隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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番外編:イチから始める戦車道リナシッタ!③

 変わらなければならない、とは思っていた。少なくとも今のままではいけない、と感じていた。

 アンツィオ高校で過ごした一年間で得られた成果はなにもなく、むしろ状況は入学時よりも悪化している。

 気にしなくても良い、と学園側からは言われているが、戦車道の復興を条件に様々な特典を与えられている身の上としては気にしない訳にはいかなかった。今年が勝負――というよりも、今年で失敗すれば取り返しが付かないことになる。だから私は不退転の覚悟を決める為にイメージチェンジを図ることにしたのだ。

 鏡の前に立つ、背中まで届くほどに長い薄緑色の髪が左右にふわっと広がっている。普段、目付きは柔らかい。少し視界に意識を集中させるとツリ目気味になりやすく、そうでない時は全体的に大人しい雰囲気になっていた。黙っていれば美人、時折、そう言われることが分かる気がする。眼鏡をかけると如何にも文学少女といった有様であり、何気なく手に取ったブックカバー付きの文庫本がよく似合った。とてもじゃないが戦車道を履修している生徒とは思えない。

 アンツィオ高校の学園艦で過ごした一年間、それでわかったことは大衆は分かりやすさを求めているという事だ。特にアンツィオ高校の生徒は学園艦に置かれている芸術品の数々には目もくれず、美術館に飾られた絵画や教会の芸術性と神秘性を理解しようともしなかった。説明したところで興味を持たない。先ずは興味を惹くこと、そして知ってもらう事だ。

 だから私も分かりやすく在ろうと思って、鏡の前で長い髪をツインテイルのように両手で持ち上げてみる。

 

 

 朝起きて、身支度を整えた後に、

 千代美の部屋のチャイムを鳴らすのは私、結月ゆかりの日課になっていた。

 昨日はなんだか思い悩んでいたみたいだったから、今日は気遣ってあげなきゃいけないかな、とか欠伸混じり考えていた時、バンッと開けられた扉の先から見知らぬ姿の女性が現れた。二つ結いに纏められた薄緑色の髪、その先っぽは何故かドリルのように捻っている奇抜スタイル。肩にはマントを羽織っており、片手には鞭を握られていた。顔つきは心なしか凛々しくなっている、気がする。ツリ目がちな目を見るに、たぶん意識してのことだろう。

 ふん、と鼻息を立てる千代美のどや顔っぷりに、私はいくつかの言葉を思い出していた。

 中二病、もしくは高校生デビュー。思春期の若者によくある、なんか周りとは違うことをしてみたいという発作的な病気のことだ。前世で持った私の子供達にも同様のことが起きた記憶があった。こういう時は下手に刺激せずに、それとなく誘導し、後々心に大きな傷を残さないように被害を最小限に抑えてあげるのが良い。

 だから私は乱された心を立て直し、できるだけ優しい声を心掛けながら話しかける。

 

「……キングズ・クロス駅の9と4分の3番線にでも行くつもりで? それとも使い魔でも召喚する予定でしょうか?」

「魔法学校のコスプレのつもりじゃない! ちょっとした……ほら、イメージチェンジだ!」

「では、高校生デビュー……やはり、思い詰めて……」

 

 あの生真面目な千代美が非行に走るなんて、いや、しかし、こういう時こそ寄り添ってあげなくてはならない。下手に否定すると意固地になり、逆に非行を続ける時期が長引く可能性もある。ここは彼女の行為そのものを否定するのではなく、どうして彼女が非行に走ってしまったのかを考えるべきだ。きっと私の知らない苦悩と葛藤があったのだろう、非行に走らざる得なかった彼女の心を私は許容し、彼女の心の支えになろうと強く誓った。

 

「いえ、大丈夫です。ゆかりさん、不良の子供を持ったことありますんで」

「高校二年目で不良デビューをするかーっ! って、子供!?」

「千代美、私だけはなにがあっても貴方の味方ですよ」

 

「だから違う!」と叫ぶ千代美に「うんうん、そうですね」と私は頷き返す。それから十数分に及ぶ必死の説得の末に、弱そうに見えるから舐められる、と千代美は鞭を片手に得意顔を浮かべてみせた。戦国時代の武将達が威厳を見せつける為に派手な鎧を着込んだりするようなものだろうか、赤備えとか。白髪の鎧兜とか。

 

「これから私は総帥(ドゥーチェ)になる! そうだ、ゆかりも戦車道の時だけは私のことを総帥(ドゥーチェ)と呼べ!」

 

 少しばかり男勝りな声で告げる千代美を見て、やっぱり中二病なんじゃないかなって生暖かい目で見守ることにした。

 今日は入学式。新規履修生を獲得するための大事な日ですが、

 なんだか幸先が不安です。

 

 

 最初は、戦車道には欠片ほどの興味も持っていなかった。

 中等部からの友達である仲間達を引き連れながら高校の敷地内を歩いている時のことだ。方々で部活動の勧誘を受ける中、それらを適当にあしらいながら歩いていると――一際目立つ、人集りを発見した。なんだろうと意識を向けると鼻先を擽る美食の香り、ふらりふらりと足が自然と人集りの方へと吸い寄せられた。油を敷いたフライパンの上でジューッと炒められる小気味良い音が耳の奥から脳を刺激する。それは抗うことの許されない料理の波動、人集りの奥でフリル付きのエプロンを羽織ったツインテイルの女性を見た時、その料理の手際の良さにトクンと胸が高鳴ったのだ。

 これは……恋。フライパンの上で踊る食材は黄金色に輝いて見えた。食べたい、と手が伸びる。味わいたい、と人混みを掻き分ける。一目惚れだった、どうしても食べてみたい。それは何度も食べてきた料理、特筆すべき点はないはずなのに、でもわかるのだ。好きだからわかる。口の端から涎が垂れる、あれは美味しいと魂で感じている。これは淡い恋心、求めて止まないその味に逢いたくて、必死になって手を伸ばし続けた。それはナポリタン、恋はトマトソースを絡めた赤いパスタで繋がれている。

 しかし彼女の作るナポリタンまでは遠く隔たれている。人は城、人は石垣、人は堀、人混みは私とナポリタンを果てなく遠く隔たさせ、そしてナポリタンを求める心は届かず誰かの胃の中へと収まっていった。嗚呼、なんて無情なんだろう。世の中は限られた資源を分配することで成り立っている。上級階級が私たち庶民の持つなけなしの資材を搾取することで成り立っているのだ。なんて酷い世の中なのだろうか、こんな世の中では夢も希望もないじゃないか。

 私はただナポリタンが食べたかっただけなのに……

 

「この後、戦車道から催し物があるので是非とも見ていってください」

 

 新入生、なのだろうか。金髪の女生徒がチラシを手渡してきた。

 戦車道、その説明が簡単に書かれている。戦車といえば、ゴツくて無骨な外見に大きな砲塔。そして地面を揺らすキャタピラの駆動音。それが私が持つ戦車に対する認識だった。そんなことは関係ない、くしゃりとチラシを握り締める。私は選択必修科目には料理道を選ぶつもりだった、しかし今はもう興味がない。私が食べたいナポリタンは戦車道にある。ならば迷うことはない、私は選択必修科目の履修届をポケットから取り出すと、その場でサラサラと戦車道に丸を付けて、人差し指と中指で挟みながら金髪に差し出した。

 彼女の返事を聞かず、釣りはいらない、と背中で語るようにクールに立ち去る。もう今日の彼女達は料理を振る舞うつもりがないようだ、何故なら調理器具を片付け始めている。もうここには用がない、と私は心なしか凛とした心持ちで足を運んだ。

 私はペパロニ、今もまだ戦車道には欠片ほどの興味もない。

 

 そう、この時までだ。

 帰ろうとする私の前を車輌が横切る。戦車といえば、ゴツくて無骨な外見に大きな砲塔。そして地面を揺らすキャタピラの駆動音。それが私が持つ戦車に対する認識だった。しかし私の目の前に現れた戦車は小さくて、砲身はなく、ブリキ細工の装甲車のような見た目をしていた。そしてキャラピラは横幅が狭くって、すぐ外れてしまいそうで頼りなさそうに感じられた。まあ言ってしまえば弱そうだった、熱が急激に冷めていくのを感じる。今からでも戦車道を履修するのを取りやめてしまおうか。

 そう考えたのも束の間、数分後、初めて私は戦車に興味を持つことになる。

 

 

 カルパッチョが考えて、千代美が応えた。

 集まった新入生の数は百人程度、思っていたよりも多い人数だ。

 この好機を逃す訳にはいかないかな――と私、結月ゆかりはCV33豆戦車のエンジンを吹かした。私は千代美の側で一年間、過ごしてきた。友達として、同級生として、仲間として、私は戦車に強い思い入れはないけども、でもまあ千代美には少なからずの情は持っている、絆を感じている。だからこそ彼女が戦車道を復活させる為に努力をしていたことも知っているし、同じ部屋で公式戦のネット放送を観ている時も本当に楽しそうにしていた。使命感や義務感に心を削られながらも、決して見失うことのなかった戦車道が好きだという想い。それはきっと尊いものだと思うから、彼女の行く末を見届けたいと思ったのだ。一年間も耐えたのだ、だったら少しくらいは報われても良いはずだ。

 操縦桿を握る手に力が込められる。アンツィオ高校にはノリと勢いを尊重する校風がある、それ故にわかりやすさが重要視される。CV33の――戦車というよりも装甲車といった形の小柄な車体では戦車特有のわかりやすい迫力は出せない。だから、少しばかり派手なことをする必要がある、と考えた私はアクセルを目一杯まで踏み込んだ。うん、車窓から千代美の焦る姿がよくわかる。顔を見ることはできずとも、仕草だけでその表情が視える気がした。時速40kmは超えている。どよめく新入生、誰か飛び出さないか注視しながら人集りのすぐ横を駆け抜けた。操縦桿を忙しなく動かし、車体を横に傾ける。軽い車体、硬い地面だからこそできる芸当だ。砂煙を巻き上げながら履帯を滑らせる――車窓から見える景色が横へ横へと流れ過ぎる中で、引きつった笑みを浮かべる千代美と視線が合った気がした。大丈夫なんだろうな? 大丈夫ですよ。そんな一瞬のやりとりの後、人集りをスレスレで回りきったこのを感覚で確認し、地面に履帯を噛ませる。そのまま直進を再開、人集りから少し離れた距離で前進したまま車体を百八十度回転させた。秘技、ナポリターン。流石に後方確認もできないままの後進は危ないので、その場で停止させる。巻き上げられた砂煙、それが薄まったのを確認してから、ふうっとハッチから乗り出して息を吐き捨てた。

 唖然とした顔で私のことを見つめる新入生達、その全員が――とは言わないが、幾つかの生徒の心はしっかりと掴めたようでキラキラと輝く瞳で私とCV33を見つめていた。

 さて、あとひと押ししておこうか。

 

「私は去年まで戦車のせの字も知らない素人でした」

 

 演説は、あまり得意ではない。戦国時代の世にあってもわかりやすさは重要だった。だから小柄な私は戦場に出ることはあっても、兵達の前で演説する時は大柄な男を影武者に立て、私は侍女という名目で影武者の横に控えていた。そして今の私も陽気というよりも陰気、性根はわかりやすいオタク趣味を持つ引きこもりだ。だからまあ、そういうのはわかりやすい人物に任せるのが一番だ。

 

「でも一年間、千代美――いえ、総帥(ドゥーチェ)の指導を受けることでここまでになりました」

 

 話を振られた千代美はビクリと身を強張らせて、私を見返した。だから私はにっこりを微笑み返す、新入生全員の視線が千代美に向けられ、その注目の的になった親友は恨みがましく私のことを睨みつけてくる。ほら、早く話を始めないとみんな帰ってしまいますよ? わかっている! そんなやりとりが交わした気がした。

 

「……えー、こほん。私が戦車道チームの安斎千代美だ」

 

 軽い自己紹介に、しぃん、というような重い沈黙が返される。千代美はグッと息を飲み込むと、鞭を片手に取り出して大口開いて声高々に宣言する。

 

「いいか、お前たち、よく聞け。私に付いてくれば、一年間――いいや、半年であれだけのことができるようにしてやるぞ!」

総帥(ドゥーチェ)! 戦車で峠を降りることは可能ですか!」

「不可能ではない。あ、でも公道は走るなよ? 絶対だからな? 公道を走っても良いのは二十歳になって戦車免許をとってからだぞ? あと人様に迷惑をかけないようにな?」

総帥(ドゥーチェ)! あのナポリタン、私も作れるようになりたいです!」

「戦車とは関係……いや、良いだろう。この私の秘伝の味も伝授……いや、アンツィオ高校の食文化に革命を起こすのは私たちだ!」

総帥(ドゥーチェ)! 日に三度のおやつは付きますか!」

「付くか馬鹿者ー!」

「えー……」

「あ、いや……こほん。ま、まあ、お前たちの頑張り次第では考えてやらないこともない」

総帥(ドゥーチェ)!」「総帥(ドゥーチェ)!」「総帥(ドゥーチェ)!」

「ええい、一度に喋られるとわからないだろう!」

 

 聖徳太子じゃないんだぞ、と憤慨する千代美に新入生達が殺到する。

 これでまあ必要最低限の人数は確保できるだろう、と私が安堵に胸を撫で下ろしながら戦車の車内に身を隠した。ああいう風に注目を浴びるのは気疲れするので好きじゃない。落ち着くまで隠れていようと椅子の背もたれに身を預けると「お疲れ様でした」とカルパッチョが私にペットボトルを差し出してきた。どうやら彼女も逃げてきたようだ。

「ありがとうございます」と私はペットボトルを受け取り、口を付ける。

 

「姐さん、名前はなんていうんすか?」

 

 ハッチを開けて、覗き込んでくる知らない誰か。癖っ毛の強い黒髪に片側だけ三つ編みで纏めている、なんとなしに男勝りの印象が見受けられた。彼女は勝手に車内へと入り込んで人懐っこい笑顔で「あ、私が先に名乗らないとっすね」と一方的に自己紹介を始める。

 

「――なので私のことはペパロニって呼んでください。中学生の時からあだ名なんすよ」

 

 なんだか変なやつに懐かれたな、と思いながら適当に名乗り返す。

 幸いにも彼女は喋りたがりな性格をしているようで、適当に話を合わせるだけで済んだのは幸いだった。

 少なくとも百名近くの新入生を相手にする千代美よりも楽なことには違いない。

 

 

 




OVAであることも含めても、アンツィオ高校の練度の高さは作中でも随一な気がする。
ナポリターン、頭おかしい。五輌で連携しながら敵戦車を包囲し、爆走するシーンとか、ほんと頭おかしい。
でも戦車道はオツムの使い方だからね、仕方ないね。

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