隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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番外編:イチから始める戦車道リナシッタ!⑥

 先述する。私、マイコは人生の敗北者である。

 ボンプル高校は、あまり戦車道に力を入れている高校ではない。その為か全国大会を終えた後、三年生の半分以上が受験戦争に備えて、戦車道を引退することになった。その時に隊長が残る時もあれば、残らない時もある。今年は偶々、隊長が引退する年だったようで、まだ全国大会が行われている最中、ボンプル高校では初戦敗退した翌日から凌ぎを削る隊長選挙戦が執り行われることになった。

 この時のボンプル高校には二人の中心人物が居た。

 片や革新派を自称する派閥。旧来の戦術教義(ドクトリン)からの脱却を図る為に、聖グロリアーナ女学院と連携することを提案する。豆戦車と軽戦車しか存在しない戦車道チームでは勝利することは難しい。その為には四強の中でも戦車の性能を頼らず、高い練度と高度な戦術によって他の三者と対等の立場に在り続ける聖グロリアーナ女学院の協力が必要なのだ。と、私は主張した。

 それに対するは伝統派を自称する派閥。聖グロリアーナ女学院が何する者か、強者に媚び諂うことが我らの生き様か。否ッ! 強者の庇護下に落ちることの危険を知れ! 彼の者が我らの窮地に駆け付けてくれるのか、否ッ! 道具として使い潰されるのが関の山、そもそも同盟というものは対等の力関係でなくては成り立たない。その者の提案は、切り捨てられてなおも惨めに泣いて縋る道を選ぶも同義だ。そもそも手練手管ばかりに長けた連中を頼りにできるはずもない。百歩譲って仮に同盟を結ぶというならば、同じ弱点を持つ知波単学園辺りが妥当だろう。と、主張してのける。

 まだ全国大会が開催されているにも関わらず、二分したボンプル高校同士で火花を散らし、そして紅白戦で雌雄を決した後に投票が始められる。負けたのは革新派、つまり私であり、勝ったのは伝統派、その代表者であるヤイカだ。紅白戦で負けた時から投票結果は分かっていた、だから驚きはない。しかし全身から力が抜け落ちるのを感じた。

 敗北者である私は戦車倉庫の片隅で肩身の狭い思いをしながら残りの高校生活を歩むことになるに違いない。

 

「では先ず新政権の組閣から――」

 

 彼女の懐刀であるウシュカだろうか、別働隊を指揮させるという意味ではピエロギかも知れない。

 

「――先ずは副隊長にマイコを」

 

 そんなことを考えていると信じられない名前が彼女の口から発せられた。

 騒めく履修生達、ウシュカとピエロギすらも動揺している。私は驚きに声を上げられず、ヤイカを見返し、そして緩やかに睨みつける。どういうつもり? と。ヤイカは一笑し、だから選んだ、と言葉なく告げられた気がした。それからヤイカは今後の予定を簡単に語り、詳しいことは後日改めて説明する、とその場を後にした。ウシュカが彼女の後を慌てて追いかける。

 どうやら私を遊ばせるつもりはないようだ。気に食わない、と思いながら今後の動き方を考える。

 このマイコに権力欲はない、あるのは愛校心のみだ。

 

 

 ボンプル高校が得意とするのは密集突撃戦術だ。

 かつてポーランドに存在したという有翼重騎兵(フサリア)に敬意を抱き、その信念を胸に宿す。重騎兵を模した突撃力、突破力は目に見張るものがある――が、しかし、それは戦車に性能差がない場合での話だ。豆戦車と軽戦車で重騎兵の再現は無理がある。どうせ参考するのであれば、安価で、工夫次第では多大な戦果を挙げられる槍騎兵(ウーラン)の方にして欲しいと思うのは贅沢だろうか。

 閑話休題、

 人間が成長する過程において、拘りを持つことは大切だ。本当になんでもありと定義してしまえば、人間は結果を重視するようになり、結果に辿り着くまでの過程を無視するようになる。人生とは道を敷くようなものだ。始まりから終わりに向けて、道を敷くように生き続ける。時折ある駅に身を寄せながら、また次の駅に向けて歩き出すのだ。道は舗装しなくてはならない、拘りがなくては道を軽視するようになる。道とは、駅と同じぐらいに――あるいは、それ以上に大切なものである。拘りというのは道を敷く為の道具のようなものだ。それ故に過剰な拘りは重荷となる。次の駅に向かう為に必要な経路、その道中には適切な拘り(道具)心に宿す(手に取る)必要がある。渡河する為に、必ずしも登山道具は必要ない。山を登るのに、船は必要ない。つまるところ、拘りとはその程度のものである。拘りを捨てられない者は、きっと、そうだ。道具に対する愛着が強い者だと私は思っている。

 私には強い拘りはない、しかしヤイカの拘りは強過ぎる。

 ヤイカの執着心は美徳だ。勝利そのものに拘りはなく、あくまでも勝ち方に拘りを持っている。故に本来、彼女は奇策や謀略を好まない。それで勝てるのであれば、真正面から正々堂々と叩き潰せばいい。そういう人間だ。だからこそ騎士団長、その性根は騎士道精神にある。しかし正々堂々の勝負は望めない、そしてヤイカが拘るのは勝ち方だ。即ち、勝つ為の手段を模索する。それは前提だ、その為に彼女は奇策や謀略にも手を伸ばす。その彼女の心の支えとなっているのが拘り、有翼重騎兵の精神だ。

 故にヤイカは揺れない、心の置き所を決めている。その拘りこそが彼女の飛躍を束縛する、それは即ちボンプル高校の飛躍そのものに影響を与えている。やはり密集突撃戦術はボンプル高校の現状と噛み合っていない。そもそもだ、騎兵突撃は必殺の一手だ。そこに至るまでの過程こそが大事であり――ん、と首を傾げる。

 それこそがボンプル高校の生き残る道筋なのかも知れない。

 

 

 私、ウシュカには理解ができなかった。

 副隊長は私になると思っていたし、仮に私が参謀役に集中するにしてもピエロギが副隊長に配されると思っていた。

 しかしヤイカが下した決断は、マイコである。革新派筆頭、我らが対抗馬、我らが敵対者、あのマイコである。ヤイカに理由を聞いても「私が最も信に置いているのはあなたよ」と答えられるだけではぐらかされた気にしかならなかった。今も革新派の連中は水面下で動き続けており、何時、何処で裏切るものかわかったものではない。これでは獅子身中の虫を自ら育んでいるようなものだ。

 何度か直訴して、ヤイカは重く溜息を零して告げる。

 

「あれは、裏切るような玉じゃないわ」

 

 裏切るだけの度胸があったら戦車強襲競技(タンカスロン)にも誘っていたのだけど、と彼女は続ける。

 

「マイコの本質は生粋の愛校者であり、公僕。真っ当よ、愛いしい程に。私を引きずり落とす時も真っ当に事を成すはずよ」

 

 側に置いて、それがよくわかった。とヤイカは少し困ったように笑ってみせた。

 

「私は古臭い理想を掲げている。浪漫に拘れば戦車道では勝てない、だから私達は戦車強襲競技(タンカスロン)――自由な戦場、私達はそこに本当の戦車道の可能性を見出した」

 

 だが、と彼女は繋げる。

 

「マイコは骨の髄まで戦車道に拘りを抱いている。正当性を第一に考える、浪漫にすら正当性を求める。私とは違う目線を持ち、勝ちを模索する――あれは我らに必要な人間よ」

 

 なにより、と目を細めて、何処か遠くを眺める。

 

「あれは絶対に土壇場では裏切らない。あれは私情よりも愛校心を優先する」

 

 後ろから刺してくれる奴を選んだつもりだったのだけど、と最後にそう零した。

 やはり私には理解ができない。しかしヤイカが必要というのであれば、そうなのだろうと思うことにした。

 

 

 優勝記念杯、第一回戦。ボンプル高校対アンツィオ高校。

 私、ヤイカは敵を見据える。戦車道では、どいつもこいつも緩みきったあまい顔付きをしている。

 今から互いの存在意義を賭けた戦闘が始まるというのに何処か腑抜けた顔付きをしている者が多かった。これから始まるは一年間の集大成、一発勝負。これまでの自分を生かすも殺すも自分次第ということに気付けているのか。試合前の打ち合わせ時、隊長のアンチョビを始め、副隊長のカルパッチョもペパロニも緩過ぎる。そしてなによりも緩いのは、結月ゆかりと名乗る女だ。彼女は戦場に立つというのに気負い一つ見せていなかった。気負いのないただのバカならそれでも構わない。しかし、それでも気合を入れるくらいのことはするはずなのだ。ペパロニのように、ふんすと鼻を鳴らして自らの手のひらに拳を叩きつける。だが、結月ゆかりにはそれすらもない。日常的な空気を纏ったまま、ただ一人だけ浮いている。気に入らない、完膚なきまで叩き潰してやろうと思った。常在戦場の覚悟を以て、蹂躙してやろうと思った。戦車道というぬるま湯において、なおぬるい。戦う意思のない者は、この場に必要ない。

 見てるだけで苛立たしい、腹が立つ。目一杯の殺意を込めて、睨みつけた。

 

「……獣が居ますね。試合という場において、あまりに場違いな……」

 

 結月は私を見つめると緩やかに微笑み返す。

 

「これほどの殺意は中々のもの――どうやら貴方は私達とは住んでいる世界が違うようですね」

 

 緩やかに、何処までも緩やかに、言葉を重ねながら歩み寄る。自然体なまま、気味が悪い。気負いなく、緊張なく、あくまでも自然体のまま。気持ちが悪い。どうして、そこまで日常のままでいられるのか。

 

「生まれてくる時代を間違えていますよ、ヤイカさん」

 

 そう言いながら、にっこりを笑いながら手を差し出してきた。

 

「今日はお互いに悔いなく、恨みなく、良い試合をしましょう。ね?」

「え、ええ……」

 

 気付けば、手を握り返していた。

 得体の知れない圧力に押されて、思わず。それが屈辱的で、私は舌打ち交じりに背を向ける。

 絶対に勝ってみせる、と決意を改める。

 

 

 世の中には、常在戦場という言葉がある。

 それは常に気を張り詰めている心構えのことを言うらしいが、字面だけで意味を捉えると違う言葉のように聞こえる。私にとっての日常が戦場であり、穏やかな日常の方が特別だったからだろう。常に身を置き続けていた戦場とは程遠いが、しかし本番特有の空気を肌に感じる。

 それが不思議と心地よい。私は今、不思議な安心感に包まれている。

 

「珍しいな、ゆかりの方から声をかけるなんてな」

 

 ツインテイルのドリルを揺らしながら千代美が話しかけてくる。

 

「気になる相手だったのか?」

「ええ、まあ……狼のような人ですね。喉元を喰いちぎる気満々ですよ」

「ああ、あいつは戦車強襲競技(タンカスロン)では有名だからな」

 

 戦車強襲競技(タンカスロン)? と聞き返すと千代美は簡潔に教えてくれた。

 

「ああ、だから洗練されていないわけですね。本当の戦場には規則があり、敵味方で条件が違って、公平性の欠片もないのに――」

 

 誰かに伝える訳でもない呟きに、千代美は首を傾げる。

 気にしないでください、と私は笑って、それからヤイカの方を振り返った。

 本当の戦なんていうものは、始まる前に九割方が終わっている。

 

 規則のない戦場は、犬畜生の殺し合いにも劣るものだ。

 

 

 


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