隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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番外:リトルアーミー、再起②

 戌井(いぬい)鏡子(きょうこ)は、自分を偽ることができない。

 それはある種の精神疾患。自制心がない言われると、それまでの話でもある。

 戦車に乗ると血液が沸騰する、魂が雄叫びを上げる。敵を前にすると噛み付かずにはいられない、フラッグ車を見ると脇目も振らず襲いかかった。その性格が祟って、何度も負けた。負けて、また負けて、そして勝った。気付けば、好き好んで敵陣に突っ込んで自ら死地へと追い込んだ。見える敵全てを食い散らかして、敵陣を壊滅状態に追い込んだ。そこに作戦はない、ただ相手を掻き乱して崩し、混戦の中で敵将を仕留めるだけだ。衝動と感性に任せた動きは、大凡、味方からも理解されず、お前がやっていることは戦車道ではないと非難された。

 中等部三年生になる頃にはチームに居場所はなくなり、全国大会で二回戦敗退したことを契機に戦車道から距離を置くことになる。

 その後でチームがどうなったのか知らない、メンバーがどうしたのかも知らない。前々年度はベスト4、前年度は準優勝、そして今年度は優勝を期待されており、何人かは高校への推薦も決まっていた。しかし私が知る顔は一度も戦車道のニュースにも、話題にも上がらなかったから、あんまり活躍できなかったんだなと思っている。

 中等部で最後の全国大会を終えてからは、強襲戦車競技(タンカスロン)に身を投じる。

 試合への乱入、助っ人参戦、即席の同盟や裏切りが許容されるルール無用のバトルロワイヤルが基本の強襲戦車競技であれば自分勝手が許されると喜び勇んでの参戦であったが――残念ながら強襲戦車競技は、私の特性には向いていなかった。周りと協調なんてできるはずもなくて、見つけた敵は誰彼構わず噛みついて戦場を掻き乱すものだから、気付いた時には自分以外の全員が敵に回っている。それで大体、四、五輌程度を倒したところで撃破されてしまうのだ。

 試合後に残るのは適度な疲弊感、満足感も敗北感もない。ああ疲れたな、とそれだけだ。

 強襲戦車競技で心の乾きが潤うことはなかった。

 

 こんなところで、という言い方をすれば、強襲戦車競技に情熱を燃やす者達に怒られるかもしれない。

 しかし漠然とわかってはいるのだ。私はここで骨を埋めるつもりがない、つまるところ死ぬ気にはなれない。私がやっていることは鬱憤晴らしや八つ当たりのようなものだ。たった一度だけ、強襲戦車競技で最後の一輌まで残ったことがある。襲いかかる戦車を全て返り討ちにする大立ち回りで、途中から私対他全てといった構図となった。そして周り全てが白旗を上げる孤高の丘にて、私が得たものは何もなかった。なんとなく虚しかった、寂しかった。そこに達成感や満足感は何もなく、強襲戦車競技で私が得られるものは何もないと見切りをつける。

 それが中学時代の最後の戦いで、戦車道のある高校を受験することを決めたきっかけでもあった。

 私は誰にも染まらない、染まれない。そんなことは自覚しているはずなのに、それでも追い求めるのは戦車道だった。自分でも何がしたいのかよく分からなくて、受験勉強も気乗りしないまま試験を受けていたからどの高校も軒並み落ちた。

 そして、唯一受かった高校がベルウォール学園だった。

 

 

 ベルウォール学園に入学してからたった一人の友達、柚本(ゆずもと)(ひとみ)

 再び私が強襲戦車競技を始めるようになったのは、彼女からの提案だった。元隊長の義永(よしなが)仁子(じんこ)がギルバート高校に格安で我が校の戦車を売り飛ばした後に彼女自身も転校した結果、残された戦車道部のメンバーは荒れに荒れた。その戦車道部を再建する為にまず彼女が考えたことは、戦車を手に入れることだった。やることがないから遊び呆けていると考えた彼女は、唯一残されたⅡ号戦車F型を使って戦車を入手する方法を考えて、そして、その結果として辿り着いたのが強襲戦車競技である。

 瞳と話しをするようになったのは、いつも私が Ⅱ号戦車F型の操縦席に座っていたことがきっかけだ。この時はまだ老朽化の影響でⅡ号戦車F型はまともに動かなかった。それでも居座っていたのはⅡ号戦車F型が好きだからではない。ただ戦車道がしたくて仕方なかったから、女々しくも戦車倉庫の端で唯一残された戦車の操縦席に座り続けていただけの話だった。初めて声を掛けられたのは瞳が急にハッチを開けた時、彼女は驚きに目を丸くしながら「えっと、戌井さんだったよね?」と話しかけてきた。私が頷き返すと「戦車を動かしたいの?」と続けて問われたので、また頷き返す。すると彼女は目を輝かせて「私が直すよ!」と言うと腕を捲って、意気揚々と戦車の修理を始めた。それから一週間、見違えるように綺麗になったⅡ号戦車F型を前に瞳はどや顔を浮かべる。

 そして、彼女は私に手を差し伸べると「一緒に戦車をやろうよ!」と誘ってくれた。

 それからはまあ流されるまま、引っ張られるまま、彼女の気分次第であちこちで開催される強襲戦車競技の大会に出ては少しずつ賞金を貯めていった。強襲戦車競技にはもう興味が失せていたが、彼女と一緒に乗る戦車は少しだけ、ほんの少しだけ楽しかった。

 今回の大会は大一番、景品はⅥ号戦車Ⅰ型(ティーガーⅠ)で誰もが鼻息を荒くして挑んでいる。

 負けるわけにはいかない、と意気込む瞳を隣に、私は静かに気合を入れる。

 動悸が早まり、呼吸が荒くなる。瞳孔が開いて、低く唸り声を上げる。全身の毛が逆立つような錯覚、砲撃が飛び交う中に入ると頭の中が真っ白になる。世界の全てが遠くなり、自身の存在が薄くなる。自身の知覚できる全てを認識する、感覚だけがより鋭敏さを増した。激情が体を支配する、逸る想いをそのままに頭は恐ろしいくらいに冷え込んでいった。とても冷静とは言い難い、極度の興奮状態の最中にあって、それでも脳の一部が全てを俯瞰する。想像する、創造する。明確に、鮮明に、詳細に、想定した動作をなぞれば、想像は現実に成り変わる。戦車の全てが私の思い通りに動く万能感、自分自身が戦車となって戦場を駆け抜ける錯覚にふつふつと細胞が燃え盛る。私は戦車道に対する情熱だけで、世界の全てを燃やし尽くすことができた。敵の喉元に食らいつくように飛び込んで、そして食い散らかす。

 たぶん私は寂しがり屋なのだ、だから友達一人の為だけでも情熱を燃やすことができる。

 

 

 運転が荒っぽいっていうレベルじゃない、振り落とされないようにするだけでも精一杯だった。

 右へ左へと大きく揺れる車内で両足を踏ん張り、半ば意地だけで照準器を覗き込んだ。そして吸い込まれるように射線上に入った敵戦車に向けて引き金を引き絞る。Ⅱ号戦車F型の主砲は機関砲。通常の戦車道では戦力として数えられるかも怪しいが、戦車の重量が10t以下という制限のある強襲戦車競技(タンカスロン)であれば敵戦車の装甲も薄いので、充分に通用する。

 私、中須賀エミはダッダッダッと振動する砲身を必至に抑え込みながら砲弾を叩き込んでいった。

 正直なところ自分の仕事をこなすだけで精一杯だ。しかし、それでも無意識に機能する戦車脳が、戌井(いぬい)鏡子(きょうこ)の操縦手としての腕前、激しく揺れる車内でも的確に弾を込める瞳の装填手としての適正――そしてなによりも「右に三◯、三五、四◯度……っ!」と砲塔を旋回させる瞳と、その動きを考慮しながら戦車の立ち回りを修正する戌井の連携は舌を巻くほどだ。勝手に敵の方が照準器の中心に飛び込んでくるから自分は微調整するだけで良かった。

 そして戌井鏡子は思い切りが良い、ガツンッと車内が大きく揺れる。

 またか、と強い衝撃に驚きながらも照準器から目を離さない。砲口を向ける先には大きく横滑りする敵戦車があり、その先端の角には傷が付いていたことから衝突したことがわかった。戌井(こいつ)は狙って体当たりしている、きちんと相手に隙が生まれるように狙って敵戦車を弾き飛ばしていた。そして、あとは引き金を引くだけで敵戦車の隙だらけな横っ腹に砲弾を叩き込める状況もおそらく狙ってのことだ。

 戌井鏡子という女が、操縦手として凄い技術を持っていることが嫌でもわかる。

 その上で気に食わないとも思った。

 

「砲身を動かせる範囲にまで持ってきてくれたら後は自分で調整するわ」

 

 こいつは私のことを数合わせにしか見ていない。

 操縦技術だけで照準を合わせようとするのだ。そして、その誤差は車体に当てるだけなら充分という程に精度が高い。つまり馬鹿でも当てられる。しかし、それを可能とするには規格外の技量が必要となる。

 つまるところ戌井鏡子は規格外の選手の一人だった。

 

「……そうなの?」

 

 相変わらず、搭乗者に遠慮もない荒い運転をしながら挑発的に問いかけてくる。

 

「私は貴方の足枷にはならないわ」

「なら、そうね。それなら少しだけ取り繕うのをやめるわ」

 

 そう言うと世界の動きが変わった。

 正確に云うと速くなった、全ての動きがワンテンポ早い。わわっと瞳が慌てるが大きく体勢は崩れない、そこまで計算して戦車を動かしているのだろうか。ならばもっと早く動かすことができたりするのだろうか。早くなった視界の中でも照準器の中に戦車を収められる。先程と違うのは、少し修正してやらないと弾を当てられない場合があることだった。砲手は本業ではない、しかし、この程度のことはできる。

 それにしても何故、此処まで彼女は丁寧な運転を――いや、運転そのものは荒っぽいが、照準越しに見ると彼女は神経質な程に丁寧に砲口を敵に合わせているのだ。その疑問を考える為に少し照準器から目を離す。すると、瞳と目が合った。答えは思いの外近くに転がっていたことに気付いた私は、再び照準器を覗き込んだ。

 私が来る以前は二人で戦車に乗っていたと云う。つまるところ鏡子は友達想いというだけの話だ。

 

 

 結果を語れば、私達が最後まで生き残ることはできなかった。

 合計十二輌を撃破した時点で結託した敵に四方から囲まれ、最終的にスコアを十四輌に増やしたところでゲームオーバーだ。もっと立ち回り考えれば最後まで生き残ることもできた。しかし、ここまで撃墜スコアを伸ばすことはできなかったに違いない。撃墜スコアは二位の二倍以上、三倍近い戦果にMVPを貰えたが――折角だからⅥ号戦車Ⅰ型(ティーガーⅠ)が欲しかったな、とか考えていると隣にいた瞳が「やったあ! これで戦車一輌確保だよ!」と両手を上げて喜んだ。

 どうやら用意されたⅥ号戦車Ⅰ型(ティーガーⅠ)(破損中)はMVP賞だったらしい。

 

「優勝すれば貰えるって言ってなかったっけ?」

強襲戦車競技(タンカスロン)だと大体、優勝者がMVPに選ばれるんだよ」

 

 戦術が認められたり、結託や裏切りと水面下の活躍が評価されたり。でも今回は十四輌も撃破した規格外のスコアが評価されたらしい。まあ私達の戦い方だと目に付いた戦車を片っ端から倒していた(サーチアンドデストロイ)だけなので戦術や謀略は欠片ほどもなかった。

 

「そういえば戦車道を復活させるとは聞いてるけど、どこまで行くつもりなの?」

 

 優勝者が表彰台に立って讃えられるのを見つめながら、何気なく瞳に問いかける。

「どこまでって?」と首を傾げる友達に「目標よ、地方の大会で優勝でもするつもりなの?」と聞き直した。

 すると瞳はにんまりと笑みを浮かべて、両手をぎゅっと握りしめる。

 

「来年は全国大会に出場するって決めたの!」

「なら目標は優勝ね」

 

 やるならば全力で、そう思っての発言だ。しかし瞳は目を瞬かせて驚くような気がした。

 

「うん、そうだよ! やるからには全国大会初参加初優勝!」

 

 しかし予想と反して、力強く頷いてみせる。

 

「きょーちゃんと約束したの! 絶対に全国大会に行こうって、どうせ目指すなら優勝だって!」

 

 ふぅん、と戌井の方を横目に見る。

 今は優勝チームが表彰されるのを興味なさげに見つめている。その立ち姿は、なんというか存在が希薄なように感じられた。MVPで表彰された時も喜びを表に出さず、何を考えているのかわからない目で遠くを見つめている。その淡白な姿からは人間味を感じられない。情熱とは無縁の人物のようにも見える。先程、あれだけ荒々しい操縦をしていた人物と同じだと思えなかった。

 そんな人物なのに――私の隣にいる瞳が全国大会優勝という夢に向けて目を輝かせているのは少し面白くなかった。

 

「まあいいわ」と雑念を振り切った。

 

 彼女が周りに合わせなくとも良い、どうせ私も周りの環境に合わせる気はないのだ。

 まだ私は私の戦車道が何なのかわからないけども、ドイツで一年生の時からエースと呼ばれた実力には自信を持っている。そして自分の実力が日本の戦車道に遅れを取っていると思ったことは小学生の時も含めて一度もない。だから合わせるのは私ではなくて、日本の戦車道が私に合わせるべきだと今も思っている。

 良いじゃない、優勝。やってやろうじゃない。本場の戦車道を見せてやる。

 私がベルウォール学園を優勝に導いてやる、と決意を固めた。




次回から新章。アニメ本編開始と同じ時系列。
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