隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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遅くなって申し訳ない。
軽く鬱な時期に入っていて、なにを書いても面白く感じない状態に陥っていました。
今回は短め、また頑張っていきたい。


番外編:イチから始める戦車道リナシッタ!②

 雪、その日は雪が降っていた。

 なんとなしに、ゆらゆらと落ちる雪に手を伸ばすと、雪は肌に触れた側から水滴に変わった。

 足跡一つない新雪に二本の太い線、軋む無限軌道、回る履帯が雪原を踏み締める。振動する車体に揺らされるのは私の体、砲手席のハッチから身を乗り出した。周りには誰もいない、戦車なんて影もない。ぶるり、と寒気に身を震わせてから席に座り、ハッチを閉める。隣を見れば、操縦席には相方が座っている。

 世間では今頃、優勝記念杯が行われている頃合いか。彼女が戦車を操縦する傍らで溜息を零す。

 アンツィオ高校の戦車道チームは、今や二名だけだ。

 

「ごめん、付き合わせてしまったな」

 

 心の錆が剥がれるように、ポツリと零してしまった。

 全国大会を終えてから三年生は授業に顔を出していない。残る二年生も戦車に乗らなくなって久しく、いつも戦車倉庫で駄弁ったりして遊んでいる。そして一年生は私、安斎千代美と結月ゆかりの二人きりだ。

 揺れる車内、エンジン音だけが鳴り響いている。申し訳なさで押し潰れそうになる。

 

「……構いませんよ」と彼女は告げる。「ゆかりさん、そういうことはあまり気にしませんしね」

 

 彼女は、前を向いたまま微笑んでみせる。

 胸元を握り締める。そして前を向いた、きっとそうしなくてはならないと思った。

 前を見据える。彼女が傍にいる限り、私は前を向き続ける。

 

 

 ぶっちゃけた話、私はあんまり戦車道には興味を持っていなかった。

 ただ、前世で武家の嗜みとして書道や茶道を、女人の嗜みとして華道や香道を学んだ身であり、その辺りは今更、改めて習う気になれず、武術全般も修めているので弓道や長刀道を学び直す気にもなれない。あまり宗教関連には良い思い出がないので仙術は忌避し、忍者は前世で飽きる程に見たので忍道にも興味が湧かない。かといって、散々戦ばかりをしていたので戦車道を履修するつもりもなかった。最も興味がわいたのは料理道で、その中でも菓子作りに魅力を感じた。今世では前世で出来なかったことを楽しみたいと考えていた。

 それが今、戦車道を履修しているのは――そういう縁だった、という他にない。

 

 雪解けの季節が過ぎて、春。

 卒業式を終えて、漸く気候が暖かくなってきた頃合い。冬場にひもじい思いをした後の春の訪れ、その恵みには毎年のように感謝していたなあ、と懐かしく思い耽りながらチーズとハムを挟んだサンドイッチを頬張る。汚れた指先をペロリと舐めながら横を向いてみれば、千代美が膝上に置いた自前の弁当を前に溜息を零している。先程から重苦しい表情をするばかりで弁当には手一つ付けていない。

 なんとなしに今居る戦車倉庫の中を見渡せば、私、結月ゆかりの他には千代美しかいなかった。

 全国大会を終えた後、三年生は他の科目に転科してしまっており、二年生も出席日数を満たした途端に顔を出さなくなってしまった。残されたのは私と千代美の二人だけだ。そのことを気に病んでいるのか、近頃の千代美は元気がなく、溜息ばかりを吐いている。

 私としては――遅かれ早かれ、といった感じだ。

 中学校時代では全国区の実力を持っていた千代美と、なんとなしに楽しければ良いっていう二、三年生では相容れるはずがなかった。また、千代美は戦車道を復活させる為に学園からスカウトされた特待生でもあった為に妥協することもできず、戦車道の予算を使って遊びたかった上級生との確執は深まるばかりであった。全国大会を終えたことを機に三年生は他の科目に転科し、二年生は出席日数を達成してからは顔を見せないようになった。

 それでまあ、今は私と千代美だけが戦車倉庫に残っている。

 

 私が戦車道に残り続けているのは――千代美が諦めずに戦車道を続けているから、という他に理由はない。

 先述したように私は、あまり戦車道に興味を持っていない。前世では軍事の専門家ではあったので、そういう意味では戦車に興味を持っていないわけではない。しかし自分で乗り回したいとは思わなかった。前世では散々軍勢を率いていた身の上、今の平和な御時世でも兵器を乗り回したいとは感じない。だから私が戦車道を始めた理由も、今も続けている理由も、千代美に依存する。私がいなくなった後も戦車倉庫で独り、黙々と戦車道の復活を目指す千代美を思うと抜けられるはずがなかった。

 そう考える程度には、私は千代美との仲を大事に思っている。

 

「新入生から最低でも八人、集めないと……」

 

 思い詰めるように千代美が呟いた。

 昨年、新入生から戦車道を履修した者は私と千代美の二人だけだったりする。そのことに負い目を感じたのか、学園側は今年の新規履修生の獲得に協力してくれることを約束してくれていた。実際、どの程度まで協力してくれるのか分からないが――流石に公式戦に参加できる人数を割ることはないと思いたい。同県内の戦車道経験者にオファーを出しているとも聞いているし、酷いことにはならないのではないだろうか。というよりも千代美が責任を感じる問題でもない気がする。

 そうは言ったところで千代美が今の立場を捨てるとは思えず、私は虚空に向けて息を零す。

 

「……えっと、今日は休みでしょうか?」

 

 不意に声をかけられる。

 出入り口の方を見れば、私服を着た少女が一人、戸惑いがちに私達を見つめている。

 

 

 小学生の頃から戦車に乗り続けてきた。

 それは親に言われた訳でもなくて、誰かの付き合いで続けてきたわけでもない。ただ純粋に戦車に乗ることが好きで続けてきたことであり、中学生に上がってからも戦車道を嗜み続けてきた。とはいえ実力がある訳でもなくって、名が知られている訳でもなかった。小学生の時から装填手を続けてきているけども、全国区の猛者達には遠く手が届かないと思っている。私が所属していたチームはお世辞も強いとは言えなかったし、私自身も勝利に拘って生きてきた訳ではない。地方大会で二回戦も突破できれば、快挙と言えた。そんな程度。だから県内ではちょっと話題になることはあっても、全国区ではまるで名前が上がらない程度の存在。

 それが私、カルパッチョと呼ばれる存在だった。

 

 自分の部屋でカチカチとパソコンのメールを確認する。

 高校生でも戦車道を続けたいと思っていた私は駄目元で進学サイトに登録し、戦車道希望という条件でオファーを探しているが――私を欲しいと言ってくれる高校は今のところ、一つもなかった。これはもう大人しく受験するしかないかな、とか考えながら椅子の背凭れに身を委ねる。

 その時、ピロリンという電子音が鳴った。

 催眠音声の新作でも入ったのかな、とか思いながらメールを確認すると、件名には“オファーの申請”と書かれていた。驚きに頭が真っ白になりながらメールの中身を確認すると、悪戯でもなくて、アンツィオ高校からの正式なオファーの申し出であった。私はすぐに行動せず、ネットでアンツィオ高校について調べてみるも――最初から答えなんて決まっているようなもので、返答期限ぎりぎりになってからアンツィオ高校からのオファーを受諾する。

 戦車道ができるのならば、どこでもよかった。強いてあげるとすれば、少し楽がしたかった。

 それだけの話だった。

 

 入学式の数日前、私は学生寮に荷物を置いたその足で戦車倉庫へと足を運んだ。

 前年度の全国大会では初戦敗退という結果ではあったが、戦車と人数が揃っているのなら気にすることはない。黒森峰女学園やプラウダ高校のような厳しい練習は御免だし、緩い感じで戦車道を続けられたら良いなって考えてる。パンフレットにあった戦車倉庫、その人気のなさに不安を覚えながらも人一人分、開かれていた鉄扉に身を潜らせる。

 中に入れば、CV33豆戦車が五輌。そして、その内の一輌には先輩らしき二人組が戦車に腰を下ろしながら食事を摂っていた。

 

「……えっと、今日は休みでしょうか?」

 

 話しかける。二人は同時に顔を上げると先輩同士で見合わせて、それから気まずく顔を逸らした。

 あ、なんか色々と駄目な気がする。

 

 

「中学生の頃はカルパッチョと呼ばれていました」

 

 なんとなしにおっとりと穏やかな雰囲気を持つ彼女。背中まで覆い被さるほどの長い金髪、綺麗な緑色の瞳をしているから外国人とのハーフかな、と思ったり思わなかったり――カルパッチョと名乗る彼女は千代美と同じ特待生であるようで、小学校から中学校までは装填手を務めていた話をしてくれた。隣に座る千代美に視線を向ければ、少し複雑そうに笑みを浮かべている。

 

「彼女がカルパッチョなら千代美はアンチョビですかね?」

「そんな安直な」

「アンチョビだけに?」

 

 千代美はジトッとした半目を私に向けてくる。カルパッチョの方を見れば、苦笑いを浮かべて誤魔化そうとしていた。

 ちょっとした冗談のつもりだったが、どうにもウケが悪いようだ。

 ふむ、と私が手で顎を撫でる。すると千代美は小さく吹き出すように笑みを浮かべてみせる。

 

「なにはともあれ、やる気のある新入生が来るのは幸先が良い」

 

 ゆるふわな薄緑色の髪を手で払いながら千代美が告げる。

 今は眼鏡をかけていない。どうにも彼女は美術館に行く時や読書する時にだけ眼鏡を掛けるようで普段使いはしていないらしい。

 ちょっと元気を取り戻したかな、とサンドイッチの最後の一欠片をパクリ。

 カルパッチョが少し申し訳なさそうにしているのは今は気にしない。

 

「それでどうやって新入生を引き入れましょうか?」

 

 頃合い見計らって、今なら大丈夫かな、と思う話題を口にする。

 

「今年は戦車道を履修する生徒には特典を付けるみたいだよ」

 

「例えば?」と私が問い返すと「確か食券一ヶ月分とか言ってたかな」と千代美が思い返すように答える。

 

「地味に嬉しいけどもしょっぱいですね」

 

 カルパッチョの言葉に私も頷き返す。

 どうせなら食券一年分、それが難しくても食券百枚とかなら見栄えも良さそうなのに――あとは単位が二倍とか、遅刻の多い生徒の救済処置とか、そんな感じだろうか。これで十九人くらい集まりそうな気がする、根拠はないけど。たぶん戦車倉庫を前に集まった新規履修生を前に、私達を含めて二十二人とか言ってそうだ。

 尤も、そんなやり方をうちの生徒会が許すとは思えないので、空論以上のものにはならない。

 

「もういっそ千代美が料理を振舞って客引きするっていうのはどうです?」

「そんなことで戦車道を履修してくれるやつはいないんじゃない?」

 

 ですね、と私は思いつきを取り下げる。やっぱり戦車道の魅力といえば、戦車だ。CV33を表に出しておく程度のことはしておこうか。

 

「……えっと、安斎さんの料理の腕前ってどれほどなのでしょう?」

「アンツィオ高校一のシェフ?」

「それ、いいすぎ」

 

 下手ではないと思うけど、と千代美はふわとろな卵焼きを箸で摘んでみせる。

 

「いけるかもしれませんよ?」

 

 ふとしたカルパッチョの言葉に、私は新しい後輩の顔を見つめる。

 千代美はといえば、話半分に聞いているようで反応が薄い。

 

「アンツィオ高校が中学生が進学したい高校No.1になっている理由を知っています?」

 

 私達が首を傾げるとカルパッチョはあざとく人差し指を立て、「美味しいご飯です」と告げてみせた。

 

 

 


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