隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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誤字報告ありがとうございます、名前が懐かしい……



番外編:不死鳥の名は伊達じゃない。②

 この世界に来てから先ず私が最初にしたことはコンビニで新聞を買うことだった。

 備え付けのATMにキャッシュカードを通して、暗証番号の入力画面では先ず最初に「0000」と入力し、次に「0123」と入れてどちらも不一致であることを知る。だから最後の一回は自分の誕生日を入れると見事に口座が開かれた。とりあえず一万円札を下ろし、そのままサンドイッチとカフェラテ、そして適当に引き抜いた新聞を手に入れて、イートインコーナーに足を運んだ。

 新聞を開くと平成二四年六月一日と記載されている。私が知っている日付だと平成二六年八月二九日だったはずだから、やはり私が知る世界とは違うようだ。横須賀鎮守府に配属されたのは平成二五年、艦娘が実用化されたのも同年だ。なので過去に戻った可能性も考えてみたが、この平成二四年という時期は突如として出現した敵勢力、深海棲艦によって海軍が壊滅的なダメージを受けた後の時期になる。制海権を失った結果、外国との海路を遮断されて国内は混乱していたはずだ。しかし新聞の一面を飾るのは、とあるタレントの不倫騒動。他の頁を捲っても深海棲艦のしの字も出てこなかった。平和ボケとも云える長閑な雰囲気から察するに、やはり私の知る世界とは違うのだろうと当たりを付ける。

 此処まで歩いて来て、誰からの監視の気配もない。そもそもだ、今の私は艦娘として取り付けられていた機能を失っていた。まるで普通の人間のように身体はひ弱になっており、幾分か体力が落ちていることも感じる。なにかの思考実験かとも思ったが、それにしたって艦娘の身体をわざわざ真人間の体に入れ替える意図が見えない。

 理由は分からないが、どうやら本当に私は自由の身になったようだ。

 

 とりあえず生きるのに必要なものを揃えなくてはならないか。

 商店街、もしくはスーパーが何処にあるのか店員に聞いて街を散策する。その最中、通りすがる人から妙に視線を感じた。銀髪が珍しいのか、それとも海軍支給の制服が珍しいのか。誰も彼もが私を見て、通りすがりに振り返る。どうにも注目を浴びてしまっているようだ。せめて衣服だけでも普段着っぽいものに変える為に目に付いた服屋に寄り、店員さんに適当に見繕って貰うと余計に注目を浴びるようになった。煩わしい。やはり銀髪をどうにかしないことには、周りからの注目を避けることは難しいようだ。

 適当な喫茶店で食事を摂り、それが量の割に値段が高いことを知る。

 どうやら一千万円あるからと油断していると簡単に吹き飛んでしまいそうだ。ならば自炊するのが良いか。一応、部屋には備え付けのキッチンがあった、当番で簡単な料理を作っていた経験もある。しかし自炊するにも道具を揃えるところから始めないといけないか。そもそも部屋には冷蔵庫すらも置かれておらず、自炊を考える前に用意するべきものがある。とりあえず机に椅子、寝具も必要か。シャンプーにリンス、ボディーソープ。暁に薦められてから使い始めた化粧水に保湿クリーム、私が愛用していた商品はこの世界にも置いてあるだろうか。ああもう、考え出すとキリがない。自由を得るということは、自分のことは自分でやらねばならないと云うこと。これなら鎮守府で管理されている方が楽だったな。と溜息を零す。

 絶対に必要なもの、弁当と飲み物。先ずは生き延びることから始めよう。

 

 数週間が過ぎて、生活も安定して来た頃合いだ。

 私は少し遠出することにした。青森県にも海軍が保有する軍港がある、鎮守府ではなくて警備府だけど。どうせ海を見に行くのなら自分に縁の深い場所が良いと思って、ガタンゴトンと電車に揺られ乗り継いで大湊までやってきた。そして大湊警備府の門前まで訪れて、やはり此処が自分の知る世界ではないことを知る。大湊までは何度も演習で来たことがある。その時に見た自分の知る外観と、目の前にある警備府の外観は違っている。ほんのりと雰囲気は似ているが、それだけだ。

 道すがら適当な御店で唐揚げを購入して、熱々の唐揚げを頬張りながら海辺まで降りる。見渡しの良い場所を選んで、ブロックの塀に腰を下ろして海を眺めた。此処は私が知る世界とはあまりに違っている、しかし変わらないものも此処にはあった。目の前に広がる大海原、大湊の海は私が居た世界と同じだった。そのことが嬉しくて、切なくて、胸をギュッと握り締める。

 嗚呼、海に出たい。と強く思った。

 ブロック塀から砂浜に飛び降りて、海の近くまで歩み寄る。無理だと分かっていても海面に足を置き、そのままちゃぷんと足が沈み込んだ。海水が靴に染み込んでくる。靴下までぐっしょりと濡れたのを見届けた後、海の遠くを眺めた。この身体では大海原を駆けることはもう叶わない。そのことを実感し、キシキシと胸の奥で軋む音が鳴った気がした。

 このまま沖まで歩いてみようか、波に拐われてみるのも良いかもしれない。

 

「こんたどごで何してらが?」

 

 そんなことを考えていると後ろから小さな子供に話しかけられた。見た目は小学生くらいか、艦娘として幼い身体を持つ私よりも幼く見える。少女は波打ち際まで歩み寄り、ふんにゃりとした笑みを浮かべながら言葉を告げる。

 

「姉っちゃ、何があったがは知らねぁが生ぎでればえごどあるだ」

 

 小学生にしては聡明な、諭すような言葉遣いに「ああそうか、自分は死のうとしていたのか」と気付かされる。別に本気で死ぬつもりはなかった。私は踵を返して砂浜へと戻り、「誤解させてしまったようで悪かったね」と少女の頭を撫でた。「んだら良かった」と少女は嬉しそうに笑ってみせた。

 

「姉っちゃは外人だが? 綺麗な髪してら」

「日本人だよ。珍しい髪をしているとは思うけどね」

「ふぅん、初めで見だ」

 

 濡れた靴と靴下を脱ぎ、日当たりの良さそうな場所に置いて乾かす。

 その間も少女は私から離れようとはせず、ブロック塀に腰を下ろす横でじぃっと私の髪や瞳を物珍しそうな目で見つめていた。鎮守府に着任した時、初めて顔を合わせた提督の目と似ているな。となんとなしに思った。波が立つ、水面に白い泡を交えながら波打ち際を押しては引き、引いては押す。思えば、こんな風にじっくりと海を観察したことは今までになかった。私にとって海とは当たり前のもので、感傷に浸るものでもなければ、興味や関心を引くものでもなかった。知識として海流を知り、魚雷の雷道を計算する為に観察する。時には相手の魚雷を回避する為に海流を利用したこともあった。

 つまるところ、私にとって海とは敵でもあり、味方でもある。眺めるだけの今とは違って、もっと身近なものだった。

 

「……ん?」

 

 そんな時、急に波が大きくなった。

 何が起きたのか、艦娘として戦場に立ち続けてきた経験から注意深く周りを観察する。

 そして見た、あまりにも大きすぎる船影を。シルエットからして空母だということは分かる。異様なのは、そのサイズだ。それは艦娘ではない戦艦の方の大和ですら比べものにならない程に大きかった。十倍以上は確実、ざっと三十倍程度か。あまりのスケールに何度も瞬きをし、目測での大きさを測り直した。もしかすると艦娘と人間では、ものの見え方が違うのかも知れないとか、そういう疑問が湧いて出てくる有様である。よく見れば、本来、戦闘機や爆撃機が配備されるべき甲板に家が建ってないか? 見間違いでなければ、あれは街だろうか。学校もある気がする。誰だ、あんなものを浮かべようとした馬鹿は、発案者を呼べ。陸地を海に沈める深海棲艦が蠢く私の世界でも計画に上がらなかった。いや、私の知らないところで上がっていたかも知れないが――病的な浪漫主義者が深夜の勢いで計画書を提出し、それがところ間違って認可されてしまったとしか思えぬ代物を前に「あんなものを浮かべて喜ぶか、変態どもが!」と思わず呟いてしまった。

 隣に座る少女は「姉っちゃは初めで見だが?」と見慣れた様子で問いかけてくる。

 

「あれはプラウダ高校の学園艦って聞いでら。まあ学園艦の中でも大ぎい方ど聞いどるがら驚ぐのも無理もねぇな」

 

 へらへらと笑う少女に、あんなものがまだ他にもあると知らされ絶句した。

 というか、学園艦? あれが学園? 人類は海に生活圏を見出しましたとか、そういう話ではなくて? ただの学び舎の一種として、あれを浮かべようとした馬鹿が居たと? それはきっと度し難い馬鹿だったに違いない。夢想と笑われるだけのものに情熱を持ち続けて、最後までやり遂げた行動力と経済力は決して馬鹿にできるものではない。いや馬鹿だけど。あの戦艦大和ですら、第二次世界大戦中は燃料弾薬が勿体無いからと最終決戦まで出撃させられず、ホテルと揶揄されていたというのに――ホテルをカントリーにして、平常運行するとか馬鹿のすることでしかない。艦娘の大和だって莫大なコストのおかげで決戦以外では出撃させることができないというのに。

 しかし、と海面を大きく掻き分けながら進む学園艦を見つめる。

 私の世界でも海上都市構想はあった。深海棲艦によって削られた陸地、生活圏縮小問題に対応する策として挙げられた事もあったが、実現するには技術的に難しいことも多く、そもそも深海棲艦の襲撃があっては建造するのは不可能ということで凍結された計画だ。だが、私は海と共に生きる存在だ。身体を休める時は陸に戻る必要があったが、それでも海で活動する為に生み出された存在だった。

 定期的に寄港する必要があるとはいえ海の上に築かれた生活圏、意識すればするほどに興味が惹かれる。

 胸が疼く、それは先程とは違う鼓動だった。

 

「……あそこに行くにはどうすれば良いかな?」

 

 隣の少女に問うと「受験だ」と答えられた。

 

「姉っちゃはまだ中学生だが? そいだば受験勉強けっぱればえよ」

「……受験、受験か」

 

 勉強はあまり好きじゃないんだけどな。六駆の姉妹は皆、勉強嫌いで通っている。

 そんなことも言っていられないか。と私は学園艦が目の前を通り過ぎるのを見送り――たぶん方角的には青森港に向かっている――、ブロック塀から腰を下ろす。まだ生乾きの靴下はビニール袋にしまって、素足で靴を履いた。

 振り返る、付き合ってくれた少女を見つめる。

 

「ありがとう、えっと……」

「周りがらはニーナって呼ばれでら、姉っちゃの名はなんだが?」

「ありがとう、ニーナ。私は……響だよ」

 

 その活躍ぶりから不死鳥の通り名もあるよ。とは流石に続けなかった。

 大湊で少女と別れた私は、自宅の最寄り駅まで戻ると早速、ネット喫茶へと向かって学園艦について調べ始めた。

 その帰り、大量の参考書を両脇に抱えて、山の上にある家へと戻る。

 

 




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