隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

70 / 105
Hoi4やってたら遅れました、サーセン!


番外編:不死鳥の名は伊達じゃない。⑥

「ようこそ新入生諸君! 私が隊長のナターリアだ! よろしく!」 

 

 新入生達を並べた練習場にて、ナターリアの威勢の良い声が響き渡る。

 耳障りの良い言葉を並べ立てる彼女の演説に私、響はBT-7M快速戦車の車内で静かに耳を傾けている。タシュケントは操縦席で退屈そうに欠伸をしており、「さっさと始めてくれないか?」と不機嫌そうに零す。そんな彼女の思いとは裏腹にナターリアの話は続けられる。曰く、私の方針はまず戦車道を楽しむということ自体を重視している。曰く、初心者でも大丈夫、撃たれても大丈夫、どんな失敗をしても私は君達を決して責めたりしないぞ。曰く、ブラック部活よ、さようなら。私達の目的はただ一つ、戦車道を楽しもう。そんな口説き文句では戦車道の強豪であるプラウダ高校にわざわざ受験した新入生の心は掴めない。

 私個人としては良いんだけどね、そこまで戦車道に人生を賭けているつもりもない。

 

「同志Верный(ヴェールヌイ)、随分とナターリアに入れ込んでいるようだけど?」

 

 不意に発せられた問いに私は少し驚き、思考してから答える。

 

「特に理由はないよ。けど彼女って、なんというか放っておけないんだ」

「……幸薄そうではあるかな?」

「たぶんだけど彼女は自分でも無意識の内に苦労を背負うタイプの子だよ。ああいう子は早死にし易いんだ」

 

 此処が戦場だったらだけどね、と澄まし顔で答える。

 

「確か同志は姉妹艦を目の前で失って……」

「それは史実、艦娘の六駆としては私が最初の犠牲者だよ」

 

 夢には見てたけどね、という言葉は口には出さなかった。

 艦隊の先頭で探照灯を照射し、敵からの集中砲火を受ける暁。たった一人で哨戒に向かって敵艦に捕捉された雷。そして私と持ち場を代わった直ぐ後で、私の目の前で轟沈する電。雷だけは書類上で消息を絶ったと報される場面が、暁と電に関しては夢とは思えない程に鮮明な光景を夢に見続けていた。

 人間の身体になってからは見なくなった夢だが、私が睡眠導入剤として酒を愛飲していた理由の一つでもある。

 

「今は辛気臭い話はいらないかな。それに私は未練はあっても自分の選択に後悔はしていない」

 

 同志Ташкент(タシュケント)、と軽い調子で彼女の名を呼んだ。

 

「二度目の人生、艦娘の時には得られなかった青春を楽しんでも良いと思う」

 

 そう告げるとタシュケントは、ふんと鼻を鳴らして背凭れに体を預ける。

 話の切りも良くなった頃合、BT-7M快速戦車の上部ハッチが開けられた。プラウダ高校の隊長に代々受け継がれるヘルメットを被るナターリアがひょっこりと顔を出して「もう直ぐ試合が始まるからね!」と言い残した後、ナターリアと入れ替わるように「よろしく頼む」と髪で片目を隠した女性が車内に入り込んできた。彼女の名前はライサ。ナターリアの親友で副隊長だ。そんな彼女にタシュケントは「まだ入学もしていない人の手を借りてまでして恥ずかしくないのかな?」と剣呑とした独り言を零した。

 引き攣った笑みを浮かべるライサ。最近、タシュケントのナターリアに対する当たりが強くなってきた気がする。

 

「それにしても本当にこの戦車で良かったのか?」

 

 話題を変える意味もあったのだろうか、ライサが問いかける。

 

「私達には、この戦車の方が性にあってるからね」

 

 そう答えると「それならいい」とライサが返す。

 BT-7M快速戦車を選んだことには勿論、意味がある。元駆逐艦娘の私達にとって、駆逐艦の戦い方は心得ていても戦艦の戦い方は馴染みが薄い。少なくとも装甲に頼るよりも機動力を重視した方が私達の性に合っていると思った為だ。

 エンジンが吹かされる。タシュケントは口先を尖らせながら戦車を走らせる。私が砲手と装填手を兼任、ライサが車長と通信手。そして緊急時の装填手を務める。ライサがハッチから顔を出して、周囲の戦車に何か合図を送っている。「空色に塗装したい」とタシュケントがボヤく。確かイギリスの戦車がそんな感じの色だったので戦車の塗装としては良いんじゃないかな。

 そんなこんなで指定の位置に付いた後、悠然と並ぶ戦車十輌の隊列を前に試合開始の合図を待った。

 

「……本当に、この距離で良いのかい?」

 

 私は照準器を覗きながらハンドルを回す。

 

「それってどういう意味?」

「少し距離が近過ぎるんじゃないかな?」

「……まあ確かにギリギリ砲弾の届く距離か。これを当てられる奴なんてノンナくらいだと思うけど」

 

 いや、とライサが首を横に振る。

 

「ちょっと驚かせてやろう。響、行けるか?」

「これだけゆっくりと照準を付けさせてもらえればね、十中八九は当てられるよ」

「フラッグ車は狙うなよ。一瞬で勝負を付けてしまったら敗北感を植え付けることができない」

 

 了解、と適当な戦車に向けて照準を合わせる。

 倒すことが目的ではないので、こちらに顔を向けている戦車、つまり正面装甲に砲弾が当たるように調整した。これで撃破してしまった時は、まあ運が悪かったと思って貰うしかない。

 引き金に指を添えたまま、合図を待った。

 

『試合――――ッ!!』

 

 開始、と通信機から聞こえるはずの声が二つの砲撃音によって掻き消された。

 それから一秒も経たぬ内に、ガッと金属同士がかち合う鋭い音が練習場に響き渡る。

 

「――同志Верный(ヴェールヌイ)、舌を噛まないでよッ! Раиса(ライサ)も!」

 

 沈黙、僅かな間。はじけ飛んだ二発の砲弾が地面に散らばる中、誰よりも早く反応したのはタシュケントだった。

 急発進、数秒遅れて両陣営から砲撃が始まった。陣形を整える暇もなく、全員が各々の判断で砲を撃つ。今の一撃で理解したのだ。この開始地点の間合いが安全圏ではないことに。いや、もしくは最初から気付いている者も数名居たのかも知れない。思わぬ開戦に指揮は崩壊、試合開始から一分も経たぬ内に試合はなりふり構わぬ撃ち合いの様相となってゆく。

 この急な状況の変化にライサは呆然としていた。

 

Раиса(ライサ)、敵が撃ってくる! 早く目を覚ましてッ!!」

 

 タシュケントの檄にライサは慌てふためくように頭上のハッチから身を乗り出した。

 両陣営から無作為に放たれる砲弾の嵐をBT-7M快速戦車が駆け抜ける。心許ない装甲、それを補って余りある速度。たったの一撃を受けることも許されない緊張感。ああ、これで一撃必殺の魚雷でもあれば最高だ。どうする? とタシュケントが視線で私に問いかける。それを私は無視して、頭上でハッチから身を乗り出すライサを見上げた。黒ですね、ちょっと食い込んでいます。タシュケントからの冷たい視線に晒される。

 コホン、と咳を鳴らして照準器を覗き込んだ。

 

「ナターリア、どうする!? 一度、距離を取った方が良いか!?」

 

 ライサが通信機に話しかける。

 

『……距離を取ることはできない。背後を見せた瞬間に倒される!』

「なら、このまま戦うのか!?」

『耐えてッ! 今はそれしかないッ!!』

 

 通信機越しに聞こえるナターリアの指示にタシュケントは不満あり気に唇を結びながらも操縦桿を操る。このやり取りの中でも、一輌、また一輌と砲撃の嵐に巻き込まれた戦車が白旗を上げていった。

 

『皆、撃破判定を受けた戦車を上手く活用して! この開けた土地では、それだけが遮蔽物になり得るわ! それにこの距離だと不規則に動けば当たらない、ノンナが相手じゃあるまいしッ! 当たったら運が悪かったってだけよ! 恐れないで! とにかく撃つッ! それから撃つッ! そして撃てッ! 相手よりも一発でも多く撃つッ!! 今はそれしかない!』

 

 徐々に減っていく戦力にナターリアの檄が飛んだ、焦燥する声で矢継ぎ早に各車輌へ指示を出し続ける。

 そんな彼女の声に耳を傾けながら、タシュケントはBT-7M快速戦車を走らせる。快速の名に恥じぬ速度を披露し、横列に並ぶ敵陣営の真横に付いた。「……お前達、何をするつもりだ?」そんな怯え混じりの声でライサに問いかけられる。「軽装甲、高速力。そんな戦車のやるべきことなんて決まっている」とタシュケントは敵陣を睨み付けた。「おいおい、まさか! おい、バカ、止めろ!」ライサの制止も届かず、タシュケントは思いっきりアクセルを踏み込んだ。

 駆逐艦娘の三大原則。恐れるな、怯えるな、怖がるな。敵の懐深くに飛び込んで必殺の一撃を叩き込むのが私達の役割だった。

 

Хорошо(ハラショー).同志Ташкент(タシュケント)、この展開は滾るよ」

「同志Верный(ヴェールヌイ)、良い趣味をしている。此処で一発気合を入れると云うのはどうかな?」

「良いよ、突撃には掛け声がなければ締まらない」

 

 すぅっと大きく息を吸い込み、そして私達は腹の底から雄叫びを張り上げた。

 

Ура(ウラー)!!」

 

 

 自信がなかった訳ではない、決して侮っていたつもりもない。

 カチューシャの下で戦術を学び、職業軍人による本場の訓練を受けたことで根性を鍛え直し、技術を基礎から徹底的に叩き込んだ。地獄とも呼べる二ヶ月の訓練は私達に少なからずの自信を植え付けた。この二ヶ月間に限っていえば、同学年で私達以上に頑張ってきた同学年の子は居ないと自負している。少なくとも日本の高校戦車道に限っていえば、私達のように心身共に鍛え上げた二年生は居ないはずだ。

 例え三年生が相手だとしても、決して引けを取ることはないだろう。

 学年対抗の展示試合を提案された時、三年生が私達(二年生)を侮っている事はすぐに分かった。試合の開始位置が互いの射程内だと聞いた時には巫山戯ているのかと思った。この距離からでも絶対に当てられないと高を括った、二年生如きに何をされても怖くない、という慢心を察した。

 何処までも舐めてくれる。

 

『ラウラ、舐めさせとけばいいよ』

 

 通信機越しに聞こえる静かな声、どうやらファイーナのようだ。

 キリキリとハンドルを回す音が聞こえてくる。彼女の役割は砲手、その腕前はノンナに次ぐほどだ。

 少なくとも、十分に照準を定める時間があれば、この距離で彼女が外す事はない。

 

「アレ、やるの?」

 

 これは単なる確認作業、三年生の度肝を抜くには丁度良い。『うん、やる』と彼女は即答し、そして大きく息を吸い込む音が通信機越しに聞こえてきた。

 

『やってやる』

 

 その強い意志の込められた言葉に、私は実行させない理由がなかった。

 それに相手の陣容には一輌だけ、場違いな戦車が存在している。あの戦車なら何処に当てても撃破することが可能だ。

 ファイーナもそれを理解しているだろう、彼女が乗るT-34/85中戦車の砲口はBT-7Mに向けられる。

 

 先ずは出鼻を挫く、相手が錯乱している内に蹂躙して大勢を決する。

 

 私、ラウラはカチューシャのように複雑な作戦は立てられない。

 エカチェリーナ前隊長のような安定思考。奇抜な作戦よりも堅実に火力を集中させることを主軸に置く。幸いにもプラウダ高校の戦車は火力と装甲に優れていた。私は難しいことをしなくても良い、出来ることを確実に熟すことを重視する。

 難しいことは全て、カチューシャに押し付ければ良い。

 

『試合――――ッ!!』

 

 私達の今後が決まる試合が今、始まる。

 と同時に砲撃音が鳴り響いた。その時、敵陣営でもマズルフラッシュが焚かれたのが見えて、金属同士がかち合うような金属音が空気を振動させる。何が起きたのか。本能では分かっていた、しかし知性が理解を拒んだ。砕け散った二発の砲弾が地面に散らばるのを確認し、敵のBT-7M快速戦車が誰よりも早くに飛び出したのを見て、漸く私は通信機を手に取ることができた。

 考えはまとまらない、しかし何か指示を出さなきゃいけなかった。

 

「撃てっ! 撃つんだ! 機先を制するんだっ!」

 

 その指示を皮切りに互いの陣営から砲撃が開始された。

 初期配置、横列に並べられた両陣営の戦車から次々と砲弾が放たれる。まるで嵐のように放たれる砲撃は鼓膜が破けてしそうな程にけたたましく、砲弾は幾度と装甲を削り、地面を抉って土煙を打ち上げた。相手よりも一発でも多く、と互いに手を休ませることもなく砲撃が繰り返される。その光景はまるで戦列歩兵。機動戦の理論が確率された現代において、時代錯誤も良いところだ。

 そんな中でBT-7M快速戦車が敵味方の砲弾の嵐を避けるように、側面から突っ込んできた。

 

「……その為の快速戦車ッ!」

 

 BT-7Mに対応すると真正面の敵陣営との撃ち合いに押し負ける可能性があった。

 かといってBT-7Mは放っておける程、火力が弱い戦車でもない。至近距離からの一撃ならT-34/85中戦車の装甲を撃ち抜くことができる。BT-7Mの対応は一輌だけで足りるだろうか。いや、あの戦車には副隊長のラウラが入っているのを見た。腐っても去年の全国大会でレギュラーを勝ち取った人物だ。それは決して侮っても良い実力ではない。抑え込むには二輌、確実を期すなら三輌は必要だ。今、私達が恐れるべきは陣形を掻き乱されること、しかし、真正面に並ぶ敵隊列に撃ち負けていては話にならない。

 考える、思考する。そして結論を出した。大丈夫だと自分に言い聞かせる、これが最善だと。

 

「……全軍突撃、これしかない」

 

 乱戦にさえ持ち込めば、勝機は残る。

 

『ラウラ、正気なのッ!?』

 

 そのファイーナの困惑する声に、私は多くを語れない。

 だが乱戦に持ち込めば、個々人の技量がものを云う。そして私達が三年生を相手に個人の技量で負けているとは思わない。

 作戦もクソもないってことは分かっているが、これが今の私が出せる最善だ。

 

「皆、私を信じて! 私は皆を信じているッ!」

 

 側面からBT-7Mが迫っている。もう説得している時間もなかった。

 

『ああもう分かったわよ! 付き合ってあげる!』

 

 その言葉を皮切りに各車輌から通信が届いた。

『二人が行くなら私達も行かなきゃね』『皆が行くなら私も行く!』『あっはっは、横列組んで突撃とか何時の時代だよ!』『次からは砲身に銃剣を取り付けとかないとな!』『三人に一挺の銃で突撃させられる事に比べればましだよ!』『行くぞコラァッ! 全員、ぶちのめしたらァッ!!』『さあ隊長、指示を! 浪漫溢れる突撃に相応しい命令をッ!』

 通信規定を無視して矢継ぎ早に送り込まれる声に、私は決意を改める。

 

「ここで負けたらあの生意気な暴君に馬鹿にされちゃうわ! штурм(シュトゥルム)!」

 

 絶対に勝つ、と。勝たなくてはならない。

 

Ураааааааааааааааа(ウラアアアアアアアアアアアアアアアアーー)!!!』

 

 咆哮と共に全車輌が敵陣に目掛けて突撃を開始した。

 




本番前の前座試合。次回で決着まで書き切る予定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。