『ワッフル学院、全車輌の戦闘不能を確認。継続高校の勝利です、おめでとうございます』
審判を勤めてくれた自衛官の女性より、通信機で継続高校の勝利を告げられる。
砲手席に腰を下ろしていた私は、大きく息を吐いた。思っていたよりも苦戦した。油断をしていたつもりはないが、ミカアキミッコの先輩三人組を始めとして、エトマリ姉妹。そこに綾子といった四強相手にも通用し得る面子が揃っている私達が、去年から戦車道を始めたチームに負けるはずがないと何処かで考えていた。
しかし実際に蓋を開けてみれば、相手は精鋭揃い。戦い方は少しぎこちなかったが、それは私達も同じことだ。新造チーム特有の現象、先述した人物は個々の能力が高いので即席でも連携を取れるが、チーム全体の連携はなっちゃいなかった。結局、個人による力量頼みのごり押し。今回のMVPを決めるなら、相手の作戦を潰したミカ隊長が率いる妖精さんチームに与えられるべきだ。
とはいえ戦車道の試合経験の少ない者ばかり、難しい作戦を立てられなかったという事情もある。
これに関しては今後の課題、と割り切った。
とりあえず勝ったことには違いない。
みんなの健闘を讃えよう、みんなで掴んだ勝利を祝おう。
ああそうだ、勝った。勝ったんだ。プラウダ高校の時は、半ば負けたような気持ちがあった。それに鹵獲ルールでの試合は
それでも、それでもだ。自分の力で掴み取る勝利は格別な味がした。
誰にも文句は言わせない、少なくとも私が来た当初では試合すら儘ならない状況だった。それが相手校に勝てるまでになったのだ。運によるところもあった、ミカが居なければ勝てなかった。それでもミカだけで勝つこともできなかった、運があれば勝てるほどに力を付けてきた。
歓喜に打ち震える体、私は勝利を噛みしめるように強く、強く両手を握りしめる。
「……やった」
嬉しくって、つい声が零れる。
数分後、通信機から『ヘイヘ、戦車は回収に向かった方が良いかな?』というミカ隊長の声が聞こえた時のことだ。私が慌てて顔を上げるとスオミと綾子がなにかを堪えるような笑みを浮かべて、生暖かい目で私のことを見守っていたことに気づいた。戦車長席に座る
とりあえずミカ隊長には迎えに来て貰うようにお願いすることにした。
†
戦車道は、道と名が付くからには礼儀を重んじる。
試合は礼に始まり、礼に終わる。故に試合開始時と終了時には必ず、整列をする決まりとなっている。
しかし今は戦車道だ。将棋や囲碁で負けた側が、参りました、と敗北を自ら認めるように、それが決まりというのであれば従う他にない。とはいえ我らが隊長殿は体調不良でトラックに寝かしたままであり、今は代理として私、
そして、その雰囲気は高校に入ってから戦車道を初めた
「どうだった?」
問いかけると鷹見は微笑んだまま答える。
「楽しかった」
短くも本心から言葉に「そうか」と頷き返す。
それならこの戦いにも価値はあったな、と思ったところで自分も緩くなっていることに気付き、苦笑する。
「……なにを良い感じに終わらせようとしているんだ?」
聞き慣れた声に、ゆっくりと振り返る。
後ろには
「遅れてすまない、私が隊長の福井だ」と相手の隊長に握手を求める姿を見て、つい口角を上げる。
「……偉くなったものだ」
それは皮肉ではなく、本心からの言葉だ。
福井は率先して面倒ごとを引き受けてくれる奴だったから隊長業を押し付けていたが、いや、しかし、想定していた以上に隊長が様になっているではないか。
成長するのは周りばかり、そのことが嬉しくも、やはり羨ましかった。
「ロートルを気取る年齢でもないだろう」
列に戻ってきた福井が告げる。ああ、そうだな。と私は頷き返す。
私達はまだ高校生である、人生はまだ先が長い。
†
空のティーカップをオレンジペコに手渡した。
ハンカチで唇の水気を取り、「帰りましょう」と静かに立ち上がる。
継続高校とワッフル学院の練習試合は、見所は多々あったが戦車道の試合としては粗末なものだった。弱小同士の試合と見れば、個々の力量を当てにするのも仕方ない。むしろ両校のエースの活躍には、見るべき点があった。しかしチームとしては未熟も良いところであり、連携の拙さから作戦を崩され、統制を乱され、結局は個人の力量がものを言う戦場に成り果ててしまった。
言ってしまえば、戦車道らしくない戦いぶりだ。個人の活躍が戦局を左右する場面はある、戦車一輌の性能が戦局を支配することもある。しかし、それを当てにしてしまうのは、優雅ではない。戦車道とはチーム全体の統制を重んじるべきものだ――だからこそ、西住まほは斯くも美しい。
ただワッフル学院も、継続高校も、まだ途上のチームだ。全国大会までに何処まで仕上げられるか、少なくとも今はまだ私の目には適わない。私達、聖グロリアーナ女学院の敵ではない。
最後にアスパラガスと一言、二言、交わしてから観客席を後にした。
†
戦車道から
ワッフル学院は戦車道の戦い方に適応しつつある。
ボンプル高校のヤイカ然り、楯無高校の鶴姫しずか然り、戦車の性能差を言い訳にできないからこそ、彼女達は身一つ剥き出しの心で闘争を追い求める。これは戦車道に身を置いている私には受け入れられない理念ではあったが、しかし理解はしている。だからこそだ。戦車道に適合しようとする
信念や気迫、情熱。そういった面で明らかに私は彼女達と比べて劣っていた。
(政治的に――とか言っている内は届かないざます)
私、アスパラガスの個人としての資質は高い方ではない。
私が隊長としてBC自由学園を率いていたとすれば、全国大会の時には彼女達に抜かれていたかも知れない。少なくとも戦車道だけには打ち込めない。常に政治的な立ち回りを意識してしまう私は、きっと何処かで戦車道を疎かにする。
だからこそ私は補佐に回るのが良い。
現隊長がマリーだからこそ、BC自由学園は彼女達には負けない。そして私の役割は、今いる戦車道の面々が思う存分に戦車道に打ち込めるように立ち回ることにある。
さて、ダージリンも帰ったことだし私も帰ろうか。と席を立った。
「なにあれ、だっさーい! 私だったらあんなことになる前に勝負を決めてるわ!」
帰り際、中学生くらいの子か。帽子を被った少女がやけに不機嫌そうに声を上げているのが見えた。
「なーにが試合を観に来いだ! 負け試合を見せたかったわけ? ばっかじゃないの!?」
ふん、だ。と彼女が友達を引き連れて帰ろうとした時、彼女の顔に見覚えがあって「貴方は……」と声をかけてしまった。
「……なに、おばさん?」
「おば……っ!」
周りよりも多少、大人びてる自覚はあるが中学生の無慈悲な言葉にショックを受けた。
いや、今は良い。聞き流しておくことにする、それよりも確認したいことがある。
「
「そうだよ。それでなんなの? 勧誘はお断りだよ、あいつだけでウンザリしてるんだから!」
苛立ちを隠そうともしない彼女の名は誘苑ジナコ。
前年度の全国中学校戦車道大会におけるMVP受賞者であり、今は中学校三年生。去年の初め辺りから
中学校では敵なし。同年代の島田愛里寿と比較されることが多いが、愛里寿は飛び級で大学に入ってしまったので直接、対決したことはない。そんな彼女がどうして戦車強襲競技の世界に入ったのか――“円卓”と呼ばれる戦車強襲競技の大会で出会った時に聞いたことがあるが「中学校の戦車道には弱っちい奴しかいないから」と彼女が言っていたことを覚えている。
「というよりも私に見覚えはないざます?」
「……誰? ナンパはお断りだからね!」
どうやら完全に忘れられているようだ。そのことに少しやるせない気持ちになりながらも、気持ちを切り替えて話を続ける。
「ジナコは……」
「呼び捨て? 初対面で図々しくない?」
「……誘苑ちゃんは、あそこにいる誰かの知り合いざます?」
「じゃなかったら、誰が足を運んでやるものか! こんなクソ試合にっ! ああもう、苛々してきた!」
激おこぷんぷん丸と頰を膨らませた後、ジナコは礼を終えて解散する選手達――おそらくワッフル学院側を指で差した。
「あいつだよ、あいつ! あのガチムチ女ッ! 狐野郎に呼ばれてきたのよ!」
この試合で狐と名前の付く選手は王堂の他に居なかったはずだ。
上着などで上手く隠しているが、筋肉質な肉体といえば戦車強襲競技界隈における彼女の代名詞なので間違いないはずだ。それにしても王堂狐子か、彼女は私と同じく政治に生きる者であり、戦車強襲競技では彼女の動向を注意深く観察する機会が多かったことを覚えている。
彼女の関係者であれば、色々と情報を仕入れることができるかもしれない。
「それであの
「……弟子?」
「そうよ、私が師匠。あいつって、なかなか見込みあるのよ。流石、私の弟子ってね。でも最近は忙しくって相手をしてやれてないんだけど……それにしても私の弟子でありながら不甲斐ないったらないわっ! ああもう苛々してきたッ!!」
ムカ着火ファイヤー! とジナコが怒鳴り声を上げる。
感情の起伏が常に高い方向に突き抜けている彼女に、私は少し疲れを覚えながら今少し話を続けた。
†
私、赤星小梅は練習試合前にスマートホンを鞄に片付けようと電源を落としていた時だ。
着信が一つ届いた。その送信者の名前を見て、私は電源を落とす手を止めて、メッセージの中身を見る。そして、思わず笑みを浮かべる。まだ時間は三十分近く余裕がある。私はスマートホンを片手にトラックを飛び出して、そして別部隊の指揮を執っているエリカの下まで駆け出した。
ペースも考えずに全力で走ったから息も絶え絶え、「どうしたのよ?」と呆れ混じりのエリカにスマートホンの画面を押し付ける。
「エリカ、
「……えっと、なによ。練習試合じゃない。しかも相手って今年から戦車道を始めたような弱小校だし勝って当然よ」
澄ました言葉遣いでそう言うが、しかし口元の笑みを隠し切れていなかった。そんな彼女に私はつい頰を緩ませてしまって、「副隊長、ひいては部隊長なんだから、もっと表情を引き締めなさい」とエリカが幾分か穏やかな声色で苦言を零す。
「……それで今日の相手は分かっているのでしょうね?」
「ヨーグルト学園、ケルベロスと呼ばれる三人組が厄介な高校ですね」
「ええ、そうよ。でも黒森峰の敵ではないわ」
エリカは踵を返して、部隊全体に指示を出した。
「今日も相手を徹底的に打ちのめすわよ!」
エリカの気合いの入った声に、私も気を引き締めなおす。
その日、ヨーグルト学園との練習試合は、とても可哀想な結果に終わる。
端的に言ってしまえば、少しやりすぎた。
ここまで長かった。
漸く全国大会まで一直線にいける段階――の前に大洗関係を少し書き込むついでに書き直しますね。
少々気合いを入れようと思っていますので、また継続高校は空気になります。
ちなみにネタバレしますが全国大会に登録した高校は、本作では24校になっています。
原作キャラ全員、活躍させたいなあって試行錯誤してたら、こうなりました。
伯爵高校はまだちょっとキャラ掴めておらず、生かせる気がしないので出ないです。
ではアニメ本編二次を書いていきます。
たぶん、きっと、予定は風のように気まぐれに。