初等部が対象の、非公式の戦車道九州大会決勝戦。
相手車輌に乗っているのはサンダース大学付属高校初等部のケイ、公式戦では全国各地に飛び回る猛者の一人。状況を作ってから少し挑発をしてやると簡単に一騎討ちに乗ってくれる頭の弱い子だ。チームで戦えばもっと楽に戦えるというのに、馬鹿な奴め、とほくそ笑みながら操縦手の背中を蹴り飛ばした。強い、確かに強いな。Ⅳ号戦車H型とM4中戦車の車体を擦り合わせる、超至近戦、白兵戦といってもおかしくない距離で装甲をかち合わせる。眼前に突きつけられた砲口を「それを待っていたんだよ!」と敵を指で差しながら砲手に指示を飛ばした。相手の砲身を、こちらの砲身で絡め取り、そのまま空高く掬い上げる。あらぬ方向に飛ばされる砲撃、その隙を突いての至近弾。砲撃音、そして装甲が弾け飛ぶ衝撃音。互いの車体が揺れる、パシュッとM4中戦車の白旗が上がった。
ハッチを開くように改修したキューポラから身を乗り出して、M4中戦車に向けて中指を立ててやる。
「ハッハァーッ! 弱いんだよ、三下がッ!!」
大口開いて涙が出るほど大笑い。指を差して、バンバンと装甲を叩いての抱腹絶倒だ。
「どーですか、どぅーですか! 歳下に負けたまま卒業を迎えなくちゃならない気分はどんな感じですかねえっ!?」
私と同じくキューポラから体を出した金髪の少女は悔しそうに拳を装甲に叩きつけて、睨みつけてくる。
そんな光景を見下ろしながら私は天を仰いで、手で目元を覆い隠した。堪え切れぬは愉悦の素顔、喉を震わせるは腹筋崩壊の大爆笑。そのまま背中を反り返らせた私は両手を開くと「やはり私は天才だった!」と相手を蔑み哀れんだ嘲笑混じりの声で断言する。
ケイ、貴方は弱くないのかも知れない。しかし、この
「私が来た、そして私は見た。故に私は勝った!」
私と対峙した瞬間、その時からケイの敗北は宇宙の真理によって決定付けられていた。
「敗北者はただ
天才はこの井手上弓子だ。依然、変わりなく。
ケイは獰猛な双眸で私を射殺さんとするが、残念ながら彼女は英雄ではなくて凡愚であった。故に目だけで私を殺すことなど不可能だ。口を開こうとすれば、逆に睨んで黙らせる。私にもの申したければ力を持て、私が汝の言葉に耳を貸すだけの価値があると知らしめてみよ。できるものならなぁっ!?
押し黙るケイを見つめながら、愉悦愉悦と私は笑みを深める。
ケイは他の凡愚達と比べると別格の挑戦者ではある。もしかすると私と同じく神童と呼ばれるような存在だったのかも知れない。しかし、それは凡愚レベルでの話だ。この真の天才の前では他の全てが凡愚以下へと成り下がる。初等部時代、九州における戦車道のパワーバランスは私の一強、この頃はまだナオミとアリサは戦車道を始めておらず、みほは大会に出ようとすらしていない。ケイとエリカだけが私の対抗馬として期待されている程度だった。
そして、結果は御覧の有様だ。私が天才だということを、また証明してしまった。
「ゆっこ、また勝手なことをして……」
Ⅲ号突撃砲に乗った姉武子が、私の隣に停車して苦言を零した。
やれ大将同士の一騎討ちは危なっかしいだの、もっと私達を頼って欲しいだの、そんなことを口にする。私は天才であるが故に万が一の敗北すらもあり得なかったのだが、凡愚の中の凡愚、ベストオブ凡愚な姉にはそのことが分からないようだ。それに姉にとっては本番かも知れないが、こんな程度の低い大会なんて私にとっては練習、もしくは前哨戦に過ぎないのだ。
何故なら非公式の地方大会に、あいつは出場して来ないのだから。
「そういえば、来週、まほ様が九州に戻ってくるんだよね」
私の敵たり得る者は全国に一人しか存在していない。
他の全ては西住まほを倒す為の糧でしかないのだ。
†
私はケイの事を好んでいる。
何故なら彼女は心を折らずに何度でも挑んでくる為だ。虐め甲斐がある。
初めて圧倒した時は泣かしてしまったので、少しやり過ぎたかもしれないと思ったものだが、次の大会でまた彼女は懲りもせずに挑んできた。それをまた叩き潰しても、次の大会では研鑽を積み直し、何かしらの秘策を携えてくるので飽きなかった。彼女のような人間は潰し甲斐がある。わざと策に嵌ってから打ち破った時の彼女の顔は弓子腹筋崩壊大爆笑だ。彼女は私のことを嫌っているかも知れないが――いや、ほぼ間違いなく私のことを嫌っていると思うが、私はケイのことが大好きだった。
逆に私が最も嫌っている相手は西住まほである。
「どうして、これで倒せないッ!?」
完全に隙を突いた一撃が紙一重、装甲で受け流される。
これで新しく考えた手を覚えられた。また一からまほを嵌める策を立て直さなくてはならない。今まで使った手は単体では使い物にならない、組み合わせすらも覚えられたら効果は薄い。咄嗟に思いつける手段なんて、何度も繰り返してきた一騎討ちの中で使い果たしている。彼女一人の為に、どれだけの手を考えただどうか、どれだけの策を考えただろうか。対まほ専用の戦術ノートは一ヶ月にに一冊のペースで増え続けている。
西住まほが駆るⅣ号戦車H型の砲身が僅かに動いたことに脳髄が反応し、しかし僅かな違和感からフェイントであることを見破った。フェイントであるならば恐れる必要はない、と突っ込ませた戦車の砲塔を敵戦車の砲弾が掠める――早く動き過ぎたか、フェイントをそのまま攻撃として使用されてしまったようだ。読み負けたことに歯を食い縛りながら、体勢を立て直すべく仲間に指示を飛ばした。彼女と戦っていると脳細胞が死滅していくのが分かる。無限軌道の軋む音がまるで悲鳴のようで、砂煙を上げる履帯は今にも引き千切れそうだ。
限界のぎりぎりを攻めた程度では届かない、限界を超えることを常に要求される。
「……ふざけるな、私は天才だ」
操縦手の背中を小刻みに蹴って、指示を送る。
砲撃しながら互いに互いへと向かった突撃を敢行、その擦れ違い様、互いの装甲を削りながら方向転換しながら砲塔を回転させた。此処からの流れはドリフトを駆使した早撃ち勝負――敵戦車の後部に車体を押し付けて、車体のコントロールを奪ってやる。恐らく想定以上の速度で車体を回転させる敵戦車に、そんな様では砲撃は当たらない、と私は拳を握りしめて勝利を確信する。
その次の瞬間、砲塔を撃ち抜かれる。強い衝撃の後にパシュッと白旗が上がる音がした。
「紙一重だったな」
ハッチから顔を出した、まほが少し誇らしげに告げる。
私が回転速度を上げた分だけ、敵の方が照準を合わせるのが早くなった。
たぶん読まれていた。でなくては対応できない。
つまり利用されてしまった。
「今日もまた良い勝負だった」
まほが薄く笑みを浮かべる、私は下唇を噛み切った。
一度取った戦術は通用しない、読み合いも繰り返す度に負けが増え始めた。あの手この手を費やして、拾った勝ちは幾度もあるが、勝つべくして勝ったことはただの一度もない。勝った負けたを繰り返して、負けた負けたが増え始めて、何時しか負けを積み重ねるようになった。気付いた時には、覆すことのできないだけの数だけ負け越していた。
私が彼女に勝つ為にどれだけの努力を積み重ねてきたか――それで、この様だ。彼女と戦っていると心が折れそうになる時がある。それでも私は彼女との一騎討ちを避ける訳にはいかない。何故なら、それは私が彼女よりも劣っていることを認めることになる為だ。
その澄ました顔を何時か、苦渋の色に染めてやると改めて誓った。
†
九州には、一人だけ、負け越す相手がいる。
それは初等部時代、最後の全国大会で優勝した時のインタビューで告げた言葉だった。
無論、弓子のことだ。彼女が居てくれたから私は慢心せずに戦車道の研鑽を積んで来られたように思える。
彼女は強い、そして私よりも余程才覚がある。私は全国各地にある公式大会に出場し、時には世界を相手に戦いながら経験を積み重ねているが、未だ九州から出ない彼女一人を倒しきることができない。私は彼女が練習している姿をあまり見たことがない、戦車道に関する書籍も一読しただけで放置されていることが多い。私は強くなっている。昨日よりも今日、今日よりも明日、日々研鑽を積み重ねている自覚はある。それでも弓子との差は広がらない、世界を相手にするよりも弓子一人の方が手強く感じる時もある。
彼女は天才だ。私と違って、紛れもない天才だ。
もし弓子が本気で戦車道に打ち込んだら、きっと私なんて手に届かない程の存在になるに違いない。もし仮に、その時が来たとして、私は彼女に置いていかれるのが嫌だったから、私は私なりに研鑽を積み重ねている。彼女は完璧主義者の気がある、勝利を勝利として認めない時がある。私が練習試合で勝てているのは、私は勝利に拘り、彼女は勝利以上の何かを求めている節があるからだと思っている。
私は共に競い合い、高め合うことができる相手に出会えたことに感謝している。
†
初等部の戦車道全国大会が終えた時、
まほは優勝インタビューで「九州には、一人だけ、負け越す相手がいる」と告げた。
いや、誰だよ、それ。高校生かな?