隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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番外編:ナターリア戦記(下)

 逃げのナターリア。

 それは前三年生達が付けたナターリアに対する蔑称であり、今の彼女を的確に表した言葉でもあった。

 彼女がその才能の片鱗を見せたのは去年の交流試合のことであり、先ず最初に上下関係を刻みつける為、徹底的に痛めつけようとした結果、なんと彼女は残り一輌になった状態から十輌の戦車に砲口を向けられて十分近くも生き延びた。その年の全国大会では、彼女は準決勝のみの起用であったが、その時も被弾は一発掠めただけだ。それからも定期的に試合で使い続けるもナターリアの戦車がまともに直撃されたことは一度もなく、ついぞ今日に至るまで一度も白旗を上げることはなかった。

 とはいえ戦車道において、被弾がないというのは必ずしも良いことではない。乱戦では戦車同士をぶつけ合う真似はしないし、防戦で身を張って敵戦車の進軍を止める時も避けに徹する癖があった。なによりも彼女には、なにがなんでも勝とうとする気概がない。

 もう少し勝利への執着を持っていれば、もっと活躍できる能力は持っている。

 ならば、せめて立場が彼女を成長させると信じて、二年生のまとめ役の立場に抜擢する。尤も、彼女の他にめぼしい存在も居ない為、消去法的にも彼女がまとめ役を任せるのが最適解ではあった。前三年生はやり過ぎた、見所のある二年生はほとんど辞めてしまった。私の世代はまだしも、来年以降は大変だろうな。プラウダ高校から強豪の文字が取れる日も、そう遠くないのかも知れない。

 無論、私も自分にできることは協力するが、ナターリアに立て直せる気がしなかった。

 書類を処理しながら私、エカチェリーナは溜息を零す。

 

 

「ええーっ! 折角、点検したのに使わないんですかー!?」

 

 階段で転んだのか、顔面を傷だらけにしたポリーナ先輩が息巻くようにを睨みつける。

 

「ええい、うるさいぞナターリア! やられっ放しでいられるか! 拳で返さないだけマシだと思えッ!」

 

 事情を聞けば、新一年生に暴行を受けたようだ。自分よりも弱い奴を虐めて、舎弟でも作ろうとしたのだろうか。まあ、ポリーナ先輩って背が小さいから勘違いされても仕方ないし、報復したい気持ちもわかる。が、しかしだ。

 

「整備科の皆に頭を下げて、突貫で試運転も済ませたのに!」

「お前は先輩の面子と自分の面子とどっちが大事なんだッ!!」

 

 自分ですけど、そんなことは口が裂けても言えず、口を紡ぐしかなかった。

 ポリーナ先輩。中学校の低学年のように小柄な彼女は、その実、戦車道のメンバーでは誰よりも気性が荒っぽくてすぐに拳を振り上げようとする。試合となれば、兎にも角にも最前線に立ちたがる血気盛んな人物である為、首輪を付ける意味でも前衛部の指揮を任される人物でもあった。

 そんな彼女は私の言うことに聞く耳も持ってくれず、試合用の戦車を持ち出すことを皆に告げた。前線に立ちたがるような人間は好戦的であるようで次々に愛機へと乗り込んでいった。整備係の皆には後で頭を下げに回らないといけないなあ、とそんなことを思いながらトボトボと私も自らの愛機に乗り込んだ。

 折角、交流試合用の戦車の癖とかも覚えて来たのに。現場しか知らない人間は戦車を乗り回せば偉いって思っているから嫌いだ。

 新一年生も余計なことをしてくれたものだ。

 

 交流試合。新一年生と二、三年生の戦いは、新一年生の勝利に終わった。

 私達は被害がない状態で相手が残り二輌になるまで圧倒していたのだが、通信機が途絶えたと嘘を吐き、不意打ちからのフラッグ車の一点狙いで逆転負けをしてしまった。不意打ちを仕掛けて来たのは小学生よりも小さな体躯の学年主席、そしてフラッグ車を撃ち抜いたのは長躯の少女であるノンナだ。正に執念で勝利を奪い取ったという内容に二、三年生チームの動揺は強かった。試合後、隊長室からは何かを投げつける音やエカチェリーナの荒れた声が聞こえて来たから「おお怖い怖い」と距離を取る。

 菓子折り持って、整備科の皆に謝りに行けば「もう行ってもいいよ」と疲れた笑顔で許してくれた。

 本当に申し訳ない。

 

 交流試合から数ヶ月が過ぎた。

 あの試合の立役者であるカチューシャの名は上級生の間でも度々、話題に上がる。授業の他にも一年生だけで戦車道の練習をしているようで、日没になると試験対策と戦車道で勉強会も行なっているようだ。その為、エカチェリーナ隊長からの評判も良く、「もたもたしていると抜かれるぞ」と私に釘を刺してくるようにもなった。別に抜かれても問題ないし、次期隊長の座も他に誰かが居れば変わってやりたいくらいだ。

 あまり乗り気でない私に隊長は溜息を零す。期待に添えられなくて、申し訳ありませんね。

 

 更に月日が経ち、第61回戦車道全国高校生大会。

 エカチェリーナ隊長は手堅い戦術により、一回戦と二回戦を被撃破なしで突破したプラウダ高校は準決勝戦で聖グロリアーナ女学院と当たる。聖グロの隊長は“疾風”の二つ名を持つアールグレイ、速度と手数を重視した機動戦術を得意とする人物だ。対して私達のエカチェリーナ隊長は一、二回戦と同様に絶対不壊を自負する防御戦術を以て迎え討つ構えを取る。しかしいざ接敵すると右から左からと敵の撹乱するような攻撃に陣形の維持が困難になった。それでも敵に釣り出されそうになった戦車を呼び止め、陣形が崩れるのを阻止する手際は流石のエカチェリーナ隊長だった。規律を重視するという方針が今、生きているのかも知れない。とはいえ、このまま削られ続けるのはジリ貧になっている気もするが――正直、勝ち筋が見えていないし、後で目を付けられるのも面倒なので三年生組に任せておけば良い。

 言われたことを必要最低限だけする、それが賢い生き方というものだ。

 

『先輩、こちら六号車です。隊長に取り次いでください。意見具申です』

 

 そんな時だ、後輩から通信が入った。今年の一年生で唯一、補欠として試合の出場を果たしたカチューシャだ。

 

『我々が敵に撹乱されているのは陣形維持の為に全周囲を警戒する必要があるからです。だったら索敵範囲を狭めればいいのです。左後方の断崖を背にすれば範囲を半分にできます』

 

 話を聞けば、背水の陣。既に何輌かやられている事を分かっていないのか。確かに上手くいけば勝てるかも知れないが、彼女がいう断崖付近は遮蔽物が少なすぎる。その上、相手は木々や茂みに戦車を隠すことができる地形だ。この作戦には防御に長けた指揮官と索敵能力に長けた広い視野を持つ人間の補助が必要だ、プラウダ高校に前者はあっても後者はない。結論、博打が過ぎる。

 

『待ち構えて冷静に対処すれば火力と装甲に勝る我々が……』

「うるさいわよ一年生! 身分を弁えなさい!」

 

 言い放って、乱暴に通信を切る。

 そもそもだ、数的不利の状況で半包囲をされるとか馬鹿のやる事にしか思えない。そんな意見を三年生に言えるはずがないだろうが。どうせ負けるにしても三年生の好きにやらせて、自分に満足しながら負けて貰うのが良い。どんな理由で敗退の責任を取らされるのか分かったもんじゃない!

 ……とはいえ相手にとっても決め手がないのも事実か。このまま時間が許す限りちまちまと機動攻撃を続けるのか、何処かで作戦を切り替えるのか。もし仮に私が聖グロの立場だったらどうするだろう? 十分に戦力を削ったところでフラッグ車に目掛けて、一点突破と云ったところか。では島田千代ならどうする? 世界戦で一度だけ見たことがある。全戦力を囮にした一大作戦。島田千代が駆る一輌のセンチュリオンが敵陣の背後から、まるで風の如くフラッグ車を射止めた逆転劇。日本戦車道ここにあり。島田千代個人の名を全国区にまで広めた伝説の一戦だ。もし決まれば格好良い、ああいうことが出来るのは極僅かの限られた人だけだ。

 勇気と無謀は別なんだと私は格好付けてスカしていた。

 だから私は、それまで丁寧に試合を運んでいた敵が、ほぼ全ての戦力を以て、真正面から現れたことに疑問を持たず、そのまま突撃をしてくる敵戦車の数を数えることを怠った。それは皆が目の前から突撃をしてくる敵に備えたから私もまた周りに合わせただけに過ぎない。

 私達が真正面の敵に注意を向けている隙を突き、背後の茂みからフラッグ車を狙い撃った敵の一撃。それを庇うように飛び出した戦車が一輌。辛うじて砲弾は防いだが、飛び出した戦車はそのまま白旗を上げる。突然の奇襲でも対応し、フラッグ車への射線を切ろうと二輌の戦車が動き出したのは流石のプラウダ高校。しかし相手の方が一手早かった。次弾。射線を塞ぎ切る寸前、針穴に糸を通すような一撃がフラッグ車を撃ち抜いた。

 バシュッと白旗が上がる。

 

『プラウダ高校。フラッグ車行動不能! 聖グロリアーナ女学院の勝利!』

 

 宣言される敗北に暫し、皆は唖然としていた。

 ちなみに横からフラッグ車を庇って、飛び出したのはカチューシャだった。……もしあの時、通信を繋いでいれば、もう少し違った展開もあったのだろうか? いや、もっと酷い負け方をしていた可能性もある。通信を繋いだだけで陣形が壊れていた可能性もある。

 だからきっと今日の私は、これが限界だったのだと思い込むことにした。

 

「あーあ、今年は決勝までは行けると思ったのにな」

 

 胸に疼く気持ちを誤魔化すように軽口を叩けば、「しょうがないよ」とライサが口にする。

 

「聖グロがあんな攻め方をしてくるなんて誰も予想できなかったし」

 

 本当にしてくるとは思っていなかった。それを口にすることが余りにも恥ずかしかったので「仕方ないよね」と更に軽口を重ねて誤魔化した。

 

「私達なりに精一杯やった結果だし」

 

 正直、悔しい気持ちなんてなかった。

 去年は前三年生が好き勝手して、前三年生だけで作戦を決めていた。今年もまた似たようなものだ。

 今回の大会も最初から最後まで戦っているのは私ではなく先輩達だったのだ。

 

「……どいつもこいつも負け慣れてるんじゃないわよ! 負けて悔しがるような奴は一人もいないの!?」

 

 試合後、愛機がトラックに運ばれて行くのを見送っている途中、背後から怒りを押し殺す声が聞こえた。

 なんとなしに生意気なちんちくりんの声のような気もしたけど気のせいってことにした。

 勝つ為に、勝つ為に、その為にどれだけの人を踏み台にすれば気が済むのか。

 たかが戦車道、負けて死ぬことはない。されど戦車道、私は戦車を好きでいたいだけなのだ。

 

 

 戦車道全国高校生大会を終えた数日後の話、

 三年生の引退が迫り、練習も緩くなり始めた頃合いの事だ。

 

「最近なんか一年の連中、妙に張り切ってない?」

 

 休憩時間、女子トイレにて誰かがそんなことを言った。

 

「なんかノリが暑苦しいよね」

「せっかく気楽にやれると思ったのに、またあんなしんどい練習を毎日やれって?」

「超ダルーい」

 

 個人的に言わせれば、やりたい者にはやらせておけば良いって思う。勝つことを目指すことも戦車道だと思うし、やるからには勝てた方が良いだろう。これで私が次期隊長の立場になかったら放っておけば良いとか言えるのだけど。

 

「ねえナターリア、なんとかしてよ。あんた隊長になるんでしょ?」

 

 ほら来た、これだよ、これ。中学生の時から皆、厄介ごとは私に押し付ける。派閥だとか、なんだとか、そういうのは面倒だから勘弁して欲しい。かといって放置することもできず、当たり障りのないことを口にした。

 

「うーん……私も戦車道はもっと楽しく仲良くやれた方が良いと思う」

「でしょー?」

 

 そこからは好き放題、言いたい放題だった。ギスギスしてるだの、ゆるふわな感じが良いだの、戦車道は高校の選択授業でしかないだの、勝負に拘るのはダサいだの、そんな言葉が次から次に溢れ出した。確かにギスギスするのは嫌だし、たかが戦車道っていう気持ちは共感できるけど、別に勝負に拘るのはダサいとは思わない。口には出さないけど。

 

「そういう雰囲気を煽っているのってカチューシャとノンナだよね。あいつらをなんとかしないと一年の連中が調子付く一方だと思うよ」

 

 そんな仲間の言葉に「そうね」と同調する。

 特にカチューシャは要注意人物だ。勝利を目指すにしても、緩くやっていくにしても、彼女とは必ず衝突することになる気がする。というよりも私が隊長をしなかったら彼女が隊長になるのか――今一度、周りを見渡す。全国大会での敗北から大して日も経っていないにも関わらず、暢気な面構えだ。これではもう一度、勝利を目指して頑張ろうという気持ちにはなれないはずだ。それもそのはず、前三年生の出る杭を打つ方針のせいでそういった暑苦しい連中は淘汰されてしまっている。今残っているのは私と同じく、上級生に媚び諂って、のらりくらりと生き延びて来た者達だけなのだ。

 そんな彼女達を私は同じ苦楽を共にした仲間として見捨てる事ができない。

 

「確かにこの辺で一度、上下関係をはっきりさせておいた方が良いかもね」

 

 下克上は許さない、そうでなくては二年間耐えてきた意味がない。

 カチューシャ達には悪いけど、私も後輩に戦車を取り上げられる訳にはいかないのだ。

 

 

 

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