隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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前話、最後の局面。少しだけ追加のシーン挟んでます。


番外編:不死鳥の名は伊達じゃない。⑨

 試合が終了して、三年生と二年生が整列する。

 二年生は悔しさに表情を歪ませ、三年生は安堵の息を零した。

 その中でやりきった顔をしているのはナターリア、ただ一人だ。

 

「めっっっっっっっっちゃ楽しかった! またやろ! ねっ!?」

 

 その本心からの言葉は、二年生全員を敵に回した。

 いつの日か、ぶちのめす。そんな気迫が見て取れる。最後に名アシストを決めたラウラは目元を手で覆い、空を仰ぐ始末だ。――でもまあ良いんじゃないだろうか、憎まれ役でも。プラウダ高校は戦車道で強豪という話だ。であれば楽しいばかりではなく、張り合いもなければ面白くない。人を飛躍的に成長させるには、少なからずの壁が必要だ。それは超えなくてはならない壁よりも、是非とも超えてやりたい壁の方が良い。きっとナターリアの存在は二年生の成長に大きく貢献するはずだ。ナターリアの天然ぶちかましもあって、三年生も二年生相手に貶すような真似も控えており、それなりには良い雰囲気を作っているようにも感じられる。

 そんな彼女達をBT-7M快速戦車の中で観察するのは私、響とタシュケントの二人である。

 

 コンコン、とハッチを叩く音がした。

 

「後で隊長室に来なさい。逃げたら許さないわよ」

 

 その声に私とタシュケントはお互いを見つめて、肩を竦める。

 どうやら三年生達から話に聞いた小さな暴君様のお呼び出しだ。私がトンツートンと壁を叩き返せば、二人分の足音が戦車から離れるのを感じる。不正は見逃して貰えるようだ。実際問題、この試合における私達の貢献度は低いものではなく、私達が居なければ三年生の勝利は危ういものだったに違いない。それを見逃されるということは、ただ単に今の雰囲気を壊したくない為か、それとも三年生に対して弱味を握りたい為か。あるいは、その両方か。

 ほとぼりが冷めた頃、私はタシュケントと一緒に隊長室へと赴いた。

 カリカリとボールペンで文字を刻む音がする。部屋の壁にはバインダーに纏められた資料が本棚に詰め込まれており、部屋の中心に置かれた大きな机には資料と書類を広げた少女の姿があった。アパート住まいの時、小学生と間違われることもあった私よりも更に小柄な彼女、噂に違わぬ小さな体。「よく来てくれたわ」と少女は手を止めずに口を開いて「あと少し待ってくれる? もうちょっとでキリの良いところまで終わるから」とボールペンを動かす手を早めた。その書類処理に勤しむ姿を見て、なんとなしに執務中の提督を思い出した。「こちらへ」と長躯の女性に声を掛けられる、彼女は駆逐艦の中でも高い身長を誇るタシュケントよりも更に大きかった。

 促されるまま、来客用のソファーに腰を下ろす。それから少しすると温かいココアが二つ、目の前に置かれる。

 

「もっと砂糖が欲しい時は、こちらを使ってね」

 

 そう視線を私に向けながら白磁器の小壺を添えられる。

 

Спасибо(スパシーバ)*1、いただくよ。……えっと?」

「ノンナよ」

 

 静かな声に微笑み返して、カップに口をつける。

 牛乳で溶かしたのか。柔らかい味わい、甘さは控えめで私の舌には丁度良い。私が舌を火傷しないように気を付けながら啜る傍で、タシュケントは二個、三個と角砂糖をココアの中に入れる。そして見るだけでも甘ったるいココアを啜って、ふぅっと満足げに熱の篭った吐息を零した。そんな私達の様子をノンナと名乗った女性は、少し意外そうに見つめる。

 ホワイトチョコよりもミルクチョコ、ミルクチョコよりもビターチョコ。アイスはチョコミントが好みで、飴はハッカ味が好きな事から、姉妹達にはよく残り物を押し付けられることが多かった。そんな感じでしばし時間を潰していると「待たせたわね」と小さな暴君が腰を上げる。私達の向かい側に置かれたソファーにどっしりと腰を下ろす姿は、幼い子供のようにも見えて、部下を従える者として恥ずかしくない振る舞いを心掛ける上官のようにも感じられた。

 小さな身体に大きな存在感。きっと彼女のような存在を、小さな巨人と云うのだろう。

 

「急に呼び出して悪いわね、自己紹介は必要かしら?」

「いや、貴女の名前は先輩方からよく耳にしていたよ。カチューシャ先輩」

「ふぅん、先輩ということはウチの新入生ってことで良いのよね」

「ああ、今年から入学することになってるよ」

 

 言いながら周辺視野を用いてノンナの胸を見やる。ナターリアに負けず劣らずの良い胸だ、後で揉みたい。

 

「あまり緊張しなくても良いわ、ただの確認よ」

 

 ノンナのバストサイズを目測で図っていると、カチューシャが心持ち柔らかい声色で問いかける。

 

「展示試合では随分と派手に立ち回ってくれたようだけど――別にそのことを責める為に呼んだ訳じゃないわよ? 私が知りたいのは、あの時の配役よ」

「……あれ、もっと違うことを聞かれると思っていたんだけどね」

「もちろん、それだけの為に呼んだ訳じゃないわよ。でも黒幕がどうとかはどうでも良いわ、誰が貴方を連れ込んだのか見当付いてるしね」

 

 むしろ内輪揉めに巻き込んで謝りたいくらいよ、とカチューシャは肩を竦めてみせた。

 

「それにしても、よくもまあやってくれたものね。勝ち気のない三年生を追い出す計画も立てていたのに、あれじゃあパアよ。公式戦の編成も考え直さなきゃいけないじゃない。選考試合でもするしかないかしら?」

 

 カチューシャはにまにまと笑みを浮かべながら挑発的に私のことを見つめてくる。

 

「まだ埋もれている人間が見つかるかも知れないね」

「そうね、意外と身近に落ちているものね。三年生と手を組むのはメリットとデメリット、どっちが大きいかしら?」

 

 ねえ、ノンナ? とカチューシャが側に立つノンナに振り返る。

 

「ナターリアを加えるとなれば、必ず三年生の枠を作るように言ってくるわ」

「ぶっちゃけ、ナターリアにはそれだけの価値があるのよね。ただ単に枠を作れっていうだけなら突っ撥ねるけど」

「下手に混ぜるよりも二年生だけの方が勝算が高い気もするけど?」

 

 ノンナは三年生のことがあまり好きではない御様子、三年生と二年生の確執は大きい。でもカチューシャは少し違う様子だった。

 

「こうなったら二年生と三年生で競わせた方が効率が良いわよ。それでもまだ緩いことを言っているようなら省けば良いだけだし、二年生にも練習に付いて来れなくなっている子が出てきているから三年生のことばかり言ってられないわ」

「カチューシャがそう言うのであれば……」

 

 まだ納得しきれていないノンナに「それに」とカチューシャが付け加える。

 

「実力主義を徹底しておかないと目の前の二人を試合に出せないじゃない」

 

 あくどい感じで口角を上げるカチューシャに、ノンナは無言で私達を見つめてきた。その際、軽く揺れた胸に私は踊る心とは裏腹の無表情を貫き、少し苦めのココアを啜る。隣のタシュケントは空になったカップを机に置いて大きく欠伸をした。

 

「ああ、ごめんなさい。勝手に盛り上がっちゃったわね」

 

 カチューシャは一度、自分用に用意されたココアに口を付けると、眉を顰めてから一個、二個と角砂糖をカップに放り込みながら話を続ける。

 

「それで二人の得意な役割は何かしら?」

 

 その問いに私はタシュケントと顔を見合わせる。

 得意な役割は、これといったものはない。というよりも模索中、そもそも私達は戦車道を初めてから一ヶ月と少しだった。展示試合ではタシュケントに操縦手をやって貰っていたが、これは私の欲望が入り混じった結果と言っても良い。何故なら狭い砲塔で極上の胸を持つナターリアと二人きり、ナターリアの胸はメロンでいうところの夕張メロンと同じなのだ。キャッチ・マイ・ハート! ベリーメロン! 私の心を掴んだ良いメロン、メロンと呼ぶほどの大きさじゃないけど。それを間近で堪能したいが為に私はナターリアと一緒に砲塔に入り浸っていた。

 余談になるが、艦娘の夕張は良い胸をしているが小振りだった。メロンと呼ぶには程遠く、私が心の雄叫びとして「夕張メロン!」と叫ぶこともなかった。夕張は良い艦娘ではあったが、胸の大きさだけが少し残念であった。夕張詐欺である。そのことを夕張にポロッと零してしまった時は「夕張に対する風評被害が酷い……」と言っていた。

 閑話休題。タシュケントの胸は形状、大きさ、柔らかさ。全てにおいてパーフェクト、正に人を駄目にする胸だ。

 

「あぐっ!?」

 

 隣のタシュケントに足の甲を踵で思い切り踏みつけられた。

 急に何をするんだい? という疑問はタシュケントのゴミを見るような目を向けられて呑み込んだ。

 どうして私の考えていることが分かるのか。最近、テレパシー染みてて少し怖い。

 

「それと二人とも勘違いしているみたいだけど、まだ私はプラウダ高校の生徒じゃないから」

 

 タシュケントの言葉に「へ?」と間抜けな声で首を傾げるカチューシャを見て、コホンと咳払いをひとつ立てる。

 

「えっと、私は信楽響。姉だよ」

「私は信楽そら。妹だね」

 

 あまりに簡素な自己紹介にカチューシャは「そっちが姉? こっちが妹?」と指を差し、狼狽えながら確認した後で「そうね、貴女も小さい体に苦労したのね」とほろりと涙を流しながら告げられた。逆にノンナはといえば、タシュケントに対して同情的な目を向けている。私とタシュケントはお互いを見合わせて、そして誤解を解く面倒さから黙して語らずを選択した。

 

 それから暫くの月日が過ぎた。

 戦車道を履修した私は毎日のように戦車に乗り、そして毎日のようにサウナ室とシャワー室に足を運ぶ毎日を送る。カチューシャの意向もあって、戦車道は基礎から学び直す。海と陸で異なる勝手に苦労することはあったが、それでも覚えが良いとナターリアから褒められる。私は視界が拓けた平地の方が得意だった。皆が分からないという地形の起伏も一目見て分かった。逆に森林、丘陵、市街地といった地形が苦手で、その地形特有の戦い方に弱い。練習試合ではカチューシャかナターリアの指揮下で戦うことが多く、その中で役割を代えながら戦っていた。そして今、私はBT-7M快速戦車の車長兼装填手兼通信手を務める。私が指揮する戦車は幾台かの戦車を撃破し、それでいてまだ一度の被撃破もない。

 そして、全国大会の季節がやってきた。

 私は今年度におけるプラウダ高校唯一の一年生チームの車長を務めている。プラウダ高校の隊長はナターリアが担っており、副隊長にカチューシャ。そして校内で選考試合が行われた結果、チームの編成は二年生が十三輌、三年生が六輌。一年生が一輌。

 この最強の布陣を以て、私達は高校戦車道の栄光を目指すことになる。

 

 後に戦車道の夜明けとも呼ばれる第62回全国高校戦車道大会。

 プラウダ高校と黒森峰女学園が繰り広げた決勝戦は今でも地上波に流され続ける一戦となった。その時にとったプラウダ高校の選択は今でも物議を醸しており、後のルール制定や審判員の増員、日本戦車道連盟の規模拡大に大きな影響を与えている。

 でも、その大会で最も私の印象に残っているのは、準決勝戦における対聖グロリアーナ女学院戦だった。

 

 

 

*1
ありがとう。




前回までがナターリアの物語。ここからがプラウダ高校編、本番です。

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