隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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副隊長、頑張ってます!③

 継続高校とワッフル学院の練習試合当日、

 私はワッフル片手に一人、観客席に腰を下ろしながら巨大スクリーンを見つめる。

 その画面下の帯には所狭しと企業の名前が並んでおり、まだ試合前の現状、スポンサー企業による商品のコマーシャルが流される。世界大会やプロリーグの設立に向けて、戦車道には国から多額の補償金が認められており、その力の入れ具合は国家事業の一環になる程だ。また黒森峰女学園が全国行脚の練習試合を行い続けていたこともあり、戦車を駆る戦乙女の姿は人々の目には広く認知されるようになり、その人気と熱狂は膨れ上がりつつある。

 本物の戦車戦を自負する戦車強襲競技(タンカスロン)界隈にも一陣の風が吹き抜けた。

 前年度、年始に行われた戦車強襲競技大会“円卓”では一人のカリスマを生み出した。そして今年度、戦車強襲競技のカリスマは戦車道への挑戦を証明した。それをきっかけに今までガラパゴス化が進行しつつあった界隈の人間が、外の世界に目を向け始めるようになったのだ。例えば堅琴高校のアウンさんが今年度の全国大会への出場を証明している。そして、そのカリスマに憧れて戦車強襲競技に参戦した鶴姫しずかと松風鈴のコンビも公式戦に出る為の策を講じているのとの話だった。

 この流れをいち早く読んで、戦車道の世界に乗り込んだのが“傭兵”という通称で知られる二人の存在だ。

 王堂(おうどう)狐子(ここ)福井(ふくい)奏絵(かなえ)、二人が傭兵と呼ばれる所以は彼女達が常に他人の旗の下で戦う為だ。二人は犬猿の仲だと言われ続けており、戦車強襲競技(タンカスロン)では二人は別々に活動してきた。あるチームが王堂狐子を雇えば、それに対抗する為に相手も福井奏絵を雇うということも多かった。そして戦場で顔を合わせれば互いに容赦ない攻撃を仕掛けるので仲が悪いと言われ続けてきたのだ。その二人が手を組んでワッフル学院の戦車道チームとして参戦することは、ほとんど者にとって予想外だったに違いない。

 そして今、巨大スクリーンに映るワッフル学園側で最も性能のいい戦車であるM4中戦車(シャーマン)に搭乗する人物が、王堂でも福井でもない見知らぬ女生徒であることに私は首を傾げる。

 彼女は戦車強襲競技でも見たことがない。

 

「アスパラガス、BC自由学園の戦車道を追放された貴方とこんなところで再会するとは思いませんでしたわ」

 

 いつか聞いた懐かしい声に、咄嗟にノートを閉じて振り返った。

 

「……今の隊長は情けないようでロートルの私も引っ張り出される始末ざます、ダージリン」

「貴方が戦車道に復帰するのは本当のことようですね」

 

 ダージリンは私の隣に腰を降ろすと、ペコと短く告げて、後輩に紅茶の準備をさせる。

 

「お前が直接、訪れるほどの試合ではないざますよ」

 

 横目に探りを入れる為に問いかけると、ダージリンは後輩からティーカップを受け取りながら答える。

 

「今回の全国大会には貴方も含めて、戦車強襲競技(タンカスロン)界隈からの参戦者が増えています。ですので、そちらの戦い方を少し学んでおこうと思って来ましたわ」

 

 でも、と彼女が続ける。

 

「貴方が警戒するほどの相手、見に来て良かったと思いますわ」

「戦車強襲競技の戦い方は戦車道では通用しない、完全に別物ざます」

「それならそれで取るに足らない相手ということ」

 

 ダージリンは紅茶を一口啜り、舌の上で転がすように楽しんだ後で言葉を続ける。

 

「私、戦車強襲競技に関しては勉強不足ですの。是非、ご教授願えないかしら?」

「ご自慢の情報処理学部第6課(GI6)はどうしたざます?」

「あの子達は多忙なのよ。今年は特に参戦する高校が多いので」

 

 私も現場に駆り出される始末ですわ、と涼しい顔で告げる。

 それでも私が渋っていると「ではこうしましょう」と彼女は指先で宙に丸を描いた。

 

「私は継続高校の解説を致しますわ。だから貴方はワッフル学院の解説をお願いするわ」

「……政治的には妥当なところざます」

 

 私は何処まで話そうか迷い、そして全てを打ち明けることを決めた。

 

 ワッフル学院在学、王堂(おうどう)狐子(ここ)。三年生。

 戦車強襲競技では“協力者”を名乗り、三輌のルノーAMC35を以て、戦場を荒らし回っていた人物である。いつも駄菓子の詰まったハロウィン柄のポーチを手に持っており、口にはよく棒付きキャンディを咥えていた。彼女は実力があるというよりも戦略眼に優れた人物であり、その能力は戦場よりも政治の場によって発揮される。

 戦車強襲競技では協力者が個人で参加することは少ないが、他チームの依頼によって参戦し、時には試合途中で乱入してくることもあった。戦場では、常に彼女達の存在を意識しなくてはならず、戦況が優勢であっても油断できないので非常に戦い難かったことを覚えている。

 目的達成の為ならば、手段を選ばないことも彼女達の特徴でもある。

 

 ワッフル学院在学、福井(ふくい)奏絵(かなえ)。二年生。

 彼女達は“同盟者”を名乗り、三輌のヴィッカースT-15軽戦車を以て、戦場を駆け抜ける存在だった。福井本人は爽やかな顔付きをしており、綺麗で格好いい優等生のような印象が見受けられた。王堂に比べると戦車を指揮する能力は高く、彼女が率いる部隊は常に統制を維持し、高度な連携で相手を打倒し続けた。戦車強襲競技としては綺麗すぎる戦い方をする人物として、印象に残っている。

 とはいえ彼女達も協力者と同じく、個人で参加せずに依頼を受けることで他チームに助力する。その戦いぶりは仕事人といった感じで、与えられた役割を忠実に守るというものだ。王堂に比べると勝利に対する執着が薄い分、扱いやすい。

 ただ勝利を求める者は協力者を頼り、ただ戦力を求める者は同盟者を頼る。

 

 この事細かな情報にダージリンは面を食った顔を浮かべ、そして静かに紅茶を口に含んだ。

 

「……浅はかだったかしら?」

「政治的に旨味のある判断をしただけざます」

 

 これだけの情報を与えれば、相手も相応の情報を渡さざる得ない。

 少なくとも私の力では手に入れられない情報を得られるはずだ。

 それも私にとって価値の高い情報を、だ。

 

「ですが、私が貴方に与えることができる情報は一つ」

 

 彼女は微笑み、そしてⅢ号戦車J型に乗り込む隻脚の少女を見つめる。

 

茨城(いばらぎ)白兵衛(しろべえ)、彼女について少し語りましょう」

 

 

 継続高校の保有戦車は七輌、対してワッフル高校の保有戦車は八輌。

 数を合わせるべきか話し合いが行われたが、戦車の性能差を考慮して数は減らさないことに決定した。ルールは殲滅戦、戦車の数の少ない継続高校が二箇所ある初期位置を選ぶ権利を与えらる。まあパッと見て優位っぽい方を選んで、お互いに礼をしてから解散する。

 戦車を初期位置に移動させながら互いの編成を再確認する。

 

 先ずは隊長のミカが率いるBT-42突撃砲。妖精さんチームは継続高校戦車道チームのエースだ。

 次に私、兵衛が率いる長ぐつさんチームのⅢ号戦車J型。通常時、継続高校で最も機動力の高い戦車である。火力は少し心許ないが、今回の相手は装甲の硬い戦車が少ないので弱点にはなり得ない。アマチュア無線部の面々が乗るKV-1重戦車は前線の盾として申し分ない能力を持っており、女遊びのエトナが率いるT-34中戦車と合わせると生半可では崩せない前衛となる。風紀委員が率いるオオカミさんチームのT-26軽戦車と一年生チームであるトナカイさんチームのT-26E軽戦車も忘れてはならない。そして機動力は類稀な操縦技術を持つマリが率いるオオハクチョウチーム、BT-7快速戦車。

 以上、計七輌。四強と戦うには少し火力不足が目立つが、今回の相手なら問題はない。

 

 対するワッフル学院の編成は、

 先ずM4中戦車(シャーマン)が一輌、第二次世界大戦におけるアメリカ軍の主力戦車だ。生産された数は五万弱であり、世界各地の同盟国に広くレンドリースされた。突出した性能はないが、走攻守と全てが揃った欠点のない戦車と云える。特に整備性という面においては、この戦車を上回る戦車はないと云える。ただワッフル学院のM4中戦車(シャーマン)は少し独自の改造が施されており、本来、戦車には効果の薄い榴弾砲が搭載されている。

 他にはルノーAMC35が三輌、元はフランスで開発された戦車であるが製造数は僅か62輌と少ない。またフランスが騎兵部隊の機械化を推し進める為に開発された経緯のあるおかげか、その速度は時速42kmとフランス戦車にしては速い。装甲は最大25mmとなっており、前衛として活用するには些か不安がある程度、機動戦に向いているといえるが些か火力が心許ない。

 そしてヴィッカースT-15軽戦車が三輌、重量が3.8tという戦車道ではなかなかお目にかかることができない豆戦車だ。装甲は10mm未満と薄いが、兎に角速い。その最高速度は時速64kmと破格の速度を持っている。しかし、速度と火力の両立は難しかったようであり、搭載された機関銃は軽戦車を相手にするのが精々だった。KV-1重戦車やT-34中戦車の装甲を抜くことはまずありえない。

 そして最後の……

 

「これはまたけったいなものを持ち込んだね」

 

 編成表の最後の一行に書かれた文字に私は苦笑せずにいられなかった。

 

 

 皆さんは兵器開発の分野において、英国面と揶揄される兵器があることをご存知だろうか。

 どこの民族であっても、お国柄でなにかしらおかしな部分を抱えているものであり、例えば日本では九州という名の鬼ヶ島に薩摩人と呼ばれる鬼が住んでいたり*1、フィンランドでは長靴や椅子、スマホを投げてみたり、といった感じだ。それはイギリスであっても例外ではない。古くは大航海時代、フランシス・ドレイクが成し遂げた世界一周という冒険心は現代においても如何なく発揮されており、とりあえず手を付けてみようという心意気から生まれた前衛的な兵器の数々は現代でも我々の間で語り草となっている。わかりやすいところでパンジャンドラム、あとはスターゲイジーパイやマーマイトなどは戦略兵器としては申し分ない破壊力を持っているといえるだろう。レシピ通り作るのは面白くないからイワシを刺してみようといった無謀と勇敢を履き違えた冒険心を持つ英国紳士が生み出す尖りに尖った当時最新鋭の技術を使った最先端の戦車、それが今、私の目の前にある。

 その異様な存在感を放つ兵器を前に私は言葉を失い、ただ呆然とした。

 

巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)……最悪だ、何故、これがここにある……」

 

 巡航戦車Mk.V(カヴェナンター)。カタログスペックだけを見れば、生産当時としては高性能な戦車だ。

 しかし、この戦車は紛うことなき欠陥兵器だ。そう呼ばれることには理由がある。それは排熱性の悪さ、いや、冷却装置(ラジエター)に問題がある訳ではない。これは設計上の問題、発熱したエンジンの熱が車外に放散される前に乗員がいる車内を暖める構造になっていた。その為、エンジンよりも先に乗員の方が熱暴走(オーバーヒート)する仕様となっており――つまり、まともに走らせることができない戦車。いや、まともに走らせることのできる者がいない戦車であった。わかりやすく例えるとサウナ大会を開きながら試合を続けなくてはいけないというものだ。

 その為、聖グロリアーナ女学院では乗員の意識が消失することから“バニシングトルーパー”の異名を持っている。

 

「隊長、何をしている。さっさと乗り込むぞ」

 

 額に冷えピタを貼りながら告げるのは王堂(おうどう)狐子(ここ)

 塩飴の入った袋を片手に持ち、笑みを浮かべる彼女の顔を見て私は確信した。

 こいつはイカれてやがる、と。

 

「王堂……後悔することになるぞっ!」

 

 覚悟を決めて私、福井(ふくい)奏恵(かなえ)は灼熱地獄に足を踏み入れた。

*1
鬼ヶ島のモチーフとされる島は四国と九州の間にある瀬戸内海に存在している。




この話で書きたかったことの七割が終わりました。

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