隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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番外編:イチから始める戦車道リナシッタ!⑧

 ――私の始まりの話をしよう。

 

 テレビで観ると有料だが、ネットで観ると無料なのが今の御時世。

 その代わり、著名人の解説とかを聞くことができないのが難点だし、サーバーを圧迫すれば生放送から追い出されることもある。幸いにも、この時はまだ戦車道に人気はなく、公式チャンネルに入っている者は少ない。

 私、松風鈴は数世代前のデスクトップパソコンに流れる映像をぼんやりと見つめていた。

 ボンプル高校対アンツィオ高校、初戦にして名勝負。浪漫の塊。日本全国の戦車道ファンを魅了し、後に幾度となくテレビに取り上げられることになる戦いが今、始まろうとしていた。テレビ越しとはいえ、この試合の立会人になれたことは今でも誇りだ。この試合があったから私は一番の友達にも出会うことができた。これから始まる試合は、私の人生に今も大きな影響を与えている。

 しかし、その時はまだ胸の高鳴りもなく、なんとなしに見つめているだけだった。

 

 

 試合は序盤から大きく動いていた。

 別働隊として動いていたアンツィオ高校のフラッグ車(M41型自走砲)を偶然、斥候が発見する。隊長のヤイカは即断即決で追撃を指示し、全十輌が固まりとなって、M41型自走砲とCV33型快速戦車を追い立てた。最初、遭遇した時は森の中だったが、次第に周りの風景に岩肌が目立ち始める。だから私、マイコは咽喉マイクに手を添えて、意見具申する。

 ――きな臭い。ここは一度、様子を見る一手よ。

 しかしヤイカは止まらない。罠があるのなら踏み潰して壊せば良い。ボンプル高校の戦車十輌は指示なく密集し、全速力で敵フラッグ車を目掛けて突っ込んだ。徐々に道が狭まってきたことに気付いた時には、もう遅い。隘路に誘い込まれた、隘路の奥には計五輌の戦車が待ち構えている。再び、ヤイカに意見具申する。止まれ、と叫ぶように訴えた。

 ヤイカは止まらない、逆に加速しろと全車輌に通達した。

 

『墨俣一夜城でも気取るつもり?』

 

 猛進中、左右から弾幕が撃ち込まれる。

 左右の壁のように聳り立つ急斜面の坂上から四輌の戦車が姿を現した。どうやら最後尾の戦車を狙っているようで、内一輌が撃破される。おかしい、という疑念を抱いた。四輌の内二輌からは発砲した時の煙が発生していない。よく見ると、左右の坂上に布陣した二輌は絵のように平面であり――ああ、しまった! と敵の作戦の全貌が透けて見えた。

 真正面に見える戦車の半分以上が絵で、だけど左右に布陣した戦車も半分が絵だ。なら残りの戦車は何処に布陣している、目の前だ。ヤイカは今、誘い込まれている。

 ヤイカに再度、通達する。目の前に敵がいるッ!

 

『もう遅い、我らには突撃する他に活路はない。血路を開けッ!!』

 

 更に加速する、ただ真っ直ぐに奥に潜むM41型自走砲からの砲撃で二輌が撃破された。

 残り七輌、CV33型も良い仕事をしており、一輌が撃破される。残り六輌、ヤイカは止まらない。勢いをそのままに7TP単砲塔型が敵M41型自走砲にぐしゃりと激突する。奥に潜んでいたCV33型が二輌も飛び出したが、残った戦車が次々と飛び込んでCV33型と7TP単砲塔型、TKS豆戦車が宙を舞って、横転する。

 私は――突撃することができなかった。なんだあれ、頭がおかしすぎる。目の前にあるのは地獄絵図、残ったのは私が乗る7TP単砲塔型と革新派の派閥が搭乗する7TP双砲塔型が一輌ずつ、白旗立てた鉄屑を乗り越えることは叶わず、後ろからはCV33型が二輌、坂上から機関銃で攻撃を仕掛けてくる。

 まだ試合終了の宣言はされていない、ということはヤイカは生き残っている。

 

「あの二輌、ここで足止めするわよッ!!」

 

 指示を飛ばす、敵フラッグ車が無事なことは確かだ。

 どれだけ敵が残っているのかわからない、恐らくは一輌か、二輌。私達の生き残りも一輌か、二輌。なら、これ以上ヤイカの敵を増やさないことが私達の使命だ。体を張って食い止めてやる。だから、さっさと勝負を決めなさい。

 それだけが貴方の取り柄なのだからッ!

 

 

 隘路に誘い込むまでが大事だった。

 隘路に誘い込んでからは、そのまま突撃をして来ても良いし、突撃を止めても構わない。防衛線は突破されなければ上々だが、突破されたとしても構わない。今回は質も数も劣る戦い、寡兵で敵に勝つには何処かで博打を打つ必要がある。真正面から戦えば敗北必至な状況から勝ち負けまで持っていくことができれば、策としては上等と言うことはできないだろうか。

 まあ、それでも選択を一つでも間違えれば――いや、一度でも臆してしまえば、敗北が決定付けられる状況で最も勝算の高い道を選び続けて来たのは流石だ。

 嫌いじゃない。あの気性、嫌いじゃない。

 ここは小さな広間で一輌が走り回るには充分だが、二輌で走り回るには少し手狭だ。隘路の他に、ここから抜ける道もあるが――まあ、そこから逃げ出すような玉ではあるまい。7TP単砲塔型のハッチから私達のことを睨みつけてくるのはヤイカ。んもう、そんな熱烈に見つめないでください、気分が昂ぶるじゃないですか。

 高鳴る鼓動、私はオープン回線にチャンネルを合わせて告げる。

 

「やあやあ我こそはアンツィオ高校が総帥、その懐刀を務める結月ゆかりと申す者也。今、改めて、何某と話をしたく通信を繋がせて貰った。して、其方は何する者ぞ?」

 

 そのまま操縦桿を握り締めて返答を待った。

 気分のまま、周りに許可を取らずに敵と通信してしまったせいか、車内は変な空気が流れている。

 良いじゃないですか。これぐらいの茶番がなければ、戦なんてつまらないですよ?

 

『我はヤイカ、貴方を倒す者よ』

「なるほどなるほど……貴方に私と総帥(ドゥーチェ)が倒せると?」

『私は戦車強襲競技(タンカスロン)の覇者よ。どちらが格上と思って?』

「格に頼るとは愚かしい。もはや策はない、戦術もない。今はもう剥き出しの魂が戦場に残るのみだ」

『良いから黙ってかかって来なさい。格の違いも、力の違いも、今から思い知らせてあげるわ』

 

 では、遠慮なく、と私はアクセルを踏み込んだ。

 

「千代美、あの若造に分からせてやりますよ!」

「同じ歳だがなッ!」

 

 初撃、敵からの砲撃を避弾経始で受け流した。

 揺れる車内に臆せず戦車の角度を細かく調整して、相手に砲口を合わせるが――それよりも早くに敵7TP単砲塔型が射線から逃げていった。戦車の性能では勝っても小回りで負ける。そもそも自走砲の固定砲塔では、敵車輌の回転砲塔を相手にすることは難しい。

 ならば、とM41型自走砲の13.5tある車体を敵にぶつけてやろうと敵の軌道に先回りして動いた。並走する、砲口が私に向けられる。気にするものか、と岩壁に押しつけるように横から体当たりをぶちかました。9.9tの車体で13.5tの車体を押し返すことはできまいて、ガリガリと岩壁を削る音、その中でも砲口を的確に私達へと向けてくる。短い砲身も役に立つことがある、と敵が砲撃するタイミングに合わせて、距離を離した。ドリフト気味に履帯を滑らせる、少し距離を取ったところで正面に敵車輌を捉えて砲撃する。しかし砲撃する為に静止する僅かな時間を読んで、敵7TP単砲塔型は加速して砲撃から逃れた。そのまま敵車輌は大きく回り込むように外周を周り、それに合わせるように同じ方向へと外周を回らせる。速度はほぼ同じ、何度かの敵からの砲撃を挟み、徐々に円を狭める。そして充分に距離が詰まったところで、私は相手の虚を突くように車体を急旋回させる。しかし、それも読まれたのか、見てから動いたのか、真正面から体当たりをぶちかまして来た。車重で勝るのはM41型自走砲。跳ねるような衝撃、特殊なカーボンコーティングに罅が入る。パラパラと落ちる欠片に気を取られず、当たり負けはしない、と力尽くで弾き飛ばした。僅かに空いた距離、砲口を敵車輌に合わせる。しかし、それよりも早くに敵車輌が再び接近してきた。慌てて放たれた砲撃は惜しくも装甲を掠めていった。再び衝撃、勢いが付けられていなかったせいか先ほどよりも弱い。ギギギッと無限軌道が軋む、ガリガリと互いの装甲を擦り合わせる。ズザザッと履帯が地面が削る。このまま押し切れば、戦車の性能差で敵のエンジンを壊すことができる。だが、そこまでは待てない。ゆっくりと敵の砲身がこちらに向くのを察知して、トランスミッションを素早く操作し、前進から後進、斜め後ろに逃れるように受け流した。そのまま前進する敵7TP単砲塔型の背面に砲口を合わせる。しかし敵車輌は百八十度のUターンを決めると砲口を私達に合わせた。二つの発射音が被る、装甲が宙を待った。互いの砲塔側面に黒い疵が刻まれる。

 楽しいなあ、楽しいなあ、楽しいなあ。ヤイカ、私は貴方を認める。というよりも、あの突撃を敢行できた時点で認めている。あの肉弾とも呼べる見事な突撃は天晴れという他にない。思えばそうだ、私の時代では十五歳になると、そのほとんどが大人と認められて元服する。侮っていたのは私の方か、なるほど、それは申し訳ないことをした。貴方達の覚悟に泥を塗った。これは償わなくてはならない、どう償うべきか。そんなことは決まっている。全身全霊を以て、全力でお相手する。

 この長尾景虎が、この上杉謙信が、この越後の龍が、この結月ゆかりが、貴方一人と一輌を屠る為に人事を尽くす。

 

「……千代美、戦車道は面白いですね」

「今頃、気づいたのか? 面白いに決まっているじゃないか」

「ゆかりさん、もっと色んな方と戦いたくなりましたよ」

 

 千代美は嬉しそうに笑うと「なら勝たないといけないな」と前を見据える。

 

「ええ、勝ちましょう。ヤイカは強い……っ!」

 

 全霊の殺意を以て、敵7TP単砲塔型を睨み付けた。

 

 

 ゾクリと身の毛がよだった。ゾゾリと背筋に冷たいものが走った。

 生唾を飲み込んだ。引き攣る頰で無理矢理に笑みを作った。あのM41型自走砲に居るのは何者か、威圧感が虎や熊、狼の比ではない。西住しほ、島田千代にも匹敵、いや、それよりも? ……遥かに!? その存在感が今まで見てきた全ての者を凌駕する。震えが止まらない、寒い。凍えるようだと思った。怯えている? この私が? このヤイカが? ふざけるな、私はヤイカ! ボンプル高校の隊長、有翼重騎兵(フサリア)の信念を受け継ぐ者! 戦車強襲競技(タンカスロン)の覇者! 戦車の性能差がなければ、ボンプルこそが最強! 突撃こそが本懐、この身が砕けることに恐れを抱かない。誇りを胸に前進せよ、突撃せよ、突貫せよ! 玉砕してでも殺しきるッ!

 潰せ、潰せ、潰してやるッ! 青褪める車内のメンバーを見渡して一喝する。

 

「怯えるなッ! 私の名前を言ってみなさいッ!」

「……ッ! 隊長、ヤイカ殿、騎士団長ッ!」

「では、貴方達は何ッ!?」

「我らはボンプルが誇る騎士、我らはボンプルが誇る槍である!」

「では、行くわ!」

 

 ハッチから身を乗り出し、M41型自走砲を見据えて叫んだ。

 

「蹂躙せよ、突撃を! 一心不乱の突撃をッ! 一矢報いて殺しきれッ!! 四肢が捥がれようとも、この身が砕かれようとも、この心臓が貫かれようとも! 我らが死ぬより先に殺しきれッ!!」

 

 振り上げた手を、敵に向けて勢い任せに振り落とした。

 

Sharujā(シャルジャー)!!」

Tak jest(タック イエス)!!」

 

 振り払え、恐怖を。誇りを胸に抱いて死んで行け、死ぬ気で挑まなくては届かない。

 屈辱。歯を食い縛り、目の前のM41型自走砲に剥き出しの殺意を叩きつける。

 

 

 




ヤイカさんってやっぱりすげぇや。

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