書類、そして書類、また書類。書類に書類が積み重なって書類の束となる。
私はボールペンを片手に書類に埋もれていた。今日が提出締め切りの書類が今日になって大量に届いたせいで処理を急がなくてはならなくなった。今日は新入生歓迎会も兼ねた交流試合が予定されていたのにツいてない。溜息一つ、ノンナが淹れた牛乳たっぷりのココアを啜り、予め用意しておいた資料を脇に置いて処理を急いだ。試合には間に合わずとも挨拶の一つくらいはしておきたい。そう思って間借りした隊長室でカリカリと書類に文字と数字を刻んでいった。
それから数時間後、今すぐに終わらせておかなくてはならない分は終わった。うんと体を伸ばして「少し休憩したら練習場に行くわよ」とノンナに声をかける。ノンナはとびきりに優秀だ。戦車道に限らず、私生活においても頼りになる。今日のような移動を急がなくてはならない時、校舎の外に出るとT-70軽戦車が用意されていた。ノンナに脇を持ち上げてもらって、ハッチから潜り込んだ。操縦はノンナに一任する。普段は砲手の彼女だが、戦車を操縦させても非凡であった。
程よく揺れる車内。電車に乗るとその振動が揺り籠のように感じられて安寧の眠りへと誘われるように、うつらうつらと船を漕いだ。
駄目だ、いけない。何か眠気覚ましになるものはないか。そう思って、戦車の中を見渡してみる。T-70軽戦車。それは第二次世界大戦期、T-34中戦車やKV-1重戦車、街道の怪物と呼ばれたKV-2重戦車といった戦車の登場により、火砲の進化、車体の肥大化が進む時代に開発された軽戦車だ。合計で八千輌以上も生産された優良な軽戦車ではあったが、この時代に装甲が薄く、大きな火砲の積めない軽戦車は時代に合わないコンセプトになっており、現場からも良い評判を聞くことはなかったと云う。私が重戦車を愛用するのは、決して私自身の背が小さいからではない。第二次世界大戦後期において、戦車とは装甲と火力こそが正義であると証明されたためだ。
それが私、カチューシャの結論だ。
「……はっ!」
目が醒めた。結局、寝てしまっていたようだ。
瞼を擦り、まだ重い頭を起こして外に出る。砲撃音が轟いている辺り、まだ試合は終わっていないようだ。しかし少し様子がおかしい。新一年生と思しき者達は呆気に取られた顔で目の前で繰り広げられる試合を観察している。今日は新一年生と二、三年生による交流試合ではなかったのか? そんなことがどうでもよくなる程の試合が練習場で繰り広げられていた。
あのフラッグ車、T-34/85中戦車はナターリアか。彼女の性格からして伝統的にプラウダ高校戦車道のフラッグ車を務めてきたIS-2重戦車に乗りたがると思っていたが、どうやら彼女は自分の得意分野を把握していたようだ。あのT-34/85はラウラか、乱戦なのにファイーナもよく動けている。わざわざロシア軍人を呼んでまで訓練を施した成果が出ていることに満足し、しかし、それでも二年生チームが三年生チームを相手に押し切れていないことに歯噛みする。
確かに三年生チームは弱くない。それでも、経験はさておき、個々人の技量は三年生を上回っているはずだ。
いや、アレは誰だ? この試合には不純物が混ざっている。
「ナターリア、あれだけの力を持っていたとは……流石はエカチェリーナ前隊長から隊長職を継いだだけのことがありますね」
ナターリアの動きは明らかに周りを意識してのものだ。敵味方の位置を把握し、常に自分を有利なポジションに持っていっている。時には敵も味方も利用して、戦車を撃破する。地形を読むのが上手いとは思っていたが――あれが彼女の本質なのだとすれば、そりゃ逃げに徹すれば、乱戦であろうと被害が少なくなるはずだ。
「ええ、正直、あんな芸当ができるとは思っていなかったわ」
でも、そこじゃない。驚愕すべきことが多い試合だが、この試合で注目すべきは一輌だけだ。
「ノンナ、うちの戦車道には幽霊部員とか居たのかしら?」
その問いにノンナは首を傾げて、「いえ、居なかったはずですが」と答える。
「だったらあのBT-7Mは部外者よ」
あんな動きをする奴はウチの戦車道チームには存在しない。三年生が外から招いた助っ人か、それとも……私は自分がにんまりと笑みを浮かべてしまったのを自覚する。
「この試合が終わったら戦車から引きずり出してやりなさい、絶対に逃さないで」
ノンナは鋭い目付きで小さく頷き返す。
残る戦車は六輌、今、また一輌、撃破されたから残るは五輌、試合は既に佳境を迎えている。
BT-7M快速戦車、どんな奴が入っているのか今から楽しみで仕方ない。
†
相手は残り三輌、味方は残り二輌。
これでも結構、頑張ったつもりだけど、BT-7M快速戦車に乗った響達が働きを邪魔されるようになってからは瞬く間に押し込まれてしまった。今はT-34/85中戦車が私と対峙しており、残る二輌のT-34/85中戦車が響達を追いかけている。そして、わざわざというか、なんというべきか。私と対峙するのはフラッグ車、そのキューポラから身を乗り出して私を睨みつけるのはラウラ。カチューシャとノンナが居ない今、彼女が二年生チームをまとめている。そんな彼女と合わせるように私もキューポラから身を乗り出していた。当たり前の話だが、車内にいる時よりも視界が広い。ああ、これは、うん、その通りだ。開けた視界に島田流と西住流の後継者がキューポラから身を乗り出すことが多い理由がよくわかる。キューポラとは本来、敵兵から狙撃されがちな車長が身を守りながら周囲の様子を観察する為に作られたものだ。そして戦車道には歩兵がない、なら身を乗り出すことのデメリットは必然、少なくなる。親の仇のように私のことを睨みつけてくるラウラに、ひらひらと手を振ってみた。すると彼女は顔を真っ赤にして、怒りを堪えるように車内へと戻る。
さて来るか。と私は出入り口の縁に手を置いて、相手を注意深く観察しながら操縦手に指示を送る。互いに吹かされるエンジン、タイミングを図るようにゆっくりと戦車を動かした。
そして時は来る。相手側から放たれた砲弾は装甲を削るだけに留められた。
揺れる車体。気にせず、反撃を命じた。砲撃音、白煙の隙間から砲弾が外れたことを確認して、そのまま操縦手に全速前進を命令する。行進間射撃は当たらない、それが常識だ。移動しながら砲撃を仕掛けるが、牽制以上の意図はない。あわよくば、当たってくれると嬉しい。その程度だ。戦車道における接近戦、それは如何に静止状態を作れるかということに関わってくる。
履帯が回る、無限軌道が唸りを上げた。
「カチューシャの下でどれだけ強くなったか、お手並み拝見といこうか」
エカチェリーナが引退した時、二年生達は此処まで強くはなかった。
きっと彼女達は私達が一年生だった時と比べて、負けず劣らずの努力を積み重ねてきたに違いない。その上で才能を持つ者達が残っており、更にカチューシャが適切な指導を付けているのだから私達が力負けするのも仕方ない。
だからといって、実力で負けていたとしても勝ちまで譲るつもりはない。
それ以上に、今、私は途方もなく――――
「――楽しいッ!!」
思わず、叫んだ想いの丈、胸の鼓動が高鳴っている。
ドキドキが止まらない、ワクワクが止まらない。格闘戦とも呼べる一騎討ちの最中であるにも関わらず、にやつく口元を抑えることができなかった。私は飛べる。この清々しいほどの青空で、雄大に翼を広げることができた。世界が広がって見える、戦車が意のままに動く。電光石火、感性は焼き切れる程に迸っていた。全てが分かる、今、私は全身全霊で戦車道をしている。今まで培ってきた記憶の全てが不滅で、今の私を後押しする。最早、考えるまでもない。世界は空想で出来ている、想像力に現実が追いついてきた! もっとできる、私はもっと戦える! 未来が私の背中を追いかけろッ!! 気合を入れて次の一射、さあ振り被って撃ち込めドドンパッ!!
砲煙と共に撃ち出された砲弾は見事、直撃コース。だったが避弾経始で弾かれた。
「上手い……!」
思わず、口にする。
そういえばカチューシャも車体を逸らして、避弾経始で砲弾を受け流す技術を最も得意としていた。
小生意気糞餓鬼の場合は計算、しかしラウラの場合は見様見真似だ。
何時かは当たる、当たるまで全力で逃げ続けてやる。
逃げのナターリア、その名が伊達ではないことを教えてあげるッ!!
今の私に、この戦場はあまりにも狭過ぎる。
†
私、ファイーナは何か特別な才能を持っていた訳ではない。
同じプラウダ高校の同世代の子と比べて、少しだけ射撃が得意だという自覚はあるが、突出している訳ではなかった。優れた才能というのは、もっと分かりやすい。例えばノンナのように、例えばカチューシャのように、そういう人間は立つ舞台が一つか二つ、違っている。相撲で例えるならば私達は幕下力士で、カチューシャとノンナは幕内力士。その中でも二人は小結以上に位置すると見て良い。つまるところ格が違っている。私はプラウダ高校の誰某にはなり得ず、プラウダ高校の養成員の一人に過ぎない。
何処までもモブな私ではあったが、それでも意地は持っている。
敵は一輌、BT-7M快速戦車。今は副隊長様のライサが車長を務める車輌だ。何を思ったのか、プラウダ高校をプラウダ高校たらしめる重戦車から乗り換えての軽戦車。巫山戯ているのかと思った。だから私は試合開始直後に狙って撃ってやったのだ。それは会心だった、しかし砲弾は弾かれた。空中で、同じく試合開始と同時に放たれた砲弾に弾かれた。それからも敵のBT-7M快速戦車は私達をおちょくるように戦場を駆け回り、私の神経を逆撫でする。
激情からガンッと壁を叩いて、前を走るBT-7M快速戦車を睨みつける。
私は自分に自信を持てなかった。
ただ自分の戦車の腕に自信を持ち、それが自分にとっての一番だと思っている者は黒森峰女学園に入学する。とはいえ同学園の校風が肌に合わない。もしくは西住流の影響が強いことを嫌って、他の高校に入学する者も多い。しかし、そういった強い意志を持った者は限られており、大半の人間は黒森峰女学園が誇る実績と実力に憧れて入学するものだ。地元の高校に入学する人間の大半は、黒森峰女学園に行くほど自分に自信を持てなかった者達だ。
きっと私は中途半端だった。本気で戦車道を極めたいのなら迷わず黒森峰を目指すべきだった。生半可な覚悟しか持てない私は、どうしようもなく半端者だった。
それでも自信を持てたんだ、カチューシャが私に自信を持たせてくれた。
腐っていくしかなかった私の性根を叩き直してくれたのはロシア軍人、そして私達のことを最後まで見捨てなかったカチューシャだ。カチューシャは憎たらしい暴君ではあるが、私は挫折してでもプラウダ高校に来て良かったと思っている。カチューシャに出会えたから、それだけでプラウダ高校に来た甲斐があった。
積み上げてきた自尊心はカチューシャが与えてくれたものだ。
それを今日、崩された。
「ふざけないで……っ!」
貴女がそれを奪うのか。私達から奪うばかりで何も与えなかった癖に、また奪うというのか。
メラッと黒い火が自らの心に燻ったのを感じ取る。激情とは裏腹に、心は深層奥深くへと沈み込んでいくのを自覚する。静かだった、しかし落ち着いてはいなかった。振動している。震度0の地震が机の上に乗った乾いた砂をカタカタと揺するように、その地中の奥深くで、どろどろとした激情が今にも噴火しようと蠢いているのを感じた。
潰さなくては、決意する。アレは今、潰さないといけない。そうしなくては私はもう二度と取り戻すことができないかも知れない。それは焦燥であり、確信でもあって、恐怖でもあった。
もう私は二度と自分を見失いたくないッ! ガリッと奥歯を噛み締める。
今、BT-7M快速戦車を追いかけるのは二輌のT-34/85中戦車のみ。
そして、アレが撃破した戦車は二輌。ラウラの指示からBT-7M快速戦車を皆で追いかけ始めて、既に二輌が撃破されてしまっている。強い、攻撃の瞬間を読まれている。射線に入りそうで入らず、照準器に敵車輌が収まるかと思えば、キュッと寸前で方向を変える。おかげで何度、空撃ちさせられてきたのか分からない。自信が崩れる音がする、自尊心にヒビが入るのが分かる。今にも膝を突きそうな体を支えるのは、一つの疑問だった。
解せない。言っては悪いが、ライサに同じ動きができるとは思えない。可能性があるとすればナターリア。三年生で最も才能を持っているのが彼女だ。それが努力で補ったものであろうとも、多大な知識から来るもであったとしても、ナターリアが最も戦車道のセンスが良い。それはきっと二年生の誰に聞いても同じ答えが返ってくる。そして冴えない凡夫なのがライサであった。
なのに、カチューシャやノンナと比べてすら勝らずとも劣らない動きを見せている。
あの中に居るのは本当にライサなのか? いや、あの戦車を掌握しているのは副隊長なのか?
知ったところで何の解決にもならない謎が、今の私を支えていた。
†
狙いを定める。という行動は動きに制限を掛けることに等しい。
誰かが何かに集中する時、波長と云うか、なんと云うべきか、静かになる瞬間があった。もっと分かりやすい具体例を上げると、艦娘や深海棲鑑が狙いを定める時、動きは単調になる。そして視線は一箇所を見つめて、呼吸は細く静かなものになる。そもそもだ、全身を纏う雰囲気からして違う。素直な相手なら砲撃のタイミングは読むことは簡単だ。
タシュケントも簡単にフェイントを入れることで対処しているし、艦娘時代、横滑りからの砲撃を嗜んでいた私からすれば、砲撃の際にほんの少し真っ直ぐに走ってくれるだけで当てるだけならできる。勿論、それは近距離に限るが、そもそもBT-7M快速戦車の火砲ではT-34/85中戦車の装甲を貫くことは難しいので欠点にはならない。
さておき、私は御世話になったナターリア達の為に今回の試合、協力はしているけども、自分の手で決着まで付ける気はなかった。私達は当事者ではない、つまり背負うものがない。そんな人間がこの決着に水を差して良いとは思わなかった。幸いにも舞台は整っている。ナターリアと敵旗艦――もとい敵フラッグ車による一騎討ちが終わるまで、だらだらと時間を稼ぎ続ければ良い。
その為にも囮として、敵二輌を引きつけ続ける。
「……なあ響、少し良いかな?」
そんな時、この車内で唯一の当事者が口を開いた。
†
ナターリアの潜在能力の高さは、私の想像を超えていた。
悔しかった、あれだけ努力を重ねてもまだ実力で届かない事が。悔しかった、憎い三年生を倒すのに正攻法を使えない事が。悔しかった、あれだけ侮っていた三年生がきちんと努力を積み重ねていた事が。怒りとか、恥ずかしさとか、憤りとか、色々な感情が入り混じって――でも倒す、それでも倒す。私は三年生を許せないし、認められない。少なくとも一発、ガツンと殴ってやらなくちゃ、この気持ちを抑える事なんでできない。小さな暴君よりも尚も憎たらしい面に一泡吹かせないと気が済まない!
操縦手には小まめに指示を送り、砲手には砲撃を控えるように告げた。
大きく円を画くように二輌の戦車が回る。速度に緩急を付けながら、しかし、そんな中でもナターリアは戦場の窪地で履帯を隠し、戦車を走らせながらでも装甲を削ってくる。行進間射撃は当たらないのではなかったのか。理不尽に憤りを感じる暇なく、車体が大きく左右に揺れた。どうやら窪地に履帯を取られてしまったようだ。これで横転することはないが、もうひと押しを入れようとナターリアの砲弾が放たれる。幸いにも、まだ致命傷はない。だが、これでは何時か、負けてしまいそうだった。
どうすれば良いのか思考する。悔しいけど、ナターリアとライサだけに限っていえば、二年生の水準以上の実力を持っていた。
「ナターリア、ふざけんな。まじふざけんな……なんなの、あれ? 実力を隠してました? 今まで手を抜いてました? はあ? まじふざけんな、ナターリア、ふざけんな……」
思考して結論、やっぱり倒す。それしかない。
とりあえず今の私にできることは機を窺うことだけだ。今のナターリアは本当に手が付けられない。でも、地形を利用するという都合上、操縦手の負担は私達の比じゃないはずだ。先に失敗する確率は私よりも相手の方が高いはずだ。このまま私達が耐え凌げれば、の話になるけど。焦りに頰から汗が垂れる。
一騎討ちなのにキューポラから馬鹿面晒しやがって――西住流の真似か、当て付けか。
そんな彼女視線が一瞬、私の方に向けられた。しかし、その目は私のことを見ているようには思えなくて――次の瞬間、ガクンと敵戦車が片側に落ちる。履帯を地形の溝に落としたか! カチューシャの教えが脳裏を駆け巡る。好機は絶対に見過ごすな、決定打は絶対に見逃すな。待ちに待った相手の失敗、私は振り返りもせず、晒された横っ腹へと我武者羅に飛びついた!
「
戦車を走らせる、此処からでは決定打は与えられない。確実に仕留める為には、もう少し近付く必要がある。逃すな、此処で撃破するんだ。この一撃で私達は貴方達を超える! 万感の意を込めて、ナターリアを睨みつける――絶望の色に染まっているはずの顔は、ほくそ笑んでいた。不意に「あの馬鹿」とカチューシャの声が聞こえた気がした。
「そう来ると――思っていたッ! カチューシャの教えを受けた貴女ならね!」
ナターリアの言葉を聞いた時、キュラキュラという音がした――――
†
「……なあ響、少し良いかな?」
これはナターリアとライサの一騎討ちに決着が付けられる、その少し前の話だ。
私、ラウラは後輩の二人に対して、ひとつの提案をする。
それは間を置かずに受け入れられて、代わりにひとつ要求を突きつけられる。
「砲手を変わって欲しい。この試合を決めるのは、部外者である私達ではなくて貴女だと思うから」
「決着に関わるというのなら私も貴女の指示に従うね。臨時の
その二人の提案に異を唱えずに私は頷き返す。
名実共に車長へと返り咲いた私は、指示通りに動いてくれる二人を従えて親友の援護に駆け出した。
それはきっと自分を満足させる為、何処までもエゴイストな選択だった。
†
――キュラキュラと背後から迫る複数の履帯の音が聞こえてきた。
「今から撃て! 後ろを振り返るな、先に撃破すれば私達の勝ちよ!」
「いいや、もう遅い! 私の計算は完璧だ!」
砲手に指示を飛ばした直後、ナターリアの戦車からの砲撃を受けた。
大きく揺らされた車体、正面からでは装甲を貫けまい。お返しに放った砲撃は相手から僅かに逸れる。まだ揺れが残っていたか。車内のメンバーに次弾を急がせつつ、私だけは現状を確認する為にキューポラから後ろを見た。二輌のT-34/85中戦車に追いかけられるBT-7M快速戦車の姿、『大丈夫!』とファイーナの声が通信機越しに聞こえた。直後、二発の砲撃音が鳴り響いた。それはBT-7M快速戦車の履帯を的確に弾き飛ばす。しかし、それでも鳴り止まぬ一輌の無限軌道、止まらず前進を続けるBT-7M快速戦車、クリスティー式戦車! 次弾の装填はまだか!? 歯噛みする、畜生。奥歯を削る、畜生。握り締めた拳を車内の壁に叩きつける、畜生ッ!!
……まだ、まだだ! まだやれることはあるはずだッ!!
「砲撃中止、今すぐ車体――と砲塔も斜めに逸らして! 昼飯の角度ォッ!!」
避弾経始、間に合うかどうかは分からない。それでも今、確実に負けるくらいなら少しでも時間を稼ぐ!
此処を凌げば、数の上で優位に立てる。まだ勝負は分からないはずだ!
BT-7M快速戦車からの砲撃。車体は大きく揺らされた……が、まだ白旗は上がっていないッ!!
撃破判定はない! 勝った、私は賭けに勝った! なら次だッ!!
「……その行動も読んでいた。だって貴方はカチューシャの弟子だからね?」
避弾経始はあの子の得意技、その言葉を最後に僅かに詰め寄せていたナターリアのT-34/85中戦車の砲煙が上がる。
再び大きく車体が揺らされる、と同時に戦車はその機能を停止した。
白旗が、上がったのだ。
「避弾経始は
プラウダ戦記にて、カチューシャがよく使う技術の一つ。
当作品においてはエース級とその他を分かつ分水嶺的な意味合いの強いスキルの一つ。
お祈り避弾経始→基本は昼飯の角度→卓越した避弾経始