隻脚少女のやりなおし   作:にゃあたいぷ。

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ここすきって素晴らしい機能ですね、やる気が出る。


番外編:不死鳥の名は伊達じゃない。⑮

「勝負はもう決まっている。逃げおおせたとしても鬼ごっこが始まるだけで時間の無駄だと思うし、そのように相手を嬲るような真似をしたくない」

 

 ナターリアはキューポラから身を乗り出し、拡声器を片手に残った一輌の戦車に降伏勧告を出す。

 プラウダ高校における降伏勧告は伝統に近い。圧倒的な火力による集中砲火は相手にPTSDを負わせる危険性があり、それが原因で戦車道を離れる者が少なからず存在した為だ。それに絵面も悪い。死体蹴りに等しい行為に世間からの反感を買ったこともあり、圧倒的な大差になった時、こうやって降伏を勧告する暗黙の了解がプラウダ高校にはあった。この段階に入ると去年までのプラウダ高校の生徒なら緊張を解いていることが多かった。

 しかし今年のプラウダ高校は一味違っている。

 降伏を勧告しながらもプラウダ高校の面子に油断はない。特に二年生の面子は尚更だった。それはカチューシャが一年生の時に見せた交流試合、二、三年生チームを相手に勝利してのけた事からの経験だ。当時の三年生はまぐれだと決め付けたが、その後でカチューシャに指導を受けた二年生は知っている。ラウラは知っている、ファイーナは知っている。今となってはナターリアとライサも確信している。あの勝利はまぐれではなかった、騙し討ちも良いところだが。であればこそ、プラウダ高校の面子が油断するはずもない。窮鼠猫を噛む、という言葉があるように、追い詰められた敵は何をしでかすか分からない。

 計九輌からなる砲列は、たった一輌のクルセイダー巡航戦車に向けられ続けた。

 継戦も、逃走も、許さない。動けば撃つ、即応の覚悟で事の成り行きを見守り続ける。

 

「え……えぇっと! ……あ、あぁ……っ……」

 

 操縦手らしき女性が操縦席近くのハッチから顔を覗かせると周りの緊迫した様子を見て、萎縮する。

 

「ぅ……うばぁ…………」

 

 そして、情けない声と共に車内へと戻る。

 こんな出来事が起きた数分後、彼女はオープン過ぎる回線を通して、継戦宣言を行った。

 その間、プラウダ高校に不備はなく、油断もなかった。

 

安室(あむろ)玲良(れいら)、クルセイダー。行ぎましゅっ!!」

 

 継戦宣言の直後、車内で叫ばれた言葉と共にクルセイダー巡航戦車から放たれた砲弾はファイーナが乗るT-34/85中戦車に命中した。

 しかし、一定の距離を保っていた為、被害は軽微。砲弾は装甲に弾かれる。その数秒後に、全八輌の戦車による一斉放火がクルセイダー巡航戦車に向けて放たれた。確実に仕留めきるはずの攻撃、しかし数多の砲弾に晒されたはずのクルセイダー巡航戦車は――総身に傷を刻みながらも白旗は上げず、聖グロリアーナ女学院此処に在り、と見せつけるように、フラッグ車を示す三角旗を風に靡かせていた。

 黒森峰女学院に起きた西住まほの伝説を知っているか?

 入学式の少し後、新一年生と西住まほの一輌で手合わせが行われた。まほは新一年生に対して好きな場所に陣取っても良いと言い、新一年生は必殺の距離でまほを包囲した。その状態から始められた手合わせは、新一年生の惨敗に終わる。ただ一度の被弾もなく、まほは新一年生を殲滅した。

 それは奇しくも今、クルセイダー巡航戦車が置かれている状況だった。

 

 前述する、断言する。

 これから起きる事に、プラウダ高校の落ち度はない。

 もしなにか彼女達に言うことがあるとすれば、相手が悪かった。

 その一言に尽きる。

 

 

 遅れて砲撃したファイーナの一撃は、クルセイダー巡航戦車の急発進によって躱された。

 隊長のナターリアが敵戦車を抑え込むように冷静に指示を送る。この状況、かつてカチューシャが新一年生の時、交流試合で置かれた状況よりもなお悪い。何故なら、この場にはフラッグ車が存在しない為だ。希望はない、逆転はあり得ない。そんな状況で戦意を失わず、包囲を突破するように突撃を開始する。

 その時、不思議なことが起こった。

 包囲陣の一角に突っ込んでくる敵戦車に照準を合わせようとした砲手の子が「あ、あれ……!?」と困惑の声を上げる。それだけなら不思議には思わない。ただその時の包囲陣からの第二射の数が極端に少なかったこと、そして放たれた砲弾の尽くが敵戦車を外す。まるで砲弾の方が相手を避けているかのように、一度や二度なら偶然で片付けられる。しかし、三度、四度と続けば疑問に思う。そして、その数が五を超えた時、無意識に悟る。十に達した時には確信した。

 砲弾が当たらない……ッ!

 敵戦車は履帯で地面を削り、戦車一台分に満たない隙間も強引にこじ開けて、たった一人の戦場を縦横無尽に戦場を駆け巡る。背後を取っては弱点を狙い撃ち、二輌の戦車に挟み込むように狙われては同士討ちを誘発する。時には戦車同士をぶつけて、無理やり道を生み出した。その間、まだ一発も撃っていない砲手に「どうしたのッ!」と焦りから怒鳴りつけると、砲手の子は青褪めた顔で「照準から敵が、照準の中心から敵戦車が逃げるの! ラウラ、車体が照準に収まってくれない!」と喚き返してきた。

 何が起きているのか、どうすれば良いのか。とにかくカチューシャに連絡を入れようと通信機を握りめた時――

 

 ――ズガガッと履帯が地面を削る音が、背後から聞こえた。

 

 

「ラウラ、撃破ッ!」

 

 通信手の子が叫んだ。

 この事態、異常な何かが起きていることだけは理解している。ナターリアは必死で事態を収拾しようとしているが指揮が相手の動きに追いついていなかった。その中で私、ファイーナは現状を打開する手段を模索する、舌打ちする。照準器の中心から滑るように敵戦車が逃げる。まるでこちらの視線が見えているかのようにだ。再度、舌打ちする。思えば、最初に私を狙い撃ったのは私が敵戦車の急所に照準を合わせていた為か。三度、舌打ちする。これだけの腕を持っていながら、どうして最初から本気を出さなかった。今の今まで手を抜いていたということか。

 許せない、絶対に許せない。どれだけの想いを込めて、私達が全国大会に挑んでいると思っている。引き金に殺意を込めた、しかし引き金に掛けた指を引くことができない。撃っても当たらない、それが分かっているから撃てない。通信機を手に持ち、できるだけ味方の戦車には砲弾を撃ち続けるように告げる。牽制になれば良い、少しでも動きを誘導できれば良い。制限できれば良い。

 最後は私が決める。そう覚悟した瞬間、敵戦車の姿が消えた。通信機を手に取った少しの間に視界から消えた。

 背筋に冷たい汗が伝う。嫌な予感に唾を飲み込んだ――

 

 ――それは正しかった、と告げるように側面からゼロ距離の砲口が突き付けられる。

 

 

「ファイーナもやられたっていうのか!?」

 

 異次元な動きをするクルセイダー巡航戦車に、動揺から声を荒げる。

 あれはなんだ? 本当に同じ戦車を操っているというのか? 砲手の子は半泣きで照準器を睨みつけており、操縦手の子は半ば恐慌状態で戦車を走らせる。悪魔がいる、敵に悪魔がいる。聖グロリアーナ女学院には悪魔がいる。たった一輌の戦車から放たれる重圧に身を震わせる。恐怖を叩きつけられる、明確に敗北を幻視する。勝てるわけがない、勝てるはずがない。あれは私達と同じ戦車ではない、戦車に似たもっと別の何かだ。悲鳴を上げたくなる想いを必死で抑え込んだ。

 耐えきれたのは、ナターリアが未だ必死に指揮を執り続ける姿を見た為だ。

 あいつを独りにして、逃げるわけにはいかない。今にも消え入りそうな闘志を必死に奮い立たせる。しかし、私達はもう満足に戦えないことも理解していた。完全に呑み込まれてしまっている、あの一輌の戦車の存在に圧倒されている。もう真っ当には戦えない、だから私は通信機を片手に震えた声でナターリアに告げる。

 

「……これから私達は突撃する」

『はあっ!? 馬鹿言ってんじゃないわよ! 今は一輌でも力を合わせて……』

「絶対に動きを止める。だから私達諸共あの戦車を倒すんだッ!」

『え、何をする……あ、まさか! 待ちな……ッ!!』

 

 通信を切断する、そして操縦手に指示を出した。

 あのクルセイダー巡航戦車を捨て身で止める。砲弾が当たらないのであれば、体当たりだ!

 アクセルを目一杯に踏み込んで、敵戦車に目掛けて突っ込んだ。

 

 その時、奇跡が起きた。

 

 クルセイダー巡航戦車は先ず突撃する私達の履帯を撃ち抜いた。

 横滑りになるT-34/85中戦車を敵戦車は斜め前に前進することで回避し、そのまま履帯を滑らせて、私達の周りをぐるっと小さく円を画くようにターンした。ナターリアは私からの提案を受けて、残った戦車の砲口を私達に向けている。放たれる砲弾の数は四発、その全てがクルセイダー巡航戦車を擦り抜けて、私達の戦車に命中した。計四回の衝撃の後、ボシュッと白旗の上がる音がする。敵戦車は、私達の周りを四分の三回転した後、そのまま他戦車を狙いを定めて飛び出していった。

 

「私達を障壁にしたぁ!?」

 

 ガンッと車内の壁を叩く、しかしもう私達には雪辱を晴らす権利は残されていなかった。

 

 

「な、何が起きているっていうのよ!?」

 

 そう弱音を吐きながらも周囲に指示を出し続ける。

 ライサ、ラウラ、ファイーナ。プラウダ高校が誇る精鋭を、たった数分で撃破された。たった一輌の戦車に優勝候補の二番手である我が校が圧倒されていた。これは何かの間違いか、それとも悪夢か何かか。クルセイダー巡航戦車は、此処に至るまで五輌の戦車を仕留めるだけでは飽き足らず、残る戦車も食らわんと今度は私達に向けて真正面から突っ込んできた。

 ハンドシグナルを以て、指示を送った。敵戦車の斜め後方、二方向から二輌の戦車が十字放火を開始する。

 しかし真っ直ぐに走っているだけのはずなクルセイダー巡航戦車に砲弾は擦りもせず、迎え撃つ形で真正面から狙った砲撃は敵戦車の装甲を掠めて、遙か後方へと飛んでいった。何が起きているのか理解ができない。その青白い車体も相まって、正に白き流星の如し。あの戦車と出会ったことそのものが事故のような何かに思えて仕方なかった。

 通信機を握り締める。先程、カチューシャ達に救援を要請した。しかしきっともう私は間に合わない。

 ならば出来るだけ、情報を送らなければならない。

 

『ナターリア! 何が起きているのよ! 情報は詳しく正確に端的に答えなさい!』

「私達は寝る子を起こしたわ! 奴は虎に匹敵する――そうよ、虎よ! ティーガーⅠよ! 相手は西住まほと同格、奴の牙は西住にすら届くッ!!」

『な、何を言っているのよ……そんな奴が居るなら、これまで噂にならないはずがないじゃないッ!!』

「とにかく、そういうことなの! 照準の中心に敵の車体が収まらないッ!」

 

 二度目、三度目の砲撃は真っ直ぐに走っているだけのはずの戦車に擦りもしなかった。

 本当になにが起きているのかわからない。逃げのナターリアが、あの戦車から逃げられるイメージをまったく持てなかった。逃げられないなら、せめて最後まで抗おう。震える手を握り締めて、ジロリと敵戦車を睨みつけた。

 瞬間、クルセイダー巡航戦車が急停車した。その直後、敵戦車の先端を掠めるように砲弾が突き抜けていった。

 

『とりあえず一輌、先行させたわよ! 私達が来るまで絶対に持ち堪えなさい!』

 

 砲撃が放たれた方角を見やる。

 そこには、どんな悪路を通ってくれば、そこまで汚れることができるのか。

 枝葉で愉快に装飾されたBT-7M快速戦車の姿があった。

 

『待たせたね』

 

 通信機越しに聞こえる端的な言葉に、思わず私は感極まって声を張り上げた。

 

「響っ!!」

 

 

「……あれは拙いね」

 

 肌にひりつく緊張感。艦娘時代、実戦で鍛え上げられた直感が目の前の戦車に対して警鐘を鳴らす。

 既に倒された戦車は五輌、ライサやラウラ、ファイーナの他にも倒された戦車もあるようだ。残る戦車は五輌。五対一、数字の上では圧倒的な優位であるにも関わらず、まるでそのような気を起こさせてはくれなかった。ヤバい状況というのは幾度も経験してきたが、ヤバい敵となれば、数える程しか対峙した記憶がない。例えば、初めて遭遇した時のレ級戦艦。もしくは泊地棲姫、南方棲戦姫。そういったレベルの相手と対峙した時のことを思い出す。無論、殺意はない。どちらかといえば、演習の時に近いか。そういったヤバい奴らを相手にしている以上、味方にも同格のヤバい奴ってのは存在している。

 感じる気配の大きさはソロモンの悪夢と称された夕立と比較しても遜色ない。

 

「勝てるかな? いや、任されたからね」

 

 照準を相手に合わせようとすると、それまで止まっていた敵車輌が急に動き出した。

 あの勘の良さは射線が見えているな。そういう奴は、うちの鎮守府にも居た。戦後、最後まで残った軍艦が元になった艦娘はオカルト的な能力を持っていることがある。例えば、潮は自身が危険に晒される時の直感に優れており、無意識に致命傷を避けることができた。そして雪風には、敵から向けられる視線が常に視えていたと聞いている。

 幸運艦と呼ばれるには、呼ばれるだけの理由がある。

 尤も、私にはそういった能力は備わっていなかったが。悪運だけは強かった。

 

「……やってみるさ」

 

 帽子を被り直して、小さく告げる。

 そして敵を睨みつける。

 私だって伊達に戦場を駆け抜けてきた訳じゃない。

 

 

 


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