきて、私達の方へ向けて砲撃を開始する。最後に現れたFTー17は隘路に続く横の壁を砲撃で破壊し、新たにできた道をARL44が先行して進んだ。止めたいが、敵S35の砲撃が邪魔で止められない。FTー17がARL44の後に続き、そして最後に敵S35が隘路へと進んでいった。
易々と逃してしまった、と舌打ちする。
遅れて入り口から姿を現したのは二輌のS35、校章はマジノ女学院のものになる
『ガレット、敵戦車は?』
「ごめんなさい、エクレール。逃してしまいましたわ。今、貴方から見て左手の隘路を入ったところですわ」
『追いかけますわ。マドレーヌ隊長、宜しいですね?』
『R35三輌で足止めするわ。後ろから挟撃を仕掛けてくださいませ』
『
「私も追いかけますわ」
B1bisのエンジンを蒸して、隘路の外側から敵戦車を追いかける。
先程までとは、まるで違った三輌の動きに嫌なものを感じ取った。
†
私、押田は隘路の中を猛進する。
後ろに二輌の戦車を引き連れて、歌いながら速度を緩めずに直進した。目の前にある直角の曲がり角をARL44ご自慢の90mmDCA45で吹き飛ばし、関係ないと言わんばかりに広場へと突き抜けた。瞬間、三つの砲身からARL44を目掛けて、砲撃される。その全てが砲塔狙いであったが、幸いにも直撃弾はなし。敵が貧弱な火砲を装備するR35だけだったことも助かった要因か。背後にいる二人に敵戦車と接触したことをハンドシグナルで伝えながら私は右の二輌に向けて、更に速度を上げさせる。
後ろ二輌は左側、マリーのFTー17が牽制するように敵R35を砲撃し、その後ろからS35が至近距離から砲撃を放った。
あの手応えは白旗が上がったな、と思いながら右手にいたR35の内、一輌を体当たりで吹き飛ばして、その反動でARL44を静止させる。ハッチから外に体を出している茶髪のツインテイルの女性――確か、マジノ女学院の隊長だった人物が顔を引き攣らせているのが分かった。ARL44の砲塔をゆっくりと動かして照準を定める、先程、体当たりしたR35は横転し、パシュッと白旗を上げる。
敵隊長が砲塔の中に潜り込んで、突撃をしてきた。懐に潜り込むつもりか、しかし判断が遅過ぎた。
装填は既に終わっている。至近距離からの放った90mmの砲弾は、見事、R35のど真ん中に直撃して派手に吹っ飛んでいった。10tを超える戦車が浮くところなんて初めて見たな、とか思いながら隊長機が白旗を上げるのを確認した。
さて、あとは残り三輌、と思った時、横から砲弾が飛んできた。
見れば、入り口でずっと対峙していた相手、B1bis。そして、背後から無限軌道の音がする。
先ほど壊した隘路の壁から敵S35二輌が飛び込んできた。
†
「こんな格言はどうかしら? 真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者のことである」
†
嗚呼、胃が痛む。
戦場に辿り着いた時にはもうR35が全機やられてしまっていた。
数的優位を失い、戦車の性能でも負けている。いやでも、今、この場に限り、機動力で優っているのは
ハンドシグナルでフォンデュに左手の二輌、FTー17と敵S35の相手を任せる。
今、ARL44は後ろを見せている。至近距離からの一発なら、と思った時、ARL44が加速を始めてB1bisに向けて突撃を始めた。
動きを止めたARL44の後ろを取り、そのまま至近距離から砲撃した。手応えがあった、白旗が上がる。
やった、とガッツポーズを決めた瞬間、横からの砲撃で車体が吹き飛ばされた。
†
エクレールのS35が白旗を上げる。
私、フォンデュが逃してしまった敵S35がエクレールの側面を撃ち抜いたのだ。
残りはお互いに二輌、私、フォンデュは先ず、FTー17を撃墜しようと動き出した。私が搭乗する戦車はS35、フランス戦車で最も速い戦車である。それが第一次世界大戦の骨董品に機動力で負けるはずがない、と履帯を軋ませた。その瞬間、横からの砲撃に車体が揺れる。先ほど、エクレールを倒した敵S35が私に向けた砲口が白い煙を吐き出していた。
気付けば、足が止まっている。止められてしまった、「
直後、真正面からの砲撃が装甲を掠めた。
「抜け目ないですわ……!」
歯を食い縛って、笑顔を見せる。
先ほどの砲撃はFTー17によるものだ。既に移動を開始しており、私の側面を取るように動いている。
同時に敵S35も動き出して、FTー17とは逆方面に取ろうとした。
「ガレット! 早く援護をッ!」
『履帯がイカれましたわ! ……動けないッ!』
「なんですって……ッ!」
頭の中が真っ白になる、突きつけられる敗北の二文字。
そして視界の端に映ったのはエクレール、彼女が真剣な顔付きで私の戦いを見守っていた。
情けないところは見せられない。瞬時に心を立ち直らせて、思考を再開させる。
勝つ為に、全身全霊を費やした。
†
上手く避ける、マリーのFTー17と挟みながら砲撃を仕掛けるも当たらない。
まあ行進間射撃が当たるものだとは思わない。いずれ逃げきれなくなることを見越して、追い立てる。
幸いにもB1bisはARL44の裏から姿を現さないから撃破されたか――少なくとも行動不能にはなっているはずだ。このまま、じわりじわりと首を絞めつけてやろうと考えていた頃合いで、突如、私達の包囲を突き破るように白旗を上げたARL44の方へと突っ走っていった。ARL44のハッチに座る押田がハンドシグナルでB1bisがまだ生きていることを伝えてくれる。
正直に追いかけたところを、身を隠していたB1bisの砲撃でドカン! と言ったところか。こちらから見て、ARL44の左手に逃げる敵S35とは反対側、右手から突き進もうとした。その時、押田が顔を蒼褪めさせて、両手をクロスさせる。
もう戦車を止めることはできず、ARL44の脇を抜けた瞬間、B1bisの砲撃が
†
押田の反応を見た私はARL44の左側を抜けて、砲身を反対方向に向けているB1bisを至近距離からエンジン部を狙って撃ち抜いた。もう半ば壊れているようなものだったので、少しの衝撃であっさりとエンジンが火を吹いて白旗を上げる。
残るは一輌、
対峙する、互いに静止している。砲身を相手に合わせる。チリチリとした緊張感を感じ取る。誰もが固唾を飲んで見守る中、ゆったりと時間が引き伸ばされていくのを感じる。一秒が十秒に、十秒が一分に、全ての神経を張り巡らせる。キリキリと、ギチギチと、空間が圧縮される。時間が締め付けられる。僅かな動きも許されない、呼吸すらも気取られてはならない。
口元を扇子で隠して、じっと相手を見据える、観察する。僅かな揺らぎすら逃すことなく……
行きなさい、呟くような小さな声で告げる。
直後、砲撃音が鳴り響いた。
それよりも一手、早く動いていたおかげで装甲を掠めるだけで被害を抑える。
直進する、この一撃に全てを賭すつもりで……しかし、肉薄するよりも早くにS35が動き出した。まだ有効射程ではないことに舌打ちをしながら砲撃、装甲で弾かれる。SA18は本当に貧弱で困る。可愛くて、機能美に満ちた素敵な戦車だけど、戦車道には向かない。そもそも私が出しゃばらなくてはならない状況という時点で、半ば詰んでいるようなものだ。
最初から自分で戦うつもりがないからFTー17を乗り回している。
まあ今更、降参をするような真似をするつもりはない。
今回の試合、予想外に多くの面白いものを見せて貰った。安藤と押田という人材を発掘できたのは良いことだし、マジノ女学院も意外と面白い奴が多そうだ。いつも丘の上に引き籠もるような退屈で面倒が嵩むだけの戦い方をする訳でもない。決して良い試合だったとはいえないけども、収穫は多かった。それに今回の件で二年生の暴君達を失脚させることも難しくなくなった。失脚して不貞腐れているアスパラガス達に恩を着せるのも良い。なんだか、これから楽しくなりそうね――と、機動力の差からS35に背後を取られる。
その動きは読めていたので砲塔は後ろに向けていたが、撃った砲弾は装甲に弾かれる。
そして、仕返しの一撃がFTー17の装甲を貫いた。
【悲報】マジノ女学院、メインの座を奪われる。
来るべき全国大会に向けた著者の執筆練習、
そういう意味でも練習試合を書かせて貰いましたが、
正直、ここまで長くなるとは……っ!
次でマジノは最後になる予定、その後に大洗を挟んで、時代は来年度に入ります。
つまり一年生が二年生に、二年生が三年生に。そしてオレンジペコが入学します。