私、安斎千代美は今、友達の部屋にあるベッドで戦車カタログを眺めている。
去年は全国大会を終えてから戦車一輌分の燃料と弾薬しか使っていなかったので、予算は有り余っている。
またアンツィオ高校戦車道のOG会とも連絡を取っており――かつての戦車道の姿を取り戻す為ならば、と古い戦車を格安で譲ってくれることになった。今決まっているのはCV33豆戦車が二輌、セモベンテM41型自走砲が三輌。尤も戦車は老朽化が激しく、破損状態も酷い。運用するためにはレストアが必須の状態だという話を聞いている。
人生、都合の良いことばかりではない。とはいえ戦車が増えることは素直に嬉しい、中でも中戦車である
閑話休題、
OG会の他にもイタリア本国に拠点を持つアンツィオ高校後援会にも連絡を取り、支援を取り付けた。内容は、次に購入するイタリア戦車一輌に限って購入費の半額を負担してくれる、といったものだ。イタリア戦車のみという制限はあるが、それでもありがたいことには変わりない。何故なら、自前の予算だけだと去年と今年の二年分を足してようやく、軽戦車一輌をどうにか買うことができる額しかなかったのだ。それが今でも中戦車を一輌、今年いっぱい貯金に努めて来年度の予算を待てば、重戦車にも手が届くようになる。
つまり、第二次世界大戦期におけるイタリア軍の最強戦車、カルロ・アルマートP40重戦車を手に入れることができるということだ。
夢が広がる。クスクスと肩を揺らしながら枕に顔を埋める。ゆかりの匂いがするなあ、と瞼を閉じる。
そうそう、戦車道の新規履修生は十四人となった。つまり私達も含めると十六人、二人乗りのCV33豆戦車が五輌だけだと数が溢れてしまうので急遽、OG会と後援会に協力を求めたのが今回の話になる。とはいえ、あまり焦りはない。今から新入生を鍛え上げても全国大会には間に合わない。戦車道の全国大会は他のスポーツに比べて開催が早く、晩春から初夏、甲子園の地方大会が始まる頃には大会は終わっている計算だ。
全国大会には参加するが、私達が目指すべきは冬に行われる優勝記念杯の方になるだろう。それまで地方で細々と行われている公式戦に参加しながら力を付けて……
うつらうつらと意識が闇の中に堕ちていくのを感じながら私は眠りに落ちる。
†
思春期の男性が所謂、そういうモノに興味を持つというのであれば、女性もまた同じだと私は考える。
というよりも戦国時代から常々考えていたことだが、お淑やかだとか、家庭的だとか、そういう理想像を押し付けるのは本当に辞めて欲しいと思うのだ。そりゃまあ仕事をする上で女性は男性に比べると障壁が多い。妊娠すると身動きが取れなくなって満足に戦場へと出られなくなるし、子供を産んだ後も授乳する必要がある以上、どうしても子育てに費やされる時間を取っておかなくてはならない。まあ、だからこそ、私は前世で生涯独身を貫いていた。というよりも越後と御家を守る為には妊娠している暇なんてなかったんですよね。あと男は基本的に面倒臭い。特に当時の武家や豪族に生まれ育った男は野心を抱えていることが多いので、なおのこと面倒臭い。とある日のことだ。身内ぐるみで夜這いを計画された時、相手の睾丸を一つ、素手で潰した経験を持っていたりする。妊娠させれば大人しくなるとか、抱けば勢いで持っていけるとか、そんなわけないじゃん、と。すると豪族が謀反を起こしたので、叩き潰した。
閑話休題、
私は男性と女性とでは肉体の構造が違うのだから、精神の構造にも差異が生じるものだと考えている。とはいえだ、同じ性別であっても体格が違っていたり、得意とする分野が違っていたりするのと同じように、男性だから、女性だから、と決めつけるのは良いことではないと考えている。少なくとも炊事場を女性の戦場と例えるのであれば、料理人はみな女性であるべきだと私は考える。
だから、まあ、私が言いたいのは、女性であっても、そういうモノに興味を持ってもおかしくないということだ。
私の部屋の寝台で俯せになる千代美の姿、枕に顔を埋めたまま規則正しい寝息を立てている。
その枕の下には、慌てて隠した艶本が置いてある。女性同士の同性愛、しかも学園ものだ。ついでにいうと寝台の裏にはアダルトな書籍や道具が隠してあったりする。その寝台の上で千代美が気持ちよさそうに眠っている。穢れを知らない無垢な顔を見ていると、罪悪感とか背徳感とかが半端ない。たぶん千代美のことだから友情は壊れたりしないだろうが、とても大切なものが失われる気がする。ついでにいうと朝起きてすぐ、なんとなく、ムラムラしたから? それでそのまま学校に行っているから、シーツとか、そのままで、今は乾いているだろうけど――とりあえず気を落ち着ける為にゲームでもしよう。この部屋はゲームは勿論、漫画やアニメのDVDといったサブカルチャー関連のもので埋め尽くされている。壁にはアニメやゲームのポスター、棚にはフィギュアやプラモデル、ベッドの上にはアニメキャラをモチーフにしたぬいぐるみや抱き枕があった。この辺りは初めて千代美を招き入れた時にバレてしまっているので、今はもう気にしていないし、千代美も気にしていなかった。むしろ少女漫画を読む為に私の部屋に来ることも多い、合鍵も渡している。見られて困るものはベッドの下にあるものと、押入れの奥に隠したゲームの箱くらいなものだ。勉強机にはデスクトップパソコンが置いてあり、小物としてはマイクとかヘッドホンとか、後はペンタブとゲームのコントローラーとかが置いてある。
デスクトップからゲームのフォルダを開き、幾つかあるアイコンの中から“フリーゲーム”と書かれたアイコンをクリックし、その中にある洞窟物語をクリックする。洞窟物語は神ゲー、異論は認めない。ノーダメクリアはお手の物だ。カーリーからマシンガンを受け取り、大農園でブースターを返してもらわないままラストダンジョンに挑んだ。ミミガーマスクのままクリアしたらどうなるのかな、って思ってラストダンジョン挑んだら普通に対応していて驚き、なんか嬉しかったんだよね。
ラスボスに挑む前に用を足しにトイレに向かった。
そして部屋に戻ると顔を真っ赤にした千代美が、今朝見た覚えのある表紙の書籍の中を食い入るように見つめていた。そっとトイレの扉を閉じる。私、思うんですよ。源氏物語は一体、どれだけの人物の性癖を歪めて開発し続けてきたのだろうか。今のオタク文化は紫式部先生から始まったと私は信じているし、子供の頃から英才教育を施す大切さは光源氏計画でも語られている。全ては紫式部大先生が悪かったんですよ。その教育の大切さを知り、思春期の子供達に多大な影響を及ぼし、現代日本のオタク文化の基礎を築き上げたのが、帯ひ◯志のがんばれゴエモンシリーズ*1であり、ポケモンSPECIAL*2であり、カードキャプターさくら*3であり、ロボットポンコッツであり、海腹川背*4やメダロット*5や魔導物語*6である。レイエは良いものです、でも私はレッドよりもグリーンの方が好み。守られるよりも共に戦いたい派なので。ゴールドやシルバーになると可愛いが先に来る、養子にして可愛がりたい。
外から聞こえる千代美の声を無視すること一時間、ずっとトイレに立て籠もってました。
私、籠城するよりも攻城の方が得意なんですけど。
心の傷は時間だけが解決する。
羞恥心が開き直りに変わる頃合いだ。着実に千代美オタク化計画を進める中、私は二人分の冬コミ用コスプレ衣装を作っていた。
私、前世で針仕事とか大嫌いだったのだけども、千代美を巻き込めると思ったら凄い楽しくなった。ハロウィン衣装も作ってあげたら大喜びで着てくれたので、次は艦隊これくしょんの鹿島の衣装をチクチクしている。むしろ、ガタガタ? 前世でもミシンが欲しかった。自分用には弥生の衣装を準備しており、二人で冬コミに乗り込むつもりだ。今から楽しみで仕方ない。肩が凝ってきた頃合いで休息を入れる。気晴らしにと勉強机のパソコンを立ち上げるとSteamにギフトのお知らせが届いていた。開いてみれば、どうやらカルパッチョのアカウントからのようだ。“私もやったんだからさ”というメッセージが添えられており、ゲームを起動してみると、いつものクソゲーだったので十五分程度でそっと閉じる。プレイが困難なゲームはバグゲー、中身がないゲームは虚無ゲー、カルパッチョが送りつけてくるゲームは一見すると遊べるけどもプレイを続けると苦痛になるタイプのものを厳選してくるので辛い。そのくせ数ヶ月に一度くらいの頻度でクソゲーに見せかけた良ゲーを送りつけてくるのが本当に厭らしい。
さておき、信長の野望を起動して、上杉家で武田信玄斬首RTA*7をしていると半年ぶりに記録を更新したので、その流れで生放送しながら動画編集作業を始める。
そんな時、ガチャリ、と扉が開かれた。
「おゆはん持ってきたぞーっ!」
こういう時に限って、大きな声で呼び出される。
ビクリと身を強張らせた後、あたふたして、とりあえずマイクの電源を切った。画面上には、困惑のコメントが流れ続けている。やってしまった、と項垂れる。冷やかすコメントが徐々に増え始めている、くっそ恥ずかしい。キマシタワーとかいらない、神の化身(鼠)とかうるさいです。同棲とかしてないから。
とりあえず生放送の中断を告げる為にマイクの電源を入れ直した。
「どうした?」
「あああああああああああああっ!!?」
千代美が後ろから話しかけてきた。イメチェンしてからも千代美は戦車道以外の時は髪を下ろしている。最近になって分かったことなんだけども普段は髪を下ろしている人が上げてみたり、逆に下ろしたりすると凄く可愛く見えるよね、って。そんなことよりも画面のコメント数が凄いことになってる。広告とか入れなくていいから、もう生放送を中断するので。
「ああ、これが生放送というやつか。……これ、今も聞こえているのか?」
「聞こえてます、聞こえてますから! あ、絶対に名前とか言わないでくださいよ! 絶対ですからね!」
「あ、ああ、分かったよ、ゆ……」
「
放送事故すぎる。この前世では軍神と謳われた結月ゆかりの目を以てしても見抜けぬとは……っ!
はあはあ、と荒い息を零し、余計なことを言わせないようにじぃっと睨みつける。
しかし千代美はなにか悪戯を思いついたように、にんまりとした笑みを浮かべてみせた。
「あー、そうだな。みんなには悪いが……虎千代、だったか? 今から二人だけの秘密の話があるから借りていくぞ」
「ちょおおおおおおおおおおっ!!?」
千代美は少し大きめの物音を立ててからマイクの電源を切った。なんてことはない、ただ物を落としただけだ。しかし画面の向こう側には効果覿面だったようで、とても盛り上がっている。これが他人事であれば、とても面白いんだろうなって思う。とりあえず生放送を中断し、大きく深呼吸をしてからジトッと千代美のことを睨みつけた。
「……ゆかりさん、挫けても良いですか?」
「元気になるまで慰めようか?」
暫し、にまにまする千代美を見つめた後、もう一度だけ大きく息を吐き出した。
この程度の裏切り、駒帰の戦いの時よりもましだ。晴信との婚姻を結ぶ同盟案を強行する身内に嫌気が差して、「もう勝手にしろ!」と全てを投げ出して高野山に向かったことがある。婚姻するのも嫌だったけども、相手が晴信というのが耐えきれなかった。晴信まじ嫌い、何度も越後に仕掛けてくるんじゃない。調略してくるんじゃない。塩が欲しいなら交易してやるって塩を渡したじゃないか、塩を撒く意味も込めて、その塩を使って侵攻してくるとか頭おかしい。あと侵略目標に私を娶ることを含めるな、気持ち悪い。死ねばいいのに、死んでるけど。前世で私が最も喜んだ出来事は晴信が死んだ時だった、でも勝頼は可愛い。晴信はいらないけど、勝頼は養子に来て欲しかった。
嫌なことを思い出してしまった。
折角、千代美が慰めてくれると言ってくれたので、彼女のお腹に顔を埋めるように抱き締めて大きく深呼吸をする。とても落ち着く、それに程よく柔らかいので気持ちよかった。軍神とか呼ばれたりすることもあるけども、若い時からずっと戦を続けていただけで、特別なことをしていたつもりはない。ただ兵隊も含めて何処の国よりも戦慣れはしていた。主に晴信のせいで、主に晴信のせいで、あと一向一揆。心が乱された、千代美成分をたっぷりと堪能する。頭を撫でられるのが心地良い、若いって素晴らしい。こういうことをしていても白けた目で見られることがない。
たんまりと甘えた後に「それで話とは?」とホクホク顔で問いかける。
「優勝記念杯の相手が決まった」
「ああ、そういえば、もうそんな時期でしたか」
冬場に戦なんて自殺行為以外の何物でもなかったなあ、としみじみ思い返す。
「それで何処が相手でしょうか?」
「ボンプル高校、
あの練度だけは一級品の高校か、と思い返す。
基本的には敵との戦力比を考慮しない猪武者的な戦い方を好む高校であり、時折、思い出したようにゲリラ戦を仕掛けることがある。私個人の意見としては「用兵は得意ではあるが、戦術は苦手」といったものだ。揃えている車輌も豆戦車か軽戦車、中戦車以上を揃える高校が多い公式戦では、相手校に成す術なく蹂躙されている姿がよく見られる。とはいえ彼女達の戦術は格上相手を想定していない、という話であり、戦力比に大きな隔たりがない場合は脅威的だ。彷彿とさせるのは三河武士、同格以下が相手ならまず負けることはない。密集陣形を組んで突撃する姿は、なんとなしに勝頼を思い出すなあ。
まあつまり、豆戦車が戦力の半分以上になるアンツィオ高校の天敵とも呼べる相手だ。
「まあ全国大会のように四強と当たらないだけましかな」
笑って告げる彼女に問いかける。
「勝てそうです?」
「勝算はある。いいや、勝てる!」
「じゃあ一つ、ゆかりさんが助言をしてあげましょう」
ぐっと拳を握り締める千代美に私が人差し指を立てる。
「弱兵が強兵に勝つ為の正しい努力とは?」
私は知っている、戦国時代最弱の兵を率いておきながら天下に手が届く位置まで駆け上った男を私は知っている。
「ヒントは天地人、その中で意図して用意できるものが一つありますよ」
たぶん彼女は素直すぎるから、きっと素直に勝負を挑むことになる。
首を傾げる千代美を、私は楽しげに見つめる。何時の時代であっても、子供というのは良いものだ。
新ジャンル「現代堕ち」。