隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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思うところがあったので、ちょっと補足です。


番外:リトルアーミー、再起③

 私、柚本(ゆずもと)(ひとみ)は全力になれる何かを探していた。

 私は幼い頃から飽きっぽい性格をしており、何をしていても目移りしてしまうことが多くってすぐに飽きがきて、また別のなにかに興味を惹かれては手をつけるということを繰り返していた。そのせいで幼馴染を困らせてしまったことがあるし、親友の一人を心配させてしまったこともある。だから末永く続けられるような趣味を探し求めるようになって、でも楽しいとか、面白いとかってだけじゃ続かなくって、だから心の底から本気になれることはただの一度もなかった。

 戦車道に出会うまでは、だ。

 長く続けたいということは好きだという気持ちが大事だけども、それはただ楽しいだけや面白いだけでは続かない。長く続ける為に必要なことは、きっと全力を出し切ることだと思っている。全力を出したから楽しくって、面白くって、だからまた全力でやりたいと思うようになるのだ。そして、あとはその繰り返し、昨日の私よりも今日の私、今日の私よりも明日の私、毎日変わって変化し続けるから飽きなんて来るはずがない。きっと私が戦車道をやめる時は変化をやめた時であり、それが来ない内は戦車道をやめることはないと思った。

 ベルウォール学園で新しくできた友達に向上心が強いと言われたけど、そんなことはないと思っている。私は未だに飽きやすい、思い付きで行動するし、適当な場所で満足してしまう悪癖は今も変わっていない。だから私はただ戦車道が好きなだけなんだと思っている。好きだから色んなことが知りたくなるし、好きだから色んなことがしてみたくなる。ただそれだけなのだ。毎日、見える景色が変わって、新鮮だった。

 そして今日もまた新しい眼鏡に付け替えるように世界が変わる。

 巡り巡る季節ように、変化が絶えない。

 

 

 私が全国大会への挑戦を決めたのは、戌井(いぬい)鏡子(きょうこ)との出逢いがあったからだ。

 私自身はそこまで大会に興味はない。私にとって戦車道はあくまでも趣味であり、誰かと競い合って、勝利だけを目指して頑張ることは難しかった。そもそも、誰かと戦って勝つという意義がよく理解できない。勝つ方が嬉しいとは思うけども、何故勝ちじゃなきゃいけないのかは分からなかった。だから負けた時もヘラヘラしてしまって、たびたび怒られたこともある。

 それでも、負けて悔しいという気持ちは分からなかった。

 初めて鏡子を見た時、捨てられた子犬のようだと思った。何故、そう思ったのか分からない。ただ放ってはおけない雰囲気を彼女は纏っていた。戦車倉庫で戦車を見上げる無表情の仮面の下に、とても熱い何かを感じた。

 鏡子は戦車に乗ると人が変わる。普段の儚げな印象とは裏腹に、過激で荒っぽい操縦をするようになる。周りは彼女のことをパンツァー・ハイと称するけども、それもなんだか違う気がする。なんとなしに彼女が乗った試合の録画を見直すと、確かに彼女の運転は無鉄砲で荒っぽい。前年度の西呉王子グローナ学園との恒例試合では、鏡子は敵陣に飛び込んで二、三輌を道連れに掻き乱すだけ掻き乱し、敵の陣形が見る影もなくなったところに残りの味方が雪崩れ込むという惨劇になっていた。試合の翌日、彼女が乗る戦車には「猛犬注意」のステッカーが貼られていた。敵の喉元に噛み付いて食い散らかす姿は上品とは呼べず、狂犬と称する者も少なくない。私も戦車そのものよりも戦うこと自体が好きな人なんだと思っていた。

 でも、その考えは間違いだったと気づかされる。戦車倉庫にある戦車が知らぬ間に売り飛ばされて戦車道ができなくなっても、彼女は戦車と共に在り続けていた。Ⅱ号戦車F型の操縦席に腰を下ろしている彼女はまるで番犬のようであり、戦車は彼女の領域。つまり犬小屋なのかもしれないと失礼なことを想像したこともある。

 少なくとも彼女は狂った犬ではない、それは同じ戦車に乗るとすぐにわかった。

 彼女の運転は荒っぽいが、何処までも純粋だったように思える。裏切りや搦め手が当たり前の強襲戦車競技(タンカスロン)においても彼女の本質は何一つ変わらず、純粋に己の技量だけで戦車の性能を最大限に生かした。騎士道のように整ったものではない、彼女の在り方は武士であり、もしくは侍であった。荒々しく、猛々しく、しかし振るう刀は理詰めの塊、何時でも何処でも真正面の真っ向勝負。迂回せず、寄り道もなく、ただひたすら前に道を敷く彼女のやり方に華やかさはないのかもしれない。でも逃げも隠れもせず、来る者は拒まず、全員を返り討ちにする姿勢は確かに私達の心を揺るがした。彼女は果てしなく戦車が好きで、とても純粋な人なんだと感じた。

 こんな人だったから私は彼女が望む場所に連れていきたい、と思ったのだ。

 

「全国大会に出場しよ?」

 

 彼女が辺境に埋もれてしまうのは勿体ないと思った。

 こんなにも戦車が好きな人が誰にも知られず、埋もれたまま消えてしまっても良いとは思わない。それに、彼女からは幼なじみと似た匂いを感じる。自分とは違う、もっと大きな舞台で活躍するような人達と隣にいるような――例えば、みほ、例えばエミ。そして、ちーちゃん。みんなはどんどん先に行く。きっと彼女も同じだった。いつまでも友達だけど、いつまでも同じ立場にはいられない。私はみんなを見送る役、だから私は彼女をみほやエミのような高い場所に連れて行かなきゃって勝手に思った。

 それがきっと彼女の居場所なのだから。

 

 そうね、と彼女は興味なさげに呟き、そして仄かに笑みを浮かべながら私を見つめる。

 

「どうせ目指すなら優勝ね」

 

 その言葉に私は、みほやエミ、ちーちゃんに感じていたものと同じ感覚を感じた。

 

「うん!」

 

 元気よく頷き返す。

 きっと私はずっとこういう役回りなんだと思う。

 それはもう誇りに近かった。

 

 

「そういえば全国大会に参加するのは良いのだけども、参加条件はあるの?」

 

 強襲戦車競技(タンカスロン)の景品であるⅥ号戦車Ⅰ型(ティーガーⅠ)を戦車倉庫に収めるのを見届けてから幼い頃の私の親友、中須賀エミが問いかけてくる。

 

「大体、何時も一枠か二枠空くんだよね。戦車が壊れて足りないとか、維持ができなかったとかで――ほら、戦車って基本的に金食い虫じゃない。それで私達みたいな連盟に参加して、地方大会に出るような高校が枠に滑り込むんだよ」

 

 そう返すとエミは「何処の国も一緒なのね」と呟き返した。

 高校戦車道全国大会の参加規定は二つ。戦車道連盟に加盟している高校であること、そして最低でも五輌の戦車を保持していることだ。優遇処置は前回の大会に参加していることであり、他は特にない。また全国大会には予選がないことにエミは「相変わらず戦車道の人気は低迷しているわね」と呟いてみせる。「実績があれば、全国大会への出場も優先されるよ」と私が云えば、「気の長い話ね」と遠くを眺める。

 とりあえず、まずは戦車を五輌揃えるところから始めなければならない。

 

「そういえば、みほはどうしてるの?」

 

 その言葉に私は「お姉さんと同じ黒森峰に行ったって聞いているよ」と答えた。

 

「そう、なら一度、会ってみたいわね」

 

 エミは懐かしむように目を細めて、呟いた。

 その顔は嬉しそうだった。私が戦車道を続けていることを知った時と同じ顔をしている。

 

 

 此処は大洗女子学園、茨城県にある母港に寄港しているところだった。

 そこで、トランクケースを一つ引き摺る少女が、学園艦に乗船する。おどおどとした様子で何度も周囲を確認する姿は、まるで臆病な小動物のようであった。そして汽笛の音と共に離れる港を見つめながらほっと、安堵の息を零す。これから漸く、私の人生が始まるんだ、と胸に想いながら小さく拳を握り締めた。ふと幼い頃、小学生の時にした約束を思い出して、ぶんぶんと首を横に振った。

 もう良いんだ、と自分に言い聞かせる。もう充分に頑張った、と自分を慰める。

 私の戦車道は見つからなかった。見つける、その前に私の道は途絶えた。後悔はない、といえば嘘になる。でも、もう戦車とは関わらないと決めた。この道の行く先が何処なのかわからない、でも、それでもしっかりと前を見て歩こうと決めたんだ。逸見エリカ、赤星小梅、そして茨城白兵衛とまた出会える時の為に、下を向かずに済むように、自分が納得できる道を歩もうと思う。

 風が吹いた、強い風が吹いた。風に運ばれて、小さな桜の花弁が頰を撫でる。そして本土に向けて吹き抜けた。

 戦車道をやめたことを私は後ろめたいとは思わない。

 でも、やっぱり心残りがあるとすれば、それは古い友人との約束である。

 

「私の戦車道は見つからなかったなあ……」

 

 呟き、合わせる顔がなくて、苦笑した。

 そして学生寮を目指して、ゆっくりと歩を進める。

 私の人生は、まだまだこれからだ。

 

 世界は回る、刻は加速する。

 誰かの意思に阻まれることなく、戦車道に想いを寄せる数多の少女の運命を束ねて、たった一つの舞台へと収束する。

 この日、西住みほが大洗女子学園の学園艦に乗船した。




やだ、この子……なんか原作よりもメンタルが強くなってる。

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