隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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番外編:不死鳥の名は伊達じゃない。④

 そして今日が、その日の朝だ。

 ベッドの中、身動ぎすると身体が動かし難いことに気付いた。それもそのはず、この部屋にはベッドが一つしか置かれておらず、タシュケントは私のことを抱き枕のように抱き締めている。身体を揺すって抜け出そうとするもギュウッと抱き寄せられて身動きが取れなくなる。嚮導駆逐艦タシュケント、またの名を空色の巡洋艦と云う。その二つ名にあるように駆逐艦の枠を超えた胸囲の装甲厚は実に柔らかくて良い匂いがする。ぐぬぬっ、と彼女の胸の谷間に顔を埋めたまま、上目遣いにタシュケントの事を睨みつけたが、そんなことは露知らずと彼女は緩い笑顔で幸せそうに眠り続けていた。

 仕方ないから彼女の服の中に手を入れて、双丘を鷲掴んだ。

 

 

 もにゅっもにゅっふにょん、もにゅっもにゅっふにょん。これは、良いものだ……っ!

 

 

 今語るべきことではないのだが、

 潮の胸は後ろから揉みしだく為にあるのだと個人的には思っている。彼女はビクビクと怯える割には抜けた性格をしている為、彼女の背後に回り込んでも気付かないし、背中から抱き締めることは勿論、服の中に手を入れることも難しくなかった。

 ただ一度だけ下着の中に手を滑り込ませたことあり、潮を雌の声で鳴かせてしまったことがある。食堂で、皆が見ている前で。彼女は自分の上げた声と周囲からの視線に耐え切れず、マジ泣きしてしまって、綾波型の姉妹達に正座させられた状態で叱られたことがあって、それから直に揉むのは止めている。しかし私はあの時の感触を忘れていない。潮の胸は駆逐艦で最も素晴らしい揉み心地だと私は自信を持って言えた。

 しかし、その常識は本日を以て覆されようとしている。タシュケント、恐ろしい胸……ッ!

 余談だが同室の暁相手にも頼まれて胸を揉んであげていたが*1、果たして彼女の望み通りに胸部装甲は強化されたのだろうか。私の改弐の改装案では、胸部装甲は据え置きだったので見込みは薄い気がしている。あと暁の場合は胸を揉んだところで気持ち良くはないので、先端を摘んで反応を見てる方が楽しい。

 閑話休題。その日、私は肌艶良く気持ちの良い朝を迎えることができた。

 

「あ、んっ……ふわっ、同志Верный(ヴェールヌイ)? ああ、そうか。Привет(プリヴィエート)……って、何をしているんだい?」

 

 まだ寝惚けており、少し胸元が肌蹴た同志に私は両手を合わせて乳神様と信心深く拝んだ。

 

Спасибо(スパシーバ)、今まで出会ってきた全ての乳に感謝を捧げたい」

「……何を言っているのか訳が分からないよ、同志」

「同志Ташкент(タシュケント)、今はなにも理解できなくても良い。ただ一言、Хорошо(ハラショー)とだけ言わせてくれ」

 

 今日は私が朝食を作るよ。腑に落ちない様子のタシュケントに背を向けて、部屋に備え付けのキッチンまで足を運んだ。

 ちなみに此処は本来、一人で使うことを想定している。つまるところ部屋にはシャワー室とトイレ以外に部屋の仕切りがなかった。タシュケントがちょっと汗ばんだシャツを脱ぐ姿を横目に盗み見て、ぷるんと上下に揺れる生乳をさりげなく取り出したスマホでパシャッと写メる。うん、良い乳だ。これから先の共同生活が楽しみになってきた。後でおっぱいアイスを買って食べさせよう。勿論、スマホを片手に構えることは忘れない。

 そんなことを考えていると、何処か遠くの方でズドンと砲撃音が鳴った。

 

「……ん、敵襲?」

 

 のっそりと冷静に戦闘準備を整えようとするタシュケントに「違うよ」と声を掛ける。

 

「この世界は平和だからね、私達のような戦闘兵器は暇をしている」

「でも今のは確かに砲撃音だったけど?」

「実戦から遠のいた兵器は、昔とは別の使い方をされているんだ」

「同志、別のとはどういう意味なんだ?」

「私達の世界では弓道や剣道といった武道が世間に浸透していたように、この世界では戦車道と呼ばれるものがあるんだ」

「戦車道? ……随分と常識が変わっているようだな」

 

 タシュケントが首を傾げたのを見て、また一つ、この世界の常識について語り聞かせる。

 戦車道。私も詳しく知っている訳じゃないが、簡単に言ってしまえば、戦車を武道に落とし込んだものだと認識している。海外にもスポーツとしての戦車道が存在している為、戦車道は世界的な競技として認識されている。「軍艦道はないの?」というタシュケントの問いに関しては「何人必要になると思っているんだい?」と返しておいた。

 こうして話している間にも遠方から砲撃音が聞こえてくる。

 その度に、心許なさげにうずうずとしだすタシュケントに「見に言ってみるかい?」と聞けば、「うん、やっぱり一度、確認しておかないと落ち着かないかな」と力なく笑い返す。私はもう平和に慣れてしまったけど、つい先日まで戦場にいたタシュケントは非常時には臨戦態勢を取るように身体が出来てしまったままだ。

 百聞は一見に如かずという言葉もある。此処は直に見てもらうのが手っ取り早いと思った。

 

 朝食後、外に出る。学園艦の道路を自動車が走っている。

 この世界は戦車道が流行っている為なのか。乗り物に関する免許の年齢制限が緩い。前世では十八歳になるまでは取れなかった運転免許が、この世界では十五歳から取れるようになっており、戦車に乗った高校生が公道を走る光景を稀に見ることができる。となれば勿論、プラウダ高校の学園艦でも自動車を乗り回す生徒は一定数存在していた。それを見る度にタシュケントは口元を引き攣らせながら、そっと車道から離れて歩道の内側に身を寄せる。

 そんな彼女を横目に見つめながら、私は人差し指を指揮棒のように振りつつ上機嫌に鼻歌を口遊んだ。

 

「Aカップ、Bカップ、Cカップ、Dカップ、Eカップ、Fカップ、Gカップ、Hカップ♪ 8組のバストから選ぶとしたら君ならどれが好き〜♪」

「同志Верный(ヴェールヌイ)、その歌はどうかと思う」

「最も限りなく正解に近い同志Ташкент(タシュケント)。人の生きるという営みはおっぱいを吸うことから始まるんだ。つまり、おっぱいとは人生の原点であり、小宇宙を内包する真理でもあるんだよ」

「う〜ん、二代目の同志は随分と良心的だったようだ」

 

 道中、同志の蔑むような視線を無視しながら戦車道の練習場へと向かった。

 ここ東北地方は初春の時期であるにも関わらず、冬のように寒い。そういえばプラウダ高校の学園艦は極寒のロシアを実感できるように、青森に寄港する時以外はオホーツク海近辺を彷徨っているんだったか。タシュケントの空色ケープを貸して貰おうと指で摘んでみたが、煩わしそうに振り払われた。

 さておき、練習場では十輌程度の戦車が二組に分かれて練習に励んでいる。

 陣形を組んでの行進に励んでいる戦車もあれば、的に向けて砲撃を行なっている戦車もある。こんな言い方をしてはなんだが、思っていたよりも練度が高い。私達、艦娘は妖精さんの補助がある為、止まった的が相手なら訓練が不足していても当てることができる。心身共に成熟しきっていない私達が深海棲艦を相手に戦うことができるのは軍艦の加護と妖精さんの補助があってのことだった。だから学生であるにも関わらず、綺麗に隊列を組み、二射目で確実に的を仕留める彼女達の動きには素直に驚いた。「同志、ここって本当に平和なんだよね?」とタシュケントが問いかけてくる程度には練度が高い。

 そうやって眺めていると練習に励んでいた戦車の一輌が隊列から離れて、私達の下に近付いてきた。

 キューポラからジャケットを着込んだ少女が身を乗り出し、私達に向けて手を振る。

 

「もしかして新入生かな!? 私は隊長のナターリア! 貴女達、戦車道に興味ある!?」

 

 そういって満面の笑顔を向けられたものだから私達は曖昧な笑顔を返すことしかできなかった。

 

 

 プラウダ高校、隊長室。

 此処はプラウダ高校戦車道の歴代隊長が使ってきた部屋であり、創立時から現代に至るまでの資料が所狭しと本棚に詰め込まれている。その資料の大半は陳腐化しており、時間的な意味で読み解くことは難しいが、まだ戦車道がマイナー競技だった頃、黎明期とも呼べる時代の記録も残っている為、見るものが見れば、此処は宝の山のように映るに違いない。なにより今は記録映像でしか確認することができない西住しほや島田千代が高校時代に取った戦術を事細かに分析した資料まであったりするのだから私の関心を惹くには十分だった。今日中に終えなくてはならない書類処理の束を長躯で艶のある黒髪が特徴的な女性が処理する横で、好奇心が抑え切れなかった私は古びたノートをパラパラと捲る。

 何度も見返した伝説の一戦、その数々。現代戦車道の基礎を築き上げた二人の戦術から目を離せない。

 

「カチューシャ、先に資料をまとめておこうって言ったのは貴女ですよ?」

 

 ノンナの冷たい視線に晒されて、仕方ない。と付箋付きのノートを閉じる。

 

「……そういえば、ノンナ。この付箋って結構新しいみたいだけど、心当たりある?」

「いいえ、あるとすればエカチェリーナ先輩では? 研究にも熱心な御方でしたし」

「ああ、あり得そうね」

 

 戦い方からして西住流や島田流の信奉者ではなかったのだけど、そんなことを考えながら書類まとめに精を出す。

 西住流の真髄は分進合撃、高校時代は生徒達に分かりやすく伝える為の鉄床戦術だ。対する島田流は、状況に応じた部隊の再編。小隊の抽出と再編を繰り返す密な連携は高校生が行うにはちと辛い。その為、高校時代の島田千代は西住しほに負け越しており、大学時代では島田千代が僅かながら西住しほに勝ち越していた。その二人と比べて、エカチェリーナ先輩の戦い方はシンプルだ。防御陣形と言ってしまえばそれまでだが、実際にやっていることは戦力と火力の集中だ。戦力分散の愚を犯さず、各個撃破のリスクを抑えて、砲撃目標は常に一箇所、断続的な砲撃は許さず、スラッグガンのように敵陣形に穴を穿つことを目的とする。相手が如何なる戦術を使って来ようとも、亀のようにじっと耐え、粛々と敵を殲滅する姿から“永久凍土”の二つ名を持つ。それは全く試合が盛り上がらない為、観客席が凍土のように冷え込むという皮肉も込められていた。

 つまるところ、機動戦を重視する西住しほや島田千代の戦術とエカチェリーナ先輩の防御戦術は相容れない。

 

 だからちょっとした違和感を感じた、それだけの話だ。

 

「そういえばノンナ。この間、銀髪の子を見かけたのよ。明らかにロシア系って見た目の子よ」

「最近、噂になっていますね。入学式を控えたこの時期に現れたことで新入生じゃないかと噂になっています」

「そうなのよ! なにより、あの身長が良いわね。彼女、戦車道に興味ないかしら?」

「でも長躯の女性が傍に付いていますので、ただ単に家族ぐるみでの引越しという話も出ていますよ」

「えー、なによそれ!」

 

 商店通りを歩いている時に見かけた自分と同程度の体躯の子。

 まだ中学生だとするならば身長も伸びるだろうか。そもそも私が卒業するまでに入学するのかも怪しい。

 折角、カチューシャが直々に可愛がってあげようと思ったのに。

 不貞腐れつつも書類整理の手は止めない。

 

 

 最初に断れなかったのがいけなかったのだろうか。

 トントン拍子で話は進み、私とタシュケントは今、戦車の中に乗り込んでいる。鉄と油の臭いがする。少し懐かしさがあって、ちょっとした親近感があった。この空間は手狭だけど嫌いじゃない。私が砲手でタシュケントが操縦手、そして私達二人には戦車道の先輩が一人ずつ付いている。私の補佐には私達を戦車に乗せた元凶のナターリア、そしてタシュケントの補佐に付いているのはライサと名乗る片目隠れの子。これは所謂、体験入部というものか。タシュケントは少し面倒そうにしながら、ゆったりと戦車を走らせる。ナターリアが物知り顔で言うには、「戦車は一般車とは違って、タイヤの向きを変えることはできないからね。左右の履帯の速度を切り替えながら動かすのだけど――ハンドルと違って感覚的に動かせないから慣れるまで時間かかる子が多いのよ」とのことだが、艦娘は海上を氷の上を滑るように動き回る都合上、左右の出力を細かく切り替えながら高速戦闘を展開している。艦娘をやっている以上、嫌でも感覚で身に付けることになる基礎技術だ。だからタシュケントもコツを掴むのは早かった、真っ直ぐに進みながら方向転換できないかなって試す程度には呑み込みが早い。結局、それは出来なかったが、補佐役のライサは「本当に初めて?」と顔を引き攣らせていた。対する私も計算には自信がある。というよりも艦娘の砲撃は基本、行進間射撃になる為、当てるにはそれなりのコツと勘を身に付ける必要があった。これで相手も動き回るのであればまだしも、ただ単に止まった的に当てろという話であれば、一度、試射をさせて貰うだけで修正できる。行進間射撃のコツは敵を追いかけるのではなくて、敵が照準の中に入ってくるのを待つことだ。

 私もタシュケントも身体能力は落ちているけど、戦場で培った経験や感覚までは失われていなかった。

 

「……凄い! 本当に初めてなの!?」

 

 両手を叩いて喜ぶナターリア、彼女はいくらかCOOLでお利口な胸をしていた。

 この窮屈な車内、私に手取り足取り教えてくれようとしたナターリアの形の良い胸が何度か背中に当たっている。それだけでも戦車道も悪くないものだなって思ったりする。でもまあ彼女には悪いが、私はまだ選択科目で戦車道を取ると決めたわけではない。もっと素晴らしい胸の持ち主が他にいるかも知れない。特に茶道はきっと良い。和服美人で茶を立てた後、軽くお辞儀する体勢から見える胸元はきっと素晴らしいものに違いないのだ。

「もう戦車道に入るしかないわ! こんな才能、埋もれさすなんて勿体ない!」とナターリアが捲し立てるが、私は自分の心に正直に生きると決めている。

 

「戦車道には個人用ロッカーは勿論、熱々の湯が出るシャワールームも付いているの!」

「シャワールーム……っ!」

「そう、練習後のシャワーは爽快よ! この為に練習をしているといっても良い!」

「ちなみに仕切りは?」

「か、簡易的なものだけど付いているわよ。……ちょっとガードが甘いけど」

「ガードが甘い……なるほど、わかったよ」

 

 私は戦車道に入るしかないと決心した。

 こんな才能を見逃す訳にはいかない。なるほど、その通りだ。目の前にある黄金の果実は捨て置くには惜しいものだ。

 私は自分の心に正直に生きることを決めている。

 

「……あとでシャワールームに案内してくれないかな? それと少し汗をかいたから使い心地を確かめさせて欲しい」

「勿論、構わないわ。あとで一緒にシャワーを浴びましょう。お姉さんも御一緒する?」

「……私は外で待ってる」

 

 タシュケントの私を見る目が絶対零度の如く冷たいものになっていたが、私の滾る想いを諌めるには至らない。よーしパパ特盛頼んじゃうぞー、と練習後の楽しみを糧に張り切って砲を構える。

 

「あ、でも、カチューシャ達に見つかると厄介だから内緒ね」

 

 今、あたかも思い出したように付け加えられた言葉。

 その時、ナターリアの顔が腹黒く見えた。

 

 

 

*1
揉むと胸が大きくなると吹き込んだのは私、そこで誰かに頼んじゃうのが暁クオリティ。


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