隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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番外編:イチから始める戦車道リナシッタ!⑪

 翌年春頃。桜が咲き誇り、舞い散る時期。

 現代においては出逢いと別れの季節とよく言われるが、アンツィオ高校戦車道チームには三年生が居なかったので卒業式では特筆すべき話はない。いつものように私は勉強机のデスクトップパソコンに齧り付いており、この日もまた上杉家で武田信玄斬首RTAに勤しんでいた。そんな時だ、ピロリンと充電中のスマートフォンから電子音が鳴り、中身を確認するとSNSにメッセージが入っていた。

 その中身を確認した私は、プレイ中のゲームをセーブしてから席を離れて、手短に出掛ける準備を始める。昔は文通一つに一ヶ月以上も時間が空くこともあったのに、今ではボタン一つで一瞬だ。今の時代は本当に便利になったなあ、としみじみしながら部屋を出た。

 目指す先は学園艦の乗降口、初めて会うネット上の友人に胸を高鳴らせながら歩を進めた。

 

 少し、あれからの話について触れよう。

 優勝記念杯、私達を打ち負かしたボンプル高校は二回戦でヨーグル学園を相手に敗退した。まあこれは初戦、私達との激戦で破損したTP7単砲塔型の内、半数の修理が間に合わずに使用できなかったという事情があり、敗退するのも仕方ないといえる。そしてウィナーズ準決勝に駒を進めたヨーグルト学園は、聖グロリアーナ女学院と対戦して敗北する。ウィナーズ決勝では聖グロリアーナ女学院はプラウダ高校を相手に敗退し、そして優勝決定戦では敗者復活戦を制した黒森峰女学園が全国大会の雪辱を果たし、プラウダ高校を見事に降して優勝する。

 なんというか、とてもやるせない気持ちになるのはどうしてだろうか。それだけ戦車道の頂点は険しいという意味かもしれない。

 さておき、過ぎた事に今更あれこれと言ったところで仕方ない。

 

「ゆかり姐さ〜ん!」

 

 歩道を歩いていると車道を走る戦車から声を掛けられる。

 CV33型快速戦車、M41型自走砲三輌全てのレストアが終わった今もなお、アンツィオ高校の主力を務めている戦車だ。とにかく軽くて小回りが利く車輌なので相手を撹乱するのには適している。

 ハッチからはパペロニが身を乗り出しており、私の横に寄せた後に操縦席側のハッチからカルパッチョが顔を出した。

 

「こんなところで奇遇っすね〜、何処に行く予定なんですか?」

「私達、特に予定はないのですが……良かったら一緒に乗っていきます?」

「あ〜、昇降口に行くつもりですね。えっと、お願いしてもよろしいですか?」

「お安い御用っすよ!」

 

 乗った乗った、とペパロニに急かされた私は慌てながら車内に滑り込んだ。

 本来二人乗り用の車内は、当然だが三人だと少し手狭だ。ペパロニは満足そうな顔で砲手席に乗っており、カルパッチョはしっかりと掴まっていてくださいね、と穏やかに告げる。優勝記念杯の後、二人とは前以上に仲が良くなっており、私の部屋に訪れることも少なくない。カルパッチョとは密やかに艶本を交換する仲でもあったりする。

 学園艦の道路は公道ではないので、学園側が許せば、学生が車輌を運転することも許可される。

 

 現在、私は毎日のように戦車を乗り回している。

 操縦する感覚を体に染み付かせる為に反復練習を繰り返すのは勿論、体力を付ける為にペパロニと一緒に早朝ランニングもするようにもなった。他にもペパロニとは戦車に乗って様々な勝負に興じることが多く、ペイント弾による一騎打ち、どちらが先に目的地に辿り着けるのか競争してみたり、戦車で畑を耕してみたりといった感じである。私がペパロニの傍にいると彼女がなにかをしでかす機会が極端に減るので、千代美とカルパッチョからはペパロニと共に行動することを推奨されるようになった。

 カルパッチョとは戦車談義に興じることが多く、週に何度か、千代美も交えて戦車道の勉強会を開いている。ペパロニは参加したところで寝てしまうので勉強会には呼ばず、後で私が彼女の理解しやすい言葉を選んで教える事になる。私、子供の相手をするのって好きなんですよね。やんちゃで面倒臭いと思うこともあるけども、思い通りに行かないところが楽しくって、簡単に私の予想を外れてしまうところが愛おしく思ったりする。正直、ペパロニが可愛くて仕方ない。養子にしたい。この時代、養子の年齢制限とか規定とか、どうなってるんだっけ。後で調べておくとしよう、カルパッチョも可愛いけども養子にしたいと思う可愛さではない。どちらかというと千代美の方が養子にしたい。ぎゅうっと抱き締めながら頭を撫でてあげたりとかしてあげたい。

 閑話休題、千代美とペパロニを養子にした時の妄想をしていると目的地が近付いてきた。

 

 予め受けていた情報によると、今日は黒を基調したワンピースドレスに黒のジャンパーを羽織っているとの事だ。

 ちなみに私の養子にも女性は一人いた。山浦景国とかいう奴に取られた。その時に私は、貴様に娘はやらん、と定番の言葉を言ったのだが、義母上様は私の幸せを奪うつもりですか? と養女に据わった目で微笑まれた。今でも心的外傷(トラウマ)です、その後で仙桃院*1にめっちゃ慰めてもらいました。ちなみに現代では、私には八重垣姫という大層可愛らしい娘が居たということになっている。なにそれ私、聞いてないんですけど、今から歴史逆行して孕みに行かなきゃ……*2。いやでも私、歴史逆行してもしたいことがない。御家は現代まで無事に続いているようだし、天下統一にも興味がない。やり直すにしても兄の補佐は面倒だし、嫁がされそうだし、やっぱり家督は相続しなきゃだし、でも晴信の顔すら見たくないし、やり残したことがあるとすれば、勝頼を養子にできなかったことくらいなものだ。ああそうそう勝頼、めっちゃ良い子なんですよ。素直で可愛くて武勇にも優れていて、晴信には勿体ないほどだ! 尾張のうつけに勝頼のことを聞かれた時は、めっちゃ長文で勝頼の良いところを挙げ連ねた文を送りました。なお文は燃やされたそうで現代には残っていません。政宗のは残されてるのにね、不思議だね。

 閑話休題(二度目)、どんな子が待っているのかなと思いながら昇降口、その近辺にある広場を見渡した。

 

 すると居た、めっちゃ可愛い子が居た。

 ふんふん♪ と鼻歌交じりに歩み寄り、困惑している彼女の体を両手でポンポンと叩きながら採寸する。ふむ、なるほど、大体のスリーサイズは分かった。彼女の手を取って、そのまま戦車まで連れ込んだ。

 よし行こう、このままうちの子にする。

 

「待って、ゆかり姐さん! 待って! 誘拐はまずいっすよ!?」

「誘拐じゃありません、うちの子です。私がいつの日か、知らずのうちに腹を痛めて産んだ子のはずですね」

「先輩、拾ったところに戻しに行こ? ね? 事案はめっ ですよ?」

「失礼ですね。この子が待ち合わせをしていた子で間違いありませんよ」

 

 銀の長髪を二股の緩い三つ編みに編んだ子に問いかける。

 

「貴方が紲星(きずな)(あかり)さんですね?」

「……本当に結月ゆかりさん、ですか?」

 

 私がにっこり微笑んで頷くと、彼女は「えぇ……」とか「うわぁ……」とか言いながら頭を抱えた。

 

「どうしたんですか? 船酔いでもしたのでしょうか?」

「……いえ、ちょっと昔の知人を思い出しただけです。過剰なスキンシップがちょっと苦手でして……」

「ええ、そうですか? 可愛いですね」

 

 私は狭い車内、後ろからギュウッと愛情たっぷりに彼女を抱き締め続ける。あかりは心底うんざりした顔をしているが、そこもまた可愛い。嫌そうな顔をしながら無抵抗、こんな反応を見せていた子が昔にも存在していた。

 

「……えっと、付かぬ事を申しますけど、いえ、本当に、ちょっと頭が可笑しいな? みたいなことを聞きますけど……」

「ああ、そうですね。ゆかりさんもちょっと気になっていたんですよ」

「……いえ、やっぱり、訊くのはやめておきます。そしてなにも訊かないでください」

 

 雑念を振り切るように首を横に振るあかりに、私は意にも介さずに問いかける。

 

「昔、武田騎馬隊とか率いてませんでした?」

「……。あはは、やだなあ。私、信玄とかよくわからないです」

「戦国時代に詳しくない人が、どうして晴信のことだと分かるのでしょうか?」

 

 沈黙、その間も私は彼女を強く抱きしめて、はすはすと匂いを嗅いだ。

 ペパロニは無視を決め込んでおり、カルパッチョは軽く引いていた。

 

「……今からオファーを取り消してもらえたりとか? なんて〜」

「何を言っているのでしょう? そんなの全力で握り潰しますよ、政治で私に勝てるとでも?」

「軍神に勝てるはずがないじゃないですか! やだー!」

「よしよし、ゆかりさんが慰めてあげますね〜」

 

 う〜、と半泣きで唸るあかりを私は逃さないように抱き締めながら頭を撫でてあげる。

 死んでから知ったことだけど、この子って私とは同盟を結ばなかった癖に息子の景勝とは同盟を結んでいるんですよね。

 これは後で問い詰める必要がありますね?

 

「私はペパロニ、よろしくっすね」

「カルパッチョって呼んでくれると嬉しいわ」

「はい、ペパロニさん、カルパッチョさん。私は紲星灯、あかりって呼んでください」

 

 肌がもっちりしているなあ、とか思いながら頰を指先でぷにぷにする。

 

「出会って早々に申し訳ありませんが……この人をどうにかしてください」

「無理」

「ちょっと難しい、かな?」

 

 鼻歌交じりにあかりを抱き締める。もう過去に未練が一つもなくなった。今の私が幽霊だったのであれば、今すぐにでも成仏してしまいそうだ。

 

「ところで二人は知り合いなのでしょうか?」

「……ええ、はい。まあ、うん。憧れの人ではあります、今も憧れてはいます。実の親と同じくらいに尊敬しているんですけども……」

 

 カルパッチョの問いにあかりは歯切れ悪く答える。

 ああ、そういえば同性なので合法的に一緒の風呂に入れますね。楽しみだなあ、このくらいの年齢になると景虎も景勝も恥ずかしがって入ってくれなくなったし――ああそういえば髪も綺麗に手入れしているなあ、下手をすれば私よりも力を入れているかも知れない。触り心地も良いなあ、ずっと触っていたくなってくる。歌でも一つ歌いたいようなイイ気分だ。

 私は終始ご機嫌なまま戦車は次の目的地へと向かっていった。

 

 アンツィオ高校学園艦、コロッセオ。二輌のCV33型がペイント弾による一騎討ちをする。

 片や私とカルパッチョであり、片やあかりとペパロニ。脳内お花畑も、こと戦車道の練習となれば話は変わってくる。中学生時代に戦車道で良い成績を収めているという話であったが、あくまでも中学生の中で扱かれてきた程度の実力であり、戦車の操縦技術だけを云えばペパロニに劣る。とはいえ判断力や決断力は流石といったところ、そして何よりも鬼気迫るほどのやる気が素晴らしい。ちなみに私が勝ったら、この後で一緒に銭湯へと行くことになっている。「尊厳は、守ります……!」と涙目で意気込む姿は可愛くて、やばかった。それはもう、やばかった。もっと、やばいことにする為に負けるわけにはいかないのだ。

 タイマン一回目は私が勝った。約束関係なしに二回目も私が勝った。三度目、四度目も私が勝ち、流石に疲れてきたので切り上げようとしたら「添い寝します!」とか顔真っ赤にされて言われた、勝った。次は「添い寝の時に下着姿でどうですか!?」とか泣きながら言われた、容赦なく勝った。「あ、あと……あとは……!」とかガチ泣き寸前で言われたので「寝る前の姿で写真撮らせてください」と言ったら承諾されたので、まあうん可哀想と思いながら勝った。「もうやめてください! あかりさんのライフはゼロですよ!」といたたまれなくなったカルパッチョが庇い始めたので、もうちょっと搾り取れそうだったんだけどな、と惜しく思いながら大人しく身を引いておいた。

 それで割とがっつりと泣かれてしまったので、今は頭を撫でながら優しく慰めてるところだ。

 

「この体になってからちょっとしたことで涙が出る……」

「ちょっと驚くことがあるだけで泣く気ないのに泣いてしまう子も居ますからね、偶々その体がそうだったというだけの話でしょう」

「ホルモンバランスとか、肉体と精神の齟齬とか、そんな話は聞いてる」

 

 眼福眼福と思いながら胸に抱き寄せる。

 

「……でも、ちょっとおかしくないです? 弱小校っていう実力じゃないですけど」

 

 まだ少しぐずりながら掠れる声で問われた私は苦笑を浮かべてみせる。

 

「私はもう一騎討ちで負けるつもりはないんですよ」

「……あれって結局、本当に負けてたんですか? あなたが?」

 

 泣き止んで真剣な顔付きで問いかける。

 

「負けましたよ」

 

 素直に答える。

 前世では負けらしい負けは一度もなかった。小競り合いで負けることはあっても、それは計算に入れていた敗北であり、要となる戦では一度も負けたことがない。だから負けるという感覚は新鮮で悔しかった。

 そのせいか今は戦車道が楽しくて仕方ない。

 だから次は絶対に負けない、特に同じ敵には絶対にだ。

 

「相変わらず、戦になると格好良いですね……」

 

 あかりは頰を赤く染めながら、ジトッと私のことを睨みつけてきた。

 戦車を倉庫に戻しましょうか、と伝えると今度こそ彼女は素直に頷き返してくれたる。

 

 

 私、安斎千代美は学園長室に呼び出されていた。

 今日はまだ戦車道の時間ではないので、髪を下ろした日常モード。少し緊張しながら扉をノックし、それから静かに部屋の中へと入った。赤い絨毯の敷かれた豪華な部屋、金メッキの施された調度品を見るとイタリアというよりもローマの印象が近いかも知れない。壮年の女性である学園長に招かれて、ソファーに腰を下ろし、それから良い茶葉が入ったからと紅茶を淹れてもらった。数杯の砂糖を紅茶に溶かしながら、今日の話は長くなりそうかな、と思いながら軽い世間話を交える。

 基本的には戦車道に関わることが多い。私が来年度の予算でP40型重戦車を購入する予定だと告げると少しだけ渋い顔をされた。

 

「……安斎さん。貴方には一つ、伝えておかなくてはならないことがあります」

 

 学園長は姿勢を正し、学生に過ぎない私に真剣な顔を向ける。「なんでしょう?」と私は手に取っていたティーカップをソーサーに置き直し、彼女に向き直る。学園長は僅かに視線を逸らし、そして意を決したように私を見つめなおして告げる。

 

「来年度、公式戦で結果を出せなかった場合、アンツィオ高校は戦車道を廃止することが会議で決定しました」

「えっ?」

 

 思わず、聞き返すと「本来であれば去年、廃止することになっていたのです」と学園長は申し訳なさそうに告げる。

 

「い、いや、待ってください。折角、形になってきたんですよ?」

「ごめんなさい、私の力不足で。これはもう決定したことです」

 

 真摯に頭を下げる学園長に、もう決定を覆すことができないと悟る。

 ここで彼女に言い募っても意味はないか。いや、二年も時間を貰ったのに結果を出せなかった私が悪いのかも知れない。紅茶の揺れる水面を見つめながら、戦車道の仲間達のことを考える。この報告を聞いた時、みんなはどう想うのだろうか。悲しむだろうか、憤るだろうか、なんとなく諦めることはしない気がした。

 だから私は顔を上げて、学園長に問いかける。

 

「どれだけの結果を出せば、戦車道を存続させることができますか?」

 

 私が今すべきことは狼狽えることではない、少しでも正確な情報を引き出すことだ。学園長は僅かに目を開き、そして私のことを静かに見据える。

 

「全国規模の大会でベスト4。そこまでの結果が出せれば、私の力で戦車道を存続させます」

 

 ベスト4、組み合わせ次第ではいけなくともない。しかし四強と衝突することを念頭に置いておいた方が良い。

 

「……わかりました、ありがとうございます。P40型重戦車の購入だけは通してください」

 

 私は深々と頭を下げてから立ち上がる。

 やるべきことが増えた。来年度以降も戦車道を存続させる為に動き出さなくてはならない。ペパロニ、カルパッチョ、私のことを総帥(ドゥーチェ)と慕ってくれるみんなに居場所を残してやらなくてはならない。この事はみんなに伝えるべきだろう、隠しておいても良いことはない。

 学園長室を後にし、校舎を出る。

 私はきっと覚悟を固めなくてはならないのだろう。

 校門、桜の花弁が散り落ちる。何気なく手を伸ばすも指の隙間からすり抜けた。今、戦車道チームは何処も強くなっている。例年よりも遥かに、一昨年よりも去年、去年よりも今、と年々戦車道のレベルは向上していた。私達が進んだ分だけ、周りも成長する。勝てるのだろうか、私は頭を振り、疼く不安を振り払うように歩み出した。みんなの居場所を守るために、そして私とゆかりが歩んだ歴史をここで止めないために。

 来年はベスト4、いや優勝するつもりで臨むことを決意する。

 

 

 

*1
謙信の実姉。

*2
義春と景虎と景勝は私がお腹を痛めて産みました。景国は私の大切なものを盗んでいきました。(結月ゆかり談)




終わりです、次回からはまた大洗、頑張るぞー。

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