隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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番外編:不死鳥の名は伊達じゃない。③

 私の知識には偏りがある。

 戦闘兵器として必要な知識は身に付けているが、国語や社会、理科といった分野には弱かった。

 なので、丸一年を費やして勉学に励んだ。うん、私なりには頑張ったと思う。冬を越す時に司令室に置かれていた炬燵が恋しくなって購入した結果、抜け出せなくなるという事故は発生したが結果としてはB勝利判定を出しても良いはずだ。SとかAではないのは目的としていた船舶科に受からなかった為、ちなみにC判定は滑り止めで受けたヴァイキング水産高校に入学する場合である。さておき船舶科に入学できなかった以上、今世では私のセーラー服姿はお預けになりそうだ。いや、別にセーラー服目当てで受験している訳ではないけど。

 普通科ではあるが、無事にプラウダ高校に合格した私は学園艦に搭乗できる日を楽しみに待ち続けた。

 三月の半ば、まだ冬の寒気が残る時分、中学校の卒業証書がポストに投函されていたのを機に――どうやら不登校扱いを受けていたようだ――学園艦に移り住むことになった。プラウダ高校の卒業生が学生寮を去り、空いた部屋が新入生に宛てがわれる。寝台が一つ、あのアパートと同じく一人部屋。入学案内を見た時から知っていたことだけど、二人部屋になる場合もあるらしいから少しだけ期待していた。艦娘時代、駆逐艦娘は二人部屋だった。六駆だと私と暁、雷と電で二部屋だ。戦艦と正規空母、重巡洋艦は一人一部屋が割り当てられていたので羨ましく思うこともあった。しかし元の世界と似ているようで全く違う世界に飛ばされた後、ずっと一人で暮らしてきた私は人肌に飢えていた。コンビニの会計時に店員さんとアイコンタクトを取るだけで嬉しく感じてしまう程度には人肌が恋しい。

 それでもまあ授業が始まれば友達の一人や二人は出来るだろうか?

 

 とはいえ今はまだ三月の半ば、入学式まで一ヶ月近くもある。

 先のことよりも大事なのは今だ。貯金は既に八百万円を切っている、授業料のことも考えると残り五百万円程度だ。大学進学を考えると学費の免除は重要、最悪でも奨学金制度を活用できる程度には学力を上げておかなくてはならない。私はネットで学んだ。この学歴社会、学歴がなければ幸せな未来は掴めない。ひびき、おぼえた。

 卒業までの三年間、三年もあると云えるが、三年しかないとも云える。少なくとも三年生になるまでには、身の振り方を考えなくてはならない。何も思いつかなかった時は、防衛大を目指している気がする。お金の心配しなくても良いってのが大きな理由だ。でも、此処は前とは違う世界だ、似ているようで確実に違っている。だからもし世界や国家を守る職業を目指すことになったとしても、もう少し愛着を持てるようになってからで良い。私は戦闘兵器ではあったけども、確かに人の心は持っていた。兵器としての義務だけではなく、自分の意思で戦場に立ち続けてきた。

 だから、これもまた必要なことだと思っている。

 

 引越し業者に家具を運び入れて貰って、シックに様変わりした部屋を見渡し満足げに頷いてみせた。

 姉妹でルームメイトでもあった暁は可愛いものを好んだけど――大人びた雰囲気に憧れを持っていたが――、私は落ち着いた雰囲気の方が好きだった。薄い色の髪や瞳、肌とは異なり、濃くて深い色に味わいを感じる。アパート暮らしの時は、早急に生活基盤を整えなくてはならなかったので拘っている余裕もなかったが、これから三年間、お世話になる部屋だと思って少し張り切ったのだ。

 此処で一杯、お酒とか飲んでみたいな。

 あまり表沙汰にはされない事だけど、駆逐艦娘にも酒の支給はされていた。そのほとんどは舌が酒を受け付けなかったけど、一割程度が酒を常用していたことを知っている。私達は常に死と隣り合わせで生きていた。何時死ぬかわからない戦場に駆り出され、誰が死ぬのか分からない戦闘に祈りを捧げ、何時終わるかわからない戦争に明け暮れる。そんな中で酒は戦い続ける為に必要な薬だった。私は嗜む程度だったけど、深夜、人気の少ない場所に行くと泣き声が聞こえてくる事がある。物陰からそっと声のする方を覗き見て、その手元に酒瓶があるのを確認し、そっと距離を取る。体を壊すような飲み方をする子は少数だ、それでも体を壊すことを目的に酒を呷る者はいる。そういう子は大抵、仲間をなくしていたり、戦場で強いトラウマを植えつけられた子だ。姉妹達はどうしているのかな、彼女達のことを思うと少し酒が欲しくなる。

 元の世界に戻ることは不可能だということは、感覚で理解できていた。

 

 外に出る。

 ふぅっと息を吐いて、今日の御飯を買わなきゃ、と商店街に繰り出した。

 白い髪と青い瞳、それはプラウダ高校でも目立つようで色んな人達から好奇の目で見つめられる。でもまあ、こういう視線には慣れていた。黒スーツの目付きの悪いお兄さんに名刺を差し出されながら「アイドルに、興味ありませんか」と言われるようなこともない。あの時は思わず、逃げ出しちゃったけど。

 おいしいお汁がピュピュって出て来る(すごいすごい!!)コロッケを買い食いしながら商店通りを歩いていると、ざわざわと通りの一角が騒がしいことに気付いた。なんとなしに目を向けてみると、空色のケープを羽織ったミニスカで栗色の髪をした少女が通りすがりの人を呼び止めて、身振り手振りを交えながら何かを必死に訴えようとしていた。知らない顔――まあ私の顔見知りなんてコンビニの店員さんしか居ないのだが――だったので、絡まれないようにそっと距離を取ろうとしたら、少女の方が私の顔を見つめて来て、パァッと明るい笑顔を浮かべて大きく手を振ってきた。いや、私、貴方のこと知らない。人違いです。と顔を背けて、その場から立ち去ろうとすれば、「同志Верный(ヴェールヌイ)! どうして無視するの!?」と駆け寄ってきた。いやだって私、知らないし、その名前もまだ私のものではない。

 しかし心当たりがあった為、私は彼女が追いつける早さで人目に付かない場所まで逃げ出した。

 

 学園艦、海の見えるデッキにて足を止める。

 後ろからは見知らぬ少女がきちんと追いついてくれて、「はぁ……ふぅ……ようやく止まってくれた。目覚めてから体力が落ちゃってるよ」と両膝に手をつき荒れた呼吸を整える。そんな彼女のことを私は見つめながら考える。私のことを誰かと見間違えることは可能性としてあるかも知れない。しかし彼女から飛び出した名前が問題だった。Верный(ヴェールヌイ)、それは「信頼出来る」を意味する言葉。そしてロシア語圏内でも人名として使われようがない単語で、それはまだ改弐案として計画書に残るだけの名前でもあった。

 だから、その名で私を呼ぶ者は前世も含めて誰も存在していないはずなのだ。

 

「先ず最初に言っておくけども、私は響だよ。昔も今も響のまんまだ」

 

 もし仮にその名を使われることがあるとすれば、それはきっと私の知らない答えを知る者だ。

 

「同志Верный(ヴェールヌイ)……Ташкент(タシュケント)のことを忘れたの?」

「いいや、最初からだよ。私は貴女のことを全く知らないんだ」

 

 軍艦一隻に付き、同時に存在できる艦娘は一人だけだ。

 それは特定の軍艦一隻に付き、その軍艦の加護を与えられるのが一人である為だ。

 つまり艦娘は替えが利く、()が死ぬと次の()が誕生する。

 そういう仕組みだ。

 

「タシュケント、と言ったね。君は何年から来た? 私は平成二六年……いや、西暦二〇一四年八月二九日に死んだ」

「同志、それはおかしい。今日は西暦二◯二◯年一月のはず……」

「新聞でも買いに行った方が良いかな? ここではまだ、西暦二◯一三年だよ」

 

 あちらでは私が死んでから六年が過ぎているのか、それとも時空が歪んでいるか。

 そんなことはどうでも良い、彼女が帰る術を持たないことは見ればわかる。色々と問い詰めたいことはあるし、彼女の状況整理を手伝うつもりもある。

 だけど、そんなことよりも先に訊いておかなきゃいけないことがあった。

 

「六駆の姉妹……第六駆逐隊の皆はどうしているかな?」

 

 私は私が死んだことに後悔はしていない。でも、未練があるとすれば、それだった。

 

「……ああ、聞いたことがあるわ。同志は二人目だと、貴女がそうなのね?」

 

 タシュケントを名乗る元艦娘は語り聞かせてくれた。自分も知りたいことがいっぱいあるだろうに、それでも丁寧に教えてくれた。

 

「同志Верный(ヴェールヌイ)は過保護なくらい姉妹達に愛されていたわ」

「……うん、そうか。うん、姉妹達は元気にやっているんだね?」

 

 ふうっと息を吐き捨てた。僅かに込み上がる嫉妬の感情、それ以上に肩の荷が降りた気がした。

 それから簡単に、この世界について語り、此処が学園艦だってことも説明する。身体の感覚がおかしいことはタシュケントも気付いていたようで、軍艦の加護を失っていることも分かっていたようだ。これは狙ったわけではないが、海が見える場所まで移動したことで此処が超大型の艦船の上だと知り、元居た世界とは違うという話もすんなりと受け入れてくれた。

 やっぱり死んじゃってたのか〜、と項垂れるタシュケントに今後についての話を詰める。

 

「私の時はアパートの一室で目覚めたのだけど、タシュケントの時は違ったのかな?」

「段ボール箱の中で三角座りしていたからね。君がいう住民票も通帳もなかった……何処の誰かは知らないけど、こんな世界に送った誰かさんに私は人民に対する待遇の平等を求める!」

「艦娘に人権はなかったような……さておき、行く宛がないのなら私の部屋に来てみるかい?」

 

「良いの!?」と食いつく彼女に「同じ艦娘の好だよ」と返しておいた。

 顔も知らない、名前は少し知っている。それでも彼女を悪人ではないと思ったのは、彼女から仄かに香る鉄と油、それに潮の香りだった。ふと懐かしく想うそれに彼女の元が艦娘で、きっと同じ鎮守府の仲間になるはずだった人物で、私と同じように戦い抜いてきたことがわかるからだ。

 私が手を差し伸べれば、彼女はそれを受け取ってくれた。

 

「では改めて……響だよ。その活躍ぶりから不死鳥の通り名もあったよ」

「元嚮導駆逐艦タシュケント。同志響、よろしくお願いするね」

「……駆逐艦?」

 

 タシュケントの私よりも頭一つ分、大きい身体を見つめながら問い返す。

 

「うん、そう。駆逐艦なんだ。嚮導駆逐艦。まあ駆逐艦としては大きいかな、確かに」

 

 なんとなしに龍驤の独特なシルエットを思い出して、納得することにした。

 

 タシュケント、彼女を部屋に受け入れた翌日のことだ。

 寮のポストに茶封筒が投函されていた。差出人不明。中を開いてみると住民票が入っており、名前欄には「信楽(しがらき)そら」と明記されていた。ちなみに年齢は私よりも一つ下になっている。

 歳下? 妹なの? 私はタシュケントに手渡す前に住民票を何度も見返してしまった。

 

 

 




次回から戦車道、相方は雷繋がりでレ級と迷いました。
何処ぞのTS響化と一緒やんけ! となって代案としてあったタシュケントになりました。

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