隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

77 / 105
番外編:不死鳥の名は伊達じゃない。⑬

 今年の戦車道はひと味違っている。

 そういう話は聞いていた。今年の日本戦車道連盟は変わった、そんな話を耳にする。

 直ぐには信じられない。日本戦車道連盟は既得権益に塗れており、汚職や横領、そういった意地の汚い話ばかりを聞いてきた。近頃では大学戦車道への介入も強くなり、言い争いにまで発展したことが幾度となくある。そのおかげで最愛の娘である愛里寿とのプライベートな時間が取れなくなり、取れなくなって、取れなくなったから、センチュリオン重巡航戦車の砲身の照準を日本戦車道連盟本部に突き付けて、お話に赴いたこともある。それで大学戦車道に対する圧力は減ったが、しかし、日本の戦車道に嫌気の差した私は娘の愛里寿と共に欧州の何処か戦車道が盛んな場所への移住を検討し始めるようになった。

 それが数ヶ月前、日本戦車道連盟の理事長を勤めていた乃木坂が電撃的に解任されるという事件が発生し、今は児玉七郎と云う者が理事長を勤めるようになった。それまで乃木坂の片腕として知られており、副理事長の席に座っていた彼に良い印象はあまりない。だが理事長に就任した直ぐ後に、西住流門下の蝶野亜美と共に菓子折りを持って、挨拶に来たことには驚いた。

 彼自身、というよりも師弟揃って極度の戦車馬鹿である西住流の名に免じて、今少しだけ待ってやっても良いと考えた。

 

 そんなこともあって私、島田千代は全国高校戦車道大会準決勝の会場に足を運んでいる。

 それは公私を混同した視察であり、愛娘の愛里寿を本当に高校戦車道の場に預けても良いのか? その見極めをする為だ。預けて良いと思えなければ、大学に飛び級させる予定であり、連盟や文科省が横槍を入れてくるようであれば、欧州の何処かに留学させるつもりもあった。

 しかし実際に会場へと足を運んでみれば、思っていたよりもしっかりとしていた。少なくとも設備に予算をケチっている様子はない。今や戦車道人気は下火ではあったが、もしかすると、ほんの少しだけ期待しても良いかも知れない。

 そんな気持ちにさせてくれる程度には大会に力を入れてくれている。

 

 だが肝心の試合の方は、拙い。

 私が求める基準が高すぎるせいか、それとも愛娘の実力を間近で見ている為か、見ていて面白いものではなかった。相手はまだ学生と云えば、それまでの話。しかし私の時には西住しほが居た。その時の試合は、今見ればこそ拙い場面もあるが、それでも目の前で行われている試合程ではなかった。特に本隊同士のぶつかり合いは酷い有様だ。とはいえ、まあ乱戦でわちゃわちゃとやってる辺りが学生らしいといえば、らしいとも言えるのかもしれない。

 今の戦車道には、華となる選手が居なかった。蝶野亜美を最後に、世代を代表する選手が存在しない。

 辛うじて、西住しほの娘であるまほが及第点を超えていたが、その程度。世間を魅了する戦車乗りが今の戦車道には欠けている。そもそもの話、蝶野亜美を輩出した世代でさえも彼女以外に目ぼしい存在は居なかった。それが彼女の高校時代の伝説、十五輌抜き単騎駆けを生み出す結果となる。他にも十二時間にも及ぶ激闘の一騎打ちもあるが、あれは相手が海外からのオファー生が相手だっただけの話であり、今はもう日本には残っていない。

 名試合とは、少なくとも二人の英傑が存在しなくては成り立たないのだ。

 私の世代には西住しほが居た、蝶野亜美の世代には誰も居なかった。では、西住まほの世代には? 私の愛娘の世代には? 戦後、最も戦車道が盛んに行われていた私の時代でさえも、世間にとっての戦車道とは「西の西住流、東の島田流」と二流派しか存在していなかった。他は有象無象に分類されており、戦車道に携わってきた者以外の記憶には残らない。そもそも私自身、日本よりも欧州の方が知名度が高かったりする。日本では、ほとんど表彰されないのに海外では殿堂入りを検討されていたりする。海外の者達にとって、日本の戦車道とは島田流と同意義だ。私の好敵手である西住流の名は知らない者の方が多い。

 日本の戦車道は今、下火にある。

 伝説を作った蝶野亜美でさえ、自衛官の仕事をしながら実業団リーグに所属するという二足の草鞋で生計を立てている。

 これは即ち、今のご時世、戦車道だけで食っていけない。という事だった。

 

「御母様、退屈……」

 

 ふわぁっと欠伸を零すのは愛娘の愛里寿、可愛さ余って愛しさ百倍の娘である。

 今の高校戦車道は愛娘を満足させる舞台ではないようだ。

 

 

「全権を委譲するって言われても……こんな状況で……ッ!」

 

 ティーカップを片手に周囲の状況を確認する。

 とはいえ極度の乱戦状態。砲煙と土煙で視界を阻害されてしまっては、まともに指揮を執る事なんて出来ない。味方は錯乱状態にあり、この状況を作り出したルクリリは一輌の撃破、一輌の履帯破壊を以て早々に戦場から退場してしまった。おのれルクリリ。こんな有様でも、なんとか統制を保とうとしたが、相手は妙に乱戦慣れしており、統制を崩したまま即興で連携してくる。おかげで状況は刻一刻と悪くなっていった――通信機から流れ込んでくる報告は被撃破を告げるものばかりだ。

 聖グロリアーナ女学院の戦車では、プラウダ高校の重厚戦車には敵わないと分かっていたけど、此処まで一方的になるのは流石に計算外だった。

 

「……逃げのナターリア、ここまでだったとは想定を超えてましたわ」

 

 相手の連携の要は、この乱戦の最中にあっても危険を顧みずにキューポラから身を晒し、指揮を取り続ける女性。去年は特に目立った活躍も見せず、GI6の警戒から外されていた人物が今、私達に牙を剥いている。

 

「……ダージリン様、これはもう完全に力負けしているわね」

 

 アッサムが照準器に視線を合わせながらポツリと零す。

 戦車の性能差は勿論、舞台指揮、個々人の技量に至るまでがプラウダ高校に負けている。

 今年のプラウダ高校は変わった。粒が揃っている。そういった話は聞いていたが、まさか此処まで高次元に纏めているとは思ってもいなかった。去年とは別物だ、戦車の性能差で負けたなんて言い訳ができないほどにプラウダ高校は私達を圧倒していた。そんな状況下で唯一、敵戦車を一輌だけでも撃破したルクリリは褒めるべきかも知れない。いや、それはない。おのれルクリリ、後で説教して差し上げます。

 さておき、この状況はもう、どうしようもない。

 こうやって打開策を考えている間にも、また一輌、そしてまた一輌と英国戦車の白旗が上がる。

 ナターリアの指揮が冴え渡る。彼女を撃破しようとすれば、周りの戦車に邪魔される。また彼女自身の巧みな逃走術で全てが空振りに終わった。どうやら此処は彼女の狩場か、撤退することも難しい。此処で敵を倒し切ることは不可能に近い。とはいえ、この状況から脱するにも大きな犠牲を強いられる。なによりも私達を絶望の淵に叩き落とすのは、今この場に敵フラッグ車が居ないということだ。時間を稼ぐのもアールグレイが敵フラッグ車を倒すという前提があっての話だが、先程の通信から彼女もまた劣勢だと推測できる。ここで粘るのは得策ではない。

 犠牲を承知で脱出を図るしかない。体勢を立て直してからの奇襲、もしくはゲリラ戦。戦力劣勢の状況にあってもフラッグ戦は最後まで何が起こるのか分からない。敵フラッグ車を撃破することさえできれば、他十四輌が撃破されていたとしても勝利を掴み取ることができる。

 どうせ、このまま戦い続けていてもジリ貧になるだけだ。

 少しでも勝率を上げる為、できる限り、戦力は維持し続けなくてはならない。先ずはアールグレイと合流、そして敵フラッグ車が本隊から離れている今のうちに敵フラッグ車を叩く必要がある。それが本当にできるだなんて思っていない。先ず間違いなく相手の方が先に味方と合流する。そうしない理由がない。それでも奇跡のような可能性に賭けなくては、この劣勢を覆すことは難しい。

 ここで逃げれば、まだ勝機は残る。最早、此処に至っては1%の可能性があるだけでも御の字だ。

 

 今からでも、まだ遅くはない。と通信機を手にとった時――――

 

『こちら、アールグレイ。ダージリン、聞こえるか?』

 

 ――アールグレイの方から連絡が入ってきた。嫌な予感がした。

 

「……ええ、アールグレイ様。簡潔に」

『すまない、撃破された。BT-7Mに気を付けるんだ』

「わかりましたわ」

 

 その報告を聞いた時、私は敗北を確信した。

 ティーカップに注がれた紅茶を啜り、冷めてしまっているわね。と未だ砲撃音が鳴り止まぬ戦場で苦笑する。

 もう勝ち目はない。それは今、私自身の手で決定付けてしまった。奇跡とは人が持つ熱量の結晶。どれだけ不可能であっても、僅かな希望すらも見出せずとも、手を伸ばし続けた者にだけ与えられる報酬なのだ。不可能を不可能のまま可能にする。というのは、道標もない暗闇の中を歩み続けることにある。そこに道はなく、辿り着いた場所が道を生む。

 私は諦めていた。だから目の前で味方のフラッグ車が狙われているのを見た時、浅慮に飛びついた。「ちょっと待って」と云うアッサムの声を聞き入れず、仲間を守る為に、フラッグ車を守る為に、そう言い訳しながら相手の砲弾を受け止める。

 そして、この選択は程なくして、心の底から後悔することになった。

 

「ダージリン様、通信機をお借りします」

 

 

「ダージリン様、通信機をお借りします」

 

 撃破された直後、私、アッサムはダージリンから通信機を奪い取った。

 そして通信を繋げようとし、溜息をひとつ。幾分か音量を下げてから友人に通信を繋いだ。

 

「ウバ、よく聞きなさい」

 

 先ずは落ち着かせる為、そして話を聞かせる為に少し強い声色で告げる。

 

『アッサム様ぁっ! 私もう駄目です! 許して、許して……うあぁぁ〜〜、もうや〜……私もう退学します〜……!』

 

 しかし効果はなかったようで、想像通りの泣き言が飛んできた。

 そしてまた溜息をひとつ。この子は何時もこうだ。泣き喚いているか、取り乱しているか。それしかない。うばぁっ! と奇声を上げ続ける友人に頭を抱えながら暫し熟考する。彼女は兎に角、面倒臭い。励ましても駄目、発破を掛けても駄目。自分にとって都合の良いことは尽く無視し、自分にとって都合の悪いことだけを受け止める。一体、どういう思考原理をしているんだってツッコミたくなるようなウルトラCをかましてくる事もあった。かといって突き放すのは最悪の手だ。あまりにも私の側から離れないので、もっと交友を広めるように言ったら、何処をどう勘違いしたのか、自分のせいで私に迷惑が掛かっていると思って、距離を取られた。最初こそは彼女なりに頑張っているのだと思ったが、暫くすると顔も見せなくなり、少し気になって周りにウバの話を聞いて回れば、彼女の方から私を避けるようになったんだとか。ふざけるなって、彼女の部屋の扉を蹴破った。物理的に。

 ん、んん。と少し声の調子を整える。この情けない友人には、きっとこの言葉が一番、効く。

 

「ウバ、貴方の友人はたった一度の失敗で見捨てると思って?」

『……ふぐっ!?』

「誰が見捨ててやるものですか。戦いなさい、貴方の為に。貴方の戦いぶりを、このアッサムが見届けます」

『で、でも……ッ!』

「なりふり構わずに戦いなさい! 後のことなんて考えず、今やるべきことだけを考えなさい!」

 

 ふぐっ、とか、ふえっ、とか、今にもまた泣き出しそうな彼女に対して、とどめの一言を言ってやる。

 

「ウバ、貴女がかける迷惑なんて友人になると決めた日から覚悟していましたわ」

『……あ……あ、……あっ……!』

「貴方のものは私のもの。貴方の良いところも悪いところもまるごと全て、このアッサムが面倒を見るって決めましたのよ!」

 

 小さく息を吸い込んだ。そして彼女に対するもどかしさも、期待も、どうしようもなさも、全て詰め込んで怒鳴りつける。

 

玲良(れいら)、あんなやつらけちょんけちょんにしておやりなさいッ!!」

『……ッ!?』

 

 くぐもった吐息が聞こえたから私はそっとヘッドホンを外す。

 後ろでポカンとした顔を浮かべている相方には忠告のひとつもしてやらない。

 代わりに、勝手に勝負を諦めた当て付けとして、んべっと舌を出した。

 

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!』

 

 

 この時、彼女の絶叫は最低でも一人の少女の鼓膜を確実に破壊した。

 

 

 

 

 

 

 これは備忘録、もしくは誰かの英雄譚。

 今、貴方が読む物語は何に書き綴られているのだろう。文庫本か、新書か、電子書籍か、はたまたネットに投稿された陳腐な小説かも知れない。どれでも構わない。

 これもひとつの巡り合わせ、この物語を読み続ける貴方にひとつ授けたい言葉がある。

 

 

 ねえ、こんな格言は知ってる? ――ヒーローは遅れてやってくる。

                        ヒーローと呼ぶには、ちょっと情けないですけど。

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。