隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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副隊長、頑張ってます!②

 ここは戦車道に関する書類が保管されている部屋。

 多種多様な書類の束が棚にしまわれている。執務室とでも呼ぶべき空間で、私は戦車道の練習で消費した砲弾と燃料を計算し、来週に発注をかける資材を計算する。これは私、茨城(いばらぎ)兵衛(ひょうえ)の仕事になっており、隊長のミカは今日もBT-42と共に学園艦の何処かを彷徨っていた。ミッコ先輩にGPS機能付きのスマホを持ち歩いて貰っているので大体、どの辺にいるのかわかる。それでも稀に――月に一度くらいの頻度で通信が途切れることもあるけども、三日もすれば学園艦に反応が戻っている。

 そんな訳で戦車道の細々とした資料作成は私の仕事となっており、手伝ってくれるのは――空になったコップを引き上げて、代わりに温かい茶の入った新しいコップを机の脇に置かれた。見上げるとスオミが横に立っており、そっと添えるように資料の束を机に乗せる。ありがとう、と笑顔で告げるとスオミはにっこりと微笑んで先程、回収したコップに新しい茶を注ぎ入れる。

 こんな時にもソツのない仕事を熟す敏腕秘書、もとい私の同居人兼世話役のスオミだった。

 

「あと練習試合の申し込みが来ていますよ」

 

 全国大会が近づきつつある今、入学式を終えて新生したチームを試行する為に練習試合を組むチームは多くなる。

 練習試合を組むには正に今が旬と言える。地方大会や練習試合を熟しながら全国大会に向けて調整し、緊張感をヒリヒリと高めていくのだ。私達もまた新生チーム、それも継続高校として前年度全国大会の経験した者はミカアキミッコの三人のみである。なんでこのような状況に追い込まれているのか、色々とおかしい気がする*1

 まあさておき私達、継続高校も公式戦に必要な数の戦車と乗員を確保することができている。

 この辺りで練習試合の一つも組んでおくべきだ。

 

「申し出が届けられているのは二件……いえ、一件だね」

 

 プラウダ高校から届けられた手紙を机にしまって、もう一枚の封筒を手に取る。そして見覚えのない校章に首を傾げる。形からしてワッフルのようだが――前年度、全国大会に参加した面子の中では見覚えがない。戦車道に関することの記憶力には自信があるので、まず間違いないはずだ。スオミは口に含んだ茶を少し堪能してから飲み込むと、ペロリと唇を舐めてから私の疑念に答えてくれた。

 

「ワッフル学院、前年度の全国大会には不参加です。元々は戦車強襲競技(タンカスロン)で活躍されていた方々のようで、何処の勢力にも所属せず、助っ人という形で大会を渡り歩いていたようですね」

「まるで傭兵のような奴らだね」

 

 私は封筒を流し読んだ後で、受諾するよ、と私はスオミに封筒を返した。

 

「なんだか最近、戦車強襲競技(タンカスロン)界隈が盛り上がっているなあ」

 

 そんなことを口にしながら頭はもう次の練習試合のことでいっぱいだった。

 それが分かっているのかスオミもワッフル学院に関する資料を机の上に並べてくれる。

 円卓、と呼ばれる戦車強襲競技(タンカスロン)大会のチラシが挟まれていたのも、さりげない気遣いだと思う。

 

 

 これは茨城白兵衛に封筒が届く、一週間前の話だ。

 

 此処はワッフル学院、ベルギーをモチーフにした街並みで、道や広場はレンガ仕立ての背が高い建物に囲まれている。また景観を気にしてか学園艦の上であるにも関わらず、街中を川が流れていることも特徴的だった。石畳の道を歩く通行人を見ながら、私、福井(ふくい)奏絵(かなえ)はワッフルを片手にオープンテラスの席に腰を下ろす。机には淹れたての珈琲が置いてあり、その脇には書類の束が広げられてあった。

 そうやってモーニングコーヒーを堪能していると「この時間、君はいつもここにいるな」と胡散臭い笑顔の女が私の対面に座る。

 慣れた動作で手を挙げると「紅茶を一杯」と店員に告げた。

 

「それで私に何のようだ、王堂(おうどう)

「私が君に逢う理由なんて戦車以外にありえない、そうだろう?」

 

 目の前の彼女、王堂(おうどう)狐子(ここ)が浮かべていた笑みを深めてみせる。

 私達、ワッフル学院には戦車道の科目がない。故に部活動という形で活動しており、去年から戦車道連盟に加入する運びとなった。しかし集められた戦車では公式試合に出場できず、選考段階で除外されてしまうことが多かったのだ。そこで私達が活路を見出したのが戦車強襲競技(タンカスロン)になる。戦車の経験も疎い私達は他チームの数合わせとして出場し、もしくは地方大会で助っ人参加。時には草戦車道チームの試合にまで駆り出され、少しずつ資金を貯めること半年間、漸く他校と戦車購入の相談をできる程度に資金を貯めることができた。

 それで戦車が届いたのが入学式の数日後、今までの実績から戦車道連盟に全国大会出場の機会を与えてくれること約束される。

 

「君がサンダースから購入したM4中戦車(シャーマン)についての話なんだが……」

「あれは苦労したな。主砲が榴弾砲なのは勘弁してくれよ、戦車道では使う機会が少ないって理由で安くして貰っているんだからな」

「ああ、君のお手柄だ。素直に賞賛しよう、それでM4中戦車(シャーマン)の搭乗者について相談があるのだ」

 

 ふぅん? と向かいに座る王堂を片目で見つめる。

 

「安心しろ、あれには私とお前で乗る。そういう取り決めだっただろ?」

「ああ、そういう取決めをしていた。でも、その取決めを取り止めたい」

「……なんだ、また戦争でも起こすのか?」

 

 ピシリと空気に静電気が迸る。私が殺意を込めて睨みつけると王堂は両手を上げて害意がないことを示した。

 

「違う、私が乗るのではない。だが君に乗って欲しい訳ではない」

「……つまり何が言いたいんだ。結論を言え」

 

 珈琲を啜り、一度、敵意を収める。すると王堂はわざとらしく息を零して、運ばれてきた紅茶に口を付ける。

 

「優秀な一年生がいる。彼女は特別だ、だから良い戦車に乗せてやりたい」

「それは、なんだ。私達よりもか? 言わせて貰うが私は特別だし、お前もそれなりに腕が良いと思っている。今更、私達に敵う奴が我が高校に居るとは思えないがな」

「私達が特別、な」

 

 まあいい、と王堂は嘲笑するように小さく息を吐き捨てる。

 

「彼女は特別だ。君も一度、戦ってみると良い」

「面白い、それでは私が相手をしよう」

 

 私はワッフルを頬張り、珈琲の苦味と共に飲み込んだ。

 王堂は鞄から棒付きの飴を取り出し、糖分摂取と言いながら、あむっと美味しそうに咥えてみせる。

 彼女は駄菓子が好きなようで、よく持ち歩いている。

 

「それに私達が乗るための戦車は別に用意させて貰ったよ」

「……そんな資金なんて、もう残っていないはずだが?」

「警戒してくれるな。格安で譲ってくれたものだ、カタログスペックを見ると定価の半額以下と言っても良い」

「何処も戦車が余っているわけではない。何処から仕入れた? 曰く付きはごめんだぞ」

「私も表と裏では立ち回りを考えるさ」

 

 かといって変に疑われても困る、と彼女は云うと人差し指を立てる。

 

「取引相手は聖グロリアーナ女学院だ」

「聖グロだって? あそこはOG会がうるさい、戦車が余っていても譲ってくれるはずがないだろう」

「そこは政治手腕の見せ所だな。なに、悪どいことはしてないさ。むしろ、あそこの生徒達を救ってやったとも言える」

「また胡散臭いことを言ってるな。その回りくどい言い方はやめた方がいい、面倒くさいからな」

「私は普通にしているつもりなんだがな」

 

 王堂が肩を竦めて、苦笑を浮かべてみせる。

 何処までが本当で、何処までが嘘なのか、未だによく分からない。戦車道部を結成する前までは犬猿の仲とまで呼ばれるほどだったのに、急に戦車道部を結成すると言い出しては私達を巻き込んで来やがったのだ。その発起人であるにも関わらず――私の顔を立てる為なのか、隊長の座は私に譲っている。基本的に私が方針を打ち立てながら戦車道部を運営している。そして王堂は頼みごとをすると基本的に、雑用だろうがなんだろうと手伝ってくれることが多い。そして要所要所で一言、添えるように口出してくるのだ。

 ……なんだか良いように使われているような気もするが、案外、隊長と呼ばれる立ち位置は悪くない。

 

「とりあえず、お前のお気に入りとやらを紹介して貰うとしよう」

 

 

 今日は良い天気だ。

 気持ちの良い風が吹いているときは、空はいつも澄みきるように晴れている。鼻孔を擽る鉄と火薬の匂い、大きく息を吸い込んで、たっぷりに胸の中へと閉まってから吐き出した。こういう日は体全身で世界を感じるのが良いと思う、さあ瞼を閉じよう。呼吸は自然体、意識だけを深淵奥深く、闇の中に置き去りにして、体全身を手放して自然の中に溶け込ませる。感覚だけを肉体に置き去りにして、意識は深淵奥深く、闇の中に漂わせる。闇には意識だけが辿り着くことができる。切り離せない肉体の感覚が闇の中にある私を繫ぎ止める。太陽の温もりが心地よく、肌を撫でる風は気持ちよく、耳に囁く草木の擦れる音は涼やかだった。風流というか、侘び寂びというか、たぶん、そんな感じだ。湿気が強い日本だからこそ持ち得る感性、この涼やかな感覚こそがきっと風流で、侘び寂びだと思っている。だから、わらび餅はきっと侘び寂びを体現した甘味だと思ってる。

 ああ、そういえば、わらび餅が食べたいな。スーパーにある安っぽいやつではなくて、涼やかな透明感とは裏腹にトロッと液体のように蕩ける濃厚な舌触り、夏を熱気をそのまま詰め込んだような濃厚の味わいを堪能してみたいと思った。だから目を覚ます、欲を持ったから私は透明な私ではいられない。

 闇の中から肉体に回帰した私は、ウンと大きく腕を伸ばして辺りを見渡した。

 黒煙をあげる戦車が五輌、私は一輌。まだ無傷だったから、このまま甘味を食べに行こうと操縦手にお願いする。困ったように笑って、戦車を走らせてくれる。いやはや、今日の相手は歯応えあったな、とキューポラの上に座りながら、にんまりと八重歯を見せる。かぼちゃさんに戦車道に誘われてから退屈することが減った気がする。

 ルノーAMC35に揺られながら私は目を伏せる。戦車道は心地良く楽しめる、程よい緊張感が眠りがちな私の意識を肉体に引き戻させる。

 だから私が生きられる場所は、戦車のあるこの場所だった。

 

 

「結果は見えていたが……なるほど。急がねばならんな」

 

 撃破判定を受けたルノーAMC35のキューポラから体を出した王堂(おうどう)が煤汚れた顔でジャックオランタンのストラップが付いたスマートホンを取り出した。口には棒付きの飴を咥えており、時折、チュパッと口から取り出して、また口に含んでみせる。そんなどうでもいいことを眺めてしまうほどに私は呆然としていた。今も信じられない。戦車強襲競技(タンカスロン)で鍛えた傭兵隊が、王堂率いるAMC35部隊が、私、福井(ふくい)奏絵(かなえ)が率いるヴィッカースT-15軽戦車が倒されるなんて思わなかった。

 

「これは本物か? お前の言う通り……」

「納得したのならM4中戦車(シャーマン)を彼女に譲ることを認めてくれても良いな」

「ああ、それは構わない。しかし、いや、だがしかし……」

 

 まだ目の前の惨劇に頭の整理が追い付かず、困惑している。その間にも王堂はスマートホンを操作しており、「この辺りが手頃だな」と何かを決めたようにスマホをハロウィン柄のポーチにしまった。

 

「隊長、練習試合を組むぞ。もう私達では手に負えん、今の奴に必要なのは格上の相手だ」

「わかったが……しかし何処と組むんだ?」

「継続高校。あそこには島田流の娘がいる、あれなら持て余すこともあるまい」

 

 ああ、と私はまだ困惑する頷き返すことしかできなかった。

 そして悪態を吐き捨てるように、もしくは敬意を表するように、あるいは畏怖するように――私は告げる。

 

「イレギュラーめ……」

「いいや、違うさ」

 

 王堂が首を振り、国語の先生が言葉を正すように口を開いた。

 

「ああいうのはドミナントと言うんだ」

「ドミナント……あれが、な」

 

 遠ざかるルノーAMC35を見つめながら噛み締める。

 しかし見せつけられた格の違いは、認めざる得なかった。

*1
ヒント:書き始めた時に書き手はフェイズエリカを一巻までしか持っていなかった。




このシーンは原作で出てきた高校にしようかな、とか考えましたが、
今後の展開上、他に試合ができる枠がないので今、この場で出しておきます。
ふふっ、相変わらず、この高校は二次やってねぇなあ。

ワッフル学院は設定だけ最初からありました。
正直、最初は王堂狐子にどうしても乗せたい戦車があるだけっていう一発ネタ学院でした。

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