本拠地、マジノ女学院で迎えた公式戦。
三年生が指揮する防衛戦術、終始、試合中で勢いを見せずに惨敗だった。通信機越しに響く仲間の溜息、どこからか聞こえる「今年も初戦敗退だな」の声。無言で帰り支度を始める仲間達の中、今年の新入生である私は独り車内で泣いていた。BC自由学園が手にした栄光、喜び、感動、そして何より信頼できるチームメイト……はさておき、それを今のマジノ女学院で得ることは殆ど不可能と言ってよかった。
「どうすれば良いのよ……」と私は悔し涙を流し続けた。
どれくらいの月日が立ったろうか、私ははっと目覚めた。どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ、冷たい戦車の感覚が現実に引き戻した。「やれやれ、帰って練習をしないといけないわ」と私は苦笑しながら呟いた。
立ち上がって伸びをした時、私はふと気付いた。
「あれ……? 仲間がいる……?」
車内から飛び出した私が目にしたのは、戦場を埋め尽くさんばかりの歓声だった。
千切れそうなほどに腕を振る後輩、幾度となく私の名前が呼ばれる。
どういうことか分からず、呆然とする私の背中に、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「マドレーヌ様、整列です。早く行きましょう」
この方を振り返った私は目を疑った。
「エ……エクレール?」
「マドレーヌ様、気絶でもしていましたか?」
「ガ……ガレット?」
「マドレーヌ様、私、最後に決めましたですわっ!」
「フォンデュ……」
私は半分パニックになりながら巨大スクリーンを見上げた。
――マジノ女学院、勝利。
暫時、唖然としていた私だったが、全てを理解した時、もはや私の心には雲ひとつなかった。
「勝ってる……勝ったのね!」
エクレールの肩を借りて、皆が整列する場所へと足を運ぶ私、その目に光る涙は悔しさとは無縁のものだった。
翌日、整列を終えた後、戦車内で泣き続けていたことをメンバーにチクられた私は恥ずかしさで部屋から出られなかった。
†
BC自由学園との練習試合を終えてから、その後の話を少しだけ日記帳に書き記そうと思います。
試合に勝利したことで受領予定だった長身砲のSA38は無事に入手することができた。とはいえ、BC自由学園としてもSA38はどうして欲しいという話があり、受領した幾つかをBC自由学園に回すことを約束する。その代わりにBC自由学園ではオチキスH39に搭載されていたエンジンを二基も送られることになった。この件で既にあるオチキスH35を二輌共に近代化改修を施すことが決定し、オチキスH39として改めて騎兵隊へと組み込まれることになった。その速度は時速三六.五km、なんとあのARL44*1と同程度、いや僅かに上回る速度が出るのだ!
余談になるがBC自由学園は今、マリーが隊長を務めている。押田と安藤が両脇を固めて、益々の活躍が期待できるようになったとのことだ。
では肝心のマジノ女学院では何があったのかというと、一悶着があった。
「私のような古い人間はもうマジノ女学院にはいりませんわ」
マドレーヌが急にそんなことを言い出した。
この時はまだ大事ではないと考えて「そんなことありませんわ」と適当な言葉を返す。事実、マジノ女学院におけるマドレーヌの功績は大きい。急進的な改革こそなかったが、マジノ女学院の持つ古くからの伝統を残しながら機動戦の概念を取り入れた結果、古き良きをそのままに全く別の新しい戦術を生み出し、根付かせたのだ。それが先のBC自由学園との練習試合での勝利であり、全国大会までにはより一層に強くなっているに違いない。私ではここまで上手くできなかった、マジノ女学院のことを深く理解できている彼女だからこそ上手く調整することができたのだと思っている。
マドレーヌには、これからも付いて行きたい。中等部から世話になり続けている先輩でもある。
全国大会ではもっと良い思いをして欲しかった。
そんな私の思いを知ってか知らずか、マドレーヌは嬉しそうに微笑んで「だから」と口を開いた。
「エクレール、これからは貴方が新しい時代を築くのですわ」
あ、これ、私の思いが伝わってないな。って思った瞬間だった。
爽やかな笑顔を浮かべる彼女に「そんなことを急に言われても困りますわッ!」と、つい声を荒げてしまった。現二年生、来年度の三年生はマドレーヌを慕っているし、一年生も半分以上がマドレーヌの派閥に組み込まれている。少なくとも次の全国大会までは踏み留まって貰わなくては困る、というよりも私の恩返しの機会がなくなるではありませんか。
ああ、もう胃が痛くなるから本当に止めて欲しい。数ヶ月前ならともかく、今更、隊長になりたいとも思わない。
「いやだってぇ、私の部隊の全滅しましたし……ほとんどエクレールのおかげだし、あとガレットが私の部隊を引き継げば……」
マドレーヌが不貞腐れるように告げる。
この人ってこんなんでしたっけ、と思いつつも、そういえば中等部の頃から一度も弱味を見せて来なかった、とも思った。やっと一勝して、肩の荷が降りて、少し余裕ができたから出てきた素の姿なのかもしれない。もしそうだったとしたら少し嬉しい、でも、それはそれとして今、隊長を辞められるのは困る。燃え尽き症候群とか望んでいない。
今からやっと良い目を見れるというのに苦労だけを背負わせてなるものか。
「その話、絶対に私以外にはしないでくださいませッ!」
そう言うとバタンと部屋を出る。
さて準備をしなくてはならない、スマホを弄りながら戦車道履修生全てに連絡を送りつける。
マドレーヌ様を労おう、というそんな些細な内容を。
†
私、ダージリンは試合後すぐ前隊長にスマホでメールを送っていた。
マジノ女学院とはこれからも良い友人関係を、そしてBC自由学園には面白い人物がいる。そのように連絡を入れると、三日後にはBC自由学園戦車道の隊長が失脚しており、一週間後にはマリーが次の隊長に選ばれていた。またBC自由学園は古くから派閥争いを繰り返す校風を持っているが――エスカレーター組を押田、受験組を安藤が抑えることで今のところ対立は鳴りを潜めているようだ。ただ現二年生、来年度の三年生の掌握には苦労している様子、マリー隊長の政治手腕が問われるところだ。
マジノ女学院の方は突出した人物がいないが、数だけは揃いつつある。来年度もまた初戦敗退を繰り返すような真似を見せることはないはずだ。従来の伝統的な防衛戦術に加えて、まったく新しい機動戦術を専門とする部隊を編成する。結果的に部隊を分けて運用することになるが、この二つの部隊は常に連動しながら動いている為に戦力分散の愚を犯しているとは言い難かった。
無事に聖グロリアーナ女学院が所有する学園艦にて、紅茶を嗜みながら黒森峰の情報に目を通す。
そういえば
西住流が掲げる戦術教義とは、簡潔に言ってしまうと鉄床戦術である。
ルノーR35を中心とした防御戦術で敵本隊を受け止めつつ、ソミュアS35を中核とする機動部隊で敵の背後を突き崩す。まあ今回の場合は機動部隊の方に打撃力がなかった為に牽制だけで終えてしまったが、本来は挟み打ちにしたかったのだと推測する。結局、R35の火力不足が露呈してしまったことで充分に鉄床を役目を果たせず、S35の数が足りなくて最後以外は陽動しかできなかったが、やろうとしていることは
尤も鉄床戦術は西住流の教本的な戦術の一つに過ぎず、時と場合に合わせることで片翼包囲に移行することもあれば、正面火力を生かした電撃戦を展開することもある。西住流の真髄は、本隊から切り離した機動戦力の使い方にあった。
そのために必要なのは密な連携と部隊の掌握。つまり、統制と統率こそが西住流の基礎となる。
まあ、さておき、とテーブルの上に置かれた紙束に目を通した。
これらは
私達も負けてはいられないわ、と空になったティーカップをソーサーに音も立てずに置いた。
来年度、私の高校戦車道はどんな時代になるのだろうか。
たぶん面白くなるだろう。
その時は外から見るのではなく、内側からの景色を見てみたい。
†
マジノ女学院の戦車道は行き詰まっていた。
防御戦術に凝り固まった思想、実際、マジノ女学院が保有する戦車は十年前の時点では頑強であった。それをプラウダ高校が装甲で上回るようになり、黒森峰女学園も火力と装甲に偏重し始める。聖グロリアーナ学園は十年前の当時は最先端の戦車を保有する高校であり、黒森峰、聖グロ、プラウダの三強の中に資金に物を言わせることで割って入ってきたのがサンダース大学付属高校。この搭乗員の技量よりも、戦車の性能を重視する時代にマジノ女学院は取り残される。今の時代、戦車の性能に依存せずに戦っている高校は、継続高校を置いて他には存在していなかった。
この全てがデータ化される現代社会において、英雄の出現を望むことは難しい。
そして、私、マドレーヌには英雄たり得る素質はなかった。
だが格下が格上を倒す姿には胸が踊る、弱者が王者に挑み足掻く姿を見るのは高揚する。その姿は全ての人類を魅了する。だから西住しほと島田千代の戦いは今も伝説になっている。高校時代の西住しほは奇手奇策を用いることが多かった。特に部隊を二つに分けて、連携させる戦術を得意とした。当時はまだ貧弱な戦車しかない黒森峰を率いて、三年目の全国大会、その決勝戦で島田千代が率いる聖グロを破り、遂に優勝を勝ち取ったのだ。その時の光景は今でも忘れていない。
その後、黒森峰は聖グロの所有する優れた戦車性能に辛酸を舐め続けてきた経験からか、西住しほの優勝を契機に戦車の拡充を図るようになる。逆に黒森峰に負けた聖グロは戦車性能に頼る戦い方をやめて、搭乗員の練度を高める方向に走ることになるのだ。
今は逆、黒森峰の戦車性能に聖グロが辛酸を舐め続けている。
これがよくできた物語であれば、黒森峰を倒すのは聖グロだったに違いない。しかし、その快挙を成し遂げたのはプラウダ高校のカチューシャであった。その執念と勝利への貪欲さが優勝を勝ち取ったのだ。
そして、こう思う。
私も同じ立場に立ってみたい、全国大会優勝は中等部の時からの夢だ。
しかし私では難しい。西住まほ、カチューシャ、ダージリンと錚々たる顔ぶれを前に、どうしても私は見劣りする。私だけでは不可能に近い。だが、可能性がない訳ではない。私には仲間がいる。エクレール、ガレット、フォンデュ、他にも私を慕ってくれる仲間が多くいる。今からでも遅くはないだろうか、私はやっぱり全国大会で優勝してみたかった。
無理かもしれない、無理という者の方が多いに違いない。誰も期待していないに違いない。
でも初戦突破は快挙ではない、優勝してこそ快挙だ。
私は覚悟を決めた。
やり直そうと思って、一度は諦めた。私が腐っている間も戦車道を本気でやってきた者達に今更、追いつけるなんて思わない。それでもだ、もう一度、やり直したいと思ったのだ。
だから、覚悟を決める。
これからの高校生活、その青春の全てを戦車道に注ぎ込もうと思った。エクレールのように、ガレットのように、そしてフォンデュのように、当たり前のことを始めよう。
覚悟を固める。そして、ハサミを手に取った。
暫くすると、トントンと戸を叩かれる。この控えめな感じは、たぶんエクレールだ。
「入っていいですわ」
「失礼します。マドレーヌ様、これからマジノ女学院戦車道の五年ぶりの勝利を祝って……マドレーヌ様っ!?」
「どうかしたかしら?」
驚きに目を見開くエクレールを前に私は、クスクスと笑ってみせる。
片手には切り離したばかりの茶色の髪、随分と頭が軽くなったなって思う。
たぶん、この時から私の高校生における戦車道は始まったのだ。
あと、なぜか私の知らないところで戦車道を引退するとかいう話になっていた。
こんな面白いことを、やめろと言われてもやめられないですわ!
兵衛「久しぶりに出たぁっ!(名前だけ)」
これでマジノ編はとりあえず終わりです。マドレーヌ生存√、その為の物語。
物語の着想は、劇場版でBC自由学園が抗争中で連合に参加できず、それにマジノ女学院が巻き込まれた、というところから来ています。大洗と関わりの薄いマジノ女学院と関わりを持たないBC自由学園に協力を要請している辺り、ダージリンとマジノ女学院、BC自由学園のつながりがあるんだろうな、とかそんな感じで妄想したものを形にしました。
なんか物語一本、書き終えたような充実感がありますねえっ!
ps.
ひっそりと前話で変更されている点。
マドレーヌが気絶してるので前回、練習試合の最後を見届けていないことになってる。