隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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番外編:井手上家御令嬢は挫けない。⑦

 島田家の使用人として働き始めてから十日程が過ぎた。

 家長の千代は朝食を用意した後に家を出て、それから夜遅くに仕事から帰ってくるという一日がルーチンとなっているようだ。

 千代が家にいない間、掃除に洗濯を午前中に済ませた後で昼食を用意する。好き嫌いとか考慮しないメニューに愛里寿からは不評、「どうして意地悪するの!?」と怒鳴られたりもしたけども「私が食べたいものを作ってるだけ」と言ったら、「鬼、悪魔!」と半泣きになりながら言ってきたので大口を開いたところにトマトを突っ込んだ。

 午後からは自由時間になる。適当に外を歩き回ることもあれば、家の中でごろごろとしていることもある。あまり愛里寿は遊びを知らないようだったからゲームセンターとかカラオケとかに連れ回したりもした。身を強張らせながら、「おいらボコだぜ!」を熱唱する横で私は「YELLOW YELLOW HAPPY」を歌い上げる。好きな歌なんだよね、これ。

 家でごろごろする時は、大抵、暇を拗らせた愛里寿がちょっかいを掛けに来る。

 千代が家に帰って来られなくなったりすると、私が朝早くに起きて朝食を作ることになるので大体、昼過ぎ頃には眠くなってくる。それでソファーに寝転がっていると愛里寿が私のお腹の上に跨ってくる。退屈だから構って欲しい、とか、そんな理由で。眠くて不機嫌な私は愛里寿の鼻を摘んでやったりする。すると愛里寿は頰を膨らませながら仕返しに私の鼻を摘もうとするけども、私の鼻先に伸ばされた小さな手を払って、今度は愛里寿の柔らかい頰を摘んでやるのだ。すると愛里寿はムキになる。私はマウントを取られたまま、愛里寿の猛攻を払いながら彼女の柔らかそうな部位にちょっかいをかけてゆく。これは愛里寿が疲れるまで続けられて、そのまま二人でソファーで眠ることもある。私が俯せで寝ていると愛里寿が背中に乗ってくる。私が体を横にすると、どういう訳か愛里寿は私の上に乗りたがった。大して重たくもないし、ある程度、圧迫感があった方が心地良い。それに子供は体温が高いので掛け布団代わりに丁度良かった。

 でもベッドで寝ている時に布団の中に潜り込むのは本気で驚くのでやめて欲しい。

 

 とある日のこと、

 私がソファーに腰を下ろして、フェルト用の羊毛をチクチクと針で刺していた。

 愛里寿の部屋を掃除した時、愛里寿が部屋にたくさん置かれたボコ人形を誇らしげに披露する姿を見た私は思いついたのだ。彼女が持っていないボコ人形を私が持っていると知った時、どれだけ悔しがってくれるだろうか。想像するだけで興奮する。好きな子には意地悪したくなるものだと誰かが言った。なるほど、確かにそうだ。誰にでも見せる他人行儀な笑顔よりも、本気の感情を露わにする姿の方が見ていて気分が良い。具なしの茶碗蒸しをプリンと勘違いさせたまま食べさせた時のことだ。「美味しいけど、これじゃない!」と声を荒げた後、釈然としないまま茶碗蒸しを頬張る愛里寿の姿はとても良いものだった。

 ともかく今はボコ人形(羊毛100%)を製作中。ネット上で丹念に調べ上げた結果、まだ商品化されていないボコ衣装(?)の中でも特にマニアの間で評価の高いものを選んでいる。試作したのをネット上に上げるとボコマニアの娘の為に是非とも売って欲しいというメッセージが届いたので、私の選択に間違いはないはずだ。余談ですが、五千円で売りました。

 ふふん、と鼻歌交じりにチクチクすること幾十分、最後にキーホルダー用の紐を付ければ完成だ。

 

「あ、ボコ!」

 

 と愛里寿が飛びついて来た。披露するのは、もう少し後の予定だったけども――目を輝かせる愛里寿の姿に、まあ良いかって思って手渡す。フェルト人形作りに使う工具を片付けていたのは幸いだった。

 

「これ、私も持ってる!」

 

 そういうと愛里寿はトタトタと部屋に戻る。

 残された私は一人、首を傾げる。此処にあるのは私が制作したものだ、つまり、市販されているということはあり得ない。しかしカルト染みた人気を持つボコだ、誰かしらが自作していたとしてもおかしくはない。

 少し残念に思いながら愛里寿が戻ってくるのを待つと、彼女は見覚えのある人形を大切そうに両手で抱えて持ってきた。

 

「ほら、一緒! お母様がプレゼントしてくれたの!」

 

 私が試作した人形を、愛里寿はとても嬉しそうに抱き締めている。

 私は一度、瞼を閉じると、無言でフェルト人形用の工具を取り出して、無言で羊毛をチクチクとし始めた。最初こそ何を始めたのか分かっていなかった愛里寿も新作のボコ人形の胴体部分ができたところで、わなわなと身を震わせ始めた。

 どうやら察してくれたようだ。

 

「そこまで大事にしてくれるなんて、私も嬉しいよ」

 

 私が白い歯をキラリと見せ付けながら爽やかに笑ってやると、愛里寿は苦渋に歪ませた顔でボコ人形を抱きしめていた。

 

「ゆっこのバカぁーッ!!」

 

 悲痛とも呼べる怒声を張り上げると後、愛里寿は二階にある自分の部屋まで走り去った。

 本日も島田家は平和です(個人的見解)。

 

 

「ゆっこと戦車道で試合がしたい」

 

 珍しく千代が同席する夕食時、そんなことを愛里寿は唐突に切り出した。

 

「もう我慢できない! 一度、ぎゃふんと言わせなきゃやってられない!!」

 

 愛里寿の怒鳴り散らすような言葉に千代はきょとんとした顔をしてみせる。

 そして私に視線を向けられるが、私は知らぬ存ぜぬを貫き通す為、敢えて視線を無視する選択を取った。

 雄弁は銀、沈黙は金。ここは黙りの一手だ。

 

「御嬢様、近頃はトマトが食べられるようになって偉いですね」

「違う、食べているんじゃない! 食べさせられて――むぐっ!」

「はい、あーん。素直になってくれて私も嬉しいです」

 

 悶絶する愛里寿の横で、まるで良い話のようにヨヨヨと涙を拭き取る仕草をみせる。千代は苦笑いを浮かべてみせた後、「そうね」と指先で顎を擦った。

 

「弓子さん、少し貴方について調べさせて貰いました」

 

 今日はボロニア風のミートソーススパゲティ、千代はクルクルとフォークを回して口にする。それから数度、咀嚼してから牛乳と一緒に飲み込んだ。

 

「九州の地方大会で幾度も優勝した経験をお持ちだとか?」

「小学生の頃の話ですね。中学生に進学してからは酷いものですよ?」

「ええ、知っています。一年目の九州大会以後、貴方は勝利した経歴が一度もない」

 

 しかし、と千代は静かに細めた目で私を見据える。優勝、という単語を聞いた時から愛里寿は驚きに目を見開きながら私のことを見つめている。

 

「小学生の時、唯一手に入れることができた動画なのですが――可笑しいのですよ」

「幼い頃は神童と謳われた人も歳を重ねるに連れて、金メッキが剥がれることもある。私もそうだったというだけの話ですよ」

「いえ、そういうことを言いたい訳ではありません。仮にそうだったとしても、不思議な点があります」

 

 いつもよりも丁寧な言葉使い、その真剣さに、私は口から出そうになる卑屈な言葉を飲み込んだ。

 

「小学生の時点で、貴方は既に中学生が相手でも十分に戦える実力を持っていました。それこそ黒森峰女学園中等部で中核を担うことができるほどの実力です」

 

 西住まほがそうであったように、と付け加える。私は恐縮するように肩を竦めてみせた。

 

「買い被りすぎです。事実、私は勝てなかった」

「戦車道にまぐれなし、あるのは実力のみ」

 

 西住流の次期家元が残した言葉よ、と千代が冗談めかして付け足した。

 

「一度、試してみましょう。もしかすると貴方の手助けになれるかも知れない」

「ゆっこと試合できる!?」

「ええ、ぎゃふんと言わせることができるわ」

 

 やった! と愛里寿が両手を広げて喜んだ。その隣で私は話の流れについていけずに少し呆然となった。

 

「どうしてそこまで?」

 

 ほぼ無意識に零した疑問に、千代は柔らかく口元を綻ばせる。

 

「娘のトマト嫌いを直してくれたお礼だと思ってくれれば良いわ」

「……直ったわけではありませんけどね」

 

 とりあえず、はしゃぐ愛里寿の口にトマトを突っ込んでやる。

 うぐっ、と嘔吐きそうになりながらも愛里寿は悔しそうにトマトを咀嚼してから飲み込んだ。

 確かにもう面白みがある反応とは云えなくなっていた。

 

 

 


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