ロッカールームの奥に設置されたシャワールーム。
幼い見た目のおかげか、私の姿を見たからといって胸や秘部を隠そうとする者は少なかった。
遊んでいるものが少ないのか、遊ぶ暇すらもないのか、皆が皆、瑕のない綺麗な身体をしている。重い荷物を持つ機会が多い為だろうか、薄っすらと筋肉が付いた凹凸が尚のこと素晴らしかった。
シャワールームの方だが、最初、ナターリアが言ったようにガードが甘かった。仕切りはあるし、戸も付いてはいる。しかし胴体部分を隠すだけで、汗を流す姿を隠しきれているわけではなかった。肝心の胸は見えないが、肩と足は見えるし、シャワールームに入る時はみんな全裸なので大した問題ではない。むしろ仕切りがあることでパーソナルスペースが確保されているのに、それが晒されているという事実に興奮する。瞼に焼き付けた彼女達の裸体が木板一枚の向こう側でどうなっているのか想像するだけで御飯三杯はいける。シャアアアアッという水音、もくもくと上がる白い湯気、落とした汗と共に床に流れ落ちるお湯。その全ての光景に興奮する。とはいえ直視していると警戒をされてしまう為、胸から視線を外し、視界の端で他者の胸を観察する。この周辺視野は意識して鍛えてみると、意外と鮮明に映像化できるものだ。
余談だが艦娘の半分以上は同性愛者だ。というのも、鎮守府という閉鎖された環境で関われる異性は提督と憲兵くらいしか存在しておらず、異性に憧れを持っている艦娘――所謂、提督LOVE勢――以外が同性に興味を持つことは少なくなかった。そして非番の日には、他に娯楽がないという田舎のような理由で肉体関係に及ぶ者は多い。
そしてナターリアは私のことを年下だと思っている為か、油断していた。
使い方が分からない。と無垢な瞳を向けるとナターリアは仕方ないなって顔で一緒のシャワー室に入り、お互いに一糸纏わぬ姿で熱めのお湯と白い湯気に肌を晒す。結論だけを告げる、眼福だった。足を滑らせたふりをして、彼女の胸に顔も埋めた。最高だった。
ほくほくと肌艶良い私の姿を見たタシュケントは私のことを蔑んだ。
事を終えた後に私が姉で、タシュケントが妹と告げるとナターリアの目が点になった。
†
今日は驚きの連続だった。
戦車道の練習中、フェンスの向こう側で新入生らしき少女が子供を連れて、戦車を操る私達の様子を眺めていた。
ちょうど今日の訓練もひと区切りが付いたところだったので「戦車に乗ってみない?」と軽い気持ちで誘ったのだ。戦車に乗るのは初めてだという二人組、片や栗色の髪をした少女で空色のケープを肩に掛けていた。もう一人は小学生高学年から中学生になったばかりといった感じの子で、透き通るような青い瞳、背中を覆い隠すほどに長い銀色の髪がサラサラと風に揺れる姿が幻想的だった。髪の色、瞳の色、共に違っていたが、二人は自分達のことを姉妹だと名乗る。その割には同志ヴェールヌイとか、同志タシュケントとか、あだ名に加えて同志呼びなのが気になったけども、そういうお年頃かも知れないと思って深く追求することはやめた。もし仮に子連れの親同士が結婚したという話を聞かされても反応に困る。
そんな不思議な雰囲気を持つ二人であったが、戦車を扱うセンスは人並みを外れていた。操縦桿を握るお姉さん、信楽そらは十分もしない内に戦車で遊び始めたし、砲手を務める女の子、信楽響は二発目で砲弾を的に当てていた。余りにも呑み込みが早過ぎる二人に、ついつい興が乗って色んな役割をやらせてみたところ、砲手、装填手、操縦手、と三つの分野で二人は人並み以上の結果を出してのけた。本当に素人かと疑いたくなる程であったが、操縦席に座らせるとアクセルとブレーキを間違えることもあったし、砲手として照準器を覗き込む姿はぎこちなかった。世の中には天才が居るものだと改めて実感させられる。
ただまあ最も驚いたのは、響の方が姉だという事実だったりする。
それから二週間、戦車道の練習を見学しに来る姉妹を誘っては戦車の乗り方を教えた。
信楽姉妹は呑み込みが早い上に素直なので、つい戦車を教えるのが楽しくなって構っちゃうのだ。シャワールームで汗を流した後、更衣室の長机に響を座らせて美しい銀色の長髪を乾かしてあげるのは一日の楽しみだった。同じ小柄な体型であっても、クソ生意気な後輩と比べて随分と可愛らしいものだ。ただあんまり可愛がり過ぎると彼女の妹であるソラが不貞腐れてしまうので加減は必要、パッと手を離せば、すかさずソラが響を後ろから抱き締めて拘束し、じろりと周りを睨みつけて威嚇する。
その姿を見るのもまた一興だったが、あんまり敵意を向けられ過ぎると響の戦車道入りに支障が出るかも知れないので程々に。
さて、既に信楽姉妹の実力はプラウダ高校のレギュラー陣にも劣らない。
戦車を動かすだけならノンナにも匹敵する才能だ。彼女達はまだ戦車の常識や定石を学んでいないが、それを補って余りある才能に恵まれていた。それこそ妹のソラが今年入学じゃないことが悔やまれるほどだ。ただ彼女達は戦車道が好きという訳ではない、まだ戦車道に興味を持ったというだけの段階だ。プラウダ高校の厳しい訓練を課せば、戦車に嫌気が差し、あっさりと戦車道を止めてしまうかも知れない。いや、戦車が好きでもない段階では、その可能性の方が高い。
それでは駄目だ、私はプラウダ高校の徹底した上下関係を叩き込む従来のやり方が嫌いだった。
打倒黒森峰を掲げた九年間、過去から現代に至るまで着々と積み重ねてきた悪癖だ。絶対の勝利主義、絶対の実力主義。それは前隊長であるエカチェリーナの時代まで受け継がれてきた系譜であり、今はカチューシャが引き継ごうとしている。それは駄目だ、勝利の為に他全てを切り捨てるやり方では戦車好きが居なくなる。戦車を操ることに楽しさを感じず、ただ勝利をすることに喜びを見出す。そんなのは絶対に間違っている。
初めて戦車を動かした喜びを、初めて的に砲弾を当てた感動を、初めて戦車を撃破した時の手応えを、初めて勝利した時の衝動を――戦車道が人生を歩む為の道標だと云うのであれば、私は後ろを振り返った時に戦車道をやっていて良かった。と笑って言える道を歩んで欲しいと思う。
その為に勝利とは必ずしも必要なものではない。
それでも勝ちたいと願うのは、戦車道が大好きだからだ。
他の何で負けたとしても、好きなものでは負けたくない。
そうであればこそ、嘗てはエカチェリーナ。今はカチューシャが掲げる勝利主義を、
私は全力で否定する。
†
艦娘から真人間の身体になっても変わらないものは多い。
その内の一つが身体能力だった。強化骨格とか軍艦の加護、艤装といったものがない分だけ出力は落ちているが、それでもこの身は常人以上の身体能力を保持していた。具体的にいうと砲弾を片手で持ち上げて、そのまま砲身に殴り付けるように装填できる程度には膂力がある。ナターリア隊長に試しにと三年生全員と腕相撲をさせられた結果、無敗。タシュケント以外は相手にならなかった。まあタシュケントは私相手に余裕の勝利を収めていたけど。目の前でぷるんと揺れる双丘に目を奪われた瞬間、ズダンッ! と一気に勝負を決められた。容赦なく手の甲を叩きつけられた激痛に地面をのたうち回っていると「なんだか消化不良だな。同志
そんな一幕を混じえて、ナターリアの下で一通りの役割を体験させて貰った頃合い。
それは入学式を終えた放課後のことだった。
「響ちゃん、戦車道を履修してくれたんだってね。嬉しいわ」
ロッカールームにて、パンツァージャケットに袖を通すとナターリアに声を掛けられた。
真っ黒なインナーシャツを着込んだ姿、柔らかく肌に引っ付くような材質のシャツは彼女の弾力ある上質な胸の形を崩さず、くっきりと浮かび上がらせる。つまり、眼福。
表情は何時もと変わらない、纏う雰囲気だけが変わっている。意外と演技派だな、と思った。
「明日、通例だと新入生を交えて歓迎試合が行われることになる」
でも、と彼女は続ける。少しの後ろめたさ、そして覚悟を感じ取った。
「その予定を変更して、二年生と三年生の展示試合を行うつもりでいる」
どうして? と視線だけで問いかける。教えて欲しいのは変更した理由ではなく、それを私に教えた意味だ。
「力を貸して欲しい、ソラにも。絶対に負けられないから、万に一つの可能性も残したくないから――私は貴女達を守りたいと思っている。その為に貴女達の力を借りなきゃいけないってことは矛盾しているって分かっている、でも……」
――もうみんなが戦車を嫌いになっていく姿は見たくない。
その言葉に嘘は感じられなかった。
正直なことを言ってしまえば、どうでも良い話だった。派閥争いなんてつまらないと思うし、自分の正しさを声高に主張する連中ほど信用できないものはない。きっと方向性の違いだとか、そんなつまらない話に違いない。しかし感情というものは、つまらないことにこそ強く根付くものだ。感情だけでは処理し切れない、感情のせいで手を取り合えない。
そんなつまらないものに振り回されて素直になれない時の解決策として、古今東西で共通する御約束の手段があった。
「付き合っても良い、対価は頂くけど」
拳で語れ、喧嘩をして全力で相手に想いをぶつける事だ。
「ありがとう! 私にできることならなんでもする!」
ギュッと両手を握り締めるナターリアを見て、素直過ぎるのも困りものだと思った。
流石にこの流れで胸を揉ませて欲しいとは言い難い。