隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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番外:リトルアーミー、再起①

 嘗て、こんなことを言ったことがある。

 日本(この国)は嫌い、だってここ戦車がないもの。こんなにつまらないとはね。

 しかしドイツに帰国した私を待ち受けていたのは陰湿な虐めであり、まるで敵は身内にあるとでも言いたげに足を引っ張ってくるチームメイトであった。負けん気な性格がそうさせたのか、私を認めない奴らは全て実力で叩き伏せた結果、孤立する羽目となり、有力とされたメンバーは一人、また一人とチームから離れていった。それでも勝つ為の努力をした、実際、勝てる機会は何度もあった。しかし勝つことよりも、負けて私に屈辱を与えることを優先する連中に嫌気が差してしまった。

 最近、よく思い出すのは小学生の頃、日本で戦車を乗り回していた毎日だ。

 あの頃の私は子供っぽいところがあって、斜に構えることも多かったけども――なんだかんだで充実していたような気がする。あの頃には掴みかけていた何かが、ドイツに来てからは指の隙間からポロリポロリと零れ落ちるような錯覚がした。それでも勝てばわかる、実力を示せばわかる。そう自分に言い聞かせた末に、辿り着いた先には手元に何も残されていなかった。

 私はなんの為にドイツに戻ってきたのだろうか。自分だけの戦車道を見つけるはずが、なにもかも分からなくなってしまった。右も左も分からず、初心者が走らせる戦車のように、その場をグルグルと回転して何処にも行くことができない。標識でもあれば良いが、大きく道から外れた荒野では、ここが何処なのかもわからなかった。

 そんな時だ、私室でノートパソコンのキーボードを叩いているとピロリン♪ メールボックスにメッセージが届く。件名は、留学先について。記載されたURLを開くと世界各地選り取り見取りの高校がリストに並んだ。特に戦車道途上国からのオファーが多く、次に戦車道先進国からの申し出があった。中には世界的にも有名な戦車道チームからのオファーもあるほどだ。過分な評価を受けている、と私は自嘲しながら画面をスクロールして、百件近くあるリストを上へ上へと流していった。その中で日本からのオファーは、たった三件だけだった。

 まず一件目はサンダース大学付属高校。日本では最も大きな学園艦を抱える高校であり、戦車道では四強の一角に数えられるほどの強豪だ。戦車保有数は五十輌を超えるほどの資金力を誇っており、学園艦の中にも海があるという話まである正にマンモス校。しかし強豪という言葉に忌避感を感じていた私は候補からサンダース大学付属高校を除外する。

 二件目は大洗女子学園。老朽化した学園艦、規模は日本でも小さい。現在、大洗女子学園には戦車道はなく、来年から復活するという情報が記載されている。戦車道経験者歓迎、という触れ込みであるが――まあ流石に一から戦車道チームを作り上げる気にはなれないと候補から除外した。それになんだかキナ臭いし、胡散臭い。

 では三件目、ベルウォール学園。全国大会の実績はないが、地方の公式大会ではある程度の実績を残している。現在、戦車保有数も八輌であり、強すぎず、弱すぎずといった手頃な印象を受けた。

 

(ここなら自分の戦車道を見つめ直すのに丁度良いかも……)

 

 私は数ある優良なオファーの中から、あまり魅力的とは呼べない高校のオファーを受諾する。

 そして椅子の背凭れに体重をかけながら大きく息を吐き捨てた。これでもう引き返すことはできない、いや、ようやく此処から離れることができる。道が分からないまま、がむしゃらに突き進んで、気付けば道から外れて、何処にも行けなくなっていた。そんな時、来た道を戻ることは決して悪いことではないはずだ。自分だけの戦車道、確かに手の中にあったなにかを、もう一度、掴む為に日本に戻る。

 私、中須賀エミは道を見失っていた。

 

 

 桜咲く季節、入学と卒業を彩る桃色の花弁が振り落ちる。

 それを手の中に収めて、ああ、戻ってきたんだ、と感慨深く笑みを浮かべた。

 さて、私は戦車道チームを強くする為という名目で、ベルウォール学園への入学が決まっている。だから私がまず足を運ぶべきは教室でも職員室でもなくて戦車倉庫だ。そう思って、足を運んでいるのだが――ここは少し、いや明らかに荒れている。まず後者の正面には鐘壁と書かれた落書きがされており、廊下もゴミが散乱している。肩をぶつけた相手には絡まれるし、戦車倉庫の場所を尋ねれば怯えられた。

 いや、なんで怯えられるの? と不安に思いながら戦車倉庫へと足を運べば、なんか不良が二手に分かれて抗争を始めるところだった。いや、なんだこれ、どういうことだこれ。やっちまえ! という掛け声と共に暴力沙汰に発展する。戦車道経験者を求めているっていうから遥々海を超えて来たっていうのに……なんでこんなことになってんのよ。こんなことでは、あの日の約束を果たすどころか戦車道すらできない。

 いや、待て待て、戦車が一輌もないのにここが戦車倉庫のはずがない。

 

「ちょっと通りまーす」

 

 半ば現実逃避をしていると、ふらふらと段ボール箱を四箱も抱えた女生徒が歩いてきた。

 なんだか聞き覚えのある声に振り返れば、あっ、と女生徒は躓いて段ボールの箱が私の上へと落ちてくる。どんがらがっしゃん、と下敷きになって、なんだかもう生きる気力が急激に失われていくのを感じた。たぶん、これはもう夢なんじゃないかなって、このまま目を閉じればきっと綺麗な校舎と整備された戦車に出会えるんじゃないかなって、そんなことを考え始める。

 そして、暫く俯せで寝転がっていると「あれ?」と女生徒は謝罪よりも先に驚きの声を上げる。

 

「もしかして、エミちゃん?」

 

 振り返ると、そこには懐かしい顔があった。それは正しく夢のような出会いだった。

 

「……瞳?」

「小学校以来だね、五年ぶりかな?」

 

 じゃじゃん、と二本指を立てる幼い頃の友人に私は半目で笑いながら告げる。

 

「とりあえず、段ボールをどかしてくれない?」

「あっ、わわっ! ごめんね!」

 

 中身の詰まった段ボール箱を除けて貰いながら、日本に来て漸く――いや、なんだか久しぶりに人心地つけた気がした。

 適当な箱の上に座らせられ、如何にもインスタントっぽい珈琲を差し出される。それでも他人から飲み物を手渡されるのは久し振りで、息を吹きかけながら、安物の珈琲を味わうように飲んだ。不味い、不味いが、何故か美味しいように思えた。

 小学生の頃、私は三人の友達と一緒に戦車を乗り回していた。その中で柚本(ゆずもと)(ひとみ)は装填手を務めて、私は操縦手として操縦桿を握りしめていた。流れで西住流家元の後継者である西住まほとも一騎打ちで戦ったこともあり、あの頃は小学生ながら無茶をしたものだと思っている――まあ今も昔も西住まほに負けているつもりはないのだけどね。そういえば友達の一人、西住みほは何をしているのだろうか。今の不甲斐ない私を見たら、どう思うのかな、と少し考える。

 別れ際の約束は今でも覚えている。

 

『お互いに自分の戦車道を見つけたそのときに……また会お!』

 

 今はまだ会えないなあ、と自嘲する。

 

「ドイツから遊びにくるなら言ってよ〜、というかエミちゃんなんでうちの制服を着ているの?」

 

 物思いに耽っていると瞳が自分の分の珈琲を注ぎながら問いかけてくる。

 

「……なんでって、今日からここに通うのよ?」

「えっ!?」

 

 ほんと!? 嬉しい! と瞳が驚き喜んでくれる。

 相変わらずの緩い笑顔に照れ隠しの苦笑いを浮かべながら「それより瞳は戦車倉庫がどこか知らない?」と誤魔化すように質問する。戦車一輌もない、この場所を戦車倉庫とは認めたくなかった気持ちもある。しかし現実は無情なのか「戦車倉庫はここだけど」と瞳は無邪気な笑顔で答えた。

 え? という思わず漏れた声を聞き取れなかったのか、瞳は「えへへ、今日はねー」と自慢げに語り始める。

 

「他校へのチーム勧誘オファーを受けてくれた子が海外から来てく……あれ?」

 

 と、どうやらそこで瞳も気付いたようで、私の顔を見つめてくる。

 

「……それじゃあオファー出したのって、瞳だったの?」

「エミちゃんだったんだ!」

 

 やったー! すごい! 跳んではしゃぐ瞳に反して、私は不安を感じ始めていた。まあ瞳に会えたことは嬉しいけど、本当にここが私の留学先なのかと思うと気が重くなる。

 

「さっきから気になっていたんだけども……あの人たち、なんなの?」

「戦車道チームのメンバーだよ。怖そうに見えるけど、みんな良い人ばっかりなんだ」

 

 緩い笑顔で告げられる。瞳の感性は少しズレてるところがあったからな、と思って、今聞きたいのはそういうことじゃないと首を振って問い直す。

 

「いや、ここ戦車道チームの倉庫なんでしょ?」

「えっと?」

「……つまり戦車はやらないの?」

「あの人達は全然! 私とあと一人だけかな」

 

 パアッといい笑顔で告げられる。今から留学し直そうかなって本気で思った。

 

「あっそうだ!」

 

 何かを思い付いたように瞳が声を上げて、私の手を引いた。

 

「エミちゃんも手伝ってよ!」

「えっ?」

 

 そのまま手を引かれるままに外へと連れ出された。

 

 

 寄港していた学園艦から連れて来られたのは海岸沿いの草原であり、目の前にはⅡ号戦車F型が置かれている。

 そして、その横に立っているのが背中を覆い隠すほどに長くて薄い栗色の髪をした女性、制服を見ると同じベルウォール学園の生徒のようだ。生まれつきなのか険のある目で私を見つめて、興味なさそうに視線を逸らした。

 そして瞳の方を振り向くと、漸く口を開くのだった。

 

「遅いわ、瞳」

「ごめんね、親友と会ってたんだよ〜」

「親友?」

 

 改めて私を振り返り、今度はじっくりと観察するように見つめられた。

 

「……貴方が瞳の言ってた、戦車をやっている人?」

「まあ間違っていないかしら? ところで貴方は?」

「私は中須賀エミ。瞳の友達で、新しくベルウォール学園に留学してきたのよ」

 

 ふぅん、とそれだけ云うと彼女はⅡ号戦車F型のハッチを開けて乗り込もうとした。

 

「ちょっと待ちなさいよ! 私が名乗ったんだから、今度は貴方が名乗る番でしょう!?」

「私は戌井(いぬい)鏡子(きょうこ)よ。それで貴方、ここが何をする場所なのか知っているのかしら?」

「えっと、何をする場所って?」

 

 周りを見渡すと遠くから砂煙が立っているのが見えた。

 僅かに感じる空気の振動、慣れた感覚に心が湧き立つのが分かった。

 もしかして、ここって、いや、今だからこそか。

 遠くから砲撃音が聞こえてきた。

 

「……私は操縦手、瞳は装填手よ。だから貴方は砲手をやって頂戴、いつも手が足りないって困ってたから手伝ってあげて」

 

 そう云うと戌井と名乗った女性は操縦手席に潜り込んだ。私は瞳を見つめる、瞳は緩い笑顔で「今日、ここで試合が行われているんだよ」と告げる。

 

「優勝したら壊れた戦車が貰えるから頑張ろうね!」

「はあっ!?」

 

 両手をギュッと握り締める瞳に流されるまま、私はⅡ号戦車F型に乗り込んだ。

 そして戦車道とはまるで違った戦車戦を経験させられることになる。




ベルウォール学園。がっつりと書きたかった最後の一校です。
原作よりも早い時期の留学になってます。具体的には原作開始時前後。

私は基本的にお祭り騒ぎが大好きなので、こういう風に多方面から視点を書くのが好きだったりします。
そして、色々と目処が立った気がするので今から全国大会書くのが楽しみですね。
その前にベルウォール学園編を早めに切り上げられるようにしなくては……

今回のオリキャラ、戌井鏡子にも天江と似たような経緯のモチーフはいますが、たぶんわからない気がします。
ちなみに最初は何処ぞのボーイッシュな子が案にあったりしましたが、流石に今、バリバリに活動している方のは不味いやろ……ってことで自重しました。
私個人としては凄く印象に残っている子です、まあ例によって中身別人ですが。

原作とは違う流れになる時、異分子を突っ込むのが私のやり口。

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