隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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Q.真面目な物語になりましたか?
A.書き始めは真面目だったから(震え声


戦車道、再開します!②

 こちら継続高校生徒会室。

 生徒会長と書かれる卓上名札が置かれた机にて、私は大きく溜息を零した。

 目の前にあるのは学園艦統廃合政策の計画書であり、その候補には私達が住んでいる継続高校の学園艦も含まれている。理由は至って単純なものであり、近年に目立った実績がなく、年々生徒数が減ってきていることが上げられる。そして本来の予定では来年度、大洗女子学院の学園艦が廃艦される予定だったのだが――なぜか、ここに来て、継続高校が槍玉に挙げられることになった。

 なんでも大洗女子学院が来年度の戦車道全国大会で実績を作ることができれば、廃艦を取り消すという話が出てきてしまったようだ。もし仮に大洗女子学院が廃艦を免れた時、次点の候補であった継続高校を廃艦するというお達しが文科省より届けられる。

 それが一週間前の話、責任者の辻廉太に問い合わせたのが三日前のことだった。

 

『なあに簡単なことですよ、大洗女子学院よりも高い成績を残せば良いのです。そうすれば必然、継続高校が廃艦されることはありません。まあ発足一年目の学園に負けてしまうようなことなんて有り得ないとは思いますが?』

 

 ということであり、その翌日に学園艦まで来た辻廉太に廃艦を認める誓約書を書かされることになった。生徒会長である私の名義と拇印をしっかりと取られている。

 

「どうしてこうなる……」

 

 私、田篭(たごもり)茶子(ちゃこ)は頭を抱える。

 廃艦を免れる為、戦車道の予算を集め始めたのが昨日のことだ。そして改めて財政を確認している時に気付いたのだが――我が校の戦車道は慢性的な赤字であり、廃車となった戦車を修理し、戦車道関連の組織に売り出すことでなんとか活動を維持し続けてきた。そして今年は特に予算が足りなかったようであり、公式大会に出られる最低数の五輌だけを残して、他全ての車両を売り飛ばされることになっていた。

 このことを知った私はすぐ売り出される予定だった戦車十輌を守る為に動いたが、資金を集めきる前に持ち去られてしまった。後で聞けば、あの引き取り業者は辻廉太と繋がりがあるのだとか。ついでに暴走族集団である自動車部が、何処から嗅ぎつけたのか、もしくはリークされてしまったのか、戦車道の車庫を占拠してしまっている。普段であれば、戦車の砲をぶっ放して追い払っているところだが、その肝心の戦車の数が足りていなかった。

 頭が痛い、胃が痛い、なんでこうも不幸が重なるのかよく分からない。

 

「まあ不幸ばかりじゃない」

 

 三日前、黒森峰で一年生レギュラーだった者が転入届を出して来たのだ。

 全国大会の事故で片脚を失ってしまっているようだが、戦車道に対する強い情熱から戦車に載ることを強く要望している。その話を聞いた私は二つ返事で承諾、是非、戦車道を立て直す為に役に立って貰おうと考えた。今でも我が校にはエース級の人材がいるが、彼女達はちと協調性に欠ける。個で一騎当千の活躍を見せても、群を統率する意思が見受けられなかった。

 パソコンを見る、改めてプロフィール欄を開いた。

 名前は茨城(いばらぎ)白兵衞(しろべえ)、男っぽい名前だが正真正銘の女だ。小学生の頃は弓道部に所属しており、中学生になると同時に戦車道への道に入る。その時、母方の家を勘当されており、今名乗っているのは父方の姓になる。中学では車長と兼任して砲手を担うことが多く、黒森峰女子学院に進学してからは操縦手としての腕が見込まれる。その後、一年生の身でありながら彼女はIII号戦車J型の搭乗員に抜粋された。そして全国大会の決勝、対プラウダ戦において事故に遭遇、片脚を失うことになる。

 濃い人生を歩んできている。ふんふんと流し見て、ふと彼女の経歴に違和感を覚えた。

 

「なんで高校からは操縦手をやってんだろ?」

 

 弓道部、砲手と続けてきているのだから、高校でも砲手となるのが普通だろう。

 なにかやむをえない事情でもあったのか、それとも彼女には操縦手として類稀な才能を持っていのか。

 それは実際に話を聞いてみないことには分からないか。

 

「とりあえず、今は戦車道の為に予算を捻出しないと……でも新しく戦車を買うだけの資金はないんだよねえ」

 

 近頃は廃車を仕入れることすらままならないという話だ。これって絶対に妨害入ってるよなあ、と天を仰いだ。今日は満月が綺麗だ。ん、満月? 咄嗟に体を起こし、背筋に冷たい汗が伝うのを感じながら同じ生徒会仲間に問いかける。

 

「えっと作業中、申し訳ないんだけどさ。ちょっと質問するんだけど……」

 

 皆の様子を窺いつつ、恐る恐る口を開いた。

 

「茨城さん……そう、今日来る転入生なんだけど……誰か、彼女が学校まで来たって報告を聞いてる?」

「いえ、そんな話は、なにも……」

 

 室内にいる全員が首を傾げる光景に、サアッと血の気が引くのを感じる。

 もう外は真っ暗闇、暴走族が暴れまわる外を松葉杖を突いた人間が彷徨い歩いているだなんて考えたくもなかった。

 

 

 こちらBT-42、BT-42。別名クリスティ突撃砲の車内にて。

 戦車道を探し歩くこと数時間、ようやく出会うことができた戦車に感極まって涙した。それが落ち着くまで更に数十分、私の事情を聞いたBT-42に搭乗する三人組が、親切にも学園寮まで送り届けてくれることになった。

「この辺りは夜になると珍走団が多くなるからね」と操縦レバーを両手にBT-42を乗り回すミッコ、「あんまり暗いところは一人で歩き回らないほうがいいよ」と気遣うように答えてくれるのはアキ。「人生には幾つもの出会いがあって、別れがある。今回もその一つということかな」とカンテレを奏でるのがミカ。話を聞けば、彼女達は継続高校の戦車道科に所属しているようであり、他にも二十人近くの生徒が戦車道科に所属しているという話だ。黒森峰では学年毎に四、五十人、全学年で百二十人以上も所属していることを考えると規模は大きくない。とはいえ、戦車一台に三人と換算すると八台は動かすことはできる。

 全国大会を勝ち抜くために最低でも十輌は欲しいな、と漠然と考えた。

 

「まあそれも昨日までの話なんだけど」

 

 舗装路を結構な速度で飛ばすミッコがこともなげに告げる。

「どういうこと?」と比較的常識人っぽいアキを見ると「うちってほら貧乏だからね」と気不味そうに答えた。

 

「戦車道の車庫が取られたのは必要がなくなったからなんだよね」

「必要がない?」

「車庫に停めておく戦車がないから」

 

 ん、それはどういう意味なのだろうか。ポロンとミカがカンテレを響かせる。

 

「車庫、それって戦車道にとって大切なことかな?」

「大切でしょ」

 

 思わず、即答するとミカはやれやれといった様子で首を横に振る。

 

「まあ置いておく戦車なんて、これ一輌しかないしな」

 

 ケッケッケッとミッコが肩を揺らしてみせる。

「どういうこと?」と改めてアキを見ると「うちってほら貧乏だからね」と先程と同じ答えが返ってきた。

 

「継続高校で動かせる戦車はこの一輌だけ、あとは売り物にもならないような廃車がガレージに転がってるだけだしねー」

「ガレージっていうか廃工場、元々自動車を作ってたみたいだけど……」

「いつまで全力で漕ぎ続けられるわけじゃない、自転車操業にはいつか無理が来るものだよ」

「乗る物なくなったおかげで搭乗員はみーんな、自動車部の方に行っちゃったしね」

 

 アキが溜息を零した。いやちょっと待って、と私が待ったをかける。

 

「えっ、それだと戦車道科ってどうなってるの?」

「搭乗員は私達三人だけ、いや、兵衛(ひょうえ)も含めて四人になるんだっけ?」

「機械弄りが好きな奴らは残ってるはずだよ。あいつら新品よりも廃品を弄ってる方が好きな変態達だしね」

 

 そう言いながらミッコが前時代的なトランシーバーを投げてよこした。

 

「これを作ったのは私らに協力してくれてるアマチュア無線部の奴らだよ。電子機器は大体、あいつらが作ってんな」

「炊飯器とか冷蔵庫とか、電子レンジ、トースター、冷房機に暖房機!」

「そうそう、私達の生活環境はあいつらのおかげで支えられているな」

 

 アマチュア無線部って、いつからジャンク屋集団になったのだろうか。

 

「ついでだから私達の秘密基地まで寄ってく? どうせ寮までの通り道近くだしさ」

 

 ミッコの言葉に私は強く頷き返した。

 色々と不安に思うことはあるが、それでも戦車道だ。

 その関わりを持つ場所に向かうことに胸がときめかないはずがなかった。

 

「……時に風は素敵なものを運んでくれるようだ」

 

 ふと呟かれたミカの言葉に私が首を傾げると「あー、いつもの事だから気にしないで」とアキが言う。ミカの不思議ちゃん属性については、ここまでのやり取りでなんとなく分かっていた私は素直に頷き返した。

 それからミッコの何気ない戦車捌きに、まるで自分の体のように扱うなあ、と感心して見つめていた時のことだ。

 どかん、と廃工場が爆発した。

 

 

 悲鳴が上がる、生徒会室で。

 暴走族の頻出は学園艦の住民からクレームが届けられる程で、そんな暴走族が我が物顔で走り回る夜に隻脚の転入生の行方が知れず――入艦履歴から学園艦にいることは確か――、転入生を見つけ出す為に風紀委員を呼び出して、生徒会と合わせた特別捜索チームを編成している最中に廃工場が爆発したのである。

 生徒会員は全員、頭を抱えた。膝が折れた。もうやだ、と弱音を吐いた。お家帰りたい、と泣き言を言った

 それでも世の為、人の為、学業の為に、生徒会は立ち向かわなくてはならない。胸に刻んだ使命感と学園艦に対する愛着から「致命傷で済んだ」と強気に笑って陣頭に立つのだ。何故なら、生徒会は学園艦の全てを司る頭脳である為だ。此処の機能を止めてしまえば、誰が学園艦の統率を取れば良いのだ。そんな中、ピロリン♪ とメールが届けられる。暴走族が活動を開始したという報告だった。事件は現場で起こっているという、確かにその通りだ。でも忘れないで欲しい、君達が現場で形振り構わずに目の前の仕事に集中できるのは、裏で支えている誰かがいるからだってことを。再び折れてしまった膝で立ち上がる、子鹿のように。そして「半分死んでたな」と引き攣った笑顔で言ってやるのだ。

 その頃、風紀委員は住民の安全を確保する為に盗んだバイク――生徒会に所属する誰かの私物――で走り出していた。

 十五の夜である。

 

 

 誰かは言った、研究は爆発である。

 割れた眼鏡に煤だらけの白衣、幼女と見紛う体躯で私はレンチを片手に引きずり歩いた。

 名を告げる、私こそが学園非公式クラブであるアマチュア無線部の部長、蛇草(へびくさ)宇宙(そら)だ。よく道端に不法投棄されている家電を持ち帰って、修理して誰かに売り飛ばすことを趣味にしている。近頃の悩みは通信機器よりも電子機器と電気機器を扱うことの方が増えていることだ。近頃の許せないことは、通信と電子と電気を一緒にして考える連中が増えていることである。

 非公式のせいで学園から予算が降りないから、小遣い稼ぎで機械修理とか請け負ってるけどさー! 何処のアマチュア無線部が戦車修理とかするんだよ! ふっざけんなー、ばかやろ、このやろー! トランシーバーを一から作れるなら戦車修理もできるとか、どういう理屈だよ! できるけどさ、資金があれば絶対やってねーよ! 資金難が嫌なら学園に申請して、アマチュア無線部を正式な部活動として承認して貰えば良いんじゃないかって? 電波ジャックしなくて何がアマチュア無線部だ! 公式ならアマチュアじゃないよ、アマチュアじゃあさッ! 学園チャンネルとか、ただの部活動じゃないか! ただの無線部じゃないか! 学園艦が発信するチャンネルを放送時間外にジャックして、雨の日の深夜零時にマヨナカテレビを放送するのが私の趣味なんだよッ!!

 それはまあ良いんだけど、先日、半球体の珍妙な形をした模型を発見したんですよ。半球体の被り物にドライバーを差し込んで弄るやつ、それを適当に弄って遊んでたら何故か爆発した。すごく爆発した、よく分からないけど爆発した。たぶん被曝はしてない。廃工場に用意した私の研究室は半壊、よく分からない化学薬品に引火して、よく分からない臭いと色をした煙がもくもくを上がってる。

 あ、やっべーな、これ、やっべーな、って思ったんです。

 念の為に研究室に置いてある薬品のラベルには全て黒マジックで『これは人体に害のない薬品です』と書いているので倫理的には大丈夫だと思うけど、この惨状は冗談じゃ済みそうにないなって、許してもらえそうにないかなって。だから悪の秘密結社らしく「あーばよ、とっつあーん!」って逃げようとしたけど、一足遅かったようで燃える工場内に戦車が乗り込んできた。

 

「ソラったら、またやっちゃったなあ」

 

 知り合いのミッコの声が響き渡った。

 数多のバイク音がブォンブォンと響き渡り、そして廃工場を完全に包囲した。ああ、もうこれダメだって、観念して私は悪役らしく――こんなこともあろうかと用意していた自爆スイッチを作動させる、ポチッとな。

 廃工場は半壊した、これは人体に害のない爆発だから大丈夫です。倫理的に。




爆発オチってさいてー

※この物語と某宇宙航空開発機構とは一切関係はありません。
※この物語と現実のアマチュア無線部は一切関係ありません。

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