隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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プラウダ戦記。
ナターリアについて、少し書いておかないと物語が形にならなかったので、
カチューシャが二年生になるまでの話を二、三話程度でお送りします。
書き終わり次第、削除分、微調整したものを投稿し直します。


番外編:ナターリア戦記(上)

 戦車道、それは古くから乙女の嗜みとして知られる武道の一つだ。

 現代では女性の乗り物として周知される戦車。その認識は戦間期、非力な女性であっても男性相手に対等に正々堂々と戦えることから女性に広く普及したと言われている。

 私、亀音(かめね)文恵(ふみえ)が初めて戦車道を見たのは、島田千代がA41センチュリオンを駆って世界を相手に戦う姿だった。縦横無尽の機動は世界の強豪すらも寄せ付けず、他の味方が倒されていく中でただ一輌、敵戦車の間隙を縫って次々と白旗を上げさせる光景は今も脳裏に焼き付いている。中学校に入学すると憧れのままに戦車道チームに入り、初めて戦車に乗せて貰うことができた。その時の車輌はT-18軽戦車、重量は6トンにも届かない二人乗りの小型戦車だ。先ずは戦車に慣れるところから、と先輩から車長席に座るようにと促される。キューポラからひょこっと顔を出して、期待が半分、恐怖が半分、ギュッとキューポラの縁を掴みながら出発の時を待っていた。

 四気筒ガソリンエンジンが唸りを上げる、その時の感動を私は今でも昨日のことのように覚えている。

 センチュリオンと比べて小柄とはいえ自動車とは比べ物にならない重厚な造り、この鉄の塊が本当に動くのかいまいち想像できなかった。だから前に動き出した時、胸に込み上がる感動は名状し難いものがあった。「ふわぁーっ!!」と歓声とも、悲鳴とも言えるような声を上げて、気付いた時にはキューポラから身を乗り出していた。唸るガソリンエンジンの音が、履帯が地面を削る音が、ガタガタと小刻みに揺れる振動が、その全てが私にとって感動と称するしかない出来事だった。

 その時から私は戦車道の虜となった。

 戦車を動かす、ただそれだけが楽しくて仕方なかった。

 

 楽しいだけの時期は過ぎ去って中学三年生になった頃、私は戦車道チームの一員として試合に出場するようになる。

 この年頃の乗員は基本的に才能がある者が操縦手や砲手を担うことになる。ちょっと体格が良かったりすると装填手に回され、何をやらせても及第点以下の子には車長をやらせるのが常だ。隊列を崩さないように走れたら及第点、止まった状態で狙った的に当てることができれば充分、中学一年生の時点で、その両方が出来ず、非力だった私が座れる席は車長以外になかった。その上、私は小心者だ。何も出来ない自分には自信が持てず、周りに迷惑を掛けないことばかりを考えてきた。戦車道の勉強に励み、録画した試合の映像を何度も見返して、いざ試合となると確実性の高い選択を取る。それは勝利を目指したものではなくて、後で周りから叱られたりしない為のものだった。そんな徹底的に博打を打たない安定思考は決して評判が良いとは言えなかったが、反面嫌われることもなかった。

 気付いた時にはフラッグ車に乗せられており、試合の度に胃が死ぬ思いだった。周りに迷惑を掛けないように死に物狂いで逃げ回っていた記憶だけが残っている。

 私は小心者だった、今になって思うと周りの目ばかりが気になって試合を楽しめた事がなかった。

 

 そんな私がプラウダ高校に入学したのは、やはり戦車道が好きだったからだ。

 東北出身の私が受験できたのは青森県のプラウダ高校か、岩手県のヴァイキング水産高校の二つであり、あまり生臭い魚が好きではないという理由で強豪のプラウダ高校を目指した。中学生時代に大した成績を残せていなかったけどフラッグ車の車長をやっていたということでギリギリ推薦枠に滑り込み、無事にプラウダ高校の戦車道チームに入ることができた。落ち零れで車長をやっていた私が強豪のプラウダ高校でレギュラーなんか取れるはずもないって思っていたけども、それでも自分用の戦車が持て、ガレージで好きに弄り、練習場の隅っこの方で戦車を動かせたら充分かなって考えていた。

 その緩い気持ちも高校に入ってから初めての戦車道の授業で打ち砕かれることになる。

 

 プラウダ高校、恒例の交流試合。

 新一年生チームと上級生チームで行われる試合は、一方的な蹂躙によって幕を下ろすのが通例だ。じゃんけんの結果フラッグ車を任されていた私のチームは、最後の最後まで取り残されて、周りの援護も得られないまま、猫が鼠を追いかけて遊ぶように全十輌からなる砲弾の嵐に晒された。砲弾が装甲を掠める度にビクリと身を震わせて、キューポラから周囲を見渡そうとした時、閉め忘れていた蓋が砲弾に削り取られていった。まるで地吹雪のように車体が揺れる。砲撃音が鳴り止まず、耳がおかしくなって恐怖の音が脳裏に反響する。もう身を丸めて、その場に蹲りたかったけど、周りに迷惑をかけらない。その一心で蓋の取れたキューポラから周囲を確認し、恐怖で胃が締め付けられるのを感じながら指示を飛ばした。必死だったから何を言ったのか覚えていない、何を考えていたかなんて分からない。もういっそ早く撃破して欲しい。という願いは届かず、嬲るように装甲を削り取られていった。数十分後、全十輌からなる砲撃に晒され続けた車体はスクラップ業車に引き渡すしかない有様だった。私は車体から這いずるように出ると、その場で吐いた。締め付けられる胃の痛みに意識を保っていられなかったのを覚えている。

 その翌日、「生意気だ」という理由で付きっきりの指導を受けた。あんまりだ。

 

「良い逃げっぷりだったな」

「……先輩、嫌味ですか?」

「嫌味じゃない、その才能は何時か役に立つ時が来る」

 

 指導を受けた後、慰めのつもりか、先輩の一人に声をかけられた。

 私は才能のないポンコツだ。中学校の時も隊長をしていないのにフラッグ車に乗せられて、負ける時は何時も一輌だけで追い回されてきた。交流試合で逃げ続けたのが癪に障ったのか、先輩達に目を付けられるようにもなって良いことがない。もう一回、もう一回、と筋トレのジムトレーナーのように際限なく繰り返される反復練習には何度ゲロを吐かされてきたのか記憶にない。

 頻繁に話しかけてくるエカチェリーナ先輩は鬱陶しかった、私は貴方みたいにやればできる子じゃない。

 

 此処まで自身で語ってきたように、私は戦車が楽しいだけの人間だ。

 戦車が好きで好きで堪らないといった人種であり、試合の勝ち負けにはあまり興味がない。それでも私が上級生による扱きに耐え続けてきたのは、ただ単に戦車に乗りたいが為だった。如何に強豪プラウダ高校と言えども、自分用の戦車を持てるのはレギュラー陣に限られる。だから私は自分の戦車が欲しいが為に必死に耐え続けてきたと言っても良い。「打倒、黒森峰!」を掲げる先輩達に付き合わされる形で日没後、夜中九時まで練習し、先輩達に巻き込まれる形で戦車談義に耳を傾ける。どうして戦車に乗りたいだけで此処までしなくちゃいけないのだろうか。そんなことを優勝を目指す先輩達の前では口が裂けても言えず、空気を読む形で粛々と黙々と話を聞き、現地練習にも連れ回された。人生削って、青春潰して、此処まで戦車に情熱を傾けられる先輩達のことが本当に理解できない。

 そして過酷な練習に付いていくことができず、私よりも勝利に拘り、私なんかよりも才能を持っていた子が戦車道を辞めていった。

 これは何時もの事なんだと先輩は言う、気にも止めていない様子だった。流石に三年生からの脱落者はいなかったが、二年生になってからも辞める者がいる程に今年の練習は過酷なんだとエカチェリーナ先輩は言っていた。試合に勝てる選りすぐりだけが残れば良い、勝利に拘るということは振り返らない事だ。そんなことをいう先輩達のことは、やっぱり私には理解ができなかった。

 たかが戦車道じゃないか、試合でなにかが貰えるという訳でもない。

 

 全国大会の準決勝、対黒森峰女学院戦。

 一年生チームで唯一、補欠として出場していた私は、負けて泣く先輩達に共感できなかった。私にとって辛いのは、試合で負けることよりも、戦車好きが戦車を嫌いになっていくことの方だった。流石に空気は読めるから黙っているけど、三年生の隊長がエカチェリーナ先輩の両肩を持ち、「お前達が私達の雪辱を晴らすんだ!」と泣きながら訴える光景を見ても、大変そうだな。ってエカチェリーナ先輩に同情するだけだ。そんなことよりも私は自分の戦車に、全国大会を通してあまり傷を付けずに済んだ事が嬉しかったりする。

 流石に殴られると分かっているから顔にも出さないけど。

 

 進級し、同学年の戦車好きは半数以下にまで数を減らしてしまった。

 エカチェリーナ隊長は「お前の世代は三年生が少なくなるから大変だな」と言っていた、どうしてそれを私に言うんですかね? 流石に目を掛けられていることは知っているけど、私なんかよりももっと隊長に相応しい子はいると思う――例えば、と思い返してみて、その全員が既に戦車道を辞めていることを思い出した。ほんっと糞だな、前三年生。残っている二、三年生でギリギリチームを維持できる程度、場合によっては新一年生を使うことも考慮に入れると隊長達は話していた気がする。

 詳しい内容は覚えていない、だって右から左に聞き流していたし。

 

「ナターリア、貴女が勝利に興味がないことは知ってるけど……」

 

 ガレージ内、愛機のメンテナンス中。一年生の時に同じチームを組んでいた郷里忍、愛称ライサに声を掛けられる。

 戦車道には不思議な風習があり、チームメンバーには愛称を付けるというものがあった。それで私はナターリア、名前の由来はよく知らない。そんなライサも今年からは私と別チームになり、車長として頑張ることになる。その時、チームが変わっても私達はズッ友だよ! っていったら苦笑いされた。

 さておき私の理解者である彼女とは行動を一緒にしている事が多い。それもそのはずで「打倒、黒森峰!」と傍迷惑な訓示を掲げる前三年生の地獄の特訓に付き合わされてきた仲だ。同じ車輌のメンバーだったこともあってか仲間意識は強い。過酷な訓練に私がゲロを吐いてきたところを見られているし、逆もまた然りだ。二人してよく上級生の愚痴を零す事も多い。

 そんな親友でもあるライサの何か言いたげな顔に、私は視線を逸らしてボリボリを後頭部を掻き、改めて彼女に向き直る。

 

「楽しいのが一番でしょ」

 

 戦車が好きというよりも戦車道で勝利することが好きって人間はみんな居なくなった。

 どちらが正しいとか、どちらが悪いとか、そんな話をするつもりはない。ただ一つ言えることは勝利する為の特訓で、どうしても勝ちたい人が居なくなり、戦車が好きなだけの私が残る前三年生のやり方は間違っていたということだ。エカチェリーナ隊長も、その点を踏まえて、無茶な練習は控える方針に切り替えると言っていた。その分だけ規律は厳しくしていくつもりのようだけど、勝利すればこそ楽しいと信じて疑っていない感じだ。私は逆だと思うんだけどな。楽しいからこそ厳しい訓練にも耐えることが出来て、好きだからこそ続けられる。勝てば嬉しい、それだけだ。

 そう思って笑顔で答えた私に「うん、そうだな」とライサは少し寂しげに答えた。

 

 今年の新一年生はどんな人が来るだろうか。

 戦車が好きな人が集まってくれると良い。勝利の為だとか、戦術だとか、そういう小難しい話ばっかりじゃなくて、もっと緩い感じで戦車について語りたい。エンジン音が良いとか、この装甲の形が好きだとか、無限軌道の構造だとか、そういった話だ。

 私は戦車が好きであり続けたい、そう願っている。

 

「ナターリア、此処にいるか!?」

 

 ガレージの入り口付近からエカチェリーナ隊長の声が聞こえてきた。

 うへぇっ、と思いつつ無視する方が後で面倒になるので「此処にいまーす!」と手を挙げる。何時の間にか二年生の纏め役に抜擢されており、そのことで相談を持ちかけられるから面倒臭い。愛機のメンテナンス中くらいはゆっくりさせて欲しかった。私の事情なんか御構い無しで「今年の交流試合の参加メンバーと車輌なんだが……」と勝手に話し始める隊長の言葉を上の空で聞き流し、今日の晩御飯は何かなと想いを馳せる。

 えっ、ちゃんと話を聴けって? それで良いじゃないんです? リストに上げてくれたら動くか点検して来ますって。

 あいたーっ!

 

 

 




ナターリアからそこはかとなく感じるマドレーヌ臭。
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