隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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番外編:イチから始める戦車道リナシッタ!⑤

 現在、日本戦車道連盟が主催する全国規模の大会は二つ存在している。

 内一つは晩春から初夏にかけて開催される戦車道全国高校大会であり、もう一つは冬季に行われる全国大会優勝記念杯だ。公式戦、最後の大規模大会ということもあり、戦車道を履修する高校生の多くが記念杯を機に引退することになる。また全国大会は開催時期が早いこともあり、チームがまだ発展途上の時期に行われる為か、最も熟成の早いチームが優勝すると言われていた。対して、記念杯は一年間の集大成という意味が込められているので、最も実力のあるチームが優勝すると言われる。

 実際、黒森峰女学園は昨年までの全国大会で九連覇という偉業を成し遂げていたが、優勝記念杯では聖グロリアーナ女学院とサンダース大学付属高校に遅れを取ることが多々ある。ちなみにプラウダ高校は常に準決勝まで進出しているが、優勝した経験は過去九年間で一度もなかったりする。

 そして優勝記念杯における最大の特徴は、今年の全国大会優勝校の所在地が試合会場となる点にある。つまり今年はプラウダ高校が優勝しているので青森県で開催されるということだ。

 寒いの嫌ですね、とか、そんなことを考えてみる。

 

 アンツィオ高校に来てからもう半年が過ぎるのか――副隊長を拝命した私、カルパッチョは白い吐息を両手に当てる。

 ここは東北地方青森県大湊市。記念杯の開会式は青森市で行われる予定だが、今日は多くの学園艦が一箇所に集まることになるので、学園艦は幾つかある港に分かれて停泊することになる。そして青森市の港から溢れた私達アンツィオ高校は大湊にある港を借り、そこから陸路での移動と相成った。まあ尤も今回、開会式に参加するのは三人だけだ。アンツィオ高校戦車道チームの隊長である総帥(ドゥーチェ)とその懐刀である結月ゆかり。そして副隊長の私である。ペパロニはお留守番、今頃、大湊市の観光でも楽しんでいる頃合いだろうか。

 私達は電車に乗り、揺られながら青森市を目指す。

 その最中、先輩二人に囲まれながら微睡む意識の中で過去を振り返る。

 もう記念杯ですか……早かったような、思い返すとそうでもないような。総帥とゆかり先輩との付き合いも半年以上になっている。隊長は総帥。でも副隊長にゆかり先輩は選ばれず、私とペパロニの二人体制になった。何故、ゆかり先輩が副隊長に選ばれなかったのか、よく分からない。今年の履修生をよく纏めているのはペパロニで、私の役割は参謀に近い。総帥の言葉を理解し、補佐することが主な役目だ。それよりも、もっと近しい立場で総帥を支えているのが、ゆかり先輩だった。彼女は高校に入ってから戦車道に入ったという話を聞いている。だからなのか、総帥がゆかり先輩に戦車道の相談をすることは少ない。実際、戦車に関する知識は私の方が豊富なのだろう、少なくとも入学時点では私の方が上だった。今はよくわかっていない。

 うつらうつらとしていると隣に座っていたゆかり先輩が私の肩を掴み、私の体を支えながら、ゆっくりと彼女の膝上に寝かされる。下から先輩の顔を見上げようとすると、そっと手で目元を隠された。

 本格的な眠気が意識を蝕み始める。

 

「……先輩って、手ぇ抜いてますよね?」

 

 返事は聞かず、夢の世界へと意識を旅立たせる。

 

 私が確信を抱いたのは全国大会の時だ。

 元から戦車道にはあまり興味を持っておらず、総帥の付き合いで始めて、今日まで続けてきたという話は聞いている。

 だから本気で戦車道に打ち込んでいる訳でないことは薄々と気付いていた。練習試合で負けても、あんまり気にしている様子はなくって、練習試合で勝っても周りを見つめながら嬉しそうに微笑むだけで自分の感情を表に出すようなことはしない。最初の頃は、自分の感情を表に出すような人ではないと思っていたけども、あーあ負けちゃった、で済ませられてしまう人だということが最近になってわかった。なんというか、周りから一歩退いた立場にいるような人で、同じ輪の中には入ってくれないのだ。でも見守ってくれる。ペパロニが危ないことをした時は本気で心配するし、叱りつけたこともあった。私が塞ぎ込んでいる時は、何も言わず、ただ隣に居てくれる。一緒にいると居心地が良い、そんな人だった。

 本気で戦車道をやっている訳ではないけども、不真面目という程でもない。どちらかといえば、真面目な方に分類されるのだと思う。でも違和感はあった、それは漠然とした違和感だった。彼女は余りにも戦場が視え過ぎている。

 

 これは今年の全国大会一回戦、サンダース大学付属高校との試合の話だ。

 

 あの時の総帥は細かな作戦は立てずに試合に臨んだ。

 それは私達の練度不足の為に、作戦を実行できるだけの実力が足りていなかったことが原因だ。

 対するサンダースの練度は高く、その連携に翻弄されて、私達は狩人に追いかけられる獣のように逃げ惑うことしかできなかった。そんな状況でも必死に味方を立て直そうと指揮を飛ばす総帥(ドゥーチェ)、そこには何時も側に控えているはずの先輩の姿がなく、殿を務めるように最後尾を走っていた。混乱し、陣形が乱れる中でもハッチから身を乗り出した先輩は悠々と後方を眺めている。背後から追いかけてくる敵車輌、至近弾を受けても先輩は顔色一つ変えずに後方を観察し続ける。

 そして、不意に先輩は子供が悪戯を仕掛ける時のように、にやりと口角を上げて、銃の形に構えた手の銃口を何処ぞ後方へと突きつける。こんな時に何をしているのか、だが敵の動きに変化があった。整然と追いかけてくる敵陣が僅かに崩れたのだ。先輩が構える手の銃口の射線を遮るように敵車輌が動いてみせた。

 相手のミスだろうか、先輩は咽喉マイクに手を添えて告げる。それから数秒もしない内に総帥から全車輌へと通信が入った。

 

『ゆかりが敵フラッグ車を視認した。後方だ、これから私達が追い詰める……いや、一発逆転だ! 密集陣形で敵フラッグ車を仕留めるぞ! 全員、私に付いて来るんだ!!』

 

 見えているはずがない。だって私もずっと注視していたけども見えるようなタイミングは無かった。

 先輩は私の方を一瞥すると、手を振って、そのまま先陣を切って後方の敵に突っ込んでいった。次いで総帥が追いかけていったものだから、私も続かざるを得ず、全速力で敵陣目掛けて突っ込んだ。半数以上を犠牲に敵追撃部隊を突破した直後、総帥、つまりフラッグ車に狙い定めた一撃――を先輩の車輌が横から割って入り、身を呈して食い止める。砲撃の勢いを殺せず、そのまま横回転しながら吹き飛ばされる。白旗が上がる、それを見た総帥が怒声を張り上げた。狙撃した敵車輌に目掛けての一騎駆け――あっちゃー、とでも言うように先輩が額を手で叩くと喉元に手を添える。『カルパッチョ、あの繁みです』と通信機越しに語りかけながら前方を指で差した。それは総帥が向かった先から少し外れた位置だった。もしかして、と思った時にはもう遅い。総帥の戦車を横から撃ち抜かれる、先輩が指定した繁みから砲煙が上がった。横転する戦車、悠々と姿を現す敵車輌、そして白旗が上がった。通信機越しにサンダース大学付属高校の勝利が宣言される。

 どうやら負けてしまったようだ。意外と、あっさり。呆然とするメンバーが多い中、先輩は苦笑いを浮かべていた。

 あ〜あ、とか、そんな感じの声が聞こえてくるような軽い感じで。

 

 それから私は先輩をゲームに誘うことが増えた。

 暇になると先輩をオンラインゲームに誘って、その動きを観察する。ゲームでの先輩は基本的に思い付きで動くことが多い。なんとなく今日は上手くいきそうだから、とか、そんな理由で奇策に走ったりすることが多々ある。まるで負けることを恐れておらず、かといって勝つことを諦めているわけでもない。でも勝利に対する執着がない。ただ試行を重ねることを楽しんでいるように感じられた。

 でも、一週間に一度、あるかないかの頻度で、遊びをやめることがある。

 徹底的に相手の動きを読み尽くし、先手先手で相手の動きを潰してゆく。それは直感なのか、読みなのか、分からない。相手の行動に綻びを感じると、そこを徹底的に突き続けることもあった。相手の心を力尽くで叩き潰す、気紛れにそんな戦い方をすることがある。チーム戦であれば、敵は勿論、味方の動きすらも掌握する。彼女の目には何が見えているのだろうか、どこまで見えているのだろうか。その姿は軍神と呼ぶのに相応しい姿であった。

 それから半年近くも付き纏ってきたから分かることがある。

 

 ――結月ゆかりはゲームも戦車道も同じ感覚で挑んでいる。

 

 いや、もちろん、ただ遊んでいる訳ではない。

 真面目は真面目だが本気という程ではないという話なのだ。だから遊んでいるように感じられるのだ。

 だが本気で遊びに興じる、という訳でもなかった。

 

 ああ、だから総帥は先輩を副隊長に任命しなかったのかもしれない。

 アンツィオ高校も全員が全員、本気という訳ではないが、少なくとも私は先輩よりも本気だと思っている。ゲームでも戦車道でもそうだが、先輩に本気で挑もうとすれば彼女はとても楽しそうな笑顔を見せるのだ。

 それが癪に触って仕方なく、だからこそ私はいつかその余裕面を剥がしてみたいと思った。

 

「……いつになったら、本気を出してくれるのですか?」

 

 ぶつくさと愚痴を零して、彼女の膝上で眠りに就いた。

 心地良くて、気持ち良い。私はきっと先輩のことが嫌いじゃない、気に入らないところはあるけども嫌いじゃない。

 むしろ好きだから、本気を出して欲しかった。

 

 

 手を抜いているつもりはない。しかし本気で戦車道に打ち込んでいないこともまた事実だった。

 カルパッチョに膝枕をしながら視線を漂わせる。私のすぐ前には千代美が座っている。なんとなしに気まずい、ガタンゴトンと揺れる電車、ちらりと様子を窺うと千代美は特に気にした様子はなかった。いつも通りな気がする。でもカルパッチョの呟きを聞かれていないとは思えない。その内容が図星であったから、なおのこと気まずかった。

 いやだって、私は前世では享年四十九歳だった訳です。六歳の頃から寺に入門させられて、十三歳になる頃には軍を率いていた。それから三十六年間で七十回以上も戦に参加させられて来たのだ。つまるところ戦の専門家、本物の戦経験者である。それがまだ二十歳にも届かない子供相手に本気を出すのは大人気がないようで気が引けた。プロ野球選手が甲子園に出場するとか、そんな感じ。

 戦車道を始めた時はもっと軽い気持ちだった。千代美に誘われたから、なんとなく。その程度の気持ちしかなかった。覚悟がなかったと言われれば、その通りだという他にない。でも覚悟がないから戦車道を辞めるというのも違う気がする。

 どうしたものか、とカルパッチョの頭を撫でていると不意に千代美が口を開いた。

 

「ゆかりは戦車道を楽しんでいるのか?」

「ええ、まあ、それは……」

 

 楽しいか楽しくないか、で問われれば楽しかった。

 千代美と二人だけの時も悪くない時間を過ごせたと思っているし、カルパッチョとペパロニを中心とした一年生が入り、少しずつチームが形になっていく姿を見ているのは楽しかった。彼女達はこれからもっと強くなる。その未来を想像していると、つい笑みを深めてしまうのだ。

 戦車道は嫌いではない、むしろ好きだ。だから私は今も此処にいる。

 

「ゆかりには感謝している。去年、一緒に居てくれただけでも充分なくらいに。私に付き合ってくれて、ありがとう」

「気にしないでください。私が居たいから残っただけですので」

「……私は良い友達を持ったな。それだけでアンツィオ高校に来てよかった」

 

 嬉しそうに微笑む千代美の顔を見ながら、それでも私は思い悩み続ける。

 そして結論の出ない問題に、青春とは取り戻せないものですね、と少しズレたことを考えた。

 

 

 


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