全国大会決勝以来、みほは部屋で引き篭もるようになっており、顔を合わせることもできなくなっている。エリカはエリカで苛立ちを隠せないようで、鬱憤を晴らすように練習にのめり込んだ。そして、その原因である兵衛が居なくなってから戦車道部では気まずい空気が流れている。今は隊長のまほが纏めているが、それでも練習に身が入らない者が多い。正直、今、本気で戦車道に取り組んでいるのはエリカだけだ、鬼気迫ると言っても良い。「赤星小梅ですが、仲間内の空気が最悪です」とでも呟きたくなる気分だった。
これも全て兵衛が勝手にいなくなったせいだ。
復帰する前から彼女が隻脚のせいで戦車に乗れなくなるという話は講師から聞かされている、そのことは仕方ないと思った。幾ら彼女であっても片脚を失ってしまえば、受け入れざるを得ない。何故ならば、戦車道は兵器を取り扱っている以上、常に危険と隣り合わせである為だ。そのことは片脚を失った彼女自身が最もよくわかっている。だから彼女が戦車道を諦めてしまうことは仕方ないことだと思った。
私のせいだ、と思った。兵衛は私のせいじゃないと云うけども、彼女は誰よりも早く異変に気付き、私達を助ける為に戦車を操縦した。そして、そのせいで最後まで戦車に残ると云う選択をさせてしまった。彼女が戦車を動かさなければ、皆、川の中に落ちていたのかもしれない。どうしようもなかったことだったかもしれない。でも彼女が稼いだ時間が私達を助けた。そして彼女だけを戦車に残して脱出したのは私自身だった。
責任を感じるのは筋違いかもしれない、彼女の意思を踏み躙ることかもしれない。それでも今は整理を付けられない、彼女を犠牲にしたという罪悪感を拭いきれなかった。
よく失敗するようになった、細かい失敗が多い。集中できず、先輩に戦車から追い出されたこともある。
嫌な空気が漂っていた。歯車が噛み合わない。よく思い出されるのは汗だくになった兵衛、何時も彼女は頑張っていた。黒森峰の一年生は兵衛が中心で、どんな窮地に追い込まれても諦めることを知らない彼女にみんな引っ張られた。二年後の未来、みほが全体の指揮を執り、陣頭ではエリカが戦車を率いる。その中心には兵衛が居て、全員を盛り立て繫ぎ止める。そんな理想を思い描いていた。
だけど私は分かっていなかった、兵衛はどんな窮地に追い込まれても諦めることを知らない。その本質を理解していなかった。
あの日、兵衛が復帰すると決まった日、戦車に載れなくなった彼女がマネージャーとして戦車道を続けると聞いた時、私は頑張らなきゃって思ったのだ。気を引き締める、気合いを入れる。戦車に乗れずとも戦車道に戻ってくる、そのことが嬉しかった。そして彼女の代わりになれるように、彼女の目指した戦車道を私が代わりに実現するんだと心に決めた。だから、このままではいけないって思った。心機一転、不甲斐ないままではいられない、と両頬を叩いてみせる。
「……バカね」と隣のエリカが呟いた。その視線は戦車道講師に向けられており、唇を噛み締めている。
その日、彼女は戦車道部に顔を出さなかった。
その一週間後、彼女は黒森峰女学園を去っていた。
家具はそのままで生活に必要な荷物だけを持っていったようだ。合鍵を受け取っていた私は兵衛の部屋に入る、まだ匂いは残っている。しかし戦車道関連の小物がない彼女の部屋は、なんだか凄く、寂しい気がした。なんとなく私は彼女のベッドの上に転がって、大きく息を吐いた。同じだけ息を吸い込んで、また吐き出した。どうして彼女は何も言わずに出て行ったのだろうか、戦車道が嫌になってしまったのだろうか。本人はまだ戦車に載れる気でいたとか? どうせ去るなら、その前に相談の一つでもしてくれれば良かったのに、と愚痴を零す。そんなことを思いながら目を閉じると、気付けば意識は遠のいていった。
ピロリン♪ とメールの着信音が鳴り響いた。開くと「兵衛ちゃん」という文字が目に入った。
――継続高校なう。
という少し時代遅れな一文と共に、両脇に松葉杖を挟んだ兵衛がBT-42の前で満面の笑顔を浮かべている写真が送られてきた。添付された写真の意味を理解する前に今度は電話の着信音が鳴り響く、相手は同じく兵衛だ。彼女が出ていってから音信不通だったのに、今更になって連絡を入れてくるなんて、
「兵衛ちゃん!」
そんな不満は第一声を口にする時には消えていた。
話したかった、声を聞きたかった。そして謝りたい、きちんとお礼が言いたい。そして文句を言ってやりたい。理由が聞きたい、今は何をしているのか聞きたい。様々な思いがごちゃまぜになっている、もうなんでも良いから話がしたかった。
その想いとは裏腹に、あっけらかんとした声がスピーカー越しに聞こえてくる。
『やっほー、小梅ちゃん。元気にしてた?』
「元気にしてたじゃないよ! 急に居なくなって、相談もしないで! 思い詰めていたなら相談の一つくらいしてくれたって……!」
『そうだね、私も驚いてる。急に継続高校行きが決まったからね』
まるで他人事のように告げる。私の気持ちなんて御構いなしに、そうなることが当然の流れだと云うように彼女は、そんなことよりも、と無責任に話を続けるのだ。
『ちょっと話を聞いてよ、継続高校に行って早々さー』
そんな緩い語り口調と共に、とても信じられないような話を聞かされることになる。
戦車道の戦車が差し押さえられてたりとか、車庫を自動車部に占拠されたりとか、廃工場が爆発した話とか、そしてまた廃工場が爆発した話とか、楽しく話し続ける彼女の言葉を遮り、今、彼女は戦車道を続けているのか否かを問うた。
すると彼女は電話越しでもわかる程の満面の笑顔で告げる。
『もちろん続けてるよ!』
その後すぐに『そもそも私が戦車道を諦めるとか考えられる?』と煽るような言葉に思わず笑ってしまった。
心を奥にあった靄のようなものが晴れた気がした。ありえない、と心の内で同意する。彼女は度し難い程の戦車バカ、そのことを誰よりも知っているのは私だったじゃないか。
『泣いてる?』という声が聞こえてきて、「泣いてないよ」と人差し指で目元を拭い取る。
『そうなの? それでさあ……』
まだ続く彼女の話を私は、うん、うん、と頷きながら耳を傾ける。
彼女の私室のベッドで横になりながら。
†
風紀委員の手によって生徒会室まで連行された私達は生徒会長を前で正座している。
私の横に並んでいるのは、ミカ、ミッコ、アキのクリスティ三人娘とソラと云う白衣の眼鏡幼女。そして目の前にいる生徒会長は
コンコンと扉が叩かれた。失礼します、と生徒会役員らしき女性が会長に声をかける。
「会長、戦車道の現状を纏めることができました」
そう言いながら資料を手渡し、「あーうん、ありがと」と会長が頭を抱えながら受け取る。そして目を通し、大きく溜息を零す。
「戦車道部の戦車はBT-42を除いて、全て大破らしいな。アマチュア無線部の連中が云うには修復不可能と云うことだ。特殊カーボン仕様の戦車をどうすればここまで破壊できるんだ」
「せ、戦車が敵の手に渡った時のことを考えて、こんなこともあろうかと…………」
「こんなことに使うべき代物じゃないだろ、明らかに」
ジロリと睨みつける会長に、ひうっと涙目で萎縮する白衣の幼女。長時間の正座を震えながら堪える姿が小動物のようで可愛らしかった。
「技術の発展には必要な犠牲でぇ……」
「ほうっ?」
「な、なんでもありません」
ちなみに会長は二年生だ。二年生で生徒会長なんて凄いなって思ったけど、ミッコが云うには、そもそも継続高校には生徒会長になりたがる人間がいないようだ。
「戦車道が戦車を五輌、用意できなければどうなると思う?」
「……公式大会に出られない?」
少し考えた後にアキが答えると「その通りだ」と会長が答える。
「では公式大会に出られない戦車道はどうなると思う?」
「戦車道が履修科目から消える……っ!?」
「正確には国からの補助金が貰えなくなる、だな」
顔を青くするアキをよそに、会長が言葉を続ける。
「戦車に使う燃料とか弾薬は全て、国からの補助金で賄っているんだ。それが貰えないとなると戦車一つ動かすこともままならなくなる。つまり継続高校で戦車道を続けることは難しくなるということだな」
会長の言葉にミッコが「私も自動車部に行く方が良かったかな」と何気なく零した。
ミカがカンテレを弾く素振りを見せる。そして、顔を顰めてから会長に向き直った。
「リュティ、隠していることがあるだろう?」
「その呼び名は好きじゃないな」
会長は不機嫌そうに言い返し、「まあミカには敵わないか」と半ば諦めるように溜息を零す。
「来年度、戦車道の公式戦で大洗女子学園よりも良い成績を残さないとこの学園艦を廃艦にする、というお達しが文科省から届けられた」
えっ、と声が溢れる。ミカ以外の三人も似た反応をしていた。
「ちょっと待って、まず大洗に戦車道はないはずでは?」
まず大洗ってどこ? という反応の三人を他所に私が問いかけると「来年度から戦車道が復活するそうだ」と会長が答える。
「大洗女子学園も学園艦の廃艦が予定されている。本命はあちらのようだが、私達はもしもの時の保険なんだろうな」
文科省はどうしても学園艦を廃艦にしたいようだ、と会長は肩を竦めてみせる。
ミカは目を閉じたまま沈黙する。ミッコとアキは唖然としており、白衣幼女は眉間に皺を寄せた。私はどんな表情をしているのだろうか。驚愕しているのか、それとも己の不幸を嘆いているのか。よく分からない、ただ五人に共通していることは正座の苦しみで身を震わせていることだった。戦車は残り一輌。新たに戦車を購入はできない、と会長は告げた。
ここから来年までに、どうやって立て直せば良いのだろうか。分からない、片脚を失った時と同じ感覚がある。
「
ミカに告げられた言葉に、私は自分が笑っていることを知った。
†
翌日、半壊した廃工場の前に私はいる。
爆発の影響で天井は吹き飛んでおり、青空教室ならぬ青空ガレージと成り果てていた。戦車道の整備員――もといアマチュア無線部の連中が大破した戦車を意気揚々と点検しており、「これならニコイチで直せるな!」という威勢の良い声と共に嬉々として修理に取り掛かった。あと戦車道科の人間のほとんどが講義をサボって自動車部で自動車とバイクを乗り回しているという話を聞いた。
今、この場にいる搭乗員は私の他にミカとミッコ、それにアキの四人だけになる。
まさしく絶体絶命、崖っぷちの逆境だ。
だが、まだ終わった訳ではない。黒森峰では可能性は零だった、でも今は可能性がわずかにでも残っている。零と一では大きな違いだ、可能性が一つでもあるのなら追わない理由はない。また戦車道ができる、戦車道を目指すことができる。それだけで私は前に進むことができた。
BT-42の上でミカがカンテレを奏でる、その音に惹かれるように振り返った。
「私は戦車に乗ることしかできない人間だからね」
心地よい旋律が辺りを包み込んだ。なにを言うつもりなのだろうか、ミカは私を見つめて続く言葉を口にする。
「私の戦車道はただ一輪だけでも成る」
少し寂しげに語られる、私を見つめる目が細められる。
「だから此処で君は君の戦車道を形にすると良い」
そういって彼女が微笑んだ。
風が吹いた、強い風が野ざらしになった廃工場に吹き込んでくる。
ミカはチューリップ帽を手で抑えながら続ける。
「強い風が必要だ、新しい風が私達を未来へと紡いでくれる」
彼女の話し方は理解が難しい、でも言いたいことはなんとなく分かった。
「副隊長ならやったげる。隊長はミカだよ、面倒だからって責任を押し付けないで」
やれやれ、とミカが肩を竦める
ガレージにある戦車三輌、BT-42の他に、ニコイチで復活する予定のT-26とT-34の二輌だ。
なんとなくソ連戦車が多いなあ、と思いながら空を見上げた。
燕が空を舞っている。
「私の戦車道はここからだ」
決意を固めるように告げる。
満月の月を目指して跳ばない兎がいないように、私もここから跳んでやると決めた。
†
『――ということで私は継続高校で戦車乗りになった』
電話越しでも今、兵衛が浮かべている顔が分かった。
話を聞く限りでは、とても戦車道を続けられるような状況ではないにも関わらず、彼女はとても楽しそうに笑っている。らしいな、と思った。如何なる逆境であっても彼女は諦めることを知らない、それが零になるまで彼女は抗い続けるのだ。
どんな絶望的な状況であっても、彼女は変わらず最後まで戦い続ける。
『だから、この電話は宣戦布告になる』
兵衛の声色が少しだけ真面目になった、まだ楽しさが大半だ。
『継続高校戦車道所属、茨城兵衛は黒森峰女学園を負かす。覚悟しておけ』
その言葉に対して、私が返す言葉は決まっている。
「かかってこい、相手になってやる」
晴れ晴れとした笑顔で、そう返してやった。
彼女の私室のベッドで横になり、枕を抱き締めながら。
第一話完!
根掘葉掘先生の次回作にご期待ください!
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継続高校一年生、隻脚。
・
継続高校二年生農業科。生徒会長。
・
継続高校二年生。アマチュア無線部(同好会)所属。